第7話 魔術革命それすなわち世界征服


〔レン・グロス・クロイツェン〕







 ~報真新聞 一面記事より抜粋~


【いわき市の奇跡 十年前に消えた少年発見】


 暑い夏の日だった。当時、七歳だった少年は近所の子供達と裏山に遊びに行き、そのまま十年もの間行方が分からなくなっていた。警察、関係者、地元の有志達による必死の捜索も虚しく、見つかったのは靴だけ。遺体も発見する事は出来なかった。

 ――中略――

 発見された少年は意識もはっきりしている。ただ複数の打撲や刃物で切りつけられた様な傷があり、また記憶についても曖昧な点が多く、警察は病院での検査を待って事情を聞く方針だ。また事件の可能性も含め、捜査本部を増員して失踪事件についても再調査すると発表した。




 ~福島県警警察本部~


【特別捜査本部 7/2日19:00記者会見】


「発見された少年が十年もの間、一体何処にいたのかは未だ分かっていません。しかし彼の証言から、十年前に自宅裏にある山中から複数人の男達に連れ去られ、国外へと拉致された可能性があります。現在、国際警察に協力を要請し宗教及びテロ組織、人身売買といったあらゆる可能性を――」





 ~有料情報発信サイト ランタイムHPより地元民のコメント抜粋~


【怪奇! 空白の十年。少年は十年もの間、何処で一体何をしていたのか?】


「実は発見者の子がこぼしたんです。「そういえば彼は聞いた事もない言葉を喋っていました」って。しかもですよ。発見当時の服装は警察に出向いたのとは異なったものらしいんですよ。何でも警察に行く前に着替えさせてくれって、その少年が頼み込んだらしいんです」

「性格は全くの別人でした。当時と今とではまるで違います。こういっては何ですが、本当にR君なのかと、疑念を抱いている人はいると思います」

「見つかった少年本人が、なぜか協力的でないのも捜査の妨げになっている。DNA鑑定の結果が正しかった事で彼のご家族も安堵してしまった。一応、外事にも問い合わせはしたが、向こうも今は例の大剣騒動でそれどころではなく、謎は残るがもう一月もすれば捜査本部は解散させられてしまうだろう」





 ~産スポ インタビュー記事より抜粋~


【十年越しの再会。奇跡を信じて両親の努力が実る】


『父 加賀美健一さん』


 ――報せを聞いた時はどうされました?

「もうね、その時は県知事を迎えた会議で司会進行をしていたんですが、その場で「帰らせて下さい!」と言って押し問答になっちゃって……いやぁ最後は「僕は会議より息子が大事なんです!」って叫んで帰ってきました。我ながらとんでもないですよね」


 ――その後は大丈夫だったのですか?

「良くなかったですねぇ。ただ居合わせた県知事がそういう事情ならば仕方がないと口添えしてくれて、口頭注意と減給ですみました。軽率だったと反省していますよ。ただ、それでも後悔まではしておりません」


『母 加賀美凛さん』


 ――連絡は健一さんから?

「ええ、お父さんから「ママ。レンが。レンが帰ってきた」って血相を変えた様な声で電話が掛かってきた時は、私も流石に何事かと思いました。むしろ最初は信じられませんでしたので、詐欺か何かだと疑った程です」


 ――お子さんを一目見た時の感想は?

「ふふ。あの子が先に家にいたんですけど、帰ってみたら家にあるお菓子や食べられる冷蔵庫の中身やら全部出して、品評会していたんですよ。もう何をやってるのか意味が分からなくて笑ってしまって……けど、あの子に「ただいま。ごめん。十年もいなくなって」と言われたら……もう……すみません……っ……」





 〜全国経済新聞 8/1朝刊 見出し抜粋〜


【謎の大剣、分析進まず】


 7/1の昼過ぎに秋田県八幡平に巨大剣が突き刺さってから一ヶ月が過ぎた。けれどその分析が未だ進んでいない事を昨夜、日本理化学研究所の北里所長が明かした。

 飛来した当初はそのあまりの巨大さに取扱すらまま成らない大剣であったが、数日後に物理学を無視した伸縮率で手に持てるサイズにまで小型化、高度な分析が可能となっていた。

