第12話 福島でドラゴンを召喚しよう


〔三上忍〕




 


 友人のエリと一緒に帰宅した翌日、その放課後。


 私は邪人と妖魔を調査するに当たり、事前の打ち合わせを神道庁の職員の方とファミレスで行っています。

 なにせ駆け出し巫女の私にとっては初めての調査依頼です。


 しかも事実ならば東北の人員が総動員され、総本山から守護聖人が派遣される妖魔や邪人の存在が疑われている状況。責任も重大でどれだけ連絡を密にしても足りません。


 ――等と一時間前までの私は思っていたのですが。


「……と言う感じになりますね。あと調査レポートはFAXやwebによる提出は認められておりませんので、京都総本山へ印刷した物かUSBに入れたものを直接ご持参下さい。なおUSBは返却不可となっております。ご注意下さい」


「は、はぁ」


「それと三上さんは初めての神秘調査という事で、そういった方には総本山で取り扱っておりますこちらの神事共済保険への加入と、各種交通機関で役立つ神道庁発行の――」


「あ、すみません。現役の母がおりますので、そういったものはこちらで用意するから大丈夫と言われておりまして」 


「そうですか? ただ労働組合には加入して頂けると仕事を斡旋しております我々も助かるのですが」


「すみません、それも母が」


「そうですか……」


 ――私と職員の会話はまるで、たまに喫茶店等で見掛ける怪しい営業と契約者の会話です。


「加入して頂けると私の点数になるので助かるんですけど、お母様が現役ならしょうがありませんね」


 そんなこと私に言われても……おかげで初めての調査に浮足立っていたのが嘘の様な冷めた心境になっています。



 ――九条ヒカルには【邪人】の疑いが掛かっている。

 ――またその恋人、天ヶ瀬シイナには【妖魔】の疑いがある。

 ――三上忍は直ちに両名を調査し、一月以内に結果を報告せよ。これは名倉神道、総督多々羅陣による旭神道支社巫女である三上忍への勅命である。



 こんな話を聞かせられた時は巫女として大きな仕事が来たと震えた程です。


 そもそも私は日本において秘匿されるな巫女――つまりは悪霊や妖などを祓える“神秘”を扱える、世間には存在しない事になっている力の使い手です。


 そして神道庁の言う【邪人】とは穢れた儀式で邪神を降ろし、常人では考えられない魔力を手に世界を壊そうとする者。

 【妖魔】とは恨みや憎しみ等から霊力が反転し、人ならざる化物へと堕ちた者。


 これら邪人と妖魔はまさに伝説の存在です。かつて二度その存在が確認され、滅された事はあれど数百年から千年に一度の話。

 それらを倒すのはまさに巫女の本懐でしょう。

 なのに……。


「繰り返しますが三上さん、邪人と妖魔の調査と言っても普通に何も出ません。

 私も長く仕事の斡旋をしておりますが、数千件扱っても一件もありません。悪霊関連が数件、普通の人間犯罪がその五倍くらいです。

 むしろ本物が出たら守護聖人以外、誰も勝てないと言うか、国家が揺らぐ程の大問題になります」


 実態はこれです。


「あの、でも、母からこの時期にそういった調査が多くなると聞いたのですが、確率は低くともやはり邪人や妖魔が出現しやすい時期なんでしょうか?」


「いいえ。総本山が十月決算だからです」


「十月決算……」


「はい。なので八、九月。そして神道庁の予算を使い切る関係でニ、三月は特に調査が多いんです。

 理屈としては年末年始にやたらよく見る土木工事と同じです」


「年末年始の土木工事と同じ……」


「そうです。邪人とか妖魔ってツチノコレベルで存在しないので、予算の消費や決算処理、今年の活動報告に書ける事を増やす等の事情で調査してます。だから邪人と妖魔の調査依頼がこの時期限定で数百件あります」


「……」 


「そもそも流石に多過ぎて、もう誰も一件一件気にしてられないんですよね。どうせ邪人も妖魔も出ませんから。ただレポートはしっかりお願いします。毎年いるのですが手抜きや理解不能なのは呼び出され、晒された上で突っ返されます。まぁ対象の観察レポートを書くのが仕事と言って差し支えないです」


