第26話 シレっとスタート
「その前に、桃花には言わなければならないことがある」
「矢継ぎ早になに!?しかも急にかしこまって」
これからの活動をしていくうえでは、桃花の存在なしには遂行不可能といっても過言ではない。
だから、このタイミングで言うしかないのだ。
仁科さんが僕を一瞥してアイコンタクトをとる。
大丈夫なのか?という心配をしているんだろう。
僕も仁科さんの方をちらっと見て小さくうなずき桃花の方へ視線を戻す。
大丈夫だ。
シミュレーションとして最悪の場合を想定する。
もともとが壊れかけていたような関係だったのだ。僕たちは。
なら、結果はどうあれ僕が本音で話すしかない。
お互いごまかしてきた関係に僕は一歩踏み込む決意をした。
「桃花。学校は『みんな』が楽しいところであるべきだよな?」
「は?どういうこと??」
「そのままの意味だよ」
「そりゃそれがベストだと思うけど」
「そうそれがベストだ。だが、その『みんな』に残念ながら僕たちは入っていないんだよ……」
「『たち』って同レベルでラベリングされるのが少し釈然としないわね」
「細かいことはいいの!今は!」
仁科さんが水を差してくる。
あなた僕の仲間じゃないの?
そんなに僕と同類にされるのが嫌だったのか……。
仁科さんなりのプライドを少し感じた。
そんなことはいいのだ。
「そう?二人とも楽しそうだけどな~」
そう楽観的に言う桃花。
「桃花お前本気でそう思って言ってるのか……?」
「え?なんで?」
僕が静かな怒りを感じたのか若干戸惑う桃花。
「そうだよな~わかんないよな~桃花さんには。朝教室入って、自分の席周辺が占領されてどうしようか廊下を往復したり意味もなく自分のロッカーを確認して、悩みぬいたうえで、勇気を振り絞って、卑屈気味に『あ、ちょっといいかな……』って言って席をどいてもらうときの切なさはわかんないよな~」
「あっ……あー……」
桃花は僕が言わんとしてることがわかったのか軽くゆっくり何回か首肯したがどこか気まずさをはらんでいる様子だった。
それを確認し僕は続ける。
「わっかんないよなぁ~。クラスラインで『みんな』がテストの日程変更を共有してるのに、前日にやっと担任の先生に教えてもらう惨めさ。わっかんないよなぁ~」
「……それは言ってくれれば、誘うよ!」
「違う!!」
「ほわっつ!?」
いきなり癇癪を起こした僕に桃花がビビる。
やはりこいつは何もわかっていないと言わざるを得ない。
「私もそれ言ったんだけど断られたわ」
仁科さんがぼそっと何か言ってるが気にしない。
「あのな。それは結局お情けじゃないか。桃花や仁科さんが僕をクラスラインに勧誘するって行為はいわば君たちの、いや、持ってる者たちのノブレスオブリージュに過ぎない」
「そこまで大げさな話じゃないと思うけどな。クラスラインの広がり方なんてそんな感じじゃないの?参加してる子が自分の仲いい子を誘ってーって感じで」
「てか、陽希ラインやってんの?やってないんでしょ?」
「ぷっ……」
桃花が大変失礼な発言をする。
仁科さんが笑いをこらえる。
こいつぅ……。
「おまっバカ。やってるに決まってるじゃないか!今日日、学生には不可欠メッセージアプリだぞ!それをやってないとか僕をなめんな!!」
「だって陽希、中学校の頃、私が塾の終わりとかにラインのID教えてって言ったら『情報の漏洩の観点から連絡手段は統一したほうがいいから僕はやらないよ』とか『まだ脆弱性がどうのこうので』とか『これだから近年の学生は情報リテラシーが低いと言われる』とか何とか言って何かと理由つけて断ってきてたじゃない」
「はずい……。これははずい」
「やめろぉ!」
痛いところを突かれる。
今よりもトガってた頃の僕だ。
過去なんか忘れたいのにいつだって過去が僕を追って背中にナイフを突き刺してくる。
てか、仁科さんは僕の味方なんだよね?大丈夫だよね?
なんとなく、どさくさにまぎれて追撃してるような気がするけど気にしちゃだめだ。
「それで最初は私と交換したくないから嘘ついてるんだと思ってじゃあスマホ見せてって言ったら躊躇なく渡してくれて、そしたら本当にラインのアプリ入ってなかったのみて驚いたわ」
「やめろぉ!!」
「じゃ、どうやって友達と連絡とってんのかと思って陽希のメールボックス見たら直近のやり取りが全部家族で……」
「桃花。僕が悪かった。それでいいだろ……?」
「じゃあ交換してよ。ID」
「あ?ああ……。いいけど」
「ふるふるわかる?」
スマホを揺さぶりながら桃花が嫌味のない感じでいう。
一周回って失礼だ。
「バカにすんなよ」
僕も腹が立ったのでスマホを大げさにふる。
ぴろん。
特有のSEが鳴り交換が成立した。
「もちずきももか」の文字でと登録された。
「づ」が「ず」になってるところは彼女なりのユーモアなのだろうか。
「うん!じゃこれからはラインで連絡するから。この前みたいにメールでわざわざ送んなくていいからね」
「悪かったな。メールで」
いや、僕だってラインの方が楽なのはわかってるよ?