 国はすぐさま再度巨大化した場合も考慮し、茨城県ひたちなか市の日立航空機製作所跡地に筑波大学の協力で仮設の研究所を新設。同施設は7月15日に完成をむかえ、そして同月20日、剣から全く未知の成分が発見された発表されたのは記憶に新しい。

 けれど判明したのはそこまで。短剣の表面を削る事はおろか、CTによる内部スキャンも成功せず、調査は暗礁に乗り上げていると日本理化学研究所の北里所長は明かした。

 大剣については現在、アメリカ衛星宇宙局、中国国家航天局、EU宇宙研究機構など各国から分析協力の打診が寄せられており、仮設施設でのこれ以上の分析は困難という事から……。









 一ヶ月だ。


 俺が日本に戻ってから今日で丸一ヶ月が経過した。その間、何をしていたかと言えば福島の実家でひたすら“見”に回っていた。

 理由は主に三つ。


 一つ、ゲートを長時間繋げる為の魔力回復に専念するため。

 二つ、世界剣による世間や魔王崩れの反応を伺うため。

 三つ、十年分欠落した現代日本の知識を補うため。


 他にも警察とマスコミからのほとぼりを冷ます意味や、ゲートの最低限の防衛整備をするためなどもあったが、力を入れていたのはその三つ。


 まず第一に魔力回復だが最低限、何とかなった。

 俺は主に魔導具製作に専念し、それ以外の魔力の行使はマルヒが行うなどして節約した結果だ。しかし決して回復量は多くない。


 ――やはりこの世界での直接戦闘は慎重にならざるを得ない。


 身を潜めた事は正しかった。もし戦闘になれば魔力が枯渇しどうなっていたか分らない。


 一方、魔王崩れはなんの動きも見せなかった。

 もし鳥人が福島の山中でゲートを見つけた話が仲間に伝わっていたら、必ずそれらしき者達が現れていただろう。


 だが山を探索する不審者は見られなかった。

 これは下山して気付いたのだが、ゲートのある山はなんと実家の裏山であった。

 両親が所有者ではないが人の立ち入りもないと聞いたので、マルヒが糸を張り巡らせ、ホームセンターで購入した十台の赤外線監視カメラを設置し確認したが、魔族どころ人間さえ見つからなかった。


 魔王崩れは俺達の存在に気付いていないと見ていい。

 もっともあの鳥人が死んだ以上、そして世界剣が現れたことで向こうも警戒を強めたのは間違いないが。


 最後に十年分の現代知識のリカバリーについては家庭教師を両親に雇ってもらった。


「父さん、母さん。俺、学校に通いたいんだ」


 訴えたら協力は惜しまないと全力で援助して貰えた。

 なにせ現在の俺の正式な学歴は幼稚園卒業。略して幼卒。


 小学校途中で異世界転移したのだから仕方ないがあまりに酷い。通学や実社会に籍を置かないのならば無視してもいいが、通学についても実は少し考えがあり、いずれ学歴は取り戻しておこうと思っている。


 ただ今はとにかく最低限の現代知識だ。

 大学生の家庭教師を雇ってもらい二週間で中学までの勉強内容を履修した。特に政治経済やPCなどの知識は十年間で変化、或いは当時はなかったので非常に助かった。


 また学生と繋がりが持てたことで色々と知識を得れる幅も広がった。特に。


『……あの、加賀美君。一応言われた通り法学部の准教授に確認したけど、法律学の代表的な学説だと死亡判定は心臓の停止、呼吸の停止、瞳孔拡大・対光反射の喪失が認められているかどうかだから、その三点が医者に認められていたらそれは法的に死体扱いになるらしい。だから死体がその……ええと、ゾンビとして生き返っても社会風俗上の取り扱いは求められるけど、人権自体は適用されないらしいよ』


 俺の与えられた部屋にあるPC画面に映り、げんなりした顔でアンデッドの法的扱いを説明しているのは家庭教師の柳橋くんである。

 俺は用意して貰ったノートPCを見ながらヘッドホンのマイクに向かって喋りかける。


『ありがとうございます。その様子だと変な目で見られましたか?』


『いやぁ、まぁね。でもバイト代貰ってるからそのくらいはいいよ』


 カメラ越しにふにゃと笑うぽっちゃり青年。

 この柳橋くんなのだが、俺に小学校から中学卒業までのカリキュラムを教える家庭教師のバイトで来ていたが、半年掛かるの内容を二週間で終わらせてしまった為に仕事に困っていた。

