第22話 白銀のパーチェ






〔福島県三陸沖 孤島〕






「アドリ様!」


 レンを前に即座に撤退を選択した魔族パーネット・ララルは、福島県三陸沖にある彼等の根城である孤島にミサイルの様に着弾した。


 轟音と共に着陸した場所に待機していたのは同じ魔王崩れであるゴブリンの召喚術師と、今は人間の姿をとっているアドリ・バスの二人だ。


「どうした。随分と勢い余ってるな。ターゲットを陽動しなかったのか?」


 世界剣でレンに殺された弟の復讐を切望しているアドリ達は、花山に潜む異世界の者をここに誘き寄せ殺す算段を立てていた。


 しかしその誘導役であった部下のパーネットが思ったより高速で帰還してきた事でアドリが首を傾げる。


「アドリ様っ! いますぐ撤退を!! 最速で他のコフク残党と合流すべきです!」


「はぁ? 撤退だと?」


 案の定、部下から返ってきたのは予想より悪くなりそうな進言だ。


「ここには“奴ら”もいるんだぞ。今更どこに行けと」


「それどころではないんですッ!! 花山を拠点にしていた者はよりにもよってあの――」


 そう言い終わるより早く、パーネットの背後に巨大な転移の魔法陣が出現する。


「まさかつけられたッ!?」


「転移だと!? 魔法陣はなかったはず、なのに出口を定めずに可能なのかっ?」


 全員に緊張が走った。

 目の前で発動しているのは恐らく最高クラスの転移魔術。術者の技量の高さが分かる。


 そして魔術の光が消えると、そこには二人と一匹が立っていた。


「ここは一体どこ……って、あ、有鳥さん!? なんでここにっ」


「なにっ? 三上忍がなぜここに? いや、それより……」


 一人はアドリと共に九条ヒカルを尾行した人物、三上忍。

 その隣にいるのは使い魔か召喚獣と思わしき白い巨大な狐、雪。


 そして最後の一人は――。


「……誰だ? 人間?」


「あっ、あの男です! あの男は――」


 白いテーブルと椅子に座ったままの、花の金刺繍が施された真っ白い一張羅を着た青年が彼等の姿を捉える。


「……こんな島を拠点にしていたのか。悪くない選択だ魔王崩れ」


「誰だ貴様はっ!」


「しがない魔導師だ。君達には“花園の悪魔”と名乗れば、伝わるかね?」


 そう告げた瞬間、ぶわっ――とアドリとゴブリンの背中に汗が吹き出し怖気が走った。


 恐怖と錯乱。


 彼らの前に現れた『敵』は想定を遥かに超す化物。

 青年は彼らの心酔する魔王コフクと『同格』か『その上』の存在。紛う事なき人類最強。


「アドリっ!」


 即座に魔導王、レン・グロス・クロイツェンという正体に思い至ったゴブリンが叫ぶ。


「呑み込めッ、魔力喰いマジック・ドレイン!」


 応える様に焦燥に駆られる様にアドリの体が赤い光に包まれ、人から魔族へと姿を変える。


「あっ、有鳥さんが妖魔!?」


 三上忍が目を見開く。

 だがアドリはそんなものお構い無しに羽を広げ、孤島に仕掛けた己の力――魔力喰いマジック・ドレインを解放。


 同時に周囲の魔力が著しく激減する。

 その影響でレンのポケットにある魔導師の生命線たる魔石の殆どが砕け散った。


「なに? ……まさかアンチ・マジックフィールドか?」


 流石のレンも敵の力に珍しく目を細める。


「そんな低級な術ではないぞ花園っ! これは俺の固有魔術ギフトッ、発動した以上は防ぎようはない!」


「……そうか。丁寧なご説明痛み入る」


「ハッ! 余裕があるのも今だけだッ! 地球の魔力の薄さと俺の魔力喰いがあれば、如何なる魔導師も力を発揮させられないッ!

 ――さぁ弟の仇だッ、得意の魔術を封じられたまま存分に足掻き苦しみ死んでいけぇ!」


 勝ち誇るアドリを前にレンは実際に何か魔術を発動させてみる。

 けれど魔力が足らず或いは通らず魔術が発動しない。


 ――アドリのギフトは、強力な魔力喰いマジック・ドレインで周辺空間の魔力を無差別に根こそぎ奪うもの。その結果、魔力の補充が困難な地球では無類の強さを発揮する。先に使われればこの空間では殆どの強力な魔術を一切発動できなくなる。


