第8話 巨大学園へ登校しよう
〔レン・グロス・クロイツェン〕
「と言うわけでこれより裏山――花山の開発に着手する」
百目鬼家より裏山を購入して数日。
俺達は再び本間通りのオフィスに集まっていた。
組合を通して法的な手続きを行い、無事にあの山は須藤青年のものとなった。これで安心して拠点化が出来る。
なおずっと裏山とも言っていられないので、花山と俺が勝手に名付けた。山の名前は市町村が決めているらしいので、公務員である父さんにその辺りを頼もうと思っている。
「主様の指示でいろいろと動いてはいたけど、具体的にはどうされるんですか?」
アンデッドの花子さんの質問に答える。
「まず、物理的な対策。立ち入り禁止のフェンスと有刺鉄線の設置、あと監視カメラの増設だな。これらは花子さんに取って貰っていた見積もりで構わないのから、業者に頼んで取り掛かってくれ」
「分かりました」
「次に視覚と防音対策。こちらは俺が用意している魔術的な結界だ。ただ範囲が広すぎるので、魔石を起点に陣を結び――と言っても分からないだろうが、山の入り口数ヶ所に木佐貫の爺さんに発注を頼んだダミーの社を置き、その近くの地面に本物の魔石を入れ中の様子が外から分からない様にする」
皆よく分からなそうだが頷いていた。
「で、その次にドラゴン召喚に向けた餌の確保。これは山崎に頼んでいたが進捗はどうだ?」
「ええ。予算内で確保出来そうです。搬入開始日を指定して頂ければその日から持ってこれますよ」
「それは良かった。あと汚物の処理だが、若いドラゴンは糞尿に加えて食事が丸呑みなので肉食の鳥の様にペリットも吐き出す。これらの対策としてスライムを本国から大量に取り寄せたから、あとでスライムが脱走しない様な囲いも作る。これも花子さんに見積もりを頼んであるが問題は?」
「ありません。そっちもちょうど三社くらいで合見積もり取ってるので、一番良さそうな業者に発注しておきます」
「助かる」
あと肝心の手配されるドラゴンについては予め、北の大山脈に住む竜王に話をつけてある。
なんでも若い牝の個体で、知能も高い子を送ってくれるそうだ。彼女は好奇心旺盛らしく、異世界と聞いて率先して手を上げたらしい。
ただ竜魔法は習得済みだが、人化等にも至らず、食事も未だ丸呑み。竜王はまだまだ子供と言っていた。それでも戦闘能力は名待ちの竜に匹敵する天才だとか。
「あとは寝床となる洞窟か岩場が必要だが、それはドラゴンにやらせる方向でオッケーと。あと結界の防音対策が機能しているか召喚後に確認したい。須藤青年、騒音測定など請け負っている環境調査会社を探しておいてくれ。あとドローンの免許取れた?」
「はい。大したことしてないのに講習代であんなぼるなんてクソだと思いましたがちゃんと取れました」
ドローンは結界が機能しているか上空から確認する為のものだ。他にも使う機会が多そうなので須藤青年に免許を取って貰った。
ドラゴンの寝場所については流石にでか過ぎるので自分でやって貰う予定だ。
あと竜の咆哮には様々な副次効果がある。そのため結界を突破する危険もあり、どういった音波が外に漏れるか騒音測定を業者にして貰わなければならない。
「よし。これら全てに目処が立った所でいよいよ召喚を行う。大雑把に考えると……フェンスの設置は外なので気にせず。スライムは明日再びゲートを開くのでその時に受け取り。餌の用意も大丈夫。社の納入は三日後だからそこから結界作って……予定通りなら一週間後の土曜にやるつもりだ。異論はないな?」
俺の言葉に全員が頷いた。
「なら本日の打ち合わせは以上だ。……って、ああそうそう、一つ俺から重要な連絡がある」
顔を見合わせる五人。誰も心当たりはなさそうだ。そういえばまだ誰にも言ってなかったっけ?
