第5話 山を買おう
〔レン・グロス・クロイツェン〕
「山を買う」
俺の言葉に全員が頷いた。
「買うのはもちろん、俺の墓があり異空間ゲートの存在するあの裏山だ」
現在、俺はサン・マルヒとアンデット四人組を集め、いわき市の本間通りに借りたオフィスの一室でテーブルを囲んでいた。
購入目的は一つ。ゲートのある山の本格的な防衛に着手する。
もっと具体的にいえばあの山は一部が谷の様になっており、そこで防衛戦力としてドラゴンを飼育する為だ。
「では福島県知事への調略工作はお任せ下さい」
サン・マルヒが胸を張った。
「え?」
その発言の意味を理解出来た者はいない。ドヤ顔の彼を除き全員が顔を見合わせ困惑する。
ただ俺は少しして彼が何を間違えているのかに気付いた。
「マルヒ。この国の土地は金さえあれば誰でも買えるんだ。別に県知事が領主として国から認められた土地を治めてる訳ではない」
やはり政治体制の違いに気付いていなかったか。またマルヒが愕然としている。
「なので攻略するのは県知事ではなく、地主だ」
「――須藤くん、報告を」
すかさず渋いサラリーマンの山崎に促され、ラフな格好の須藤青年がそれぞれのPCへ資料を共有する。
なおこの須藤青年はそこそこパソコンに詳しかったので、今ではハード及びソフトの両面で電子機器担当となっている。心なしかアンデッドになった当初より生き生きしていた。
「まずあの山の持ち主ですが法務局から登記簿謄本を取り寄せた結果、全て私有地でした。山の一割程度は主のお父様が権利を所有しており、残りの九割は福島市に住む『百目鬼洋介』なる人物が土地の所有者らしいです」
「それって普通に教えてくれるものなの?」
アンデット四人組の紅一点こと花子さんが質問する。彼女は至って普通のOLなので接客や経理の方面を担当して貰っていた。
「はい。法務局で申請したら普通に見せてくれました。俺以外に不動産屋の人とかいましたし」
「登記簿謄本なんてそんなもんじゃぞ。しかし私有地となると問題は土地の価値じゃな。地図を見るに道に面しておらんから、安そうだが……開発許可や保護森林、土壌汚染。考えるだけでもこれだけ要素がある」
それを受けて説明したのは、アンデッド最後の一人で木佐貫という名前のお爺さんだ。
「詳しいな木佐貫の爺さん」
「昔は店をやってたからの。出店先を調べる時にちとかじったのじゃよ」
なおアンデッドの四人組はそれぞれ山崎、須藤青年、花子さん、木佐貫の爺さんという呼び名に落ち着いている。
「やはり儂らでは判断がつかんのぉ」
少し考えて木佐貫の爺さんが小さく唸る。
確かに山の査定は難しい。数万でゴミの様に処分されるものから一千万近くで取引されたりもする。なので当事者間の交渉にしたって指値の検討もつかないのだ。
「ではどの様に?」
山崎を皮切りに全員が俺を見た。
「そのまんまプロに任せよう」
俺は山林の売買を取り扱っている不動産屋と日本山林組合の資料HPの画面に共有する。
「探して出たのはこんな所だ。ただ査定しますってのは不動産屋の商売だから、先に日本山林組合に話を持っていこうと思う」
俺の言葉に一様に頷く。
それから話し合いの結果、須藤青年が購入者、木佐貫の爺さんがその後見人役となって組合に話を持っていく事になった。
山の所有者はそのまま須藤青年にするつもりだ。
流石に事が公になった時に俺の名前が一発で出るのは困る。いずれ地盤が固まれば所有権を移してもいいが、今は彼に頑張って貰おう。
そんなこんなで山購入に向けて動き出して早数日。
「指値は三百万前後か。思ったよりは手頃だな」
組合から具体的な査定額が須藤青年を通じて送られてきた。
他にも電気やガス、水道といったライフラインの設置の可否、建築物の可否、土壌汚染の有無など、山に関する情報がまとめられた書類も一緒にまとめられている。
大まなかなポイントとして、環境保護の指定もなくライフラインも設置可能。交通は不便だが土壌汚染や不法投棄、曖昧な区画線もなし。
そのため将来的に開発の予定がない山の割りには高めだそうだ。もっとも面積が面積なのでこんなものだろう。
むしろ一千万を用意しているので、三分の一で済むなら御の字である。
取引はその後もスムーズに進んでいるらしい。
今日は組合の営業担当と、書類一式を持った須藤青年達が最終交渉の為に地主の宅へ出掛けた。余程の事がなければ契約はまとまる。
またドラゴンの生活環境整備に向け、平行して山崎に畜産業者と土木業者の選定を依頼し、本国にも浄化用のスライムと広範囲隠蔽用の魔導具一式の手配も頼んである。
