第21話 深夜の茶会


〔花山 山頂付近〕




 三上忍は混乱していた。


 丑三つ時をとうに過ぎた夜。消えた同業者。平伏す蜘蛛達。


 ――そして優雅に寛ぐ青年。


「なんで……貴方が……」


 しかもこの地獄を作り上げた存在が、かつて一度学園で会っている、それも悪い感情を抱いていない相手だった事を知り愕然としている。


 そんな彼女にサングラスを取った後輩はティーカップを置き再度、椅子を勧めた。


「お座りにならないので? お疲れでしょう。紅茶で喉を潤されるのがよろしいかと思いますよ」


 彼女はレンのニコニコとした表情とまるで日常的な態度に思わず後ずさる。


 ――やっぱりこの子だ。


 この地獄の主は錯覚でもハッタリでもなく間違いなく、目の前の後輩であると彼女は確信する。


「あなたは、何者なのですか?」


「ただの花と魔術を愛する高校一年生でございます」


「ふざけないで下さいッ、あなたがこの山を地獄へ変えたのですかっ!?」


「地獄だなんて……私は私の部下が所有する山の防犯に協力しただけにございます。むしろ危険な存在から山を守る為に防衛網を整えた所へ勝手に侵入し、山を荒らそうとしたのはそちらなのではないでしょうか?」


「なっ」


「申し訳ありませんが私の方こそ甚だ遺憾でございます」


 まるで被害者が如き言い分。まさかの返しに三上忍も戸惑う。

 ……もっとも花山の現所有者アンデッドが一人、須藤青年は知らぬ存ぜぬで許可を出しているのでただの言い掛かりであるが、三上忍がを知る由もなく。


「それは確かに我々が勝手に入ったかも知れませんけども……ですがッ! どれだけの人間が蜘蛛に襲われその命を落とし」


「命を落とす? はて、ただの一人も殺しておりませんが。――だよな、マルヒ」


「え?」


 レンに促され蜘蛛達の主であるサン・マルヒが答える。


「ハッ。申し付けられた通り誰も殺さず、二人を除き捕縛致しました」


「――という事ですが?」


 蜘蛛に襲われた側からすれば間違いなく大量の死人が出ていると確信していたにも関わらず、実のところ死者はいない事実に彼女は混乱する。


「そ、そんなことは決して……」


 だが確かによくよく考えると死体は一つも見ていない。全て拘束され連れ去られていただけ。


「勘違いなさらぬよう。捕縛致しました者達は、あとでこの地を襲撃した責任を取って開放も致しましょう。

 ……ではあらためてこちらの質問です。どういった正当性と根拠でこの山を襲撃なされたのですか?」


「っ、それは…………そうです! 九条ヒカルを拉致した妖魔がこの山にいるのです! 貴方はもしかして妖魔を匿っているのではありませんか!?」


「なるほど。そういう事情だったのですか」


「はい。ですから我々は――」


「ではその証拠と捜査礼状をお見せ下さい」


「なっ」


 この状況としては異常ながら至極真っ当な要求が返ってきた事で三上忍が再びフリーズする。


「当然お持ちなのですよね? 九条ヒカル及び妖魔? なる者がこの山に入ったという証拠と、裁判所から発行された被告人の名前、罪名、捜索場所、物、身体、押収物、有効期限などと言った事柄が全て記載された捜索差押許可状が。さ、お見せ下さい」


「いえ、それは警察の方がいるので……」


「警察の方だからこそ尚更必要では? まさか裁判所の許可も得ずに他人の所有する山に深夜無断に侵入して来たのですか? つまりそちら側こそが不法侵入という事で宜しいでしょうか?」


「ちっ、ちが! 福島県警も協力しているのでたぶん法的な問題はないはずです!」


「たぶん? 随分とあやふやな事を仰るのですね。そもそも福島県警が協力とおっしゃいますが、貴方は警察官ではないご様子。つまり貴方は法的な権限も根拠も持たないただの一般人でありながら、警察に乗じて不法に私の部下の山に立ち入ったと?」


「いや私はその、退魔の巫女で……」


「ではその退魔の巫女という役職或いは公権力において、必要性により私有地へ立入りが許される根拠となる法律は如何なるものでしょうか?」


「……」


 ……神秘は秘匿されるもの。

 なのでどうしても日本を守る大義名分の元、裏社会に属するかの様な行動と考え方に陥ってしまう。そのせいか明らかに違法ながら、物事をなぁなぁに済ませてしまうのだ。

 レンはその弱点を詰る。これ程に嫌な質問もそうない。


 ただ当然この質問にもいくつかの意図があった。


 ――これはどうやら旅館や山にいた警官たちは本物だな。しかし宗教関係者、魔術師らしき者達には一切の公権力がない? つまり秘匿された社会表面上、存在しない扱いという訳か。なるほど……ただ妖魔がこの山にいるとは? 妖魔とは一体なんだ?


