第27話 僕のハートを解き放つ!

 あの宣言をした次の日。

 昼休み。

 仁科さんが話しかけてくる。


 「元気?」


 「ぼっちにそれ言うのは厳禁だぞ。学校で習わなかったのか?」


 ぼっちにその言葉は禁句なのだ。

 ぼっちやってたら学校にいる時間、ましてやクラスに拘束されている時間はもれなく元気なわけはないのだ。

 だから、全国に陽の人間たちは気遣ってんのか、からかってんのかわからんけどぼっちに「元気?」なんて言うのは今後一切控えようね!お兄さんとの約束だぞ!


 「皮肉で言ってるのよ」


 「知ってる」


 そう。同じぼっちやっててこんなことに気が付かないわけはないから彼女はわざと言ってるのだ。相変わらず、いい性格してる。

 

 「今日はいいのか?最近、一緒に仲良くしてた彼女らと食べなくて」


 「今日はいいの……。体育なかったし」


 「ふーん」


 体育とか合同でやる授業がないと一緒にならないレベルの関係。

 一緒になれば話す。でも、きっかけがなければ一緒にご飯も食べない。

 言っちゃ悪いけどその程度の関係なんだろう。

 そして、その彼女たちはちょうど教室にいない。

 どこか、違う場所で食べているのだろうか。


 「嫌味言われたからってそれを倍にして返すとか悪趣味ね」


 「仕掛けてきたのはきみだろ」


 仁科さんは椅子を横にしながら黙々とお弁当を食べる。

 僕もそれに倣う。


 沈黙が続く。


 「桃花さん……」


 「ん?」


 「桃花さんはやっぱり私たちとは違うわね」


 そう言われ桃花の方を見る。


 いわゆる派手目な女の子と一緒にお弁当を楽しそうに食べている。

 そして、いけすかない派手目な運動部集団がその女子たちにちょっかいをかけている。


 「あんな風になりたいのか?」


 「楽しそうだとは思うけど、お昼はゆっくり静かに食べたいわ」


 「だよな」


 また、沈黙が訪れる。


 なんだかんだ僕はこんな感じで沈黙が続いても嫌じゃないしむしろ心地よく感じてしまっている自分がいる。仁科さんがどう思ってるかは知らないけど。


 「それで、中期壮行会の件、もう時間ないけど。どうするの?杜若くん」


 「ああ~……」


 僕はその話から現実逃避していた。


 「あなたがやりたくないっていうから進まないんだよ」


 とりあえず、中期壮行会の文化部応援のエントリーは仁科さんにお願いしてる。

 だけど、アイドルはをやるのを断固拒否してる。

 僕が。


 「どうすればやってくれるの?」


 「逆に聞くけど、なんでやらないとダメなの?」


 「だから、言ってるでしょ。需要があるって」


 「いや、それは聞いたけど……」





 昨日の放課後だった。


 「いや、アイドルとかバカじゃないの?」


 「それはこっちのセリフだ。こんな美少女二人を擁してるのにそれをアピールしない手はないだろう」


 「百歩譲ってたとえそうだとしてもなんでステージで二人で踊んなきゃダメなの?」


 「僕の趣味だ!」


 「杜若くん……。半分犯罪よ」


 「えぇ……」


 うちの同好会の魅力は間違いなくこの二人を擁してることなのだ。

 それをアピールしない手はないのだ。


 「二人でやるのが嫌なのか?」


 「そういう問題じゃなくて……。そもそも生徒会がやるんじゃないの?今年も。そしたらやること被るっていうか……」


 「そこだ」


 「え?」

 「は?」


 二人が声をそろえる。


 「僕は生徒会が嫌いだ」


 「なんで!?」


 「どうせ、1年生の時に委員会かなんかで生徒会に問い合わせに行く用事があって生徒会室行ったらぼっちと低コミュ力が相まって軽くあしらわれたことをいまだに根に持ってるとか大方そんな理由でしょ?」


 「…………」


 「まさかの図星!?」


 何この子。人の心読めちゃうの?