これで考えうる手筈は整った。あとは結果を待つだけだ。
なのでその間に俺は個人的な所要で事務所近くの喫茶店ペルシャに来ていた。
「おっ」
「あっ」
俺は店の前にいる目的の人物達と思わしき集団を見つけ手を上げた。
向こうは皆、学生服だ。事務所帰りの俺はノーネクタイのスーツ姿で少し浮いている。
「えと、もしかして加賀美か?」
喫茶店の前でたむろしていた同年代の男子学生三人組、その一人が戸惑いながらも微笑む。
「ああ。お前、ミチルだよな。なんというか十年振りだな」
「ああ。そうだな。久し振り」
武道でもやってそうな、細身ながら筋肉質な体格。相変わらずぶっきらぼうだが、なかなか二枚目な感じでモテそうだ。
「うわっ、マジで加賀美なのかよ。あの女みたいだったのがまるで別人じゃん!?」
「そういうヒデアキは変わらなさすぎだろう。一発で分かったぞ?」
ヒデアキと呼んだ学生は記憶と相変わらず、オッサンっぽかった。
見た目は髪型といい制服の着こなしといい、かなりオシャレしているのだが、如何せん少しのっべりとした特徴のある老け顔のせいで昔の印象そのままだ。
「ヒデは死ぬまでこれだからしょうがないね。って、俺のこと分かる?」
「棟方だろ。メガネで分かったよ」
「俺が付属品みたいに言うのやめろ」
最後の一人、棟方は少しのっぽになっていた。けれどメガネがよく似合う柔和な顔つきに面影がある。昔の彼を成長させると確かにこんな感じだ。
ミチル、ヒデアキ、棟方。
――彼らは俺の幼馴染だ。
こっちに戻ってから電話やら噂やらお互いに聞いていたが、こうして時間を取って会いに来てくれたのだ。
「なんか、無事だったのが分かってからすぐに顔出せなくて悪かったな」
ミチルが少し申し訳なさそうに頭をかく。なんだかその仕草がひどく懐かしい。
「いいよ別に。こうしてまた会えた。とりあえず喫茶店に入ろうか――ただ」
俺は予定通り三人を喫茶店へ誘う。
その一方で、なぜか絶対に来ないと思っていた四人目の幼馴染みに視線を送った。
「なに? 私がいたら迷惑なのかしら?」
そこには俺の事を嫌っていると思われる美沙姉の妹、吾妻雫がいた。
よくつるんでいた幼馴染み全員に声を掛けたと言ってたが彼女がいるのは予想外だ。
「てっきり嫌われてると思ってたから、驚いただけだ」
「仕方ないでしょ。いろいろと説明しなければならないのよ。ヒカルの事とか」
説明? 俺が怪訝そうにすると、他の三人も気まずそうになる。
そういえばもう男連中といえばこの四人にヒカルと言う名前の少年もいたはず。
なんだっていうんだ、一体。
「んじゃまぁ、加賀美の無事を祝って~かんぱーい!」
ヒデアキが全員に飲み物がいったのを見てアイスコーヒーを掲げる。
「ヒデアキ声でけぇよ」「珈琲で乾杯ってないだろ」「私は遠慮するわ」「おっと、危ない」
喫茶店で場違いな事をしようとした彼に追従した者はいなかった。
俺は祝って貰う側なので頑張ってアイス珈琲を持ち上げたが、溢しそうになって撤退した。
「みんな酷くね?」
コーヒーグラスを掲げたままのヒデアキを店のマスターがめっちゃきつい眼差し送っているが仕方ない。
「それで加賀美は今まで何処にいたの?」
「俺か? 俺はたぶん海外にいた。未だに場所は分からないんだが、たぶんロシア寄りの北アジアで……」
棟方の質問を皮切りに俺達はお互いの知らない間について話し合う。
いわく、空手をしていたミチルは全国大会へ出る程の腕前になったらしい。
警察官の息子だけあって昔から強かったからな。
いわく、ヒデアキはバイトしながらバンドをやってるらしい。
モテる為にやり始めたのに全くモテないそうだが、ギターが楽しいので満更でもないとか。
いわく、棟方は部活でバレーをやりつつ、未だに十年前からやっていた動物園通いをしているそうだ。
来年にはオーストラリアに旅行して、珍しい動物達を見てくる計画をしているらしい。相変わらずの動物博士だ。
意外とアグレッシブに青春を過ごしているようで少し安心した。
「ところで雫は?」
「あなたに教える必要ってあるのかしら?」
左様か。
「にしてもやっぱり十年も経つと皆変わるな。雫とよくつるんでたシイナお嬢様とかミチルの妹の唯はどうした?」
俺は何気なく、他の昔馴染みについても冗談半分で尋ねた。
……が、予想に反して誰からも答えはなく場の空気が重くなる。
「何かあったのか?」
「別に。ただシイナと唯は軽井沢の別荘に遊びに行ってるわ」
珍しく雫が俺に説明する。
「あなたは学校に行ってないから知らないでしょうけど、今ってちょうど大和国際は夏休みなのよ。それで彼女達は旅行に行ってるの」
旅行?