 一つは交渉事のテクニック、相手を心理的に不利にさせるパワープレイ。


 もう一つは彼女達がこの山に乗り込んできた理由と、この世界で初めて見る魔術師達の日本での立ち位置を的確に把握する為。


 必要な情報を引き出したレンは話を進める。


「……仕方ありません、その話は一旦おいておきましょう。逆に先程の質問のお答えですが、ええ、この山で蜘蛛達の防衛網を組んだのは私の部下、ひいては私と言えるでしょう」


「部下っ、それはこの鬼蜘蛛達のことですかッ?」


「鬼? はぁ、ええ、まぁ、鬼か悪魔かは知りませんが、その蜘蛛ですね」


「では、あなたが妖魔と組んでヒカル君を誘拐した邪人なんですねっ?」


「は? 今度は邪人? なんですかそれ? 邪神の部下か何かですか?」


「しらばっくれないで下さい! あくまで自分は邪教徒ではないと仰るのですかっ」


 ここでレンは顎に手を当てる。


「ふむ、妖魔に邪人に邪教徒。よく教会関係者からは魔王と罵られますが、邪教というものは全く知りませんね。それぞれどういった存在を指すのですか?」


「妖魔は妖に落ちた人間のこと。西洋では魔族と呼ばれます。邪人は神道より逸脱し堕ちた神を心棒し、彼等の邪な魔の力を使う者達です。あなたはそうではないと?」


 ――なるほど。大体読めてきたぞ。


 レンは事の経緯について大凡の当たりをつけた。


「妖魔は魔族なのは分かりました。ただまだ邪人は要領を得ません。つまり悪い魔術師という事ですか?」


「……極端な話そうです」


「そして貴方達はその悪い魔術師と魔族を討伐しにここに来たと」


「ええ、私達はヒカル君を拐かした者、すなわち貴方を捕まえに参りました」


 そういって忍が睨みつけると、レンは黙ってしまう。

 伏せているので表情が伺えなかったが、しばらくして彼は――。


「…………あははははは!」


 笑い出した。


「なっ、何がおかしいのですか」


「いやいや素晴らしい!」


 彼はニヤニヤ意地の悪そうな顔で深く椅子に座りなおし、腕を組む。


「ふむ。魔術らしき者を行使する現地人が発見されたと報告は確かにあった。

 他にも神道の概念に沿った魔の力が存在している事も分かった。

 だがさらに悪道に近い力も存在するのか! やはりこの世界は枯れていた訳じゃない。さらに本物の力を持つ巫女に魔術師がいるにも関わらず、一般人は誰もその存在を知らない。公権力も持たない。邪教の脅威もまた然り。

 ハハッ、誰が仕組んだ? 何のために魔の存在を秘匿した? どうやって?」


「げっ、現地人? この世界? 世界が枯れていた?」


 忍はつい後ずさった。

 突然笑いだした彼が何を言ってるのか分からない。しかしその一目に宿る狂気の様な熱意を感じ取った。


「……これは革命の為に戦略を一部練り直す必要があるな。その為には正しき情報だ。やはり誰一人としてこの山から逃さない様にしたのは正解だ。ねぇ三上先輩?」


 ――っ。


 不敵に笑うレンに忍は本能的な恐怖から、巫女服の後ろに下げていた直刀を引き抜いた。


「雪っ!」

「分かってらぁ!」


 彼女の声に応じて、隣にいた犬より大きいくらいの雪が突然、再び二メートル程の大きさに化ける。


 同時に彼女の心臓に激痛が走るも、彼女は奥歯を強く噛んでそれに耐えた。敵に弱味を見せる訳にはいかないのだ。


「――ん?」


 牙を剥き出しに唸る巨大な狐に、巫女装束に映える一振りの直刀を構える忍。


 だがレンに動じる様子はない。むしろ。


「魔力が倍になった? 魔石もなしに? けれど、どこから? いや何を魔力に還元した?」


 不思議そうに忍を見るレンは、何事か呟きサングラスを少しズラした。


「消耗しているのはなんだ――っておい、まさか寿命を削っているのか!?」


「――神のお力をこの身に宿すのです。それは致し方ないこと。死ぬ覚悟は出来ています」


 話を聞いたレンは戦闘とは別な意味で天を仰いだ。


 ――この世界、ロクに魔力がないのにどうやって魔術師が存在しているのかと思えば捨て身かよ!!


 セラでも生命力そのものを魔力に変える魔導は研究されている。

 ただ命を燃やしてまで行使する状況は限られ、地球と異なり湯水の様には魔力を消費するので費用対効果は最悪だ。


 だが逆に地球の様にマナが希薄な結果、非常時には自分の寿命以外に変換できるものがなく、消費も少ないので彼らは命を燃やし魔術を行使しているのだ。


 ――この人達、むしろ保護すべきなんじゃないか?


