幼なじみの対処法

麻城すず

幼なじみの対処法

幼稚園の頃、同じクラスの男の子に「美和ちゃん大好き」と告白された。


あたしも大好きだったんだけどさ。


すごく恥ずかしくなっちゃって「小太郎君のばかーっ」って思わず叫んで照れ隠しにドンと突き飛ばしちゃったんだ。


あたしの力が強過ぎたのか、当たり所が悪かったのか。


その子は廊下で見事に連続3回後転決めて。


あわわまずい、どうしようと慌ててオロオロしていたら。


「今僕〇〇レンジャーみたくなかった!? すっげー! 美和ちゃんありがとう!!」


目をキラキラされて叫ばれて。


幼心にも「小太郎君て……ばか?」と思った年中さんの秋のこと。


きっともう、本人は忘れてるんだろうけどねっ。





※※※






「あたたたたたたっ!!!」


「美和ちゃん、こんな時まで男前な叫び声だねっ!」


「…って、なんつーカッコさせる気だっ」


バコッと鈍い音が響く部屋の中。


今までベッドの上のあたしに覆いかぶさっていた男の子の体が勢いよく床に落ちた。


「小太郎…っ。あんた一体何考えてんのよぉぉ」


怒りのオーラがもはや天井にまで昇る勢いのあたしは、感情を隠しもせずに小太郎を睨み付ける。


「いやぁ、俺マニュアル人間だし」


睨まれてることなんてなんのその、へらっと笑った小太郎は鞄の中からゴソゴソと、何を出したのかと思えば、成人向けのグラビア誌。


「ほら見て、やってみたくない? こういうの」


小太郎に手渡され、ペラリとめくったページには『特集!チャレンジ48手(図解つき)』……ってよい子は分かんなくて良いからねっ!


「何これ無理っ! あたしバレエも体操も経験なしだし、その上前屈マイナスなんだからぁ!」


「それは酷いね、ってか突っ込みどころがそこっていうのは激しく間違っている気がするけど」


「大きなお世話だっつーの!」


スカートじゃなくて良かったと心底ホッとしつつ手にした本を投げ付けて、あたしはベッドに仁王立ち。


小太郎はいわゆる幼馴染みというやつで。


16歳の今でさえ、既に13年の付き合いだ。


ちっちゃい頃から大好きで、それは今でも変わらないけれど。


ただいま思春期真っ最中のあたしは、それを素直に口に出せない。








※※※






「ねー、美和ちゃん。美和ちゃんクリスマスどーすんのー?」


無邪気に聞く小太郎に。


「聞くんじゃないわよボケカスタコ!!」


思いっきり怒鳴ってやったら「寂しいもの同士遊ばない?」って。


お誘いは大変嬉しい。


嬉しいのだが、ちょっと待て。


「クリスマスに彼氏がいないからってなんで寂しいって決めつけんのよ!! いーのよあたしは仏教徒!!」


「奇遇だね。俺も仏教徒」


「はあ? 何宗か言ってみな!」


「美和ちゃんこそ言ってみな」


「ああああたしはあたし教」


「仏教じゃないじゃん。教祖様?」


「うるさい! そーよ教祖様!!」


文句あっか!? とすごんで見せても小太郎はニコニコ笑うばっかり。


あたしと小太郎のテンションはいつでも天と地程の差があって。


その笑い顔を見ていると、なんでかあたしは力が抜ける。


「遊ぼうよ。イベント便乗上等じゃん」


そのお誘いに顔が緩みかけ、それでも嫌そうに睨み付ける。


あたしはすごく意地っ張りだから、嬉しくてドキドキなこの感情を小太郎に悟られるのが恥ずかしくって耐えられない。


なんて難儀な性格なのだ。


別にね、いつも一緒に遊んでるんだよ。


放課後二人で一緒に帰るし、帰りにカラオケだって行くしさ。


こんな風に小太郎の家に来るのだって初めてじゃない。


クリスマスだからって別に変に意識することなんて全く、全然、ちょっともない。


そう思っているのに何で。


イベントってこわすぎる。


便乗体質なのかあたし達。


いつも向いに座るくせに、今日に限って隣に腰掛け、突然肩に手が回り、その上ベッドに倒されたかと思ったら、いきなり足を持ち上げられて。


いやーっ! 何々何だっつーの!?