どういう事だ。旅行に行っている事が、口をつぐむ理由な訳がないぞ。
「――吾妻。あの馬鹿妹に気を使ってるなら、その必要はないぞ。あんな奴知らん」
唐突にミチルがそんな事を言う。
それを受けて他の三人が気まずそうに視線をかわすと、雫が重い口を開いた。
「彼女達の旅行のメンバーは男一人に女六人、だったかしら」
「はぁ」
偏ってはいるが、それがなんだ?
「旅行の行き先は女の子の父親が持っている別荘。温泉もあるし、一つ屋根の下で一週間寝泊りするんですって」
「はぁ」
別荘に温泉とはまた豪勢だな。
「で、唯もシイナも他の女の子達もその男の彼女なの」
「はぁ……ん?」
あれ、貴族とかたまにあるけど、こっちにはそういう社会的な強者って確かないよな?
「日本って一夫多妻制じゃないよな?」
「当たり前でしょ」
「じゃあ彼女が六人いるってのはおかしいよな?」
「そういう男って事よ」
……もしかしてこれってそういう話なのか?
ヒデアキがさらに不可解な事を言う。
「その男ってのがヒカルなんだよ」
「えっ?」
「ヒカルは変わっちまったんだよ。昔のアイツのこと覚えてるか?」
確かに記憶にあるヒカルは地味というか影が薄い少年だった。自分からなにかするタイプではなく人の後ろに着いて回る様な。
実際、俺がゲートに飲み込まれる直前まで一緒にいた。いやよく考えればゲートに飲み込まれそうになった時、俺あいつに突き飛ばされた様な……。
「そういえばヒカルは無事だったんだな」
「――それ、あなたが言うの?」
「え?」
いきなり不機嫌な声で雫が俺を睨んできた。しかし彼女から言葉は続かない。
何なんだよ。
「……とりあえず思い出したけど、確かに俺の記憶にあるヒカルは彼女六人作れる様なやつじゃなかったな」
「昔はそうね。けど今の彼は“主人公”なの」
「主人公ぉ?」
「ええ。実はあのあと分かったんだけどヒカルのお母様って、この国有数の大企業の経営一族のご息女だったのよ。彼は日本有数の大財閥の御曹司」
「つまり金の力だと?」
「いいえ。顔も凄く精悍でモデルみたいに格好いいわ。というか、モデルと俳優の仕事も実際にしているわ。テレビに出て有名なのよ。下手なアイドルより人気あるしね」
「つまり金持ちでイケメンだと?」
「しかも鍛練した訳でもないのに、中学に上がる頃になると彼はあらゆる運動系の中学生記録を尽く塗り替え始めた。それはもう大騒ぎだったわ。陸上をやらせれば日本記録。サッカーやらせれば全国制覇。剣道をやらせれば中学最強。喧嘩も全戦全勝。私が知る限り、彼が誰かに負けた所なんて見たことがないわ。それも、なんの努力もせずね」
「馬鹿な」
思わず地が声が出た。
天才は存在する。けれど努力もなく天才は強者になり得ない。
「加賀美、事実だ。俺はヒカルに空手で完膚無きまでに負けた。それどころかオヤジも負けた。そのせいで妹の唯がロクに鍛錬もしないアイツに惚れて結婚するとか馬鹿なこと言い始めやがったんだよ。おかげでうちは絶縁状態だよ」
ミチルが静かに、されど若干の怒気を感じさせる声で吐き捨てた。
「ちなみに勉強も出来るわ。中学は三年間ずっとテストの総合順位で一位から落ちたことがないわね。今じゃ学園では女の子達のアイドル状態でヒカル様なんて呼ばれてる。ファンクラブもあるし、彼女も取っ替え引っ替え。そもそも複数人と付き合ってる時点で嫌われそうなのに、それさえ優秀な男の証と捉えられてる」
