第9話 エルフ早速やらかす
〔レン・グロス・クロイツェン〕
「まっ、まさかあなた様が閣下だとは思わずっ、大変ご無礼な事を言ってしまい本当に申し訳ありませんでしたっ! どうかっ、どうか一族の命だけは何卒お助け下さいませ! お願いします! どんな事でも致しますからッ!」
入学初日の昼休み。
クラスメイトの女の子に泣きながら土下座された。意味が分からない。
周囲の学生達も恐怖と困惑の表情を浮かべガン見である。それも昼休みという事もあり、他の学生達も続々と集まってきて廊下から俺と彼女を見ている。
俺の顔面が引き攣って治らない。
ただ一応、原因は察している。
そもそも問題は編入時の挨拶から起きていた。
「初めまして、加賀美レンと言います。秋口からの編入からなので分からない事も多いですがよろしくお願いします」
そんな至って普通の自己紹介と、至って普通の拍手で迎えられた俺は、指定された一番後ろの席に着く。
が、それが問題だった。
俺がクラスの窓際一番奥へ机を持っていき着席すると教室がにわかに騒がしくなった。
なんだ?
心当たりがなく、首を傾げるも誰も話し掛けてきてはくれない。
むしろ好奇の視線から一転、不安や苛立ちの篭った視線へと変化していた。
ただ一人、目の前にいる気弱そうな男子学生だけが同情的に俺を見ていた。
――なんだこれ?
それから事務的な連絡があり、休み時間となった。
俺は貴族の影武者時代に王都の学園に通った経験があるがこんな視線は初めてだ。普通は良し悪し関係なく何かしらリアクションがある。
しかしいつまで経っても、遠巻きに見ているだけで誰も話し掛けてきてはくれない。とはいえ自分から行く必要もある訳ではない。
妙な居心地の悪さのまま四つの授業が経過。昼休みに突入した。
授業はまぁ、新しい知識という意味ではとても楽しい。だがあくまで趣味枠だ。学園乗っ取りの為にいるだけで、この様子なら登校はドラゴン等の召喚や花山の開発が落ち着いた後ですらいい。
とりあえず昼でも……。
「少しいいですか?」
「ん?」
食事で席を立つと突然、声を掛けられた。
目の前には黒い髪をツインテールにした整った顔立ちの少女がいた。
「何かようですか?」
「あなたの成績ってどれくらいなんですか?」
「は?」
返ってきた言葉は予想外も予想外な質問だった。
成績?
「編入試験を受けたのなら校舎にくわえて判定があったはずです。SからEのどれかが書かれてありましたよね?」
「ああ。あれは確か……Cだったかな」
そういえばテストを受けた際に予想以上に成績がよく第一クラスとかいうガチな所に入れられても迷惑なので、Cという真ん中或いはやや下辺りを狙っていた。
「……なら何か全国に出れそうな部活は?」
「部活? ずっと帰宅部ってやつだな」
そもそも幼稚園卒だぞ俺は。
「――っ」
それを受けて目の前の少女の表情が歪む。
クラスにいる他の全員も同じ反応だ。
中には「最悪っ」「学校の嫌がらせかよ」と口に出す者までいる。
「……はぁ。最後尾に座らされた時から嫌な予感がしていたけど、本当にCなんて」
「なぁ、成績がCだと何か問題があるのか?」
「あなたは何も知らないのですか?」
「悪いが成績については全く」
少女の視線に露骨に侮蔑の色が強くなる。
「いいですか? この学園は学業の成績や部活での実績によって第一、第二、第三と分けられ利用できる施設や権限、恩恵等が違います。
その中で第一はとにかく破格なんです。例えばホテル七沢が運営する無料高級朝食バイキングや、男女同居が公式に認められているコンシェルジュ付の学生寮、大学部の最新鋭の研究棟への立ち入り許可、各競技のプロ選手を呼んでの個人指導など、その他にも様々な施設の利用や権限が与えられます。また学費も免除され、国内海外含め極めて高いレベルの大学及び学科への推薦も貰えるんです」