 そこで専門性の高い法的な事柄や医学的な知識などを俺の代わりに大学教授に質問し、回答をもらって来るバイトを頼んだ。

 報告はこうして定期的にwebのカメラで行っている。


『あ、ただ死体の所有権については判例が幾つか出ているから自分で調べてみろと言われたよ』


『なるほど。調べましたか?』


『えっ? あ、いや』


『そうですか。ならば自分で調べます。代わりに次は未確認生物の飼育と、行政府に対して届けが必要になる猛獣の条件について。あと生きた家畜の購入の際の法的な注意事項など……』


 特に使える人材という訳ではないが、頼んだことはやってくれる。俺はまた新たな質問をいくつか伝えて通話を切った。ふと時計を見ると夜十一時。


 ――コンコンッ。


 音がした二階の窓を見るとサン・マルヒが手を振っていた。


「行くか」


 そして丸一月という事は、三十日が経ったという事で今日は花殿会議を行うとセラの重鎮二人に伝えた日である。


 果たして紙で作った使い魔は無事に向こうへ届いたかどうか。








 深夜の裏山。

 その中心にある黒い穴に向かってゆっくり、大きい声で喋りかけた。


「――宰相。いるかね?」


 俺は黒い薄手のコートを羽織り後ろにサン・マルヒを従え、ゲートに対して転移の魔術を発動させて二つの世界を繋げている。


『……宰相ベックマン、ここに』


 ――よし。


 ゲートの先から返ってきた懐かしく感じる渋い声に笑みを深くする。

 別に配下の者と再会できた事だけに喜びを感じたのではない。この時点で多くの可能性がここに証明されたからだ。


「やぁ宰相。久しぶりだ。隣に師匠はいるかね?」


『ここにおります、マイ・ロード』


 今度は別の年老いた女性の声が返ってくる。


 ゲートの先にいる二人の男女。

 脳裏に思い浮かぶのはメイド姿のエルフの老女と、マントを纏った小人の様な坊主頭の男。


 彼ら二人こそ俺が絶対の信頼を置く者達だ。

 師匠と呼んだエルフの老女は文字通り俺の師であり今は大公家のメイド長。

 宰相と呼んだ小人は俺の暗殺者教団時代の教祖であり、今は公国の宰相。

 また二人は俺と共に公国独立を仕掛けた張本人にして、奴隷時代から頭の上がらない存在でもある。


「……二人とも健在で何よりだ。俺が不在の間、周辺国が騒がしかったかもしれないが迷惑をかけた。問題は?」


『わたくしが有象無象に遅れを取るとでも思っていらっしゃるのですか?』


 師匠は相変わらず厳しい老齢の女教師の様な雰囲気の人だ。


「確かに。宰相の方はどうだ?」


『王国と帝国は閣下不在に気付き始めております。ただメイド長が閣下のお姿で式典に参列なさいましたので、情報が錯綜しておる状態です。実は秘密裏にエルフと我が国が手を組み帝国への侵攻を画策しているとも噂されております』


 こちらは淡々と。初老に差し掛かった小人という外見に反して、一切の感情を見せない。


「噂も何も宰相が流し混乱させているのだろう?」


『如何にも』


 あまりの言い草に少し笑った。宰相は公国の諜報機関の主であるのだから、情報は彼の一声でバラまかれている。


『……それで、生きて戻れるのですか?』


 笑い終えると師匠が尋ねてくる。


「問題はないが時間が掛かる。謀反の動きか?」


『今のところはありません。けれど後継者もいない現状、長引けばどうなるか……外部はわたくしが抑えますが、内部からの反旗は貴方の責任です』


『左様、メイド長の仰る通り。なにせ大公国があるのは人族・魔族・エルフ族・獣人族、その全てに接するあの“血溜りのグラス”ですからな。このままもし閣下が戻らねば、いつ何処で種族、宗教、経済による火種が爆発し内乱となるか。そうして周辺国は必ずや内乱を先導し、この地を我が物にしようと策を弄するでしょう。そうなれば大公国は崩壊いたします』


