1章 いわきの白銀竜/国落しの軍勢
第1話 始動
〔レン・グロス・クロイツェン〕
花殿会議から数日後。
俺とサン・マルヒはいわき市の駅前にある喫茶店にいた。
店名ペルシャ。昭和を思わせる外観だが、暗めの照明とjazzが流れる店内の雰囲気とはマッチしている。
クーラーの効いたその最奥の席にて、今日これからの活動について話し合う。
「最優先はドラゴンだな」
「魔力補充の目処が立ったとはいえ、我々二人だけですからね」
運ばれてきたメロンクリームソーダのバニラアイスを崩しながら、俺の言葉に蜘蛛人が頷く。
「ああ。四本柱の計画等と大きく言ったが結局、最初にやるのは地固めだ。その為に裏山にドラゴンを召喚し防衛戦力とする」
「まさかゲートを通して召喚は可能だなんて思いませんでしたよ。よく思い付きましたね?」
先日の事だ。
俺は騎士団と家臣団にそれぞれ個別に話をした。それにくわえ、今のゲートを利用して幾つ実験をした結果、ゲートを通して魔物の召喚が可能だと判明したのだ。
「電波と魔力が通ったのだからいけると踏んでいた。召喚も一種のデータ通信なのかもしれん。……で話を戻すが、竜との契約と召喚媒体、手筈は家臣の一人に専門家がいるので問題ない。ただ召喚可能な環境整備など日本側でやることが多い。金も場所も餌も隠蔽手段も足りてない」
ここは異世界ではないのだ。
竜を召喚して、後は餌の豊富な山脈に放し飼いにでも――なんて事をしたら東宝怪獣映画一直線。国防軍案件だ。
「何事にも先立つ物が必要なのは何処の世界でも変わりませんね」
「とりあえずお爺様が残してくれた遺産がある。俺の失踪宣告の取消しと相続手続きがもう終わるから、近日中に一千万ほど転がり込むが」
「それは王国通貨換算でいかほどに?」
「ざっと金貨百枚から三百枚」
大抵の雑務はなんとかなる額だ。けれど大事を起こすには明らかに物足りない。
「……微妙な所ですね」
「当面の繋ぎ程度だ。しかも実はこの金、まとめて使えない」
「は?」
「よく考えろ。俺はこの世界じゃ未成年の一般人だぞ? いきなり金貨数百枚も卸したら問題になる」
「そこは足がつかないように……」
「銀行振込だからな。銀行、商会の貸金庫から卸せば履歴が残るだろう?」
「ではその銀行とやらに潜りましょうか?」
マルヒの口から銀行強盗が世間話のように出てきた。
無論、出来なくはない。だが。
「駄目だな。あそこのは新札――通貨に振られた番号が新しく足が着きやすい。いちいち偽装のエンチャントするか? 一千万枚も?」
「なら資金洗浄すれば宜しいのでは? その手のやり口は日本にもあるのでしょう?」
「お前簡単に言うがな……そもそも盗むと言うが、隠蔽の魔術で潜れば良いとか考えてるだろ? それ危険だぞ」
「え?」
「赤外線カメラって言ってな、人の姿ではなく体温で映像化する技術がある。裏山にホームセンターで買い込んで大量に設置したのもそれだ。体温を隠せない以上、存在は見破られる」
マルヒがスプーンからバニラアイスが垂れたのも気付かず愕然とする。
「科学技術を甘く見てはいけない。無茶苦茶さなら魔術だが、発想の意外性なら科学が上だ。魔術ゴリ押しも反対しないが、やるなら調べた上でやるべきだ」
無論バレなければいい。
しかし科学文明への造詣が浅いと何処から足がつくか分からない。
「意外とままなりませんねぇ科学文明」
「本当にな。で、その代わりの資金調達方法としてパトロンを探そうと思う」
黒幕、或いは支援者。ようはこの世界での金と権力を持つバックアップだ。
「ツテでもあるのですか?」
「ない。けれどこの科学文明では手に入らないもので釣ってやれば、強力な味方になってくれる輩は必ずいる」
例えばそう、健康とかだ。
「確かに皇国のハリル戦争将なんか、この世界の武器を渡せば喜んでクーデター起こしそうですし」
「そういう人種はどこも事欠かないのさ」
そしてコーヒーの苦味を打ち消す様に付け合わせのガトーショコラに手を出しながら、本題に入る。