と思って突き飛ばせば48手とか言い出して。


そのへんちょっといただけないけど、ベッド乗る前までの流れはまるで恋人同士みたいではないかっ!


そう考えてみちゃったら、すごく嬉しいはずなのに照れくささが先に立って。


だめだ、にやけたら小太郎にあたしの気持ちがばれちゃうよ。


だけど必死に冷静な振りをしてみても「あれ、美和ちゃん。落ち着きないね」って。


「そんなことないってば」と、平静を装いながら笑ってみれば「うひひひひ」なんて声が出る。


「あはー、美和ちゃん可愛いー」


「ぎゃーっっ! 何言っちゃってんのよ!!」


そゆことサラッと言うなってば!!


「うひひのどこがかわいーって言うんだっ! あんた変態っ!? そうだ変態!!」


「疑問形から確定に変わってるような気がするのは俺の気のせいなのかなぁ?」


「これを気のせいと呼ぶのなら猫が空飛んでても気のせいよ!!」


はあはあはあ。


息も荒く怒鳴り倒した酸欠状態のあたしは今度はガクンと跪く。


今日のあたしのテンションは何でこんなに凄まじく、突き抜けまくって高いのだ。


これはやはりクリスマスマジックというやつか!!


「って今度は一体何見てんだっ!」


「マニュアル本そのにー」


ピースしながらペラッと差し出すその本に、律義にも目を通したあたしは。


「みーわ、ちゃん?」


ヒラヒラと目の前を行き来する小太郎の手に、反応返すにも十数秒。


「こ、こたろ?」


パサッと落とした雑誌には、『クリスマスを彼女と過ごすための100の方法』


彼女のところにご丁寧にも『美和ちゃん』なんて手書きのルビ。


「あはー、美和ちゃん顔赤い」


「な、なんて冗談書きやがってんのさ」


喜んでいいんだか分からなくって不気味にひくつく頬を押さえる。


「違うよ本気、いたって本気」


あまりに軽い物言いに、からかわれてるのかって不安になって。


「うわーっ! 何でなんで泣いちゃうの!?」


「ううううるさいっ!!」


怒鳴ることしか出来なくて。


そうしてグズグス泣いてたら、きゅっと伝わる小太郎の温もり。


「みーわ、ちゃん。ずっとずっと好きだったんだよ?」


「何でいきなり、何言っちゃってんのよ!!」


初めて感じる男の子の力は、暴れるあたしを逃さない。


「子供の頃から、高校入って最初のクリスマスに告白しようって決めてたんだー」


その心は?


「俺マニュアル本大好きだしー、女の子が感動するシチュエーション研究したらクリスマスの告白って書いてあったしー」


語尾を延ばすな語尾を!


「そこには告白前に48手を試せって書いてあったのか…もとい! ずっと好きだったって言うのなら何で今まで言わなかったの!?」


「48手はウケ狙いってか、そこは引っ張るところなの…? ともかく、意地っ張りな美和ちゃんには、うっかり告白すると照れ隠しに投げ飛ばされる可能性高かったから、体格で勝てるようになるまで我慢しよと思ってさ。高校生になればなんとか負けないくらいにはなれるだろうと希望的観測もこめて決意してみました」


「誰が投げ飛ばすってのよ!」


「忘れたとは言わせないよー。幼稚園のリス組さんの時」


覚えていたのかあんたはあれを!!


