第4話 高校を乗っ取る為に入学試験を受けよう
〔レン・グロス・クロイツェン〕
「お待たせ致しました。24金516グラムの代金3,267,530円になります。ご確認下さいませ」
まとめられた札束を一度扇状にして数え、小銭と共に封筒に戻すと店員はトレーに入れてこちらに差し出す。
俺は隣の男に視線を送ると、彼は封筒から札束を手にして確認する。
また一緒に出された紙幣カウンターに掛けてその枚数に間違いがないかチェックした。
「ふむ。確かに」
それを合図に俺と彼が席を立つと、目の前の店員も立ち上がった。
「ご利用ありがとうございました。あらためましてわたくし、オグラ買取センター有楽町支店の店長をしております大黒と申します。もしまた何かございましたら、こちらに電話を頂ければ出張買取も致しますので、よろしくお願い致します」
名刺を渡し頭を下げるスーツ姿の大手ブランド・金券買取ショップの店長。
「ああ。その時はよろしく」
それに隣の男――俺が雇用したアンデッド四人組のうちの一人、四十代半ばのサラリーマンである『山崎』が答えて店を出た。
山成樹海での契約から一日。
俺達は東北新幹線で福島に帰る前に、再び首都でいくつかの雑務を片付けていた。
一つはアンデッド達の近辺整理。身分証や印鑑、キャッシュカード等の貴重品の確保。賃貸の解約などだ。
二つ目は身元のハッキリしているアンデッド達を使い、本国から送って貰った金を売却して資金調達。
三つ目は都内でスーツや鞄など、ビジネスの場で舐められない為の高級品や、その他警備、情報網の構築に使えそうな物品の購入。
そして現在、山崎を除く三人はサン・マルヒと共に各々の自宅や不動産、警察署で失踪届の取り消し等に向かっている。
「どうぞ三百万です」
「やっとまとまった金が手に入った。社会人様々だな」
一方、山崎だけは換金と物資の調達の為に俺と一緒に東京都千代田区有楽町を銀座方面へと歩いている。
「主なら三百万くらい簡単に手に入れられそうですけどね」
「まさか。君らを雇用したおかげだ。俺は年齢の問題で、サン・マルヒはそもそもこちらの身元がなく、換金すら出来なかったからな」
なお言葉遣いも雇用主と部下と言う事で彼らに対する敬語は辞めた。
もし公国の人間に見咎められると要らぬ誤解を抱かせる可能性があるからだ。
「金の売買は未成年では無理ですが、その辺は魔術とやらで、どうにでもなるんじゃないですか?」
いやいやいや。
山崎までもマルヒと似た様な事を言い始める。皆、魔術はチートだが完璧ではないのを理解していない。
「売却したのは異世界で産出された金だぞ? もし予想外の事が起こり騒動となれば売却元の帳簿から店の監視カメラの映像と身分証にまで繋がる。
もちろんカメラや帳簿、身分証まで対処すれば可能だろうが使用する魔石の代金を考えればあまりに労力に合わない。
また店舗の人間の報告と本部のPC上の数字の齟齬が生まれると、税理士か公認会計士辺りに脱税や粉飾の疑いで突っ込まれ話が拡大する恐れもあるぞ?」
「い、意外と世知辛いですな」
「短期的なゴリ押しは不可能ではないが、一々魔術を使わねば生活できないのは間違いなく
なお、これは遺言作成時に発覚した事だが、カメラ越しでも幻術は機能していた。
だがキャンセル系の魔術を使うと、同じくカメラ越しでも正体がバレたのだ。
おそらく幻術や透明化と言った類の魔術は、相手の視認を誤魔化す事で作用している。結果、相手が魔力を駆使して看板しようとすれば映像越しでも見破られてしまう。
この辺りの原理は環境が整ったら研究する。
リスク回避の意味もあるが、何せ映像に魔術効果が映り込むと言う事は“魔術の電子データ化”も可能かもしれないのだ。
「しかし洗脳や記憶操作があるなら異世界は無法状態なのでは?」
「あっちの人間は抗魔力が高い。お伽話レベルでないと暗示程度にしか効かないぞ。それも魔導具で簡単に打ち消される。逆に如何に地球人がモロいか分かるって話だ」
