第10話 引き篭もりお嬢様

〔レン・グロス・クロイツェン〕





「もう大丈夫だ。あとは僕に任せてくれ」


 金髪のイケメンがドーメズ氏のお孫さんの手を取って立ち上がらせる。


 恐らく彼はあのヒカルなのだろう。


 十年振りに再会した幼馴染みの一人は傲慢な王子様の雰囲気を醸すイケメンになっている。


「動かないでよ、女の子の敵」


 その一方でもう一人、どこかミチルの精悍な顔つきと似ている赤髪の少女は木刀を構え、その切っ先を俺へと向けている。

 彼女は間違いなくミチルの妹の唯だろう。


 絶対、悪い方に転ぶ未来しか見えない。なんという間の悪さ。いや、それゆえの勇者か。俺がこの手でかつて処分した勘違い男勇者もそうだった。


「とりあえず待って欲しい。これは誤解なんだ」


 当然、弁明もさせて貰う。


「俺は彼女に土下座なんて強要させて――」


「よく言う。泣きながら土下座なんて余程の事がなければ、するはずがないだろう」


 だが俺の弁明を遮ってヒカルが俺を鼻で笑う。遺憾なのは態度悪いが正論なところだ。


「周りの一年生達は見ていたんだよね? 何があったか説明してくれないかな?」


 唯の言葉にクラスメイト達が口を開く。

 いわく、俺が何か彼女に伝えると彼女の表情が恐怖に変わった。

 いわく、俺が学生服の懐に手を伸ばし何かを見せて脅していた。

  いわく、俺が笑いながら彼女に圧力を掛けていた。


 ――どんなイメージ刷り込まれてんだよ。


「やっぱり……っ! この子の弱味を握ってるんでしょ。最低な男!」


「どうやら化けの皮を剥いで、二度と彼女の前に出れない様にしてやらないといけないらしいね」


 唯が俺を侮蔑的な目で見下げ、ヒカルが優男に似つかわしくない狂暴な笑みを浮かべる。


「待って下さい!」


 そこに涙が収まって冷静になったせいか、酷く慌てたお孫さんが割って入ってくる。


「違うんです! 私はこの御方に脅されていた訳ではなく――」


「安心してくれ。これから君の事は、俺がずっと守るよ」


 言葉を聞かずにヒカルが彼女の頭を撫でると周囲の野次馬の女子達は、そのイケメン顔&発言&行動にやられたらしく、頬を蒸気させたりうっとりさせたり、目を輝かせていたりしている。


 ……確定だな。やっぱり魔術以下の魔力変質程度だが魅了チャームだ。魔術などの発動で魔力が生じる魔力場というものが見えた。


 ただ強力ではない。地球人に耐性がないとはいえ、好感度を高めるくらいだ。ヒカルがむしろ上手くそれを利用していると言っていい。


 一方の男子は「ケッ!」「またヒカルかよ死ね」「女のケツしか見てねぇ野郎が」「一年でトップクラスに可愛い百目鬼さんまでッ、あのクソ野郎!」とどす黒いオーラで覆われている。

 その視線を受けているヒカルは女子の視線には当然と言わんばかりに、男子の視線には「どうだ羨ましいだろう雑魚共」と本気で思っていそうな態度だ。


「あの、本当に違うのですが……」


 ただお孫さんだけが当惑している。

 エルフの血を継いでいるのだ、ロクに鍛えておらず実績のない勇者の魅了の影響なんぞ彼女は全く受けない。


 にしてもどうするかな。


 ――ヒカルは本物の勇者だ。


 彼の態度は不評だが魅了だけどうにかすれば問題ないとも俺は思っている。

 手癖の悪さは本当にヤバイなら、そのうち勝手に責任を取らされるだろう。


 そもそも誠実だけが取り柄な、女性に受け身な妬むだけの男が本来モテる訳ないのだ。その逆を行くあれはあれで正しい。

 なにより俺も妻四人バツイチな彼寄りの人間だ。上から文句を言う筋合いもあるまい。


 ただ一体どうやって勇者になったんだ? やはりセラに転移するのは俺とヒカルが逆だったのか?


 なんにせよ勇者の利用価値が極めて高い事に変わりはない。となればここは一旦大人しく成敗されてやり過ごすべきか。


「まったく。そうさ、その女は秘密を俺に握られてるからな。逆らえないんだよ」


 乗ってみるとお孫さんがさらに困惑し、なぜかまた泣きそうになっていた。そもそも騒動起こしたの君だからな?


「酷い……女の子の秘密を握ってやりたい放題だなんて」

「そうか。なら君は僕の敵だな。覚悟はいいな?」


 唯が木刀を強く握り、ヒカルが制服の袖を捲った。


 ……即暴力なのか。

 確かにそれが一番分かり易い力の誇示だがここは現代日本だよな?