 この瞬間、花園を使えない魔導王レン・グロス・クロイツェンはただの人間へと強制的に成り下がった。


 貴重な魔石でブーストしない限り、レンがやっても辛うじて掌の上に火を出すのがやっとだが、手持ちの魔石も殆どが破壊された。

 有り体に言って『詰み』である。


「…………なるほどな。だがそれはお前達も同じでは?」


 レンの問は正しい。

 地球の魔力の薄さとアドリの魔力喰いは無差別。敵も全く同じ影響を受ける。


 だから彼らもまた魔術が使えず攻め手を失う――はずが、今度はアドリの隣にいたジャンパー姿のゴブリンが前に出る。


「杖……魔術師ならお前もロクな手がないはず」


 レンはそう尋ねるが、ゴブリンは首を振る。


「残念。僕は魔術師じゃない。僕は――召喚術師さ。国落としのシーコックとは僕の事さ」


 国落としのシーコック。

 魔王コフク軍で大量の魔物を使役し、小国を次々と落とし悪名を馳せたゴブリンが杖を掲げる。


「みんな出て来るんだッ、食事の時間だ!」


 魔力を消失させ回復できない状態。対する敵の解答は単純明快。


「…………ふむ、考えたな。魔力を阻害するこの空間でも、あらかじめこの世界に顕在させてある魔物を呼び寄せるだけなら、大した魔力は使わない召喚は可能、と」


「この状況でその余裕、流石は人類最強……だが彼らを前にしても保てるかっ!?」


 レンが感心しているとファトムスパイダーに三上涼子達が囲まれた様に、今度はレン達が百にも及ぶ世にもおぞましい巨大な魔獣達が姿を表し四方を囲む。


 特に巨大なのは三匹。


 一匹はそう、三つ首の頭を持つ紫色の巨大な蛇、ドラゴヒュドラ。


 もう一匹はそう、宝石の様な体を持ちヒュドラに匹敵する巨大さを持つカマキリ、ダイヤモンド・マンティス。


 最後の一匹はそう、ライオンの様な頭にグリフォンの胴体に鰐の鱗に蛇の尻尾、キマイラ。


 三匹はサン・マルヒの眷属となった蜘蛛達以上の特A級。正式にはS級予備軍とされる、少なくとも“軍”で戦う魔物達である。


 そして付き従う様に百匹ものヒュドラ、マンティス、キマイラの従属獣にして、彼らに似た系統の血走った目の凶悪な魔物達が周囲で猛々しく荒れ狂う。


「うっ……うそ……うそよですよこんなのっ!?」

「く、蜘蛛の比じゃない!? なんなんだよこの化物どもはっ!!!」


 白狐の雪はその場で震えて尻尾を挟んで絶叫し、忍は恐怖からその場に腰を抜かしてしまう。下に水溜りが出来てしまったのは、決して責められはしない。


 現代人の前に突然、体長十メートル以上の怪獣が三体とそれに従う視界を埋め尽くす化物達が現れたのだ。むしろ蜘蛛から逃げた経験から気絶しなかっただけ気丈と言える。


「さぁ! さぁ! さぁ! 人類最強、三匹揃えば国すら落とせると言われる僕の魔物と、その従属獣百匹と魔術なしで戦ってもらおうかッ!?」


 レンは自分の周りの化物達を見て嘆息する。


「…………魔術はロクに使えず周囲には特A級三体とそれに順じる百体の魔獣たち。なるほど、最悪だ」


 傍から見れば最早、勝敗は決したと言えよう。それ程に作戦は完璧にハマっていた。


 ――けれどシーコックとアドリ・バスは目の前の男が如何なる相手か知っていた。


 これを以ってして油断して良い相手ではないことを。

 裏付ける様にレンが破壊され切れなかった拳大の魔石をポケットから取り出す。


「あの男、アドリの魔力喰いでも破壊し切れない魔石をまだ残していたのか!? まずいぞっ!」


 シーコックの動揺を無視してレンは手を翳す。


「最低限、この戦闘を外に漏らさない為に次元から隔離させて貰おう――空間隔絶」


 孤島はあらゆる外界とは隔絶した場所となる。

 ただシーコックやアドリに何も影響はなくレンも逃げる素振りもしない。

 貴重な最後の魔石の用途に思わず動揺する魔王崩れ達。


「血迷ったかあの男!? 今そんな心配している状況じゃないはずっ? 何にせよ時間を与える気はないッ、行け!」


 不安を打ち消す様に杖を突き出すと同時にダイヤモンドマンティスが蟷螂特有の音速の突進を仕掛けた。


「あぶないっ!?」


 レンへと迫る巨大カマキリに三上忍が叫ぶ。


「潰せマンティスッ!」


「――少し黙ろうか。ゴブリン」