「俺、明日から学校に通うから。ピカピカの高校一年生だな」
ああ、そうなんだ。
という感じの表情をした直後――。
『えっ、主ってマジで十七歳だったんですか!?』
と全員から突っ込まれた。解せない。
その翌日。
「レン。知らない人に着いていっちゃダメですからね」
「レン、学校で苛められたら父さんに言うんだぞ。父さんが公務員の力で嫌がらせしてやるからな」
「そ、そうですか……まぁ頑張ります」
転入初日。
俺はちょっとズレた事を言う両親に執拗に絡まれた上で、学園へと登校する。
「美沙ちゃん、雫ちゃん、息子の事をお願いね」
「はい。彼の事は任せて下さいおばさん」
しかも幼馴染みの吾妻姉妹と一緒に登校だ。これも両親が頼んだ事なのだが、過保護というか何というか……十年の失踪を思えば致し方ないのだが、こちとら国家元首なことを思えばとても妙な気分である。
「ちなみに案内するのは今日だけよ。私は頼まれたからで、姉さんは明日から学生会が忙しいから、明日からは一人よ」
意外というかやはり本心がよく分からない雫がバッサリと切り捨ててくる。
「にしてもそのもっさい眼鏡はなに? 髪型といい近寄り難い暗い奴に見えるわ」
「そうよ。レン坊ってなよなよした昔さえ知らなければ凄いイケメンに見えるのに、昔に戻ったみたいでダサいわよ」
「このくらいが丁度いいんですよ。気楽ですし」
学園には微弱な認識阻害を施した伊達眼鏡を一応かけていく事にした。基本、オールバックなので髪を分けず前に垂らすと顔が見えず俺は暗い奴に見えるのだ。
どれだけの頻度で登校するかは状況次第なので変に目立つより今はその方が都合がいい。
それからは俺達は近場のバスに乗って移動を始めた。
――二人とも制服がよく似合うな。
――あ、そう。
――美緒姉の学生会って大変なのか?
――え? そうでもないわよ、いつも十時くらいには帰れるわ。もしかしてレン坊も一緒にやる? 死ぬわよ。
――いや結構だ。
などと身も蓋も無い会話をしていると大和国際学園入口という名の駅に着く。そこからまた学園行きの別なバスに乗るのだが、駅周辺は凄まじい数の学生で溢れかえっていた。
「何人いるんだこれ?」
「レン坊は初めてだからビックリするわよねー。たぶん数千人はいるわ。大和って四つの私立が合併して出来たものだから、数だけでも凄いのよー。ここに徒歩や自転車組、寮生まで加わるから全体像は訳が分からないわ」
「もはや大移動だな」
数分置きに出る学園直通のバスに三人で乗車した。なおもう一駅電車に乗っても着くのだが二人がバスなので俺もそれに合わせた。
「あ、吾妻さんおはよう!」
「美沙がバスなんて珍しいね」
バスに乗ると流石は学生会の人間か。さっきからひっきりなしに美沙姉に声が掛かる。
その様子を俺と雫は離れたところで見ていた。
「すごい人気だな」
「そうね。姉さんは第一校舎の学生会だから」
「凄いんだな学生会って」
「ええ。それも第一校舎のね」
「……それって何か意味があるのか?」
俺が怪訝な顔をすると雫がビックリした顔でこちらを見る。
「貴方、どこの学校に入学したのよ? 合格通知に校舎の番号書いてあったでしょう?」
「ああ。俺は第二だった。あれは単に使用する校舎の意味ではないのか?」
「ぜんぜん違うわ。第一から成績優秀者、第二は平均、第三は下位って能力によって階級分けされているのよこの学園」
――ああ、そういえば乗っ取るのだから何処でもいいと思っていたが、事前に調べた時にそんな格付けがされるとオブラートに包んで書いてあったな。
「そういえば忘れていた。しかしそうなると第一校舎の学生会の人間って高校生限定なら最上位の人間では?」
「だからああやって声が掛かるのよ」
幼馴染がさらっと凄いことをいう。年上の姉貴分の意外な出世を知り思わず感心した。
「知らない間に天上人になってたのか……って、おお凄い景色だな」
途中、高台からバスで学園を一望出来る場所に出た。
そこから見える学園はもはや町にしか見えない大きさである。
なにせ高層マンションの様な建物、町中を走る電車、巨大なドーム型の複数の施設。中には森や川等もあり、学園ってレベルではない。
