第3話 法的には生死のオン/オフ可能ですから


〔レン・グロス・クロイツェン〕





「立ち話もなんです。まずはどうぞお座り下さい」


 俺は指を鳴らす。

 同時に空間作成を解除、東京の高級家具店で買ったモダンな机と椅子等をこの樹海に一瞬で出現させる。


「なっ!?」

「嘘だろ……っ!」


 予想通り慄くアンデッド達。


 ……なおこれは演出である。

 これをやる為だけにクーラーボックスや他の荷物は一緒の異空間に入れず背負って持ってきたのだ。


「さ、どうぞ」


 彼らはそんな俺の努力も露知らず困惑している。無理もない。いきなり生き返らせ(実際は死んでいるが)、雇用すると言い、突如家具を出現させる人間を理解出来る訳もなし。


 頭の中でここは天国か? 地獄なのか? とかやってるんだろう。


 なので率先して俺が席に座る。

 対話を拒否して何とかなる者たちではない。実際に彼らも俺に無意識に誘導され恐る恐る座り始めた。


「皆様。まずは御復活おめでとうございます」


 よそ行きの笑みで祝福する。彼らも頭は下げなかったが困惑は増すばかりという顔だ。

 しばらくしてうち一人がようやく口火を切った。


「いや。その、だな。それよりも俺を含め他の方も、まだ状況が理解出来ていない。先程、君は異世界? だとか雇用だとか言っていたが、もう少し噛み砕いて説明して貰えないか? 我々は確かに死んだはずだ。それがどうして生き返っているのか。どうしてこんな体になったのか。これからどうなるのか。そして君は一体誰なのか」


 年頃は四十から五十だろうか。

 自殺者なのに髪を整え昔はさぞイケメンだったであろう、一見して高そうなスーツを着こなすダンディな男性が代表して質問してくる。


「ええ、当然の質問です。では一つずつご説明させて頂きます。まず皆様の今の状況はアンデッド、いわゆる生きた死体となります」


 全員がざわつき顔を見合わせる。


「あ、あの、それってゲームとかである不死のモンスターってやつですか?」


 俺がさっき思わず殴ってしまった青年が恐る恐る声をあげる。


「はい。その認識でまぁ大体合っているかと。心臓は動いておりませんし、痛覚等もありません」


 その答えに隣のお爺さんも自分の心臓に手を当てて慄く。


「本当に動いとらん……じゃ、じゃあ儂らは死んでゾンビになったのか!?」


「概ねはそうです。ただし、これは私が勝手にやった仮契約となっております。もし死にたいと申されるのでしたら即座に契約を切ればそのまま昇天可能、再び死ねます」


 息を呑む一同。

 さて、自殺の理由も多々あるだろう。けれどもう一度死ぬという言葉に場の空気が重くなる。死への拒否感の発露、いい傾向だ。俺はすかさず助け舟を出す。


「……或いは私の元で働くと言うのであれば、肉体を出来る限りの生前の状態に維持し、魔術生物的な進化を促す事もお約束致しましょう。痛覚や腐敗など注意点もありますがバックアップも万全です」


