第6話 でかすぎ問題


〔魔王崩れ 鳥人〕






 ――なぜヤツがここにいるのだッ!?


 全身を火傷し片腕を失いながらも全力で滑空する。魔術の透明化は未習得。なるべく高速で、目撃されぬように雲の中を突き進む。

 もっと速く、もっと遠くに。


 背後にいるのは他でもないあの花殿大公レン・グロス・クロイツェン。

 魔王と勇者をそれぞれ殺した男。彼奴の操る時空間魔術と花園ガーデンはあまりに有名。


 ――大公爵の花園ガーデンに招かれた者はすべからく死ぬ。


 未来永劫、その魔力が尽きる事はないと言われる生物の常識を超越した不可侵空間。現存する魔王や勇者、他の人類三大英雄でさえ直接的な戦争は避けているとも言われている。そんなヤツが。


「なぜ日本国に! ここは異世界なのだぞ!?」


 思考がまとまらない。

 我々の目的はこの手付かずの異世界を秘密裏に支配。掌握したこの世界の軍事力を使い魔王様復活と共に再びセラに攻め込むというものだったはず。

 まさに地球は楽園である。

 マナが乏しいので補給の為の魔石は必須だが、それゆえ人々に魔力に対する抵抗力がない。乗っ取りは容易。政治中枢部の掌握は簡単と言える。

 それでいて軍事力は目を見張る。戦闘機、戦車、重火器、ミサイル、核兵器。セラでも十二分に力を発揮する火力が手に入るのだ。


 コフク様を失い、領土を失い、仲間を失った我々が再起するには最高の場所。なのに……。


「ましてやあの男が地球出身? そんなことあるか! このままじゃあの化物のせいで全てが狂わされる! 何とかせねば、何とかせねばこのままでは――そうだッ」


 そこでようやく自分が今、本当にやらなければならない事に気付く。

 伝えねばならない。


 福島県の山中に第二のゲートを発見したこと。

 仲間は転移に失敗し、よりにもよってあの花殿大公がこちらに来てしまったこと。

 彼がこの地球に我々よりも精通している可能性があること。


 我は雲の合間で止まる。福島から岩手まで飛んだだろうか。ここまで飛べばと安堵し、法衣のポケットに入れてあったスマートフォンを手にした。電話である。


「くっ……使い辛い」


 しかし片手では焦りと動悸で画面のタッチが上手くいかない。使い方は教わったがやはり科学文明には未だ慣れない。まごつきながら液晶パネルの数字を入力していく。


 ――ん?


 そんな中、不意に自分の近くで風以外の轟音が響いていることに気付く。顔を上げた直後に雲を抜けまっすぐに迫る巨大な白い鋼鉄の塊があった。


「くそ、飛行機の航路だったか」


 悪態を吐いた時には遅い。

 雲から出てきたのは旅客機。その操縦席の窓から二人の人間がこちらを指差して慌てているのが分る。


 ――擬態を解いた姿を見られてしまった。


「ちっ……落とすか?」


 目撃者は消すしかない。記憶の改竄が出来る同士もいるが呼んでいる暇はないし、労力が掛かり過ぎる。洗脳や改竄はここぞと言う時以外に使うべきでない。整合性が破綻しテレビ局や新聞記者、SNS等のメディアに追及されるとなれば全て崩壊する。


 ――消した方が確実。


 電話を掛けながら旅客機に向け、雷撃を唱える。


「悪いが死んで――」


世界剣ワールド・オブ・ザ・ソード


「っ?」


 けれど我が雷撃を放つより先に、ここにいないはずの奴の声が聞こえた気がした。同時に視界に影が差す。


「なにが」


 そう無意識に顔を上げた瞬間、巨大な壁が我の全てを押し潰した。何もかも。我の意識さえ消し去って。













〔レン・グロス・クロイツェン〕





 我ながら下策とも言えなくはなかったが、鳥人は何とか仕留めた。


 俺の魔力がもはや殆どなかった為、所有していた世界剣ワールド・オブ・ザ・ソードを使った。一緒にダンジョンから見つかった文献には世界一使い難いと書かれた変な神具だ。


 発動させると超巨大化するらしい誰が作ったのかも、どういう魔術原理なのかも全く謎の剣だが、上空からマルヒの糸を手繰りそこへ目掛けて投擲。タイミングに合わせて巨大化させ鳥人をミンチにした。


 正直これほどまでのごり押しは久々で冷や汗さえ出た。

 鷹目で確認した限り斬った、というよりは刃幅で叩き潰したはず。なお投げた剣がその後どうなったのかは分らない。力を使い果たしたので恐らく短剣に戻り地面に落下しているはず。いずれ回収しよう。