 師匠と宰相の言い方はまるで国の行く末を憂いている様だ。が、本当は違う。


 ――久々に俺はこの二人に試されている。


「何がいいたい?」


『なに。いつ戻れるか分らない様な状況で、あの火種だらけかつ周辺が敵国だらけの国を、閣下はどうやって導かれるのかな、と老婆心ながら思いまして』


『そうですね宰相殿。まさか言葉だけで国家をまとめよう等と温い考えをしておられるのでしたら、師として育て方を間違えたようです』


 酷い言われようだ。

 だがこのままでは俺は祖国に戻れないのは事実。不在の期間は長引くだろう。それで国家を纏め上げるなどほざいた所で絵空ごと。


「なるほど。公国は食料問題と領土問題も抱えており、経済も安定していないからな。その上に俺が不在となれば、公国はどうにかなってしまうかもしれん。なのに俺は戻れそうにないとふざけた事を言ってい時点で状況が分かっていないと?」


 だが。


「――老いたな貴様ら」


 状況が分かっていないのは二人の方だ。俺の嘲りに二人の雰囲気が変わったのが分った。


「言葉で十分だ。騎士団も大臣達も俺が不在であろうがついてくる」


『その寝言の根拠は?』


「今、俺は異世界にいる」


 珍しく二人揃って少し呆けた反応がした。

 まぁそうだよな。転移魔術で飛んで行方不明なら、最悪でも別大陸のどこか辺りと思う。だがそうではない。


「言い方を変えよう。俺はセラと異なる魔術文明を持たず、逆に科学文明の発達した惑星地球にいる。前に話した俺の故郷だよ」


 二人には俺が転移者だという事は話してある。

 その話を信じていたか微妙なところだが、今回は現実を目の当たりにして頂こう。


『まさか』

「受け取れ」


 俺はゲートに向かって持ってきたあるものを投げ込む。

 少し慌てたが確かに受け取ったようだ。俺も一緒に持ってきた物を同じ物を開いた。


『これは……っ』


「珍しいな。動揺するなど……ビデオ通話は初体験か?」


 投げ込んだのはノートPCだ。

 既にビデオ通話を起動させてある。そして鳥人が双頭剣の魔力の高まりでゲートの場所を特定しようとしたのだから、4g電波も通るだろうと無線LANとwi-fiデザリングで繋いだのだ。


 俺は手元のもう一つのノートPCを見ると、画面に怪訝そうなエルフの老淑女とスキヘッドの小人が思った通り映っていた。


「初めまして諸君。これが異世界の科学文明だ」


『これは、魔術――』


「魔力が何処にある?」


 動揺した師匠が言葉に詰まる。


「それは電子計算機という。コンピュータ。主にトランジスタを含む電子回路を応用し、数値計算、情報処理、データ処理、文書作成、動画編集、遊戯など、複雑な(広義の)計算を高速・大量におこなうことを目的として開発された機械である。単にコンピュータと言った場合、一般的には、プログラム内蔵方式のデジタルコンピュータの中でも、特にパーソナルコンピュータや、メインフレーム、スーパーコンピュータなどを含めた汎用的なシステムを――」


『分りました。もう結構です……本当なのですね』


「ああ。俺は十年ぶりに故郷に帰ってきた」


 二人が沈黙する。俺の言った意味がようやく分かったのだろう。……いや違うな。なぜか二人が目配せをし、宰相が珍しく重苦しく口を開いた。


『閣下は戻らないおつもりですか?』


 思わず笑いが出た。

 そうかその可能性を考えたのか。


「ははっ、確かにな! 転移した当初を考えれば俺は故郷に戻ってきたのだ。セラに進んで戻る道理はないか」


 物語の勇者が魔王倒して故郷に戻ればそれは間違いなくハッピーエンド。


「――とでも言うと思ったのか貴様ら。あまり俺を舐めるな」


 だが現実はそうではない。一国の主にも関わらず、国境も経済も安定してはいない。こんな状況で国を捨てて戻れるはずがない。

 なにより異世界セラで十年。泥水を啜り、血反吐を吐き、ちっぽけな矜持を磨り潰し、ようやくここまで這い上がり『己』を築き上げてきたのだ。


「忘れたか師匠。糞尿の悪臭が漂い人骨が転がる世界の掃溜めたる小屋の中で俺が誓った言葉を。

 すべて覆す。俺は勝ちたい。あらゆる者共に打ち勝ち、勝って勝って勝ち続けて全てを手にしてやる。立ち塞がる敵を圧倒し、この世界に血で己の名を刻みつけ、世界そのものを簒奪する。