無茶苦茶である。
そんな漫画の完璧超人の様なやつが現実にいるはずがない。特に練習も勉強もせずと言うのがあり得ない。
「彼が“主人公”なのは他にも理由があるわ」
「まだあるのか?」
「彼はなぜか女の子のピンチに毎回必ず、運良く駆けつけ救うの。だから女の子達からは憧れのヒーロー、アイドルの様に崇めらてる。例えばガラの悪い先輩と喧嘩して暴行されそうになった所をヒカルに助けられてから恋する乙女になる子とか。ストーカーに襲われそうになった所をヒカルに助けられて同じ。お父さんの事業に失敗してヤクザに売られそうになった所をお金の力で解決して、なんかもあるわ。一軍と二軍の子は皆そうよ」
「マッチポンブは?」
「男性連中は皆そう思ってるけど、おかしな事に全部偶然なのよ。それは私が保証するわ。本当に信じがたいけど」
そこまで聞くと確信に変わった。
セラで似たような恩恵を受ける仕組みがあったのを思い出す。
これは勇者だ。
あれならば全て一致する。
女性を助けるタイミングで現れるのも勇者に与えられるエンチャントの一つ“救済の運命”だとすれば、不思議じゃないな。
あまりにもモテ過ぎるのも魔力に対する免疫がない地球人に、同じく勇者にエンチャントされている微弱なチャームが予想以上に効きすぎている可能性が高い。
……どういう事だ? なぜ地球にそんな力を得ている者がいる?
「ちなみにさっき言った一軍とか二軍ってなんだ?」
「女性からモテ過ぎてあまりに多いから、彼の正式な彼女と、お手付きと、ただのファンと、親衛隊とで分けられてるの」
「キm……頭おかしいのでは?」
自覚があるのか彼女は目を逸した。
「い、一軍は正式な彼女ね。四人から八人くらいいるわ。別荘に行ってるのも彼女が中心。その中に唯とシイナもいる。二軍は彼女じゃないお手付きの子達ね。たまに一軍にも混じるわ。三軍はファン達。手は出されてないわ。あとは親衛隊。確か前にヒカル君が不良グループを壊滅させて助けたレディースの子達がやってるの」
良し悪しはともかくガチで気持ち悪い。ドン引きだ。
「それもう王子様というより裸の王様だろう。痛々しい」
「かもしれないわね。あ、ちなみに――私と美沙姉さんも一軍なの。つまり彼の恋人よ」
彼女が不意に勝ち誇った様に俺を見て言った。
「私も美緒姉さんも彼の女になったの。何より彼の女である、一軍であるのは学院では物凄いステータスなのよ? 自慢できるの。羨ましいかしら?」
なんと雫と美緒姉もそうだったのか。
しかしステータス云々より、ここまで手広いと将来的に隠し子とかで揉めそうだ。結婚したら子供がヒカルの子だった、なんてガチでありそうで怖い。
「そうか、正妻争いも大変だろ。本物の王族じゃないからそこまで殺伐としてないのは救いだろうけど」
しかし俺が苦笑すると、彼女は黙ってしまった。
それから不機嫌そうに言う。
「……と、言っても嘘みたいなものだけどね。私は指一本触れさせてないし、一緒にいるのは男避けになるから。あと唯達もいるからよ。姉さんもそう。まぁ姉さんはヒカルがしつこくアタックしてるから、毎回あしらってて大変そうだけど」
「ふーん。大変だな」
「――っ」
そう適当に相槌を打つと彼女の綺麗な顔がまた一瞬歪んだ。
え、なんだこの反応? もしかして俺に嫉妬して貰いたかったのか?