そりゃ手軽さから魔王崩れ共も洗脳や記憶操作で対処しようとするわな。
あと俺が気軽に使ってる魔術はそもそも異世界でも群を抜いて特殊技術、地球で言えば俺もマルヒも魔王崩れもハッカーみたいな存在だ。スタンダード技能と思われては困る。
「ちなみにアンデッド化した事で君らにも抗魔力がついたから、その辺は安心していい」
「そうですか……ところでこの三百万が全資金で?」
「いいや繋ぎだ。このあと別な買取センターで、持込む人物を変えてまた換金する。さっきも言ったが異世界の品なので極力流通させたくないが、いかんせん最低一千万は欲しい」
本音を言えば売りたくすら無い。
東京大学の研究所に成分分析をお願いした結果、地球産の金と変わりなかったのと資金不足で仕方なく売却したのだ。
「何に使うおつもりですか?」
「買わなくてはならないものがある。その売買が活発でなくて相場が形成されてないので予算が読めない。自宅に君たちを呼ぶ訳にいかないからオフィスも借りるし、来月から毎月の様に出費もある予定だし、君らの生活環境も整えねば」
「ゾンビはゾンビらしく、墓場で暮らせとは言われないのですな」
「お望みか? 随分と変わった趣味な事で」
「いえいえジョークですよ。末期癌の気が狂いそうな痛みから解放して下さっただけでなく、こんな面白そうなビジネスにも噛ませて頂けて感謝しています。だからいくらあっても足りそうにないのは理解してます。いっそ銀座にて全員分のスーツやカバンなどを発注する予定ですが、予算を下げた方が?」
「足らなかったらその時はもう少しリスクを犯すから気にせず買ってくれ。数百万とかはしないだろ?」
「そうですね。スーツならイタリアのブランドのキートンで十万くらいですからな……あ、オーダーメイドの方が?」
「今のところは式典等に出る予定もないから、着ていて舐められない程度で良い。あと靴や鞄なんだが……」
「ああ、でしたら……」
そんな話をしながら都心を中心に買い物を済ませた。
そんなこんなで雑務をすべて片付け俺達は福島へ戻った。
今回の首都遠征は成功だろう。
身元の保証された人間が加わった事で、金の売却ができ資金の目処が立つと共に、目的のものを含めドラゴンを飼育する為の取引が可能となった。
これでようやく環境整備に向け動き出せる。
なおアンデッドの彼らは家の近くにあるマンスリーマンションに住まわせた。
近所なのは定期的に魔力供給やメンテを行わないと肉体が崩壊し精神もおかしくなるから。ゾンビの体調管理も楽ではない。
またいわき市の駅前の本町通りにあるオフィスも山崎の名義で借り、そこを拠点に各々に動いて貰っている。本当に身分があると話がスムーズだ。
結果、彼らに雑務も投げられる様になり、サン・マルヒは主に裏山の警備に注力、俺はその後に行われた中卒試験に合格した。
試験自体は勉強時間を取らなくとも受かる様な内容だったが、これでもう一つの試験を立て続けに受けられる様になった。
吾妻姉妹など俺の幼馴染み達が通う近隣にある巨大なマンモス校、大和国際学園。
その帰国子女向けに創設された九月入学試験である。
――大和国際学園。
福島の中心にあるそれは少子化の煽りを受け、近隣の私学が統廃合を繰り返し誕生した巨大なマンモス校だ。
大学と附属高校がありキャンパスと高校校舎は学科や地域ではなく、偏差値や特筆技能などの総合成績で分けらる実力主義と言えば聞こえはいいが格差の酷い学園である。
「時間です……筆記用具を置いて下さい」
今日はその学園で俺は他の受験生達と共に入試を受けている。
現在、五科目中四科目が終わり残すは英語のみ。
「何とかなりそうだな」
俺は試験の出来に満足しペンを置いた。
山崎達を手に入れたのになぜ入学するのかと言えば、この学園を将来的に魔術師育成機関へと魔改造する為である。
――魔術、ひいては魔術師をスムーズに浸透させる為には何が必要か?