「へぇ。そこまで露骨な競い合いを学校が推奨しているのか?」
「ええ。それがここの学園長の理念なのですから……で、実は半年に一回、成績によってクラスが丸々入れ替えが起きるのだけれど」
その説明で何となく予想がついた。
「つまり、このクラスは俺がいなければ第一へ上がれる可能性が高かったと?」
「そうです。番号が若いだけ成績が良い。クラスの席順もそう。私達一組は第二校舎でトップ、もう少しで第一校舎へ行けたんです。
そうなれば皆、先程説明しました様々な恩恵を半年間は最低でも受けれた――けど、あなたが一気にこのクラスの平均を下げてしまったんです」
それで目の敵になってるのか。
少女が少し苦虫を潰した様な顔をする。
「確かにあなた自身に大きな非はありません。それは分かっています。けど、このクラスは第一校舎へ行く為に皆で頑張っていましたから。それがあなたがこのクラスに来た事でご破産……心中穏やかではいられないのです」
どういう学校生活だよ。この学園のトップは余程に怠惰が嫌いか。
「そういう訳ですから、今日からすぐにでもあなたに勉強を教えます。帰宅部と言いましたね? 私もお父さんのお店の手伝いがあるから、周に四日くらいしかできないですけど、その四日は徹底的にあなたの成績を上げる為に使います。いいですね?」
「断る。すまないが放課後は用事がある。あと学園への登校も不定期だ」
「――え?」
しばらくキョトンとしたあと、彼女が驚きと怒りで俺を見る。
「どうした? まさか当然の様に受け入れられるとでも思ったのか?」
「だ、立って普通は……!」
「普通? その考えは甘いのでは。なぜ俺がそんな他人の設けたルールを背負わさなければならない。それを背負う事で起きるメリットはなんだ? 従わなければならない弱みはなんだ? その主張を正当化する道理はなんだ? 足りてない。圧倒的に道理も圧力も駆け引きも足りていない。俺からすればいやいや――お戯れをだ」
離れた場所でガタッと音がする。
「お前さぁ! 自分の我侭のせいで俺達の脚を引っ張る気かよ。委員長の気遣いまで断って何様だ!?」
立ち上がった他の男子が絡んできた。いや、男子だけではない。
「ふざけないでよ! このクラスは委員長を中心に皆、一生懸命上のクラス目指して頑張ってんの! それをポッと出て来たアンタに邪魔する資格があるの!」
クラスにいる全員が俺を睨んでいる。従わなければお前は敵だの同調圧力。数の暴力。
……可愛らしいな。
実害の伴わない脅迫など何の価値がある。人を人とは思わぬ暴力性と狂気を感じさせて初めて脅しは威力を発揮する。
彼らは俺に手を上げる覚悟があるのか? ない。ないからこうして徒党を組む。逆にもしその一線を超えるなら、俺が本当の暴力と脅迫というものを優しく教えてやるだけのこと。
「やめなさいあなた達。でも、それ本気なんですか? 私だってお父さんのお店を手伝いながら、一日最低でも五時間は勉強しています。他の皆もそう。学業が無理な人も部活を頑張っています。なのに自分は嫌だっていうんですか?」
「ああ。悪いね。俺はいないものとして扱ってくれ」
「――そう。最低ですねあなたは。勉強も運動もダメ。見るからに暗い雰囲気、お友達もいなさそうで……ホント情けない男」
軽蔑する態度を隠そうともせず、彼女は捨て台詞の様な言葉を吐き俺を見下す。その目には明らかに侮蔑が……って。
ん?
だがそこで気付く。
――微弱な隠蔽魔術?