 ……もはや厳命も使命もへったくれもありません。


 これがあの『名倉神道』から斡旋された仕事だと思うと哀しくすらあります。

 日本国において陰陽道の流れを汲み、それらを全て名倉一門として迎合し出来上がった、対魔専門に特化した神社。

 それが決算の為に退魔調査とは……。


「千年に一度しか邪人も妖魔も出ないので我々は常に財務省から厳しい目を向けられているんです。仕事してますアピールはとても大事なんですよ」


 言われれば確かに数百年も現れない魔を相手にする組織である以上、彼らの仕事の九割九分九厘は警戒と取締りなのは仕方ないのかもしれません。

 でもやっぱり釈然としないままニ、三質問して私達の打ち合わせは終わりました。


「それでは初めての調査、頑張って下さい」








 

 ファミレスから出ても私の足取りは重かったです。


 退魔という仕事に期待していた訳ではありませんがもう少し使命感の様なものがあり、大変な事だと思っていました。


 ですが今は別な理由でその大変さを感じています。

 九条ヒカルと天ヶ瀬シイナが本当に邪人や妖魔でない事を立証する為に、彼らをストーキングし日常の行動から膨大な報告書を作らねばならないのです。


 しかもその実態はただのリア充観察日記。


 ほんとに誰得なんでしょうか……。

 専業巫女ならともかく学生巫女である私からすれば負担でしかありません。


「お母さんに手伝って貰おうかな」


 大きく溜息を吐いて私はとりあえず母を巻き込む事にしました。


「こんにちわ」


 その時です。その連中と出くわしたのは。


「三上忍さんですね?」


 目を向けるとスーツ姿の、前髪が特徴的にカールした独創的な髪型の男性がニッコリと笑っておりました。

 その周囲にはいかにも怪しいと言ったフードを被った者達が数名。


 思わず少し後ずさります。


「……私に何か御用でしょうか?」


 まさか邪人を崇拝する邪教徒でしょうか?


「ええ。私はあなたの仕事をお手伝いする様に神道庁から依頼されました有鳥と申します。以後、よろしくどーぞ」


 予想外な事に彼は私の同類、それも神道庁から依頼を受けた方の様です。


 分かり辛いですが日本の“神秘”に関わる組織はトップにまず神道庁があり、その最大手の委託先が退魔に特化した名倉神道であり、その総本山が京都にあります。

 そして名倉神道が受注した依頼を全国各地の“神秘”を扱える系列神社に割り振る形態となっています。


 ですがこの方は名倉神道ではなく神道庁から直接依頼を受けており、それだけでただならぬものを感じます。


「えっと、もしかして神道庁のエリートと言われるあの対魔師団の方々ですか?」


「いいえ、魔術関連の民間委託業者です」


「民間委託業者……」


「ええ。西洋魔術のライセンスを持っている結社で、アドバイザーに元神道庁の人間がいるらしいのでぶっちゃけ天下り先です」 


「天下り先……」


「うん。そういう訳で宜しくお願いしますよー、三上さん」


 なんでしょうかこの虚しさ。

 神道庁のお金の流れには神も仏もないようです。


 ――南無三。ええ皮肉です。















〔レン・グロス・クロイツェン〕




 ついに準備が整い召喚の日が来た。


 土曜の昼12時前。


 久々に白の一張羅に世界樹の杖、シャープなサングラスという正装姿で俺は花山にいる。

 目の前にはこの世界に戻ってからの関係者全員が集まっていた。


「いんやぁ! 閣下がペットを呼ぶちゅうんでね、一家総出でお祝いに参ったんですわ!」


「あの……うちで出してる今朝作りましたケーキになります。大したものではありませんが、良かったらお納め下さい」


「学園では本当に申し訳ございません!! にも関わらずこの様な機会にお呼び頂き光栄に思います!」


 まずやたら濃いエルフ一家こと百目鬼家。

 相変わらずアロハシャツのドーメズ氏、なぜか自作ケーキ持ってきたその息子の洋介さん、過剰反応を示す孫である翠さん。


「閣下は何をするつもり何じゃろうな。マルヒに聞いても教えてくれんし、歴史にないと言っとったが……あの地面に描かれてるのは召喚紋じゃし、スライムとか狼でも呼ぶのかの?」


「そ、そんな事よりバフィット。レンくんから着替えを持ってくる様に言われたんですけど、これ冷静に考えればやっぱりその……そういう事ですよねっ? ねっ?