だけど、今更、ラインのIDを僕からってのは勇気いるんだよ……?
なにより、僕らの立ち位置はあの頃ともう違うのだ。
僕のような身分で彼女に自分から話しに行くこと。
それは、容易いことではない。
「じゃあ菫音ちゃんも」
「え?私も?」
「そりゃそうでしょ。最悪こいつとは当てこすりでこれからもメールでやりとり続けようかと思ったけど、菫音ちゃんとは連絡手段すらないからね」
「僕のくだりいらんでしょ。それ」
「ああわかったわ。じゃあふるふるで」
仁科さんと桃花が自分のスマホを振る。
ぴろん。
交換が私立したようだ。
「うん。ありがとう菫音ちゃん!!」
「いえいえ。こちらこそありがとう」
「じゃああとで心研のグループライン作っておくから」
「ああ。あると便利だな」
「え?杜若くんの参加を許可するのは部長の私よ?」
「許可されなかったらそれ個人同士のラインでよくない?」
「今のところ小石川先生も入れる予定だから。3人よ」
「ああ先生も入れるのね。てか当然のように除外されてるんだけど」
「それじゃ二つ作るよ!」
「桃花。ひらめいた!みたいに言ってるけど何の解決にもなってないからね?形式上で作ってもらってる感半端ないけど大丈夫なんですかね……」
この同好会でいじめにつながりそうな要因を早くに見つけてしまう。
よく「いじめはいじめられる側が悪いから起こる」という強者の理論が世間をたびたび騒がす。
僕は弱者ということもありこの理論には極めて否定的だが今の僕の例をみると本当にそうなのかもしれないと思ってしまう。
いや、僕はいじめられてないよ……?本当だよ……?
心の中で、親に「陽希……。学校、たのしい……?」と言われたときに反射的にする両親への弁解のような真似事をする。
いや、だからいじめられてないって僕は!
そうだ。こんなことはいいのだ。
本題に入らなきゃな。
「ごほん!話を戻そう」
僕はわざとらしく咳払いをする。
「え?あ、うん」
「杜若くん?風邪っぽいなら今日は帰ったほうがいいんじゃないk」
「風邪じゃないの!咳払いだよ咳払い!!」
「あ、そう」
マジで仁科さんは黙ってほしい。
「それでだ!いままでの話で強く感じたと思うけど君は『持ってる側』の人間なんだ」
「…………」
桃花が沈黙する。
「そんなことないよ」と反論の一つでも言うと思ったけど言わなかった。
正直、意外だった。
「入学時から女バスのホープで1年生から3年生差し置いてスタメン出場!男女問わずみんなから慕われるその人柄!10人中8人は振り向くそのr」
「ちょ、ちょっと普通にはずいからやめて!もういいから!!」
桃花が顔を赤くして僕の言葉を遮る。
まあいい。問題はここからだ。
次に話すことを躊躇してしまう。
さっき決心したのにだ。
今から話すことを伝えてしまえばもう永遠に修正のできない関係になってしまう可能性が高いからだ。
僕は一息置き、それから話を始める。
「それに対して僕は持たざる者だ。僕はこの青春群像劇の敗者だ。失敗者だ。落伍者だ。スクールカーストの最底辺だ」
桃花は依然として沈黙を貫く。
仁科さんもさっきまでの調子で仁科ジョークを挟んできたりはしない。
「これらはまごうことなき事実だ。けれどもだ!僕のスペックまでもがすべてにおいて他者より劣っているなんてことはないんだよ」
「は?」
「はぁ……」
桃花が沈黙を破り素っ頓狂な声を出す。
仁科さんはやれやれと言ったしぐさをしてため息をつく。
「僕は頭が悪い自覚はあるけど少なくとも普通科なら全教科平均したら成績は最低レベルじゃない。なんなら理数科出身だしそのときも模試以外はそこまで悪くない。内申点なら平均以上だ」
「「えぇ……」」
二人が引く。
これでいい。
僕は続ける。
「スポーツだってそうだ。運動神経が悪い自覚はあるけどバスケなら人並み以上にはできる。持久力に関しては努力一切なしで毎日必至こいて走り回ってる運動部の連中を抑えて去年の秋の学内マラソン大会で学年12位だ」
「「うわぁ……」」
二人が盛大に引く。
僕のスペックに驚いたのだろう。
いや~照れるな!