「バックアップって……別に生き返る訳ではないんですよね?」


 四人のうち仕事の出来そうなサラリーマン、挙動不審の青年、覇気のない老人ときて、最後の一人である三十代くらいの女性が恐る恐る聞いてくる。


「申し訳ありませんが蘇生はこうなっては不可能です。死後数分以内ならば可能性もまだあったのですが」


 アンデッド化なら安く済むが死者蘇生は金と資源が天文学的な数字になるのでまずやらない。

 ふと今までの話を聞いてサラリーマンが複雑そうな顔で腹部を触っている事に気付く。


「――アンデッドならば重いご病気による、堪え難い激痛からも解放されますよ」


「っ」


 複雑そうな顔をさらに険しくしたので、彼の自殺の理由はまぁそういう事なのだろう。

 誤魔化すかの様に再び彼が口を開く。


「つまり君は俺達を雇用する為だけに生き返らせた訳だな」


「ええ」


「なぜだ? そもそもの話、我々に何をさせる気だ?」


「最初の私の名乗りを覚えていますか?」


「ああ、まぁ。異世界から来たとか何とか……」


「事実です。先程からアンデッド化や空間魔術を披露しているので、説明はしておりませんでしたがこれは全て魔術です」


 勘弁してくれどばかり、全員やや疲れた様に顔になるが反論はない。


「なので私は地球側で大っぴらに動ける身分がありません。見ての通り未成年ですしね。貴方達には私の手足となって、代わりに地球側の人間との営業をして貰いたいのです」


「死体に営業って……。それはあくまで手段の話だろう? 肝心の目的はなんだ」


「ああ、魔術革命でも起こそうかと思いまして」


「はい?」


 全員がぎょっと俺を見る。


「魔術革命ですよ、魔術革命。魔術により文化・産業・社会・交通などあらゆる分野で世界のルールを変える程の革新を起こします。

 端的に申せば然るべき手段でこの地球に魔術をもたらそうってお話です。その為に皆様には私に協力して貰いたいのです」


「そりゃまぁ……こんな力が表に出れば世界は劇的に変わってしまうだろうな。

 しかし協力と言っても君が俺達をアンデッドにしたのならば、無理に言うことを聞かせようとはしないのか?」


「まさか。理性がない場合は考えますが、別に無理強いをして要らないトラブルを抱え込む方が問題です。それにこれは私からの信頼の譲歩。そう思って頂ければ幸いです」


 サラリーマンが少し考える素振りをして納得した。


「……その気になれば意識も奪えるが、俺達に気を使ってそれはしない、と」


「“気を使って”という部分は、“期待して”と捉えて下さって構いませんよ」


「そうは言うがな。俺達は大なり小なり生への執着を捨てちまった人間だ。君の所で死んでから働くメリットってないんじゃないか?」


 まぁ予想通りの質問である。


「はい。そうおっしゃると思いまして、今回こうして雇用契約を用意致しました」


 合わせてマルヒが彼等に書類を渡す。


 東急ホテルに丸一日こもり買ってきた社会労務士著作の契約書類テンプレート付作成本を見ながら、今後のフォーマットにするつもりで日本語で作った契約書だ。

 しばらく彼らが読みんでいるのを見ていると青年が期待通りの声を上げた。


「えっ! た、対価としてなんでも願いを一つ叶える!?」


 やはりその一文に目がいくか。


「はい。日本国憲法及び法律に抵触しない範囲で、かつ私が魔術で叶えられる事に限りますが。無論、断っても構いません。他の死者の方を探しますゆえ」


 これが俺の用意した目に見える対価である。ぶっちゃけインパクト重視だが、こういうのが一番利く。


 これで一気に場が騒がしくなった。

 各々、この訳のわからん状況で蘇らせられ、願いを叶えて貰えるのである。混乱しているだろう。

 しばらくして。


「……なぁ、人の記憶からある特定の人物の事を忘れさせる事はできるか?」


 最初はやはりサラリーマンだった。彼の願いは記憶の消去であるらしい。


「ふむ。今は訳あって私の“本気”が出せないので無理ですが、協力して魔術革命を推進して頂ければ可能性はあります。ただその人物とは二度とお会いにならない事が条件です」