 とにかく世辞でも褒められたやり方ではないが鳥人を排除した俺とサン・マルヒはその後、山の探索へと移った。

 目的はセラと地球が重なる場所――いわば二つの世界を繋げるゲートを見つける為だが。


「こんな影があったとは……」

「飛ばされた当初は私も気づきませんでした」


 そのゲートの場所はあっさり山の中央で見つかった。俺達が見つめる先に薄っすらと霞掛かった影がある。


「少し弄ってみるか。空間拡張」


 時空間魔術を試しに使うとさらに黒く歪みトンネルの入り口の様になる。

 これならば往来も可能かと思い中に入るが、セラに繋がっているであろう向こう側の穴が小さく人間の頭程度の大きさしかない。


「あれ?」


 しかも通れない。

 手を入れようとしても指すら入って行かない。試しにその辺で見つけてきた虫を入れても不可。一方で石や木は通った。魔力の帯びた物でも問題なし。

 どうやら生命体の移動だけ現段階では難しいらしい。


「生命は無理ならば、私達は二度とセラに戻れず死ぬのでしょうか?」


「いや、俺の時空間魔術とマナの通り道である地脈をこの場所に引っ張れば拡張できると思っている。ただ説明は省くが地脈を引っ張るのは現時点で極めて面倒だ。人の往来が可能になるまでは長丁場になるだろうな」


 魔術師と魔導師は違う。

 魔力を使うのが前者で魔力を通すのが後者だ。俺は後者なのでやりようはあるが、しばらく地球側を調査して魔力を蓄える必要があるだろう。


 その後、無機物は通るのでセラにいる公国の部下達へ手紙を書き、紙を使い魔として穴の中に飛ばした。


『30日後この場所で花殿会議を開催する。紙を受け取ったら形跡を辿るべし。その際、魔石S級を30個ほど用意せよ。それまでは委細、師匠と宰相に任せる』


 花殿会議とは俺と、俺が信頼する二人の人物を加えた三人だけの公国の今後を決める為の最重要な話し合いだ。ここには家臣団も騎士団も含めていない。

 開始時間は指定しなかった。時差がどれだけ存在するか分らなかったからだ。ただ時間の進む流れは凡そ年数と季節が一致しているので差はないはず。


「よし、なら十年ぶりに実家に帰るか」


 とりあえず今出来る事はやった。


 あとは実家に戻って感動の再会をしよう。俺が奴隷としてどれだけ精神を狂わせようと、暗殺者として下種に成り果てようと、国父としてその全てを国へ捧げていようが親は親だ。


 そう少しガラにもなくしんみりとしながら下山したのだが……。






「ご覧下さいっ!

 現在私はエリコプターで秋田県、奥羽山脈北部に広がる八幡平の上空からお送りしています。

 見えますでしょうかスタジオの皆さん。

 その八幡平に堂々と突き刺さる“アレ”が!?


 あの巨大な“剣”が!」


 俺とサン・マルヒは下山して実家に向かう途中、その映像を見てしまった。


「……あの剣、命中したら縮むもんだと思っていたんだがな」


 コンビニに備え付けられた従業員用のテレビが表に引っ張り出され、農家や配達員達がそこに映し出される映像を食い入る様に見ていたのだ。

 釣られて見たが、どうにも見覚えがある巨大剣がテレビででかでかと取り上げられている。


 しばらく現実逃避的に二人で話したがマルヒが頭を抱えてしまったので、少しフォローする。


「まぁなんにせよだ。手持ちでは世界剣でなければ鳥人を確実に仕留められなかった。

 こちらの正確な情報を流されるくらいなら、あの剣は地球への名刺代わりとしよう。日本の上空で放ったのだ。どうせ場所までは特定されんよ」


「メイシ?」


「挨拶代わりって意味だ。あの剣を見ればセラと関係ある者は間違いなく思うだろう……もしかして自分達と関係ある存在がこの世界にもいるのではいか? と」


「我々の正体を世間に知らしめるのですか?」


「それも考えた。だが、ちと勿体無い」


 そう。それはあまりにも勿体無い。

 科学文明。魔術文明。そして今この世界には敵となる魔族があり、二つの世界を繋げられる可能性があるゲートがある。


「……なぁ魔術師殺し殿。戦争せずに世界を支配するやり方って知ってるか?」


「突然なんですか? 領土拡大なんてどれだけ言い繕っても暴力でしょう」


 俺の問い掛けに首を傾げる蜘蛛男。


「セラの外交感覚からすればそうかもな……今の話はもう少し現在の地球を調べて、部下達と連絡がついたら詳しく説明しよう。ただそうなれば後戻りなどさせんから正式に俺の傘下に入れ。嫌ならばセラにお前だけ返してやるが?」


「……魔族でも構わないのでしたら宜しくお願い致します。閣下がいなければどうせ私は戻れない身、若輩ながら軍門に下らせて頂きます」


 そういって彼は胸に手を置いて八本足を器用に畳み跪いた。信用していいか微妙なところだが、俺の勘は問題ないと告げていた。


「あ、ただ一つお聞きしたいのですが。先程の話もそうですが……もしかしてなにか企んでます?」


「ああ、世界征服魔術革命をちょっとな」


 ギッョとマルヒが振り返ったが、俺も考えがまとまっている訳ではないのでそれ以上は言わなかった。


 ただ……せっかく異世界から魔導王のまま地球に戻ってきたのだ。


「なら、やることは一つ」









 これが後に日本で起こる地球国家初の“魔術革命”の始まりであり、それはやがて日本国とグライスベリー公国による日公同盟こと二世界初の異世界間同盟へと発展する前触れでもあった。


 ――と同時に一連の事件、魔王崩れとグライスベリー大公国による秘密裏に日本を舞台に行われた公魔極東戦争の幕開けでもあった。

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