第4話 時空の神
〔レン・グロス・クロイツェン〕
「神? 神だと? しかも俺達が異世界からの迷い人?」
突然現れた門から出てきたのはだぶついた法衣を着て緑色のブローチを首から下げた男で、それは事もあろうに神と名乗った。
『そうだ。私はこの国を治める神。ごく稀に起こる時空の歪により、誤ってこの世界へと召喚された君達の様な者達を助けている』
俺は自分の罠に今はまだ大人しく絡まっているアラクネを一瞥する。あちらも目の前の自称神を理解している訳ではないらしい。再び神と名乗った法衣の男に視線を戻す。
「……失礼。待って頂きたい神様。いきなり出てきて何を言っているのかよく分らないんだが?」
『混乱するのも無理はない。君達はまず、ここがセラとは異なる異世界である事実を理解出来ていないようだ』
――逆だろうが。
思わず出掛かった言葉を飲み込むと、下の蜘蛛男が叫んだ。
「ここは元の世界ではなく、別な世界だと仰るのですか?」
『左様。君も見ただろう。あの空を飛ぶ飛行機や地を走る自動車という存在を。この世界はチキュウと呼ばれ魔術ではなく科学と呼ばれる文明が発達した世界なのだ』
「カガク? 異なる文明……まさか転移によって世界すら飛び越えてしまったのですか……?」
『アラクネの男よ。普通には起こらん現象だ。しかしこのセラとチキュウには特異的に重なる場所がいくつかある。その場所で特殊な魔法陣を使えば――』
「オイ待て。特殊な魔法陣とはなんだ?」
蜘蛛との会話を遮ると一瞬、俺と神とやらの視線が交わった。だがすぐに相手が目を閉じ話を続ける。……ただ俺はその隙に看破と呼ばれる魔術を密かに発動させた。嘘ならば相手の声が変容して聞こえるはずだが。
『古代魔水晶を媒介とする転移のことだ。二つの世界が重なる場所で使えば、世界を飛び越え一人か二人程だが異世界に飛ばせるそうだ。前に異世界から来た男が言っていた』
――事実なのか。
看破の効果が切れるまで神の声は最後まで変わらなかった。つまりこの神と名乗る男は嘘は言っていないらしい。俺は素直に頭を下げる。
「なるほど……これは失礼致しました。しかし古代魔水晶ですか。俺の知る限り発見されているのは五つだけでしたが、魔王崩れはそのうち一つを使ったと。なのに転移の魔法を使った肝心の魔族はここにはいないのですか?」
『そこまでは分らん。ただここに迷い込んでしまったのは君達二人だけだ。複数人が入っても世界を飛び越えられるのは一人か二人だけなので、他は戻されたのだろう』
「そうですか。ところで先程、前に来た男が言ったと仰っておりましたが、それはどうなったのですか?」
『無論すべて元の世界へと帰した。そもそもチキュウにセラの人間が残るのは不可能なのだ』
「どういう意味です?」
『この世界の人間と君達の身体の構造が異なり、この世界の人間は魔力が使えない代わりに枯渇する事はないが、君達は魔力が枯渇すれば死ぬ』
「なんですって?」
俺ではなく蜘蛛男が驚きの声を上げた。
『この世界にはマナが殆ど存在しない。君達は魔力を回復する事ができず衰弱しやがて死に至るだろう』
「そんな、私達はここで死ぬしかないのですか?」
『落ち着け。その為に我が来たと言ったのだ』
神がそう告げて地上にまで降りてくると、俺達の近くに黒い門を出現させる。俺もそれに合わせて木の上から地上に降りた。
黒い門がゆっくりと開く。中は水銀の様な波打つ銀色の膜が張っている。
『次元と次元を繋ぐのが我の権能である。さ、セラへと通じる門だ。ここより故郷へと帰るが良い』
「なぜそこまでして頂けるのですか?」
『善意だけではないぞ。君達の様な魔力を持つ存在はこの世界にとって悪しき影響をもたらす。我はこの国を治める唯一の神としてこの国、ひいては世界を守る義務がある』
「なるほど」
俺は内心で笑みを噛み殺し神妙に頷いた。糸に絡まる蜘蛛男を見ると彼も神妙に頷いている。
蜘蛛男を試す為にも糸への魔力を引っ込める。彼を捕らえていた蜘蛛の巣が解け、アラクネらしく八本の足で綺麗に着地するとこちらを見た。
「……元の場所に帰して頂けるのならばかまいません。ただ一人ずつお願いしたい。私と彼でお互いに齟齬があるようですので」
「なるほど異論はない。俺が先に行こう」
「えっ? 良いのですか?」
「ああ。俺はもうお前を疑っていないからな」
俺は本当のところ、この蜘蛛男について大方の見当はついていた。有名な暗殺者で今はフリーの傭兵だった魔族だろう。
実は魔王崩れと戦う前に別な魔族から娘が囚われており傭兵を派遣し勝手に救出するが、そちらと交戦する意思ないので許してくれと書かれた文が届いた。
その傭兵として雇われたのがこのアラクネ、有名な魔術師殺しのサン・マルヒだろう。十分に使える人材だ。
だったら自分から行くべきだろうと門の中へと足を踏み入れる。
『中はしばらく暗いが、歩いていれば光が見えてくる。そこがセラへの出口だ』
「ありがとうございます」
適当に感謝の言葉を送りながら俺は銀色の膜の中へと入った――。
〔アラクネ族 サン・マルヒ〕
「……大公家の家紋?」
私達が見守る中、白い一張羅の少年が先に門の中へと消える。
ただそれよりも少年の背に描かれた金色の大華の刺繍が目を引いた。あれはグライスベリー大公の家紋。それを着こなせる人物は騎士団隊長や家臣クラスからだ。
「――下手したら殺されていたのはこちらですか」
冷や汗が頬を伝った。大公本人もまだ若いと聞く。見た目で判断して良い相手ではなかったらしい。
『さてもういいだろう。次は君だ』
しばらくして神を名乗る男が私を促す。
門から異変は伝わった来ない。ただあらためて自分の番になると門へ入る事を躊躇わせる。
『どうした?』
「……いえ」
――正直に言えば不思議ですね。
家紋もそうだが私はあの少年が素直に門の中に入った事にも驚いていた。
私と彼はおそらくこの世界に対する情報が乏しい。チキュウもカガク文明とやらも、全て相手の一方的な言い分である。
にも関わらずよくも門の中へ躊躇なく入ったものだ。
――私も行くべきでしょうか?
門の前に静かに立つ。
念の為に密かに糸をこの森につなげておく。最悪、糸を辿れば戻れるはず。
ふと入る前に門の隣に立つ神と名乗る男に尋ねた。
「せっかくです。最後に御身の名を教えて頂けますか?」
『ふむ……いいだろう。イザナミである。この国の守護神のようなものだ』
「イザナミ様。ありがとうございます」
では。
そう告げて門の中に入ろうと足を伸ばした瞬間の事だ。
「……な訳がねぇだろうこのペテン師野郎」
直後、門の中へ消えたはずの少年の声がまた私の背後から聞こえ。
『え? ――んがはっ!?』
ドンッという鈍い音がして私の横をイザナミ神が宙を舞い、門の中に頭から突っ込んでいった。
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