「できるなら構わない」


 短期ではなく長期の記憶抹消など素の力では不可能だ。

 けれど他でもない異世界最強の我が“花園”を使い、相手が魔力に対する免疫のない地球人ならば可能性はある。


「じゃあ復讐は!? どうしても不幸にしたい男がいるのっ!」


 今度は三十代の女性が必死に訴える。こういうのはあまり関わりたくないが……。


「犯罪は無理です」


「そ、そう」


「ですが呪詛による被害は法律に規定されておりませんよね? 証明が出来なければないに等しいのですから」


 女性の顔が輝く。よく見ると美人かもしれない。だからこそちょっと怖い。一応、セーフティをかけておこう。


「呪いの場合、相手の罪によって効力が変化します。相手に非がなければ効き目はありませんが構いませんか?」


「ええ! 構わないわ!」


 この説明なら逆恨みの場合でも何とかなるだろう。

 次にお爺さんがこちらに向く。


「ふむ。数年前に死んでしまった孫を甦らせて欲しい、というのは無理かの?」


「すみませんが不可能です」


「そうか……ならお前様の仕事の内容を教えてくれ。魔術革命と言ったが、もっと具体的な事を知りたい――いや、違うか。お前様は革命を起こしてなにを望むので? 魔術なんて世に広めれば大混乱だ。下手をすればお主は世界の敵になるのでは?」


 彼の目が鋭くなる。おっとりしている風に見えて無駄に年を食っている訳ではないようだ。

 ただこの質問も想定内。


「……この世界に私と同じ力を持った人類の敵が潜伏していると言ったら、信じますか?」


「敵? 儂らはこうなってしまったが、それでも至って平和な国だと思うが?」


「マルヒ」


 俺の言葉に短く答え、マルヒの下半身が蜘蛛へと変化する。


「なっ!?」

「ひっ!?」


 四人が騒然となる。やはりアラクネ族の見た目が与えるインパクトは相当。


「彼は味方です。ですが彼の様な魔族の一派がこの世界に潜み、国家を乗っ取ろうと企んでいるのです。

 そもそも私はレン・グロス・クロイツェンと名乗りましたが、実はこちらの世界で生まれました。そして向こうへ移った身です。

 両親も友達もこちらにいます。日本人としての名前もあります。ならば他でもない、その両方の世界を知る私が戦わなくて、一体誰が戦うと言うのでしょうか。だから世界の自衛の為にもこの力魔術を世界に知らしめようと思っているのです」


 俺は偽らざる本心の『綺麗な部分だけ』を伝える。部下になってもらうのだから嘘偽り等で誤魔化す気はないが、今はまだ早い。


「なんと……」


 案の定、お爺さんが深刻そうな顔で頷いた。


「分かりましたぞ。どうせ一度は捨てた命。こんな骨と皮だけの死人でよければ最後にお手伝いさせて頂きたい」


「ありがとうごさいます。あと対価ですが魔術契約ですので、何か考えておいて下さい」


「っ……なら一つ、ロクでもないかもしれませんが怒りをぶつけたい男がおります。その腹が決まったらお伝えします」


 彼もマイナスの感情で思い至る事はあるらしい。


「おっ、俺にも手伝わせて欲しい!」


 最後に被せ気味に青年が叫んだ。

 周りが驚くのも気にせず、彼は俺の前に膝まづく。


「おっ、俺は! ずっと目の前の事から逃げてきた。だからこうなってしまった。それで仕方ないと思った。けど君の話を聞いて、今俺はそれが悔しくて悔しくてしょうがないんだ! どうして俺は戦わなかったのか、なんで何もせず、死を受け入れてしまったのか。死んでからも逃げる人生なんて嫌なんだ! だからどうか、俺に生まれ変わるチャンスをくれ! いや、下さい!」