 セラの奴隷小屋に落とされた時、それだけの恥辱と苦痛と無力さ、そして怒りを味わい俺という人間は生まれたのだ。

 そして道半ば、既にここまで来るのにもそれ相応の屍を築き上げておきながら、今さら平和な異世界に戻ったからあとは平凡に生きよう? レン・グロス・クロイツェンの名に賭けてただの一度たりとも思ったことはない」


『……失礼致しました。余計な心配でしたね』

『浅慮なこの身をお叱り下さい』


「気にするな。もったいぶった俺も悪かった。それより俺はこの世界に来て一つ最高にイカした考えに思い至った。それが先程の公国の統治に対する答えだ。聞いてくれるか? 思わず笑うぞ」


『……お聞きしましょう』


 地球に戻ってからずっと暖めていた考えを口に出す。


「俺はこの地球を魔術で掌握する」


 サン・マルヒにも遠回しに告げた話だ。

 だが思ったよりも二人の反応は鈍い。不可能と思っているのか、或いはイマイチ理解出来ていないらしい。


「分らんか? この地球では魔術は発達していない。というかない」


『ないのですか? 全く?』


「ない。少なくとも世間一般はその存在を知らない。マナも極小。地球人は魔術文明と出会ってすらいない。その代わりに科学文明が発達した訳だ。だから二人には魔石を持ってくる様に手紙で頼んだ。当面はそれが生命線だからな」


 師匠が少し考えて答える。


『つまり……魔術を使いチキュウの王達を洗脳するおつもりですか?』


「下の下だ。その手はこの地球に潜伏している魔王崩れ達も考えている」


『なんですって?』

『魔王崩れが地球にいるのですか?』


 敵勢力の名に二人の表情が険しくなる。


「ああ、いる。ただ彼らもズレた考えに思い至ったようだ。所詮は軍人の発想だな」


 同じ思考回路の師匠が映像越しに眉をひそめた。方や宰相はある程度、考えが至ったようだ。


『閣下。確認させて下さい。チキュウとやらには魔術もマナもないのですね?』


「そうだ」


『しかも魔王崩れがいる。向こうの戦略はチキュウの首脳陣の洗脳。つまり表立って行動している様子はない』


「ああ」


『最後にこの今、まさにやり取りしている影は、異世界と繋がっているが人間は行き来できない。また他にこの影は何処にでもあるものではない。ただ生物以外は今のところ行き来できる、で宜しいか?』


「具体的に答えよう。影ことゲートは恐らく最大で五つ。観測しているのはここと、日本の何処かにある魔王崩れが使っているものの二つ。

 人が行き来できないのは現状の話。このゲートは拡張できる。地脈の流れを変えてこの場所に引っ張り、俺が花園を使い時空間を捻じ曲げれば人間の往来も可能。――逆を言えば他のゲートを閉じる事も可能だ」