 けれど巨大なダイヤモンドの蟷螂は鎌を開き襲い掛かる体制のまま“停止”。


「動きが止まったっ? これがかの有名な時空間を統べるという……ッ」


 時間停止。

 その空間の周りには不自然な波紋の様な歪みだけが残った。


「堪え性がない蟷螂だな。いい子だから少し待ってろ」


 だが同時に魔力を使い切り最後の魔石が崩れる。レンがまともに行使できる魔力はなくなった。


「魔石が尽きたかッ、最早お前を守る力は何もない!」


 蟷螂以外のキマイラとヒュドラがゆっくりと動き始める。

 けれどレンは慌てずに右手の白手袋を外した。


「かもな。しかし魔王崩れ、残念だが――


 彼はその甲に複雑怪奇な契約紋が浮かび上がらせる。

 直後に上空に巨大な通常とは異なる魔法陣が浮かび上がる。


「っ、魔力は殆ど無いにも関わらず何を?」


 出現したのは他でもないシーコックと同じ――召喚紋。


 魔族二人も動揺する。

 目の前の悪魔は召喚術師ではない。にも関わらずこの死地に何を呼ぼうと言うのか。


「っ、何を呼ぶのか知らないが一体で百を越える魔獣を相手取れる存在などいやしないッ……キマイラ! ヒュドラ! 今すぐソイツを殺せぇッ!」


 レンの召喚と同時にヒュドラとキマイラの召喚獣が二方向からレンへ仕掛ける。

 二匹に喰い殺される直前。


“――おいで”


 閃光が走った。

 初歩的な目暗ましの簡単な魔術“フラッシュ”である。


「きゃ!?」

「まぶしっ――!」

「くっ、猪口才な!」

「そんな小細工など無駄――」

「待てッ、今のはブラフだ! 召喚術は囮で――」


 閃光を食らった者達が動揺し、レンの動きに警戒するが。


「……さぁ、おいで」


 ――既に彼の切り札は今ここに成された。


「GYUOOOOOOOOOO!?」

「PYFFFFFFFFF--GYFC!?!?」


 視界が戻らない中で最初に聞こえたのは二匹の魔獣の――絶叫。


「今のは……どうしたんだマンティス!? ヒュドラ!?」


 シーコックは自分の召喚獣の絶叫に驚愕し目を見開く。

 彼はぼけた視界に映る胡乱な輪郭で“それ”の存在に気付く。


「なにそちらが召喚獣を出すならば、せっかくだ。こちらも召喚獣でお相手しようじゃないか」


 ――GRUUUUU.


 光の中からシーコックの知らない、自分がかつて召喚したどの魔物よりも恐ろしい唸り声が聞こえる。


「ただ……どうやら百のうち二匹は呼び出した時に殺してしまった様だ。いや、これは失敬」


 そして視界の戻った彼らは見た。


 既に戦わずして“そいつ”のせいでダイヤモンドの蟷螂の体は砕け散っている。


 一言で現せば場所が悪かったのだ。


 恐らく踏み砕いた“そいつ”は殺すつもりすらなかったのだろう。

 ……ただ、舞い降りた先に虫がいたから踏み潰した。たったそれだけのこと。


 ――KYUUU....KYUUUU...


 そんな見向きもされず踏み砕かれた特A級の魔物は、辛うじて息のあった顔から悲壮な声を上げる。

 だが直後に“そいつ”が一歩踏み出した事で、その顔面ごと踏み砕かれ、死んだ。


 ――GYOOOO.....Gyuuoo!!


 そういう意味では“そいつ”に口で生きたまま捕食されたヒュドラはまだマシな扱いだろう。


 しかし“そいつ”が一噛みする度にぐったりしている三つ首の一つが、弱々しい鳴き声を上げる程度で、もう勝敗以前に戦いにすらならず死にかけているのは明白。


 しばらく噛んで美味しくなかったのか、胴体がグチャグチャにされたヒュドラが吐き出される。

 無論、吐き捨てられた方は地面に数度転がりピクリとも動かない。


 残った魔獣、魔族、人間、全員が体を硬直させ、言葉を失いながらそれを為した存在を見た。


「…………………そんなの、ありかよ」


 呆然と呟いたアドリの言葉が全てだった。


 ――GYUOOOOOOO!!


 彼等の視線の先には異世界最大の理不尽にしてグライスベリー大公国における最大防衛戦力がいた。


 ――真竜エンシェント・ドラゴン 白銀のパーチェ。


 地球唯一にして地球最強最悪の絶対王者なる生物が今ここに、覇王の如く君臨した。



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