 青年は俺の話に何か自分の死に通じるものがあったのだろう。その手を取る。


「選択するのはあなたです。あなたは今、道を選び取ったのです。私はその道を歓迎致しますよ。……皆様も宜しいですね?」


 お爺さんと女性はすぐに頷く。ずっと書類を熟読していたサラリーマンもニ、三質問した上で頷いた。

 よし、これで全員の雇用が決まった。


 ……となればやる事は一つ。














「え、えっと。須藤倫太郎、です。俺が死んだ場合、俺の遺体と財産は付き合いの深い加賀美レン君へと渡し――」


 その後。

 ビデオカメラの前で緊張した様子で須藤と名前が判明した青年が、台本通りに一人で喋っている。撮影者はマルヒだ。


「なぁ、主よ」


 その様子を一緒に見ていたサラリーマンが物凄く何か言いたそうにしている。


「……いくらなんでも、死んでから遺言作るのってせこくないか?」


 俺達の目の前で行われているのは死者による遺言作成だ。


 雇用が決まったあと俺は彼らに具体的な契約内容を説明。秘密絶対保持の為にも、お互いに契約に違反した場合、強制的に罰則を受ける呪術契約を結んだ。


 またアンデッドの注意点をこれでもかと説明した。魔力で肉体の修復は可能だが腐敗対策と食肉衝動の回避はやり過ぎなくらいが丁度よい。


 最後に緊急時の対策にこの遺言撮影を始めたのだ。


「遺言があれば便利なんですよ。本当にやばいとき、皆さん思い切って死んじゃえばいいから」


「は?」


「アンデッドって法律学の代表的な死亡判定である心臓の停止、呼吸の停止、瞳孔拡大・対光反射の喪失をなんと自分セルフで出来るんですよね。

 だって呼吸も視力も血流も魔力が代替的に行っているのだから。異世界にはスケルトンとかもいますけど、あれだって血流ないのに動いてるでしょ? だから身体を意識して休眠状態にすれば貴方達はあら不思議、法的には死体扱いです」


「えっ……」


「だからもし危険な状況下に陥ったら一旦死体になりきり警察に回収されて下さい。医者が死亡診断書を書いてくれるのであとは遺言の通り俺の元に堂々と帰って来ればいいのですよ、御遺体として。なんなら霊柩車リムジンも手配しますよ?」


 隣でサラリーマンが絶句しているが、しばらくして段々と笑いだし、最後は大笑いした。


 仕方ない。日本国法律は自由に心肺停止できる存在など想定してないからな。この遺言さえあれば霊柩車も警察も宅配サービスの如く届けてくれる。


「だから死亡届けを出さないんですね?」


「ええ。あと皆さんは表に立って頂きたいので、法的には生きている人間のままで出来ればいて下さい」


「生きてる人間、ねぇ? 心臓は止まっているのに活動できる我々は生者か死者かオン・オフ可能とは」


「ははっ。日本国法律はゾンビ未対応ですのでやりたい放題です。いずれ資本家の夢である疲れず、文句も言わず、半永久に無休で働くスケルトン達も作りたいですね。あー楽しいなぁ」


「本音出てますよ主」


 将来的には意識のないスケルトン勢も生み出し半永久的に作業させたいとも思っている。彼らは光に弱いが作業地が地下ならば使える。


 ……そう考えると死亡診断書を書ける医者と、遺言を保証できる弁護士を抱き込み、遺体を回収する大義名分として寺か宗教法人も作りたいな。やる事が増えていく。


「……ところでその主と言うのは?」


 俺が怪訝そうな顔をすると何を言ってるんだと言わんばかりに見返された。


「創造主様の方が好みで?」


「……主でいいです」


 確かに他にしっくりくる呼び方はなかった。


「にしても魔術革命を起こし、まるでなんて風に語ってましたが、実際は何を企んでいるんです。スケルトンや警察の話からしても裏ありますよね?」


「企むなんて人聞きの悪い。俺はただ魔術を浸透させ、その協力者として世の為になろうとしだいるだけです。……ただ」


「ただ?」


「魔術を行使する燃料も、技術も、規格も、それを持ってくる異世界との交易までも俺が全て掌握した上でやるだけの話」


 そういうと少し間が空いたあと、彼はまた大声で笑った。

 今の説明だけで何を企んでいるか理解出来たあたり彼は優秀らしい。


「……ふふっ、まさか死んでから元商社の血が騒ぐとは思いませんでしたよ。楽しみですなぁ」


 そう言って彼はまた笑った。

 もしかしたらこの男が手に入っただけでも、高い金を出してアンデッドを作った意味はあったかもしれない。

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