 その時、遠くから聞きなれた声が響く。


「ヒカル! 唯! さっき女の子が土下座させられてるって聞いたんだけど、大丈夫なの?」


「雫! ああ。これこら土下座を強要していた男を分からせてやる所だよ」


「やっぱり。そういう輩は学生会か職員室、或いは風紀委員に突き出してって言ってるでしょう! 私が美沙姉さんの所にそいつを連れていくから、そいつを渡し――え?」


「よう、今朝ぶりだな」


 後から来てヒカルと会話していた少女、吾妻雫が珍しくぽかーんとした顔で棒立ちになっている。


「……なに、してるの?」


「土下座を強要した疑惑でボコられそうな所」


 俺がつい笑いながら言うと彼女は口を二、三度ぱくぱくさせた後、盛大に溜め息を吐いた。


「唯、ヒカル。彼は違うわ」


「は? なにがだい?」「違う? だって彼は自分で認めたんだよ雫ちゃん」


「彼は加賀美レンよ」


 そういうと二人が別々な表情を浮かべてバッと振り返った。


 唯は純粋な驚愕。一方、ヒカルは――困惑と恐怖だ。


「うそっ、加賀美くんがいるんですか!?」


 ヒカルが何故戸惑い怯えたのか、その表情の真意を探るより早く、雫の後ろからまた別の声がした。


「そういえばシイナも会ってなかったわね」


 雫が振り返ると幼馴染み最後の一人が野次馬から進み出てくる。


 天ヶ瀬シイナ。

 日本とアメリカのハーフのお嬢様だ。腰まで届く薄い金髪のふわふわした後ろ髪に、サイドに一本だけ垂らしたリボンでまとめた編込みの髪型もあって、お淑やかな印象を抱かせる。

 彼女は良い所の娘さんでもあり、吾妻姉妹とよく遊んでいた関係で俺ともよく一緒にいた。


「まぁ! 本当にお久しぶりですね加賀美さん」


「久し振り。ヒカル、唯。そしてシイナ――お前は誰だ?」


 つい自分でも分かる程に凶悪な笑みを浮かべズボンのポケットに手を入れる。

 だがシイナと呼ばれたお嬢様は当惑するばかり。


「そんな! 酷いではありませんか加賀美君! 私の事を忘れてしまったんですか」


「ほざけよ。それとも最近の日本のファッションは背中から羽を生やし肌を褐色にするのがトレンドなのか?」


「っ!?」


 俺の返答に周りが困惑の表情を浮かべた隙に、ポケットに隠した弾を使いで廊下にある学校の監視カメラを破壊した。

 続けて魔術を二つ発動させる。

 一つは煙幕。もう一つはこちらに来てから作った赤外線カメラの流用、温度を視認するオリジナル魔術だ。


「何だ今の割れる音!」

「わっ、なに、煙!?」

「前が

見えない!」

「下の階から火災だ! 早く校庭に逃げろ!!」


 俺の出した煙幕と嘘の情報で周囲が一気にパニックに陥り、我先にと教室から逃げ出す。

 けれどシイナだけがその場から動かず、むしろ周辺に魔力場を作りセラの統一言語で詠唱を始めた。


『……らば謳歌せん、来る第十三位か――』

「のろまが」


 素早く魔力の弾を指弾で撃ち込み、彼女の周りに出来た魔力場を掻き乱す。魔術をキャンセルさせた。


『い――えっ? は?』

「空間隔絶。それで、お前は一体なんだ?」


 周囲の空間を六面で隔絶する。

 魔力がやや足りなかったがその分は俺のポケットの二百万円程の魔石が砕け補給され、無事に発動し俺達を閉じ込める。これで逃げ場はない。


「っ!? なっ、なにを言ってるのですか加賀美君? 私達は幼馴染みじゃ――って! ちょ、今の一瞬で隔離までされた!? な、なんなのじゃこの化物!!」


 その辺の魔術師と俺では基礎技術が違うのだ。

 魔術の詠唱・無詠唱、魔力の保有量、魔術式の発動速度、使えるレパートリー。


 魔術をプログラムだとすれば、魔導はハード。

 こちらは最新鋭のハイスペックPCを準備し、さらにショートカットキーで前もって作っておいたプログラムコードを好きに貼り付けて起動させている。

 一方、彼女の様なセラにいる一般的な魔術師はWindows98のPCでフロッピーディスク三枚からコードを引き出し、さらに微調整の為にいちいち細かい所を打ち込んでいるようなもの。

 速度において勝負になるはずがない。

 