 でもいくらなんでもまだ早いと思うんです! こういう事は一つずつ、二人で一緒に階段を登って行くべきだと思うんです!」


 一方少し離れた場所では、訝し目に俺が地面に書いた召喚紋を見つめるバフィットと、着替えを持参する様に指示した結果なにか勘違いしている天ヶ瀬シイナがいる。


「なぁ山崎よぉ。なんか随分と脈絡のない人間が集まってるんだが、なんなんだこりゃあ?」


「まぁ待て。これから俺の雇い主様がメインを呼ばれる。今日はその顔見せだ」


「メインねぇ?」


 また集まった中に唯一、俺と初対面となる人間が三人いた。彼らは年齢層のバラバラな男達で、皆同じ『渡部ミート』と書かれたジャンパーを着ている。

 その代表者の太り気味なオッサンと喋っているのは、アンデッドが一人山崎だ。


「まさか死んでからファンタジー生物を見れるとはのぉ。ワシはそういうの分からなかったが、孫は好きじゃったからな。できれば見せてあげたかった……」


「お孫さんの件は残念でした。ただ医療ミスをした例の病院も今調べているので確証が掴め次第、木佐貫さんの願いも叶えられますよ」


「すみませんな。やっばりあの医者だけはどうしても許せそうにないんじゃ」


 最後にサン・マルヒとアンデッドの木佐貫のじいさんが隅で仄暗い会話をしていた。


 そんな全員を確認し、俺は外で待機しているアンデッド残り二人。花子さんと須藤青年にも電話する。


「主様、業者の配置完了しました」


「俺の撮影用のドローンも上空に待機してまーす」


 二人の準備も整った。

 11時55分。頃合いだ。俺は全員に向けて口を開く。


「これより召喚を行います」


 俺の言葉に全員が集まってくる。彼らに対し演説用の声で宣言する。


「まずはこの場に集まってくれたことに感謝する。

 諸君らをこの場に集めた理由は一つ。私が君達を仲間であると認めたからだ。


 同時に今日、諸君らは私と共通の秘密を抱える事となる。最早後戻りは出来ない。

 しかしそれはこの世界を脅かす、魔王崩れという明確な敵に対抗する為に必要な力だ。


 それも絶対にして圧倒的なる力だ。


 この力をもって諸君の身の安全についてはこのレン・グロス・クロイツェンが保証する。


 そして必ずやこの日本で魔王崩れを討ち果たす。

 そうなれば何れ日本国の盟友として我らも表舞台に立つ時が来るだろう。

 これはその記念すべき第一歩にして、私が必ずやこの世界を守るという不退転の覚悟の証。

 その象徴にして証明となる力を今お見せしよう!」


 俺はこれから彼等に見せるものは、彼らの運命を拘束する“縛り”であると同時に、俺の庇護に入った事実、そして最早――決して後戻りは出来ないというメッセージを伝え詠唱を開始する。


 呼応して召喚紋の周囲に置かれた三十個の紅い魔石が振動を始める。

 合わせて別々な言語を使用した二重詠唱へ移行。


二重詠唱ダブルキャストですか。しかしまさか」


「なんと! 聖樹語のみならず、竜歌語まで!?」


 俺が聖樹語と竜歌語というセラで使われる統一言語以外を使い二重詠唱を始めると、ドーメズ氏やサン・マルヒが驚愕の声を上げる。


 けれど。


「さらに追加して三重トリプル……いや、四重カルテットですかこれ!? どうやってるんです!?」


「し、しかも全て異なる言語じゃ……これが魔導王。人類三大英雄の一角か」


 と、周囲が大変盛り上がっている。

 ただ俺も俺でそれどころではない。


 ――魔力足りんのかよこれ!?