 

 「げふん!げふん!僕のことはいいんだよ」


 「じゃあなんなのよ?」


 「これはもっと客観的な話だ。結局のところあいつらは目立ちたがり屋のボンクラ集団なんだよ」


 「心研なんかに思われたくないんじゃないかな。生徒会も」


 「だまらっしゃい。あと、桃花。新メンバーのくせに随分と失礼だな……」


 「やめてもいいんだよ?」


 「すみません」


 平謝り。


 「とにかくだ!うちの生徒会は取り立ててとりえもないくせに生徒会にいるからって理由でしゃしゃっていつもイベント事でイキるからな」


 「杜若くんは生徒会に親でも殺されたの?」


 「違うんだよ。仁科さん」


 「忘れもしない。あれは僕が夏の球技大会の委員に選ばれた時のことだ」


 「なんか始まったし」


 あの時のことは忘れもしない。


 「男女ペアで組まされるんだが相方の女の子がよっぽど僕と活動するのが嫌だったのか初回と2回目以降全部何かと理由をつけてさぼりやがった」


 「それ生徒会じゃなくてその女の子が悪いのではなくて?」


 「まずは僕の話を聞くんだ。それで僕はそれからの放課後は毎日がしんどかった」


 「クラス用の書類作成、他クラスの代表との連絡調整、担当の先生との報・連・相。ぼっちの僕にとってはキャパオーバーだった」


 「ほーんそれで?」


 「ある日の委員会で、生徒会に彼らの作成した夏季球技大会についての全校生徒向けのアンケートの実施を頼まれた。この時点で何か釈然としないが、委員会全体に行ったはずなのにこれはなぜか先生を通じて僕個人に回ってきた」


 「それでだ。僕は思考停止で学年のクラスの代表者に頼んでそのアンケートをすべて配った。けど、その後、球技大会担当の先生がそのアンケートに誤りを見つけたとか不適切な箇所があったとか何とかで回収を頼まれた。なぜかまたしても僕個人にだ」


 「それ陽希に頼んだその先生が悪いんじゃないの?」


 「まあ話を聞けって。僕は自身のキャパに限界を感じていたから、さすがに自分の役割じゃないと、それは生徒会の役割だと、彼らに言うことにした」


 「どことなく嫌な予感がするのは気のせい?」


 仁科さんが察する。


 「そう問題はここからだ。勇気を振り絞って中で仕事もせず(重要)楽しそうにだべってるときに僕は生徒会を訪ねた。そして、その旨を話した」


 「そしたらだ。僕と同学年のあの伊藤だか、後藤だか言う普段気の弱そうな奴に話したらどうだ。僕を認識するや否や一瞬で格下だと思ったのか妙に僕をバカにしくさった感じで『落ち着いて話せって笑」とか「それはお前の甘えじゃないか』とか言ってバカにしてきやがった」


 「生徒会の武藤くんでしょ。2組の」


 桃花が言った。そうだ武藤か。

 一切、興味がないから記憶から消去してた。


 「ああ武藤だったか。確かにどもってたのは事実だし、楽しそうな雰囲気だったしこっちもお願いする側ってこともあってちょっと躊躇して謙虚に卑屈気味に話したらこれだよ。なんだあの態度って思ったね。ちょっとでも良心見せて損したわ」


 「怒鳴りこんで行ってやったばりに話してるけどかなり低姿勢で乗り込んだのが泣けてくるわね……」


 「あいつ文化祭とかではステージでいっつも生徒会や一般の生徒にいじられてクソ面白くない返ししてるくせに僕が相手だとマジで見下した態度だからな」


 「しかも気の弱そうなガリ勉っぽい見た目のくせに普通科とかお笑いぐさだぜ」


 「今、普通科来てるじゃん……」


 「清々しいクズっぷりに感動すら覚えるわ」


 二人がドン引く。

 僕は悪くない。

 クラスが悪い。委員会が悪い。先生が悪い。生徒会が悪い。学校が悪い。

 僕以外の周囲がすべて悪いのだ。


 「でも、武藤くんにそんなイメージないけどな。どちらかというとそれこそ陽希の言う通り愛されキャラというか少なくとも人を見下すような性格には見えないけど。それが事実ならちょっと見る目変わっちゃうかも……」


 「確かにそうね。でも、仮に。仮に杜若くんの言うことが本当のことだとしたらそれはあまり気持ちのいいものではないのは確かね」


 「だね。確かに、私も直接話したことはあまりないからわかんないけど人間って意外とそういうところで本性出るからね……」


 二人が意外にも僕の話を受け入れてくれている。


 「おお~、わかってくれるのか」


 「ちなみに、そのあとどうなったの?」


 「ああそれはな。こころ優しい森下さんって女の子が引き受けてくれて全部やってくれた」


 「あ、美乃ちゃんね」


 「ああ。下の名前までわからんけど」


 「本当はわかってたんでしょ?」


 「知ってたよ!知ってたら気持ち悪いと思ってあえて嘘ついたんだからそんなの聞くなよ!!」


 「「えぇ……」」


 ほら二人とも引くだろ?