「たっ、助けてヒカル君!」


 彼女は思わずと言った風に隔離に巻き込まれたヒカルに助けを求める。腐っても勇者か。いつの間にか持っていた唯の木刀を構え、彼が俺の前へと躍り出る。


「なんだかよく分からないけど人の女に」

「――弁えろ三下」


 だが即座に指弾を撃ち込み隔絶した空間の壁に叩き付けご退場願った。

 ……ついでに今後を考え、面白い呪詛をスライムの外皮で包み作った弾も撃ち込んでおいた。


「魔力が乏しいとはいえ勇者がこの程度か。……さて」


 この隙にシイナも何かしようとしていた様なので、即座に首を掴み人の消えた廊下へと投げ飛ばす。


「ぐえっ!」


 打ち付けられた彼女の肺から空気と共に血が出てくる。変装を維持できなくなったのか、その体に組み込まれていた魔術が壊れ本当の姿を現す。


 褐色の膚に羽の生えた魔族――サキュバスだ。


 俺は倒れた彼女の腕と足をコンクリートを土魔術と錬金術の要領で変質させ拘束すると、制服の内側に縫い付けてあったストレージの武器庫から一振りの剣を取り出す。


「――この剣は審判の剣。お前が嘘をついた時のみこの剣はお前を斬りつける。

 こいつでお前を指先から刻んでいく。では最初の質問だ。お前は魔王崩れに属するか?」


 なお時価総額ニ億の剣だ。


 この剣や空間隔絶の省略化など、前回の尋問で鳥人を取り逃がした反省から準備しておいて良かった。俺は彼女の小指に剣をそえ。


「ちっ、ちがっ、ワシは違う! ワシは巻き込まれただけで――」


 そのまま包丁の様にストン、と小指へ刃を落した。




















 一時間後、俺は学校を出ていわき市内にあるシイナの家に来ていた。


「すみません。シイナさんいらっしゃいますか」


 天ヶ瀬宅はかなり豪邸で、門の前でベルを押すと数分して家政婦らしい中年の女性が出てくる。


「はい、なんのご用意でしょうか?」


「僕はシイナさんの友達、早退した彼女のお見舞いに来ました」


「早退ですか? お嬢様が? 少し、お待ち下さい」


 離れて電話を掛けるとしばらくして戻ってきた。


「お嬢様に確認した所、今病院から帰ってきてるそうなので、中でお待ち下さい」


 そうして豪邸に通され応接間らしき場所に案内される。


「さて」


 俺は早速、無断でサキュバスから聞いた秘密の部屋へ向かう。


 それは屋敷の中ではなく外にあった。

 蔵だ。

 いろいろと結界が張り巡らされていたので、全て壊して重苦しい扉を開ける。


 中がどうなっているか想像もつかず、俺は即座に魔術を発動出来るように仕込みをして中へ踏み入る。


 そこには……。


「見ました最後の!? S子のあの完璧なエイムからのヘッドショット! あ、みんなスパチャどもどもー! 今日もS子のDDDのソロ攻略見てくれてありがとございますー!」


 鮮やかな光を出すゲーミングPCとそれを中心に四つディスプレイが並ぶ独特な空間が広がっていた。


 その中で一際大きく湾曲したディスプレイの前でリクライニングチェアに座り、お菓子やジュース、漫画本に囲まれた人物がいる。

 上半身は「成り金」と書かれたダサいTシャツを着て、下半身はなんと何も着ておらず薄いピンクのパンティが丸出しになっている薄い金髪の少女だ。色気もヘッタクレもない。

 彼女はマスクと帽子、ヘッドフォンをしながらカメラに向かって手を振っている。


「次回はリゼちゃんと一緒にワールドダーカーに挑みますね! みんな、また次回も見て下さい。と言う訳で?、今日もお疲れS子ー!」


 ……だんだん頭が痛くなってきた。


 魔術学園の時もそうだったが学生ってどうしてこう、ブッ飛んだ事をしたがるのだろうか。

 人には見られたくモノの一つや二つはあるが、俺はそれを間違いなく今目撃してしまっている気がする。


「……ふぅ。そういえば誰か来てるんでしたっけ」


 そんな少女を何とも言えずにしばらく見ていると、彼女を画面に映るゲームやソフトを閉じおもむろにスマホを手に立ち上がった。


 その時、俺の後ろから風が吹き彼女が振り向く。


「風? 扇風機はつけてなかっ――」


 目が合う。彼女の顔から能面の様に表情が抜け落ちた。

 それからお互い無言の時間が過ぎ、ようやく。


「――う、嘘です。だって、結界があるから誰にも開けられないって」


 泣きそうな顔で彼女がそういったので、俺はずっと手に持っていた『サキュバス』の隠蔽を解除する。


「バフィット!?」


 コンクリートのベルトでがんじがらめになっている褐色のサキュバスを見て、少女がそんな名前を叫んだ。


「すまぬ。すまぬシイナ。学校に行ったらお主の幼馴染みだという化物がいて案内しろと言われて……」


 蔵に引き篭もりPCのカメラに向かってブツブツ喋っていた少女――おそらく本物の天ヶ瀬シイナはそこでようやく俺を認識した。


「幼馴染み? ――え、もしかしてレンくんなんですか?」


「ああ。久し振りだなシイナお嬢様」


「嘘っ、本当にレンくんなんですねっ! あ、いや、その、ええと…………ど、どこから見てました?」


「その前に服装を何とかするのが先なのでは?」


 彼女は声にならない叫び声を上げ、Tシャツで必死に下半身の薄いピンクのパンティを隠そうとして右往左往するが、やがて椅子に足を引っ掛けて「ひゃあー!」と叫びながら漫画の山に突っ込んでいった。


 ……ヒカルと唯はまぁいい。


 だが目の前のシイナお嬢様は一体なにがどうしてこうなったのか。このサキュバスは何なのか。聞きたい事は山ほどある。


 ただ出来れば余計なトラブルはこれで最後にして欲しい。……恐ろしい事に今日はまだ学園初日なのだ。

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