「ただパトロンの選定は慎重にやりたい。さっきのハリル戦争将なんて内乱まっしぐらな大外れは御免だ。とりあえずセラから持ち込んだ金を成分分析に出して売却可能か調べようと思う。
なので資金の話は一旦置いておいて、先に地球での活動身分をどうするかだ。日本の成人年齢って二十歳なんだよ。俺は実社会だと門前払いだからな」
一応こちとら十七歳なのだ。
高校ニ年生よろしく、親の同意がなければ法的な責任もロクに持てず、社会的信用はゼロ。金の売却すら出来ない。
そこにちょうどマルヒが注文したミル・クレープが運ばれてきた。
「……メロンクリームソーダにミル・クレープって合うのか?」
「“ソレハソレ コレハコレ”」
マルヒが嬉しそうにクレープを切り分けながら勉強中の日本語を使ってくる。
「また微妙な日本語を……けどその調子じゃ、お前も日本で身分を得るのは難しいだろうな」
「ですねぇ。でも閣下なら役場で幻術をかけ、別人で住民登録するのはどうです? 赤外線カメラ同じく窓口で見破られます?」
「見破られる危険はないだろう」
確かに一番手っ取り早い。だが。
「短期的には良いが、長期的には悪手だ。これからその身元でこの世界の表と裏の連中とそれぞれ顔を会わせるんだ。身元照会なんて当たり前。親族は当然として出身学校まで調べてくるぞ。そこで架空人物は言い逃れ出来ない急所になりかねん」
幻術で全くの別人になればこれほど楽な事はない。けれど情報化社会では露呈するリスクも高い。
「ならどうやって――」
「その為にこれだ」
俺はコートの内ポケットから用意しておいた物をテーブルに置く。そこには今日の日付とその下に東京と書かれている。
「なんですこれ?」
「東北新幹線の搭乗券。今日こんな時間から荷物を持って来て貰ったのは他でもない、これから日本国の首都へ行く」
「んん? 身バレ防止の為に首都の帳簿を弄り前々から存在していた事にするのですか?」
「いいや? 帳簿は各都道府県にあって首都にはない。どちらかと言えば法律関係、そして俺達が行くのは首都じゃなくて山だ」
「はい? 山で身分をどうにかするのですか?」
「そうだ。山の名は藤嶽山。目的地はその下にある――」
そう言い掛けた時だ、喫茶店の入口に若い女性が四人くらい入ってきた。その中に見知った顔がある。
向こうも席を探しており、目が合った。
「美沙姉さん?」
「あれ? レン坊じゃない。どうしたのよ、あんたが外にいるなんて珍しい」
俺が日本に戻ってきてから初めて会った人物がその中にいた。
吾妻美沙。
我が家のお隣さんで俺にとっては一つ年上の幼馴染だ。
そういえば両親との再会、警察、病院検査、マスコミ対応、マルヒの山での仮寝床製作と業者との監視カメラ設置、あとは自宅でひたすら情報収集だったので顔を合わせるのは三週間ぶりである。
「人を引き篭もりみたいに言わないで下さいよ。まぁ引き篭もってましたが……ところでそちらは?」
彼女の周りにいる女性陣に話題を振る。
話を切っても良かったのだが、一人気になる人物がいたのだ。
「ああ。彼女達は学園の友達で――」
「ねぇねぇ、このイケメン誰? 私達にも紹介してよ」
「まさかの彼氏か! どっちの!?」
「あれ? この子、どこかで見た様な――」
美沙姉の連れの女性達はこちらに興味があるらしく騒がしい。
「はいはい、ここ喫茶店なんだから静かに。この子は加賀美レン。十年振りに見つかった私達の幼馴染みよ。まぁ、手の掛かる弟みたいなものかしら」
美沙姉の紹介で何人かが「ああっ、あの失踪してた!」「ニュース凄かったよね!」と驚いた。やはりこの辺りでは未だに有名らしい。
「初めまして加賀美レンです。美沙姉達がお世話になってます」
一応、立ち上がって会釈しておいた。
「あのさ、気になってたんだけどミサって自分のこと美沙姉なんて呼ばせてるの?」
「そ、それは十年前の名残よ!」
「そっかー。でも感じは彼氏じゃなさそうだね。ヒカル様や特待クラスの男子達でも落とせなかったミサについに春が来たかなー、と思ったのに」