入学試験の時は電車で行ったのでじっくり見れなかったが、こうしてバスから見ると壮観だ。
それから少しして俺達は学園に到着しバスを降りて徒歩で歩き出す。
巨大な門を自分を含め、多種多様な学生達が潜っている姿は中々に心躍るものがある。そんな中、年上の幼馴染だけはさっきよりも多くの人だかりが出来ていた。
「おはようございます吾妻さん!」
「おはよう吾妻」
「おはようっす美沙さん!」
その様子に思わず、彼女は自由都市連合の代表か何かか? とすら思った。……そういえばあのハゲ代表は元気しているかな? 等とセラのことを一人思い出した。
「凄いでしょ、美沙姉さんは」
自分と共に離れて歩く雫が、周囲皆にフレンドリーに挨拶する美沙姉を見ながら言う。
「美沙姉さんはこの学園で起きた問題を学生会でかなり解決してるのよ。女子生徒を盗撮していた教師を警察につき出したり、出入りの補修業者が行ってた手抜きを告発して、事故にあった生徒に賠償させたり、女子寮に侵入して下着を盗んでいた男を捕まえたり、学園長に直談判して冤罪で退学にさせられそうになった不良生徒を救ったり……まぁヒカルのお陰でもあるんだけど、とにかく凄く皆から慕われているの」
それでこの歓迎っぷりか。
「そんな美沙姉さんにとって貴方はただの幼馴染だから。大丈夫だと思うけどあまり勘違いしないで貰えるかしら」
まただよ。
彼女はどうして俺へそんな釘を刺してくる? こちとらバツ一の妻四人の既婚者だ。ほぼ戦闘力頼りだが一国を預かる身でもある。現地妻なんぞハニトラ以外で作る気もない。
「って、レン坊! これから中央職員室に連れてくんだから、ちゃんと付いてきなさい。迷子になったら大変でしょアンタ。何なら手でも繋いでく?」
いつの間にか距離が開いていたらしい。その美沙姉に呼ばれる。
ただ、レン坊という妙な愛称に周囲が全員俺を見ていた。好奇心やら嫉妬やら、ごちゃ混ぜの視線だ。
「今行きますよ。あと学園で昔の子供時代の様に言うのは勘弁して下さい」
魔導王の名が泣くわ。
……ただ何となしに学生には学生の世界があるのだなと、彼女の人気を見ていて強く思った。
俺からすれば所詮ここはオママゴトの箱庭だ。
数千人が生活する都市化していていも実社会とは違う。人権すら弱者には与えられないセラとは雲泥の差。ヌルいとは思うが、それはとても幸福なこと。
だからこそ、俺がこの学園を乗っ取るのならば俺も彼らのルールと力関係を知る必要があると感じた。
――誰を抜擢しどう仲間に引き込むか、その辺りはおいおい見極めておこう。
閉じた世界を無理やり抉じ開けるのだ。段取りは極めて大切である。
それから俺は吾妻姉妹に連れられ全校舎共通の中央職員センターに向かった。
中央職員室センターは文字通り学園の中央に位置し、駅の隣にある官庁の様なビルの中にあった。センターに入ると学園用のタブレットやら、生徒事に配布されるナンバーカードを渡され、吾妻姉妹と別れ第二校舎クラスの1-1へ行けと言われた。
しかもタクシーで。
タクシーは教師が許可を出すと使用可能になるらしく、ナンバーカードの読み取り機にかざすと無料で送ってくれた。
ただ第二校舎にタクシーで着くのに五分も掛かった時は、流石にでかさより不便さの方を感じる。
その校舎に用意された電子ロック式の下駄箱で靴を履き替え、病院の様な校舎内を歩き、今度は第二校舎の職員室でお世話になる。
それからクラスメイト達に挨拶し、いよいよ俺の学園生活が始まるのだ。
「――もぉし訳ございませんでしたぁッ!!」
と、思ったらこれである。
目の前でツインテールの黒髪の可愛らしい女子生徒が床に身を投げている。
その手は綺麗に三つ指で、美しさする感じ所作だ。育ちはいい。
特に先ほどまでのキリッとした顔つきと真面目さを見るに、委員長っぽい彼女がやっているからか、とても様になってしまう。
ただ。
やっているのは土下座である。
強要した覚えもないし、求めた覚えもない。俺だって顔が引きつっている。
ほんと、入学初日にどうしてこうなったよ。
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