「いやーあの時は感動したよー。美和ちゃんのおかげで地球の平和守れそうな気になったもん」


「…馬鹿でしょ?」


「そうでもないよ。だって知ってた」


勝ち誇ったような小太郎に、抵抗も忘れて顔を上げると、チュッと唇降ってきて。


「美和ちゃんが俺のこと好きなの、その時から気づいてたもーん」


「んなっ!」


馬鹿言ってんじゃないわよと照れ隠しに怒鳴ろうとしたものの、これじゃいかんと必死に堪える。


「あ、珍しいね。怒鳴らないの?」


「怒鳴って欲しいのかあんたは」


「だって美和ちゃんが怒鳴るのはいつだって恥ずかしいときだから」


すっごく可愛くて好きなんだよね。


ニコニコ笑顔で言われたら、ますます怒鳴れなくなっちゃった。


「なのでこれからは俺達、幼馴染みの腐れ縁改め、超絶ラブラブなカレカノってことでよろしくねー」


「う、ん…」


そんな軽いノリであたし達の13年には決着がついちゃうのかと小太郎を見上げると、またキスが降ってきて、今度は少しだけ長かった。


小太郎とあたしがキスって…なんか変な感じだよな。


そんなこと考える余裕があるのは、小太郎がすごく優しく触れてくるから。


「それでは今度こそ遠慮なく。試してみようか48手」


「ってそこは遠慮しようよ」


チョップで突っ込みを入れた途端、小太郎が熱弁をふるいだす。


「なんでさ!俺達両想い歴13年だよ。そろそろ次のステップに」


「カレカノ昇格してまだ5分!!」


「ええー…」


本気で残念そうに落ち込む小太郎。


だってだって、無理だろそれは、いきなり過ぎる。


「ま、いいか。キスは出来たし」


その言葉に、蘇る。


さっき交わした優しいキス。


「こっ、こた…っ、こたろっ …」


ダラダラダラと冷や汗が。


やっぱり無理!


急には無理!!


「キスは18歳になってから! Hはハタチを過ぎてから!!」


ビシッとキッパリ言い切ると、小太郎は情けない顔をした。


「えーっ!? なんでさ美和ちゃん!! せっかくカレカノになったのに!!」


「ここまで13年待ったんだからそんくらい待てるでしょっ!!」


「ここまで13年待ったんだから次に早く進みたいんじゃん!!」


お互い拳を握り締め、怒鳴り合いのあたし達。


こんなときでもやっぱり先に折れるのは、意地っ張りのあたしじゃなくて、へラッと笑う小太郎だ。


「よーし、美和ちゃん本屋に行くよ!」


こっちの返事も待たないでコートに袖を通してる。


「本屋?」


なんでと首をかしげると。


「買いに行くに決まってるじゃん! マニュアル本その3、彼女をその気にさせる100の……ぐはっ!!」


『特集!チャレンジ48手(図解つき)』を思いっ切り投げつけて、あたしは小太郎の口をふさいだ。


「それより今日はクリスマスだよ! プレゼントちょうだいよっ!! あたしも一応用意したしっ!」


ウケ狙いのサンタひげだけど。


期待に満ちた笑顔で包装紙を開いた小太郎がピシッと音を立てて固まった。


「美和ちゃーん、何なのこれは…」


言いながらも律義につけたそのひげ面に、思いっ切り笑ったあたしを恨めしげに見つめつつ小太郎が出してきたのは小さな四角い箱だった。


「何か凄く納得いかないんだけどさー、しょうがないからあげるよ」


開けてみてと渡された箱の中身はペリドットのついたデザインリング。


「右手でもいいから絶対薬指につけてよ!」


普段厚顔無恥の代名詞みたいな小太郎が珍しく照れたような顔で言う。


うわ。


これは素直に嬉しい、かも。


そう思うと同時に、一気に顔の熱が上がった。


何なのあたしのプレゼントってば。


よりにもよってひげだよひけ!


指輪への感動に比例して、センスの無さへの羞恥心がうなぎ登りに加速する。


「小太郎、プレゼント買い直す。もっとましなのちゃんとあげるよ。ほら、一緒に買いに行こ」


「美和ちゃん、そんなお金あるの?」


自慢じゃないけど万年金欠。


「予算千円ってことでよろしく」


「…も、いいよ」


寂しげに聞こえた声に少し落ち込んでしまったら「ものはもういらないや」って小太郎はあたしにキスをした。


「ものなんかいらないから、キス解禁にしてくんない?」


唇を離さないままそう言われたから、あたしはパニクって頷いて。


「来年のクリスマス、プレゼントは美和ちゃんでもいいよ」


「なっ…! それは絶対無理だから!!」


離れた唇の余韻にのぼせそうなあたしは、小太郎の腕の中、そこだけはしっかり否定した。



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