意味がわからない。俺に何かしら恨みを持っている様に見えるが、どうも突っ掛かり方が子供っぽいというか……彼女の真意が分からなすぎる。
「えっ!? 雫ちゃんも美鈴姉さんもまだ処女なの!?」
だがなぜかそれが飛び火し、ヒデアキが叫ぶ。
「はっ? えっ、 そっ、それは、そ――って、か、関係ない事だわ!」
「だって! 学園の美少女って特待生クラスを除けば殆どヒカルのお手付きなんだぜ!? もし雫ちゃんがヒカルの彼女じゃないってだけで俺は今日から雫ちゃん一筋になる!」
「ヒデアキ、あなたねぇ…」
顔をひきつらせる雫に、ヒデアキが駄々っ子の様に訴える。
「だってよぉ想像してみ? 仲良くなった彼女がヒカルのファンで、遊びに誘われて帰ってきて処女じゃなくなってたとか女性不信になるじゃん!? ヒカルなら女ならお構い無しだからヤバイんだよ、なぁミチル!」
「……女にモテる為にバンド始めた奴がなにを言ってんだ?」
「うっ」
正論だったらしく言葉を詰まらせる。それを見て雫も口を開く。
「というかヒデアキ、ヒカルがお構い無しって言うけど、彼は別に無理やり女性に迫ってはいないわよ? みんな女の子が恋してヒカルに媚を売るのよ。そうすると彼は当たり前の様に抱く……あれ? でも恋人いるのにそれってただのグズなんじゃ――」
「ほら! 人の女に手を出してる時点でグズ野郎じゃん。加賀美もそう思うだろ?」
「そうか? 女の子が好きになって体を許したんだろう? ならそれは女の子の勝手だし、もし痛い目をみたなら双方に見る目がなかったんじゃないか?」
俺の言葉にヒデアキが愕然とする。
そもそも俺はこの歳でバツイチ。かつ政略結婚の妻四人を持つ身だ。ヒカルは頭おかしいと思うが、そこまで貞淑さも求めていない。
「そっ、それは、そうかもしれないが」
「お前だって、可愛い女の子達から迫られ、責任も取らなくていいと言われたら、全員はともかく一人、二人は手を出してしまうんじゃないか? 絶対に彼女一筋と言えるのか?」
「そういわれると、そうだけどよぉ~」
ヒデアキが地団駄を踏む。
「棟方はどう思うよ!?」
「いや俺、そもそもヒカルがいようがいまいが動物臭いって言われてモテないから……」
場の空気が通夜の様になってしまった。
それでもめげずにヒデアキが訴え、ヒカル暗殺計画などと言い始めたので、俺達はそんなどうでもいい話に花を咲かせる。
――ああ。こういうのも楽しいな。
久しい感覚だった。
あっちでも騎士団の者達とバカ騒ぎもするが、ただの一人の青年として話すのが、何より楽しく感じる。
実感する。俺は帰ってきたのだと。
その一方、ヒカルは確かめるべきだと確信した。
――異世界召喚の術式に組み込まれている恒常エンチャント、通称“勇者”。
勇者には身体の向上、敗北の運命回避、危機察知の強化、常時発生型の微弱な魅了などがあり、ヒカルには該当する要素が多すぎる。
そもそもハーレムなんてものはセラの様に命が軽く、持つ者と持たざる者の差が激しい場合に取られる選択肢だ。
こちらの世界ではあまりに異様。
ただ、その力の発現時期からして魔族が関与している可能性も低い。もしかしたら自然発生した可能性もある。
或いは――十年前、本来あっちに飛ばされるのは俺ではなくヒカルで、“勇者”のエンチャントまでされたのにヒカルだけ残ってしまったのか。
それならば俺が何の力もなく異世界に送られた説明もつく。
「ま、なんにせよヒカルも学園で接触してみるか」
もしヒカルが本物の勇者なら……これは使える。ぜひ、俺の管理下に置きたい。
彼の身辺調査をサン・マルヒに命じようとスマホを取り出す。
だがその時だ。メッセージアプリに須藤青年から予想外の連絡が謝罪と共に飛び込んできた。
――百目鬼洋介との交渉が決裂しました。
さらにその後にサン・マルヒからも別な連絡が入る。
――山の所有者、百目鬼家にはエルフの血が流れている可能性があります。
俺は目を細めながらアイス珈琲に口をつけ小さく笑う。
さて、少し面白い事になってきたな。
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