 そこまで言うと宰相が小さく笑い出した。


 ――気付いたか。


 俺も釣られて笑い出す。師匠と俺の後ろにいるサン・マルヒはまだ理解出来ないらしい。


『なかなかどうして――やるじゃねぇか黒髪。随分と面白いもんを見つけやがったな。そりゃあ公国どころじゃねぇ』


 宰相の口調が俺を暗殺者として鍛えていた暗殺教団の頃の粗悪なものに戻る。


「だろう? 夢が広がるなぁ教祖様よ」


『クハハハハハッ』

「あはははははっ」


 俺も宰相ではなく教祖様と呼び、俺達は昔の暗殺教団時代の上司と部下の関係に戻ったかのように笑い出す。それが不快だったのか師匠が咳払いで問い質した。


『いい加減、説明して頂けますか?』


「おっと。つまりだ、俺は魔術を使って世界を支配するのではなく、逆に魔術を布教させ魔術に関する流通・規格・技術を独占し世界を牛耳る」


 なにも各国の首脳陣を洗脳して世界征服なんて子供染みた悪役をする必要はない。それは魔王崩れがやってくれる。

 俺は正義面して、堂々と善意の協力者になり、魔術の有効性を知らしめた上で魔王崩れを潰してやればいい。

 ――代わりその間に別な仕込みをするのだ。


『魔術に関する流通、規格、技術を抑えるなど可能なのですか? そもそも現地人達がそれに従うと?』


「従うさ。この世界には魔力が殆ど無い。しかも異世界との繋がりはこのゲートだけにする。他のものは全て秘密裏に俺が潰す。セラと地球の交易ルートを全て俺が握るのだ」


『っ……なるほど。そうなれば魔力のない世界に魔石を供給できるのは貴方ただ一人だけ』


「正解だ師匠。さらに魔術の規格は俺が定め、広める。セラの様に無法地帯にはせずルール外は取締る。しかもその規格はスクロールのみだ」


 スクロール。すなわち巻物は魔術が印字されたもので、魔力を込めれば誰でも使える技術だ。逆を言えば書かれている魔術しか発動しない量産品。


「当然、地球人にはスクロールに魔術を印字する技術は伝えない。そもそもセラの母材がなければ作れもしないがな。これを我々で独占する。彼らには最初から魔術が組み込まれた汎用的な量産品スクロールだけの提供だ。

 言い方を変えれば、決して新しい魔術を作らせない。それにより何かあっても流通する汎用魔術では、魔術のスペシャリストである我ら公国の者を超えることは出来ない」


 商売と同じだ。

 大事なのは原料を押さえること。規格を作る側に回ること。技術を独占し外に漏らさないこと。


『ですが……もし魔術をもたらしそれが有益な物と判断されれば、チキュウの王達はこぞって魔術の技術開示を求めてきますよ?』


「しないな。裏ではやるが表立っては恐らくしないし、それどころか俺にアドバイスを求め、俺主導で国際ルールを作り積極的に取り締まるだろう」


『なぜそんか事が言えるのです?』


「魔王崩れが洗脳や魔物、大規模魔術などで魔術の危険さと驚異を世界に嫌というほど思い知らせてくれる予定だからだ」


 師匠が目を見開く。


 そう、そうなんだよ。魔術の危険度と有効度を天秤に掛けた時、有効度が上回れば国際社会はかつての兵器開発合戦と同様に混沌と化すだろう。


 けれど魔王崩れ達を利用し、その危険度を大々的に知らしめれば、権力者達は規制へと傾くはず。それは第二次世界大戦後の歴史から分かること。

 そしてその協力を求めるとすれば、危険な魔術を操る魔王崩れを撃破し、友好的な実績のある俺しかいない。


『……恐ろしい事を考えますね貴方は』


「ただ少し我々の利益と権力が大きくなる様に力を貸すだけだ。

 まとめると流通・規格・技術を抑えた上で、魔王崩れという悪を倒す異世界からの救世主として現れ、その力である魔術を大々的に普及させる魔術革命を起こし、地球に俺が定めたルールで魔術文明を浸透させる。


 そしてこの世界の人間の誰もが魔術を使用できる様になった結果……供給源・上位技術・魔術対策を持つ我らに、もはや敵対できるもが地球に存在しなくなるだけのこと」


 実際、調べた限り似た様なことをこの世界の大企業たちはやっている。


 資本主義の名の下に流通・規格・技術を押さえ世界を牛耳っている、支配的・独占的なアメリカの企業群達が正にそれだ。


 俺はそれを魔術でやるだけの話よ。


「――な、魔術革命による世界征服なら簡単だろ?」


 師匠は絶句している。


 宰相はいつもの感情のない表情は消し飛び悪逆な顔でひたすら笑っている。

 主旨は伝わった。あとはセラの話に結び付ける。


「……ただ先程の師匠や魔王崩れの考える戦略も決して間違ってはいない。それを地球でやろうとするのは悪手だが、セラでやるならむしろ適切だ」


 実際、俺がやろうとしている魔術革命による世界征服は地球でのみ有効だ。資本主義が国際ルールかつ第二次世界大戦の悲劇で戦争は忌避され、人権意識が高いゆえ各国は容易に暴力的な手段を取れないからだ。