 だから、嫌だったんだよ。

 僕はみんんが不幸にならない嘘なら嘘はついていいものだと思っている。


 「で、本題に戻るけど、つまり、あなたは今年も例年通りステージでアイドルの真似事をやる生徒会に対してあえて被せにいって台無しにしてやるって考えで間違いない?」


 「話が早くて大変助かる」


 白銀北高校ではインターハイに出る運動部を応援するために「壮行会」なるものを年に3回も開催する。ちなみに前期壮行会は4月末に開催されたが僕は精神統一してたため内容をあまり覚えていない。ああいった青春してるぜ!みたいなキラキラしたものを見せつけられると死にたくなるしまともに見てたら灰になってしまう。

 そして、なんでかわからんけどこの学校はことあるごとに盛り上がりたいのかインターハイが遅い部活や勝ち進んだ運動部を応援するために6月末に中期壮行会という謎の行事が存在する。まあ、勝ち進んだ部活って言ってるけど野球部のことだ。この学校の野球部は公立高校のわりに地方大会のベスト16くらいには結構な確率で入るのだ。甲子園はさすがに難しいけど7年前には行ってたりもする。このような理由もあり野球部は結構特別扱いをされていたりしてる。

 壮行会は文字通り運動部を応援するために生徒会や文化部が出し物をするのが恒例となっている。例年、前期よりも中期の方が盛り上がるらしい(盗聴)

 そこで、僕たちがステージに上がろうっていう算段だ。


 「それだけ聞いたらとんでもないクズ集団に思えてくるね」


 「それは誤った認識だな。あと、桃花。お前もその集団の一人ということを肝に銘じろ」


 「でも、仮にやるとしたら陽希も女装しないとダメだよね??」


 「ええ。仮にやるならそれは当然でしょうね?」


 二人が邪悪な笑みを浮かべる。

 虚を突かれた気がした。


 「な!?それは違うでしょ!!」


 「だって、生徒会は5人でしょ?そのうち3年生の会長と武藤くんが男子だけど去年女装してステージ上がってたよ?」


 「それはあいつらがイキりたいからだ。表面上は不本意な体を装ってるけど実際は女装した『面白い自分』をみんなに見てもらいたいだけなんだよ。自己顕示欲の塊だ」


 「今回、僕たちが行うことはあくまで生徒会のそのしょうもない寒い猿芝居をつぶすためにステージに上がるのであって、需要のない僕がステージに上がる必要性はまったくないし僕にはそんな女装趣味も自己顕示欲もない」


 「あいつらは目立ちたいだけなんだ。壮行会で運動部を応援する気なんてさらさらない。むしろ自分たちを見てほしいんだ。偽善者だ」


 「生徒会の動機の是非は置いといて。物事を邪推させたら右に出る者はいないわね」


 「はぁ……。でも、実際、私たちも最終的にはそうやって目立ってみんなに活動を認めてもらいたいからやってるんじゃないの?」


 「違う?」


 桃花が呆れながらため息をつき、疑問をぶつける。

 優しい彼女のことだ。

 僕たちがやろうとしてることは彼らのやってることと本質的には変わらないと言ってるのだ。

 そんなのは欺瞞じゃないかと問いかけているのだ。

 

 だけど、それは違うとはっきりと僕は言いきることができる。

 

 「それは違うな」


 「どうして?」


 「そもそも偽善者は総じてクズだ」


 「だったら、杜若くんもそうでしょ?」


 少し僕をあざけるようにいつものように茶々を入れる仁科さん。


 「そうだよ。よく気づいてくれたな。僕は偽善者だ」


 「開き直るの?」


 「これは開き直りなんかじゃない。僕は偽善者だ。クズだ。でも、クズを自覚してる分、彼らよりはマシだと思ってる」


 「……。屁理屈だけは一流よね」


 「はぁ……」


 二人が呆れる。


 「利己的、打算的で何が悪い。譲り合いや謙虚な姿勢、また、ボランティア精神は当然尊い。みんながその精神をもとに行動してるならさぞかし世の中は平和だろう」


 僕が一息置く。


 「でも、そうじゃない。それで世の中はまわっていない。自分を犠牲にしてまでそういった精神で生きていけるほど甘い世の中じゃない。それは、学校みたいな狭い極めて狭いコミュニティでも当然該当する」