「あのねぇアンタたち――」
と、勝手に女性陣だけで盛り上がり始めた。
こういう所はセラでも地球でも関係ないらしい。
その一方で気になる人物はずっと黙っている。それどころかこちらに対して敵意さえ感じさせる目線を送ってくる始末。
「……なに?」
長い黒髪の少女が冷めた声で威圧してきた。
「もしかして雫か?」
吾妻雫。
美沙姉の妹で俺の幼馴染みである少女の面影を目の前の人物に感じ取った。
「あっ、そう! 雫、あんたレン坊に顔出しなさいって言ったのに行ってなかったでしょ!」
やはり目の前の少女は俺の幼馴染みの一人らしい。
「会う必要ないでしょ。今まで何処で何をしていたのか知らないけど、私の知った事ではないわ」
しかし物凄く嫌悪、いや敵視されている。おかしい。昔の仲は決して悪くなかったぞ。
「あのねぇ、もう子供じゃないんだから。レンは十年振りに帰ってきたのよ? 他にかける言葉があるでしょ」
「そんなの自業自得じゃない。こいつのせいで姉さんもヒカルも死にかけて大怪我をしたのは今も忘れないわ」
「は?」
俺のせいで大怪我をした? なんの話だ?
「雫。それなんの話だ?」
「自分の胸に聞いてみることね」
彼女はそれだけ言って喫茶店から出て行ってしまった。
反応に困ってしまい残った美沙姉に尋ねる。
「……美沙姉さん。今のは?」
「あー。ごめんちょっとね。レン坊がいなくなった時、私が崖から落ちちゃって……そんな事より、そっちの人も紹介して貰えない? 外人さんよね?」
露骨に話を変えられたが、新幹線の時間もあるので俺はマルヒの方を向いた。
「こちらは僕の家庭教師をして下さっている先生です」
「どうも、こんにちワ」
適当に紹介すると出来るだけ気配を消していたサン・マルヒがにこやかに日本語で挨拶した。
最後のアクセントを除けばわりと綺麗な日本語だ。さっきのカタコトはわざとかよ。
「あーそっか! 失踪したせいで小学校も退学なのよね。おじさんとおばさんも、学歴については困ってたわ」
思い出した様に美沙姉が我が家の事情通っぽく話す。だがその説明は現在では誤りだ。
「それなんですが小学校は義務教育ですから、校長先生と話し合って、二日前に特別授業と試験を受けて卒業扱いにして貰いましたよ」
そうなのだ。
小学校は義務教育であり、死亡等を除き退学というのは本来あり得ない。
けれどやむにやまれぬ事情等により卒業できなくなった者は、小学校校長の裁量で卒業扱いに出来るのだ。
その為、失踪により休学扱いになりその後に死亡と見なされ退学となった俺だが、こちらに復帰早々に校長先生と対話の場を設け、最低限の授業と面談、そして試験により正式に卒業証書を頂いていた。
さらに――。
「今月中に中学校卒業程度認定試験も受けますから、そのうち皆さんの通っている様な日本の学院にも通えると思います」
中学校卒業程度認定試験。
いわゆる高卒認定の中学校版である。実際この試験に合格すれば、中学校卒業扱いとなり、俺の知らぬ間にできた福島の巨大マンモス高校の試験も受けられのだ。
「へー……ふふっ、レン坊も意外と頑張ってるじゃないの。ちょっと感心したわ」
何が嬉しいのか背中をバシバシ叩かれた。
ただ美沙姉と昔のように一緒に学園に行くのも悪くない。雫は無理だろうが。
「その時はよろしくお願いしますね――って、そろそろ電車に乗らないと間に合わなくなるな」
ふと時計を見ると9時を回っていた。予定の時間を少し過ぎている。
過保護な両親に魔術まで掛けて泊まりの許可を貰った遠出だ。乗り過ごしたなぞ笑えない。
「じゃあ僕らはこれで失礼します。先輩方も、もし学院でお会いする事になれば、どうかよろしくお願いします」
頭を軽く下げると皆好意的な返事をくれる。
「ところでレン君達は何処に行くの?」
俺は伝票を持って会計へ向かうサン・マルヒの後ろで、首だけ振り返り目的地を答えた。
「ああ、
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