俺の出した答えの一つが
異世界の人間ではなく、日本人の魔術師が活躍し世界を救ってこそ魔術は受け入れられ、人々はその英雄に憧れる。
そして彼、或いは彼等に憧れた普通の若者達が魔術師に成れるキャリアコースを示せれば、魔術師は決して遠い存在ではなくなる。
この学園はその育成機関にする予定だ。すなわち。
――いずれ乗っ取らせて頂く。
「ん。時間になりました。筆記用具を置いて下さい……それではお疲れさまでした。このあと十分の休憩時間を挟んで、面接を行います。時間になったら番号順に始めるので、遅れない様にして下さい」
そんな不埒な事を考えていると試験監督が事務的に話し教室から出ていった。
一気に空気が弛緩する。
帰国子女ゆえか一部の同性同士が会話も始めている。
「少し中を見ておくか」
俺はトイレも済ます意味もあり一人廊下へと出た。
休みの為か校舎に人はいない。ただトイレの窓から人の声は聞こえてくる。きっと大学部か部活の生徒だろう。
そうして用を足して教室に戻ると問題が起きた。
「おっと?」
戻ってみると誰もいない。もしかしたら間違えたのだろうかと一度無人の教室を出て辺りを探すが、他の生徒達はどうやら移動してしまったらしい。
「……あら? どうかされましたか?」
困っていると長い黒髪を一本のお下げに結いで右肩から垂らす少女が、少し離れた教室から現れた。
長いまつげに可愛らしい顔立ち。
ほんの少しの垂れ目と目元の黒子、歳に不釣り合いな胸の膨らみが、相乗効果を生み全体に穏やかで包容力のある印象を与える。
また武道か何かをやったいるのか背筋は非常に真っ直ぐであり、和服を着せたらさぞ似合いそうだ。
「ええっと、受験生なのですが面接会場が分からなくって」
「ああ、急遽変更になってましたね。それなら奥の通路を右に曲がって、もう一度右に曲がった所にありますよ」
「ありがとうございます。試験の手伝いをされているところを見ると、在校生の方ですか?」
「ええ。私達は学生会なので可能な範囲でお手伝いしておりますよ」
「そうだったんですね。ところで、先輩のお名前をお聞きしても?」
「え? はい。三上忍といいますが、どうしました?」
「いえ……先輩ほどお美しい女性は初めて見かけしたので、つい御名前が知りたくて」
そう視線を外しはにかみながら答えると、向こうも少し驚いて顔を赤くした。
「そ、そうですか。……ふふっ、面と向かって言われると恥ずかしいですね」
「もし入学したらまたお会い出来ますか?」
照れている隙にそっと彼女の手を取る。
「っ!?」
「――どうでしょう。もし貴方にそう言って頂けるなら、僕は必ずや試験に受かってみせましょう」
「まっ……まぁ、会うくらいなら……」
「嬉しいです。必ず受かって貴方に会いに来ます」
力強く答えて彼女の手の甲にそっとキスをすると、彼女は息を呑み顔を赤く染め伏してしまった。
「と、次の試験が始まってしまいますね。名残惜しいですが失礼します、また会いましょう忍さん」
「も、もうっ……他意はありませんけど、その、頑張って下さい」
「はい!」
そうニコっと微笑み困惑しながらも満更でもなさそうな彼女に背を向け歩き出した。
「…………抑制解除」
しばらくして二度廊下を曲がり気配が消えた事を確認した俺は、咄嗟に無詠唱で発動した魔力の隠蔽を解除する。
「ビックリした。まさかこの世界の人間初の“魔力持ち”とこんな所で遭遇するなんてな」
三上忍と名乗ったあのおっとり少女、この世界の他の人間と比較して十倍から二十倍もの魔力を持っていた。
「魔族、ではないな。やはり地球人か。情報隠蔽や探知系の受動魔術も、接触した際も魔力場の発生も一切なし。恐らく魔術師ではないと思うが……この世界の天才だろうか。気になるな」
――いっそ拉致るか?
一瞬そんな事が浮かぶがすぐ自嘲する。
「いけない、いけない。ここには本名でいるのだ。計画に影響があるようなら排除すべきだが、たった二十倍程度しかないのだ。セラの魔術師と比べれば炉端の石だ」
彼女がもっと強ければ、或いは俺が彼女の手を取った際に何らかの魔術の発動がなされれば手段に出ようかと思ったがそれもなく、所詮セラでは見習い魔術師を脱した程度の存在だ。
――再度会う約束も取り付けた。入学後に折を見て再接触するか。
差し迫った危険性はないと判断し俺は教えて貰った面接会場へと急いだ。
……その後は特に何もなく順調に進み俺は結果的に入学を果たす事に成功。まずは学園乗っ取りの第一歩を踏み出した。
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