あまりにも微弱過ぎて気付かない所だった。
しかしよく見ると、彼女の耳にあるイヤリングから魔力が発生している。
しかも耳限定だ。
「――あ」
不意に思い出した。
そういえばこの子、何処となく見た事があると思ったら。
「なんだ君か。ドーメズ氏のお孫さんじゃあないか」
「………………は?」
突然、彼女の本当の姓が出てきて、彼女は驚いている。
「え、なっ、なんの事ですか!? 私の名字は百目鬼ですっ! ドーメズではありませんっ!」
「いや、構わんよ。そうそうそんなに特徴的な耳の人がいたらこちらも困る所だ」
そう言うと彼女は咄嗟に両耳を押さえ、後ずさった。
「なっ――あっ、あなたは何者ですっ? 私の耳も名前の事も知っている人間なんて家族以外には誰も……」
「あの時は正装だったからな。ならこういえば分かるか。こないだは美味しいお茶をありがとう、お嬢さん」
そう言って片手で髪をオールバックにし眼鏡を外すと、もう片方の手を懐に伸ばしたフリをして亜空間から愛用のシャープなサングラスを取り出し、彼女にチラッと見せた。
しばらく髪を上げた俺の顔とサングラスを見て訳が分からず呆けていた彼女だったが。
「……………………ぁ」
そう間の抜けた声を上げると、次第にその表情から血の気が引いていき、やがて物凄い汗が噴出してきた。
「あ……………………………………………………………あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああッッ!?!?」
突然の絶叫。
周囲が騒然となるが目の前の彼女は顔を真っ青にして、見た目で分かる程に震え上がっている。
「だっ…………だい…こ…しゃまッ……あああっ……っ!」
ぷるぷる震える指で俺を指差すのでとりあえず苦笑して頷く。
……と言うかそんなに動揺することか?
逆にこちらが少し引く程だ。この様子だとドーメズ氏にかなり大袈裟に釘を刺されたらしいな。
「こんな所で奇遇ですね」
――でもこれで波風立てずに放課後は勘弁して貰えるな。
そんな楽観的な事を考えていた直後だ。
その場で彼女が崩れ落ち、涙をボロボロ流しながら床に手を突き勢いよく――。
「もっ、もうっしわけっ、ございませんでしたッッッ!!」
土下座した。
物凄い綺麗な土下座だった。
「は?」
おかげで教室の空気が凍りつく。
俺も傍から見たら、同級生の女子生徒を土下座させている様にしか見えないこの状況にフリーズする。
「まっ、まさかあなた様が閣下だとは思わずっ、大変ご無礼な事を言ってしまい本当に申し訳ありませんでしたっ! どうかっ、どうか一族の命だけは何卒お助け下さいませ! お願いします! どんな事でも致しますからッ!」
もはや処刑前の罪人である。
周囲も突然の事態についていけず俺達を呆然と見ている。
――いや。
いやいやいや。なにしてんだよこの子。泣きたいのはこっちだぞ。
土下座なんぞ全く求めていない。そこまで器量は狭くはない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今の俺は加賀美レンであってだな――」
「よ、よもや学園にいらっしゃるとは思わず私はッ、私は同族の英雄であらせられる閣下になんて愚かな事を……ッ!!」
確かに如何なる事情があれど、セラならば俺に「情けない男」など面と向かって平民がのたまえば一族郎党の首が飛ぶ場合もある。これは事実だ。
しかしここは地球。今の俺は高校生の加賀美レンでありクロイツェン大公ではないし、セラの部下も今の俺の行動を把握していない。
仕方ない話だが彼女にそれが伝わっていない。さらに。
「い、委員長? なにやってんだよ?土下座って……冗談、だよな?」
「嘘でしょ、なんであの百目鬼さんが泣きながら土下座させられてるのよ……あ、アイツ本当は滅茶苦茶やばいんじゃ……っ!」
見ていた周囲まで恐怖に染まった顔でこちらを見てくる始末。
俺は慌てて彼女を立たせようとする。
「分かった! もう分かったからやめてくれ! 土下座なんて一切求めてな――」
「唯ッ! 女の子に土下座させてるって最低野郎はどこだッ!?」
「え?」
だがドーメズ氏のお孫さんを何とか起き上がらせ様と手を伸ばした時、今度は教室に綺麗な金髪をなびかせるイケメンが現れる。
「ヒカル先輩っ! ほら、あいつですよ! あいつがあの女の子を泣かせて土下座させてるんです!」
その横に赤髪の何処かミチルに似た、懐かしい雰囲気の少女が俺を指差し睨んでいた。
――ヒカルって主人公なのよ。
――唯の事はもう知らねぇ。
ヒカル。唯。残りの懐かしい幼馴染みの登場でさらに場が混沌としてくる。
正直もう帰りたくなってきた。
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