 「僕みたいな落伍者がそんな守りの姿勢じゃいつまでも負けたままなんだよ。最近、それに気づいた。どんな卑怯で姑息な手を使おうと勝てばこの青春劇においては勝者であることに違いはないんだよ」


 言ってやった。

 もう、この二人には汚いところは隠さなくていいんだ。

 関係が壊れてもいい。

 そうじゃないと、こうでもしないと前へ進めないんだ、僕は。


 しばし沈黙した後、二人が開口した。


 「まあ……。言いたいことはわかるけど」


 「大変醜い演説だとは思うけど世の中も同等かそれ以上に醜いっていうのはわからなくもないし実際その通りなんだと思うわ」


 「二人とも意外と好意的だな」


 「なんか慣れたわ……。陽希のそういうの」


 「それね」


 僕のクズ根性が伝染してるんじゃなかろうか。

 自分で言っておきながら一抹の不安を覚える。


 「でも、本当にステージに上がるのだとしたら陽希も女装して上がらないとダメだよ?」


 「いや、だからなんでそうなるの?需要がないってさっきから……」


 「需要ならあるわ」


 「は?具体的に誰に?言ってみてよ」


 「需要があるならやってくれるんでしょ?」


 「いいよ。でも、ないから」


 「じゃあ。陽希も決まりだね」


 二人がニヤニヤしてる。

 だから、何を言っているんだろうか。


 「だから、そんな人は……」


 「私と望月さんが見たい。はい決まりでしょ」


 仁科さんが悪い笑みを浮かべて僕にそう言った。

 やられた。


 「それは違うでしょ!そもそも僕が出たらステージが台無しになる」


 「それをなんとかするのがあなたの役目でしょ?」


 「そうそう!じゃあ決まりだから考えといてね。陽希」

 



 といった、地獄のような状況になっているのだ。


 「そもそも、白に黒を入れて灰色になってしまったらそれを取り除く作業とてつもなく難しいんだぞ」


 「だから、それをなんとかするのが杜若くんの役目でしょ?ただ単に私たちだけがやるってことならあなたいらないじゃない」


 「うっ……」


 痛いところを突かれてしまう。


 彼女たちだけでやるなら確かに僕はいらないのだ。


 「じゃあどうすればいいんだよ」


 「さあ……。あなたがもっと魅力的な人間になればいいんじゃない?例えばあんな感じで?」


 そういいながら仁科さんが目線を向けたその先には桃花たちの集団だ。あれは野球部次期キャプテン候補の須藤くんだっけか。野球部では2年生ながらエース。坊主ながらも目鼻立ちが整ったイケメン。加えて、成績もいい。そして、何より時折だがこの僕に世間話をしかけれくれるその人格!そして何も面白い返しができない僕!できないのかよ。

本当にチートのような存在なのだ。何もかもを手にしているような人間だ。


 「次元が違いすぎて嫉妬すら起きないね」 


 「それもそうね」


 「じゃあ聞くなよ」


 「そりゃ皮肉でいってるもの」


 「またかよ……」


 嫌味人間かこの子は。

 最近、僕に対して毒強くない?


 「でもそうね……。強いて言うなら黒を取り除けないならあなたが言う白い部分を強めればいいんじゃないの?知らないけど」


 「そんなパンがなければケーキを食べればいいみたいな理論無理に決まってる……。いや、」


 「ん?どうかしたの?」


 「……一つだけ方法がある」


 「ふーん」


 「だから、今日の放課後は休ませてくれ!」


 「え?別にいいけど」


 仁科さんが何を考えてるのかわからないといった表情で休みの許可をくれる。


 「どうも」


 「で、何するつもりなの?」


 「それは、お楽しみで!」


 そう言って、僕はニヒルな笑みを浮かべる。


 「なんか、嫌な予感するんだけど。大丈夫?気のせい?」


 「世の中に絶対に大丈夫なんてことは絶対にないんだよ」


 方向性と作戦は決まった。


 あとは、それを実行する行動とその勇気だ。


 これが僕の持ちうる最後のカードだ。


 僕はスマホのアドレス帳から「な」行を探し彼女にメールを打った。

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