 第一、洗脳など万能ではないし余程に上手くやらねばバレて世界共通の敵だ。そうなれば終わり。


 逆にだ。

 何人死のうが自国だけ生き残れば問題ない、中世の理念で動いている異世界セラならば優位技術を持って全面的に腕力で勝てばいい。

 洗脳だろうが核兵器だろうが圧してしまえばあちらでは正義よ。


「だから今後、セラにも地球の科学文明を惜しみなく援助する。

 現状、俺には市民権程度で大した地位がなく供給できる範囲が狭いが、俺の考えている四つの計画が進行していけば、その分セラに渡せる技術の範囲も広がるだろう」


『計画というのは?』


「我々が救世主として表舞台に躍り出る前に、抑えなければならない、四つの重要課題を遂行する計画だ。


 1、ゲートの掌握

 まずこのゲートを死守し、ここ以外を全て潰し、さらにこのゲートを拡張する。いずれはこの場所を公国の領土とし治外法権を獲得、日本国と公国の一大貿易拠点を作り上げる。


 2、魔術革命

 これはスクロールの量産体勢の整備や、直属の魔術師モデルとなる現地人の育成とスカウトなどだ。流通させるセラでの魔石の確保もそうだし、場合によってはこの星のマナが少ない原因等も調べなくてはならない。


 3、日公同盟

 政治家も抱きこむ。幸い日本に害を及ぼそうとする敵勢力がいるのだ。市民団体も作り世論の誘導やセラと日本の交易体勢を確立する為に、いくつかの大企業を抱き込む必要もあるだろう。そうすれば魔王崩れを排除する大義名分やゲート周辺での治外法権の獲得も容易になる。


 4、残党対策

 最後に魔王崩れの対策だ。現地戦力の確保や敵の地球での実態把握から、拠点防衛の戦力拡充など。また、もしかしたら現地の魔術組織がある可能性もあり、それらと敵対した場合の想定も含める。もっともそれらには最後、人類の敵役になって貰うがね。


 この四つの計画をそれぞれ同時並行で混ぜながら進めていく。そうしていけば自ずとこのゲートも拡張され、公国へ送れる兵器や食料の確保も進む。やがては人材交流まで行けば俺も大手を振ってセラに戻れる」


 目的は魔術革命による地球征服だけではない。同時にセラでの公国領土拡大へと繋がるのだ。二つが伴って初めてこの計画は上手くいく。


「分ったか? これが先程の貴様らの懸念に対する答えだ。俺は二つの世界を同時に手にする。地球はセラの足掛かりであり、セラもまた地球の足掛かり。ハッキリ言って内乱なんぞしている暇は何処にもない。騎士団及び家臣団に伝えろ、俺の不在程度で悩んでいる者は不要だ。

二つの世界が雁首並べて俺に頭を垂れてきたのだ。全て平らげる。大公国の名を背負う者は全力で事に当たれ、そうすれば我らを頂点とする新世界を俺が見せてやる。

――いいな?」


 俺は二人に告げるとすぐに師匠が跪き頭を垂れた。


『いいでしょう。弟子の行く末を見届けるのも師の務め。存分におやりなさい、マイ・ロード』


 宰相も先ほどまでの悪質な笑みを消して頭を垂れる。


『しかとお伝え致します。国内の事はお任せ下さい。閣下のお言葉を聞けば騎士団も家臣団も今いっそうの忠誠を誓い奮い立ちましょう』


 こうして方針は定まった。

 それから細かい打ち合わせをすると二人から大量の魔石を受け取り、逆に盗聴器や監視カメラなどを渡したあと、いくつかの指示を出して花殿会議は終了した。


 ただ今日話した内容は騎士団にも家臣団にも俺の口から伝えようと思っている。そのためにこれから毎日幹部と会う算段にした。

 ……例えここが故郷だったとしても、少なくとも俺は彼らを見捨てはしない。そして全てを平らげる。その覚悟と意思は俺自身の言葉で伝えるべきだ。


 もっとも地球征服とは言っても別に字面通り地球を支配し使い潰そうと考えている訳ではないがな。

 あくまで俺は魔術という世界基盤を掌握するのみ。魔王崩れという危険因子は存在するのだ。放っておけば地球はセラ侵略の尖兵にされるだろう。

 ……ならば精々、正義の味方として利用し、地球の経済・政治・文化の真髄に我らが喰い込んだ所で排除してやる。


 ――秩序なくして平和なし。その為にこの手に世界を治めることもまた、已む無しだ。


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