 本来、こういった召喚は周囲の魔力も使用する。しかしこの世界にマナは著しく薄い。


 その為に軍事費から大量に特別計上で投入し、最大量の魔石を持ってきたがそれでも魔力を凄い勢いで食っていく。


 さらに俺の代名詞にして切り札の一つ、暴力兵器たる花園ガーデンもなく、頭の中は詠唱と魔力管理でキャパオーバー状態。上手くいってるのか失敗してるのかも既に分からない。


 だが押し切る以外に道はない。


「暁に堕ちる凍てつく星よ――「血の盟約を持って竜の誇りに問う――「世界よ回れ星よ回れ命よ回れ今こそ――「崇め! 戦け! 我が化身に震えよ!」」」」


『来たれ、我が運命竜!』


 詠唱が空中分解しそうになりながら最後で強引にまとめ上げ、力づくで召喚紋を抉じ開ける。

 直後に巨大ななにかを引っ張り込んだ感触があったが、残った魔力が閃光となり飛び散り前が見えない。


「っ、どっちだ?」


 閃光により眩んだ目をゆっくりと開けるとそこには――。


 美しい白銀の鱗を持つ、体長三十メートル程の巨大なドラゴンがちょうど12時を表す鐘の音と共に現れた。


「GYOOOOOOOOOOO!!!!」


「よっし!!!」


 俺は咆哮を上げるメスのドラゴンを見て、つい子供の様にガッツポーズをする。

 だが本当に呼べた。これで間違いなく俺は


 彼女さえいればどれだけ盤面で劣勢に陥っても、その盤面事引っくり返せるのだ。恐れるものは何も無い。


「さぁ諸君! これが我がグライスベリー大公国の力である!! 我らの未来は今ここに切り開か――」


 そう笑顔で振り返ったが。


『――』


 俺が見たのは魔族連中以外の全員が泡を吹いて失神している光景だった。


「れたんだけど…………そうか。そうだよな。さっきの咆哮に失神効果が出ちゃってたか」


 竜の咆哮には様々な効果がある。

 登場時の咆哮にスタン効果があったのだろう。ものの見事に失神している。


 一方、失神しなかった魔族であるサン・マルヒは顔を引き釣らせ、マルヒに助けられたバフィットなど真っ青な顔で腰を抜かしていた。


「さ、流石ですね閣下。てっきりその、私はワイバーンみたいな亜竜かと――というか、え、これ、まさか本物の真竜エンシェント・ドラゴン??」


「……………嘘じゃろぉ。真竜エンシェント・ドラゴンがおる〜。生まれて初めて見たのじゃ〜。閣下はまさかこの世界を滅ぼすつもりだったのか……っ!?」


 どうやらマルヒですら俺の言うドラゴンを勘違いしていたらしい。


「ドラゴンって言ったら真竜だろう。 わざわざ竜王に頼んで古き竜人盟約まで引っ張って来て召喚したんだぞ」


「そ、そうですか。竜王に。あはははは。……一体どれだけの金を掛ければ召喚できるんですかね。連合国の八割売っても足りるかな?」


「ワシは何も聞こえん! 何も聞こえんのじゃ! 知らないったら知ーらない!」


 思っていた反応と違うが、ともかく世界最強戦力が手に入ったので良しとする。


「GRRRRRRR」


 振り返るとドラゴンが首を傾げていた。

 俺は竜歌語で話し掛ける。


『初めましてレディ。君の名前を教えてくれるかい?』


『パaーTぇ』


 そういえば身体は成体だが、まだ言葉もあまり喋れないと言っていたな。俺は日本語に何とか読み取って聞き返す。


『パーチェ。君の名前はパーチェかい?』


 確認するとドラゴンが肯定の声を上げた。


『そうか。ならその美しい鱗も含め、君は今日から白銀のパーチェだ。宜しく頼むよ』


「KYUUUUU!!」


 今度は喜びの声を上げる。


 こうして俺は今日、第三次世界大戦でも戦える非常時におけるジョーカーを手に入れた。


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