 レンは魔術革命の戦略の見直しを図られていると同時に、人材を使い捨てにするやり口への嫌悪感と、なけなしの良心と道徳からも看過できないと考える。


「行きます、雪!」


 だが彼の考えを他所に三上忍は自らの魔力を式神の雪に注ぎレンへと挑もうとし――。


「やめておけ」


 瞬間移動した彼に背後から拘束された。


「えっ!? な、今、ええ?」


 時空間魔術を補足できるはずもなく、背後から刀を持った腕を取られた事に困惑する彼女だが、さらに彼は突然その豊満な胸あたりに手を入れる。


「っ!? まさか私の身体が狙いっ」

「――阿呆が。マセた勘違いをするな」


 一瞬、妙な勘違いをしかけた三上忍を冷たく突き放すとレンは彼女の心臓に手を当てる。


「んっ!? 霊力が膨れ上がるっ!?」


 直後、彼女の身体に急激に生命力が溢れ出した。彼がやったのは魔力の譲渡である。


「……今、枯渇していた分の魔力を譲渡しました。いくら魔力が乏しく回復に時間が掛かるからと言って二度と自分の寿命を削ってまで魔術は使うべきではありません」


「どうして……なぜ、そんなことをしてくれたのですか?」


 レンは彼女の拘束を解き、再び歩いてテーブルに戻ると椅子に足を組んで座った。


「そもそも、こちらに敵対の意志はありません。我々はただ正当防衛をしたまで。仮に殺意があるなら最初から皆殺しにしましたよ。

 それに気づいていないでしょうから一つ良い事を教えて差し上げます。この山に入った貴方達の中に一人、魔族が紛れ込んでいます」


「えっ!?」


「結論から申し上げれば貴方達は嵌められたんです。私と貴方達が戦う様に仕組まされた。なにせ私は九条ヒカルを拐かした覚えもありませんし、鳥頭の魔族など心当たりはありせん。……が、なぜか侵入してきた貴方達の仲間には人間に化けた鳥頭の魔族がいますね。つまりはそういう事です」


 花山には無数の監視カメラが設置されている。

 それを覗いているのは他でもない、審眼持ちの天ヶ瀬シイナ。彼女の眼の前に魔族はその正体を隠せはしない。


「そんなはずは――」

「おっと。……どうやら最後の待人が来たらし」


 だがそう言い切るより早く、一陣の突風が吹き荒れる。


『竜巻よッ!』


 上空から声がすると暴風が吹き荒れレン達を一気に呑み込み周囲のものを破壊する。


『空斬!』


 さらにその嵐に斬撃が撃ち込まれ乱れ飛び、暴風に巻き込まれた物を尽く切断されていく。


『空波砲!』


 トドメとばかりに嵐の真ん中上空からすべてを押し潰す様な空気砲が放たれあらゆる物を蹂躙した。


 突然の三段攻撃に彼等のいた地形は耐え切れず変形。そこに人間がいればバラバラとなるのは間違いない。


「――騒がしい待ち人だな」


 だがレンは何ら慌てた様子はなく、荒れ狂う暴風の中で平然と椅子に座ったまま。三上忍もサン・マルヒも周囲の蜘蛛達も一切のダメージはなし。


 時空間の隔絶の前にあらゆる攻撃は通らない。

 彼の周りだけが聖域、或いは台風の目の様に全く風を通さなかったのだ。


「無傷っ? 今のを防ぐか!?」


 上空で再び男の声が、今度は日本語で聞こえた。

 レンに守られながら荒れ狂う嵐の中で、忍と式神の雪が風に怯えながら揃って空を見上げる。そこにはスーツ姿の鳥頭がいた。


「あれがヒカル君を攫った妖魔!?」

「まさか本当にこの男、関係ないのか!?」


 二人の混乱を他所にレンは自分を襲った相手を見た。


「こんばんわ魔族殿。すまないが座ったまま失礼する――貴公は“魔王崩れ”かな?」


「ッ、そのふざけた名で我らを呼ぶな! ――だがいかにも貴様の言うとおり魔王コフク様に御仕えする騎士パーネット・ララルだ! 世界剣で我らの仲間を殺したのは貴様だな? 何者かッ!?」


 意外と堂々と名乗ったパーネットにレンは淡々と告げる。


「何者かと問われれば“花園の悪魔”とだけ。他に説明はご所望か、騎士殿」


「――は?」


 レンはそうハッキリと名乗る。


 当然、忍や雪は何の事だか分からない。パーネットも思わずアホ面を曝け出していたが――。


「ま、魔導、王っ? ほん……も……っっ!?」


 突然、我に返った様にパーミットは恐怖と焦燥から瞬時に踵を返す。


 彼は大量の蜘蛛を思い出し、理解したのだ。


 “あの怪物なら全て造作もない”


 すなわち本物の花園の悪魔、魔導王。つまりは目の前の人間は敵最強にして親玉本人である可能性が高いと。

 ならば自分が生きて逃げられるタイミングはもう今しかない。彼の決断と行動は早かった。


『超加速ッ!』


 彼の周囲に魔法陣が発生し、ポケットにあった切り札の魔石が砕けると同時に、収束、直後に姿が消えた。

 まさに刹那の出来事である。


「…………に、逃げた?」


 訳も分からず呆然とパーネットの消えた場所を見続ける忍と雪。


 そんな二人を無視してレンは笑う。


「マルヒ」


「既に糸はつけてあります」


「宜しい。ではあとは頼む」


「仰せのままに」


 マルヒが頭を下げるとレンは忍達を見た。


「――では、飛びましょうか。本物の人類の敵をお見せ致しましょう」


「……え?」




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