第30話 アンダードッグ

 僕は久方ぶりに野々垣に会った。

 正直、僕にも感慨深いものがあるのは事実だ。

 でも、あえて僕は僕たちが疎遠になった期間や理由については一切口にしなかった。

 それらを無視してお願いをしたその日。


 夜の11時くらいに野々垣からメールが来た。


 『こんばんは。例の件ですが、やるやらないは別として陽希ャ先輩のその心理学研究同好会なるものを明日訪ねてもよいでしょうか?そこで、具体的な詳細を聞きたいです』


 とのことだ。


 なんだかんだで交渉段階までには乗ってくれた。

 自分でいうのもなんだけどノノガッキーもよく来てくれるよなぁ……。

 桃花にしてもそうだ。

 性善説はあながち間違いではないのではなかろうか。

 あとアレだな。

 自信なさげに卑屈になって最初から無理だと思っちゃダメだなって最近強く感じる。

 この前、なんかの番組で凄腕ナンパ師が一定数押しに弱い女の子はいると言っていたのを思い出す。

 まあ、僕は紳士だからそんな真似はしないけどね!

 べ、べつに話しかけるのが怖いとか緊張するとかそういったことが理由じゃないんだからねっ!!

 このテンプレツンデレ構文はもう古いのだろうか。

 ぼっち過ぎると流行に超疎くなる(豆知識)


 何にせよ、あとはどうやって話を持っていくかだ。


 僕はそのメールに明日の16:30「相談室」に来るよう野々垣に返信をした。


 放課後。


 「で、あなたのスペシャルなゲストはいつ来るの?」


 「もうそろそろだな」


 16:20分。

 そろそろだ。


 「マジでもう一人呼ぶことできたの?どんな手を使ったの?お金……」


 「お金は払ってねぇよ!超えちゃいけないラインは守ってるんだよ!!」


 「超えちゃいけないラインを反復横跳びしてる人間が言っても説得力無いわよ」


 「だから、すんでのところで超えてないんだって!」


 「すんでのところっていう自覚はあるのね……」


 「あ、来たんじゃない?」


 ドアの向こうに曇り窓から人影が見えた。


 こんこん。

 ドアがノックされる。


 「どうぞ」


 仁科さんがそのノックに対して許可を出す。


 「し、しつれいしまーす……。陽希先輩いますか?」


 「お。野々垣待ってたぞ。適当に座ってくれ」


 そうして野々垣は女性陣二人の方へ行った。


 いや、だからなんで僕だけ距離取られてるの?


 「こ、こんにちは」


 野々垣が仁科さんと桃花に声を掛ける。

 あ、挨拶ね。僕が嫌いとかそういうのじゃなかったのね。

 うっかり窓から安全帯なしでバンジージャンプを敢行するところだった。


 「はじめまして。私は部長の仁科よ。ようこそ心研へ」


 「あ、はい!仁科先輩よろしくお願いします!」


 「おはもに~♪野々垣ちゃんは下の名前は何ていうの?」


 手を振りながらよくわからない挨拶をする桃花。


 こういう距離を詰めてくるタイプは初対面の相手を緊張させちゃう系女子だ。

 そして、僕は緊張しちゃう系男子だ。

 いや、語弊があった。

 だいたいの女子に対して僕は緊張するから別にタイプとか関係なかったわ。

 

 「あ、柚桔です!野々垣柚桔です!」


 「柚桔ちゃんね。私は望月桃花。よろしくね」


 「望月先輩よろしくです!」


 二人に挨拶をすます野々垣。

 これで心研内で野々垣に対する相撲部屋的なかわいがりはなくなるだろう(願望)

 女の子同士の関係って意外と面倒くさいらしいからな。

 この3人でぎくしゃくしたら僕のメンタルが持たない。

 実際、昨日とか僕がいない部室はどうだったんだろうか。

 実は、仁科さんと桃花は超仲悪かったみたいな絶対に見たくない現実が待ってたりしないよね……?。

 3人になってもっと人間関係がこじれるなんてことになったら僕はしれっとやめよう。

 まあ、ノノガッキーはまだ勧誘段階なんだけどな。

 なんにせよ、女の子同士は嫌なとこまで見せ合って楽な関係になるんだろう。

 嫌なとこ見せ合っちゃうのかよ……。


 「それで、どうやって柚桔ちゃんみたいな純粋そうでかわいい子連れて来れたの?やっぱりお金……」


 「だから、お金じゃねぇよ!あと、本人要る前でそういうこと言うなよ!僕がそんなような奴だって誤解されるだろう?」


 「いや、誤解も何も陽希ャ先輩がバカなのは知ってますよ?」


 「杜若くん……。バカなのは知ってたけど、まさか、あなた後輩に陽キャって自称してたの……?」


 「してないよ!!だから野々垣!こういう訳の分からない勘違いされるからその蔑称はやめろって言ってるだろ!!」


 「その点は大丈夫です。より正しく言うと、陰キャの陽希ャ先輩です」


 「あ、陽希だから、ようき。陽希ャ先輩ってことね!」


 「それで、野々垣さんは陰キャの陽希ャくんに弱みでも握られてるの?ぼっちのレベルで言ったらかなりの腕前よ。彼は。やっぱり美人局……?」


 「握ってないしぼっちの腕前ってなんだよ……」


 あと、最後に小声で美人局って言いましたよねこの人。


 「陽希先輩とは中学が一緒でアイドル好きの仲間だったんですよ」


 簡潔に言えば僕たちの関係はそうだ。

 でも、「だった」というその表現が少し悲しく感じた。


 「え?柚桔ちゃんも杉中なの?」


 おめ、どこ中よ?ばりの感じで桃花が言った。

 陽の者は出身中学が気になる傾向があるからな。

 悪そうな奴は大体友達的な。

 いや、知らんけど。

 多分、違う。


 「杉中出身です!『も』ってことは望月先輩も杉中なんですか?」


 「そうなんだ!そうそう!私は陽希とクラスは違うけど同学年だったんだよ」


 「あ、そうなんですか!……逆になんですけど、なんでぼっちの陽希先輩がクラスも違う望月先輩と接点があるんですか?お金……?」

 

 「杜若くん……。ぼっちが原因でいちいち交友関係を疑われるのは悲しいわね……」


 「事実だけど、あなたも僕の交友関係を疑ってたからね?」


 数分前に美人局か疑っていた子はどこに行ったのだろう。

 二重人格なのかな?


 「あ、私と陽希は小学校の頃からバスケで一緒だったの。男女で別れてはいたけどね」


 「……なるほどですね。って陽希先輩、バスケ部だったんですか!?あれだけ、陰キャ自称してたのに本当は陽キャ側の人間で陰キャの私のことを心の中で小バカにしながら話してたんですか?」


 野々垣がちょっと怒った感じで僕に問う。

 確かに、野々垣の立場からすればそう思うのは無理もない。

 でも、それは違うのだ。


 「野々垣……。バスケ部がみんな陽キャだっていうその認識が大間違いなんだよ……」


 「え?そうなんですか……?少なくとも私の代は結構……」


 「それは派手目な連中だけが目に入るからだ……。ベンチにも入れない奴なんてそりゃ悲惨だぞ……」


 「そ、そうなんですか?……桃花先輩?」


 「え?いやぁ……。えーっと。あ、は、陽希は確かに物静かな感じだったかなあ……?中学の頃とかあんま覚えてないや。あはは……」


 「……その精一杯のフォロー泣けてくるからやめてくれ。そうだよ!僕はバスケ部っていう肩書のおかげでかろうじてスクールカーストは最下層ではなかったけどイジられという名目でピエロを演じてたんだよ!!」


 「陽希……」


 桃花が悲しげな表情で小声でそう言い押し黙る。


 そして部室に沈黙が流れる。


 仁科さんすら黙ってる。


 え、何この雰囲気は。


 「いや、ここ笑うとこだよ!笑えよみんな。マジな雰囲気になる方が苦痛だからやめてくれ……」


 「陽希先輩……。すみませんでした」


 野々垣が謝る。

 上手く言葉にできないがこれはそういうのじゃないのだ。


 「いや、だから……」


 「だから」


 仁科さんが僕の言葉を遮る。


 「え?」


 「だから、杜若くんは陽キャをわからせたいんでしょ?本当に魅力的な人間はどっちなのかって」


 「え?ま、まあ」


 仁科さんのいきなりの問いかけに生返事になってしまう。


 「じゃあそういうことで野々垣さん。私たちと一緒にステージでアイドルやりましょう」


 「「ええー!!」」


 部長の突然の宣言に僕と野々垣が驚く。


 「うん!やっぱやろうよ!面白そうだし」


 桃花の便乗。

 もうこの二人は僕以上に覚悟を決めているらしい。

 なんて頼りがいのある部員たちなんだ(恍惚)


 「杜若くん。あなた驚いてるけどこっち側の人間でしょ。しっかりしなさい」


 「え、あ、はい!」


 部長に怒られる。

 でも、これはチャンスだ。

 

 なんか知らないけど、予想外に僕の自虐トークにみんなが同情心を抱き始めている。野々垣に至っては僕に謝ってる。これを逃す手はない。


 「野々垣。ステージでルミルピをやろう」


 「…………」


 野々垣が少しの間、小難しい顔をして閉口する。


 そして、


 「ええ!野々垣やります!やらせてください!」


 「なんで頼む側!?」


 「じゃあ決まりね」


 「ルミルピやるの!?いいじゃん!」


 こうして、僕たちのアイドル活動が始まった。

 

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