「容姿だってそうだ。イケメンではないが平均以上の顔でh」
「杜若くん。言いたいことはわかったわ。でも、それ以上いけないわ」
僕の演説が佳境に入ろうかというところで仁科さんが優しい口調、かつ、慈愛に満ちた表情で僕の言葉を遮る。
「つっこみどころが多すぎて思考が追いつかないけどつまり何が言いたいの?」
桃花は頭痛がするのか、こめかみを抑えながら僕に問う。
「結論を言うと、僕はスペックだけでいえばスクールカーストの最底辺に甘んじる人間じゃないんだよ!僕より能力的に劣ってる人間がたくさんいる中でそいつらが僕より高い序列にいて学校生活を楽しんでることを僕は看過できない!!」
「いや能力以前にその性格が影響してそうだけど……」
桃花が小声で言う。
僕が続ける。
「だから、桃花!僕を最底辺の階層から救ってくれ!!」
「えぇ……。救わないけど。まず、具体的にどうして欲しいの?私がクラスで関わることが多い、陽希風に言えば高カーストの人間に陽希のことをさっきのあなたの演説ばりのPRで彼ら彼女らにすればいいの?」
「陽希って最底辺のスクールカーストで何考えてんのかわかんない系陰キャで協調性のない低コミュ力人間に思われてるけど実はこんなに素敵な人で~って言えばいいの?」
「そんな非現実的な話じゃない。あとそれ私怨入ってませんかね?」
「ただの事実よ」
挑発気味に桃花が言う。
やっぱりわかっていない。
あと、仁科さんは黙っててね。
ここはロジカルなシンキングで相手を論破する。
「クラスラインの話と同じだ。それならただのお情けにしかならないしそれじゃ成功はしない」
「ほーん。じゃあどうやって……」
「簡単だ。心研の活躍が学校中に広まればいい。具体的には学校の内外問わずイベント事に首をつっこんでいきたい。そうすれば、僕はしょうもないスクールカーストと名の序列から抜け出せる」
「つまり、その活動に手を貸せ……と?」
「大変長くなってしまったけどつまりそういうことだ。お願いしたい。頼む」
僕が桃花に方に向かいジャパニーズ土下座をするためにひざを折る。
「ちょ、何してんの!?バカなの!?プライドないの?」
「そんなしょうもないプライドなんかとっくに捨ててる」
「杜若くん。やめなさい。スカートの女の子に土下座は一発退場よ」
「あ」
「ちょ、そうだよ!ちょっと下着見えちゃうから!やめてよ今日のは自信ないから!!」
「勝負下着ならいいんだ……」
仁科さんがぼそっとこぼす。
「ちょ、す、菫音ちゃん!怒るよ!」
桃花が慌てる。
こういうときどんな顔をすればいいのか。
そうだ。
シ〇ジくんも言ってたじゃないか。
「………(にんまり)」
「へん☆たい!」
桃花に両手で突き飛ばされる。
やっぱりアニメと現実では女の子のリアクションも違うのだ。
いや~まいったな。
やっぱりアニメに影響されすぎるとダメだな!
こんなことしてる場合じゃない。
説得だ。
「一から十まで参加してくれとはもちろん言わない。女バスはもちろん私生活を優先してくれていい。だけど、少しの時間を僕たちに貸して欲しいんだ!」
「お願いだ!ちょっとでも嫌な思いをするようだったら今後一切関わらなくてもいい。頼む!桃花……!」
「関わらなくていいって……。そんな……」
僕が両手を合わせてお願いする。
正直、桃花にとっては一切メリットのない話だ。
これは彼女にとって高カーストにもともといる自分の立場を失いかねない話だ。
もちろん、僕はそんなことにはさせないつもりだが彼女もその危険性をもちろん感じているだろう。
だのに、僕はなぜ頼んでいるのか。
そんなの簡単だ。
これは彼女の優しさに付け込んだ賭けなのだ。
自分でも自覚してる。
あまりにも卑怯で、陰湿で、彼女の良心を利用した最低の賭け。
「…………」
桃花が沈黙する。
こんなわけのわからない誘いをすぐに断らないほどには彼女は優しいのだ。
「桃花さん。私からもお願い」
「え?」
どういうわけか仁科さんが話に入る。
それに対して桃花が戸惑いを見せる。
「杜若くんの一方的なお願いになっちゃってるけど実は私のお願いでもあるの」
「それは菫音ちゃんも陽希と同じことを思ってるってこと?」
「そうよ。私ってかわいいじゃない?」
「「えぇ……」」
ドヤ顔をする仁科さん。
唐突に放たれたその言葉に僕と桃花が戸惑う。
いや、あなた美少女だけれども……。
「いや、確かに菫音ちゃんマジでかわいいしなんならクラスの男子で結構狙ってる子いると思うけど……」
「マジで!?」
「いや、なんでここであんたが入ってくるのよ!」
「いやそれは部長代理として部長の周辺情報は把握しておかないとダメだからな」
ちょっと驚いたけど、仁科さんのことが好きな男子がいることはまったくおかしな話じゃない。むしろ彼女の容姿はそれはモテるだろう。桃花が明るい陽の美しさなら仁科さんは落ち着いた陰の美しさなのだ。何言ってるかわからんかもしれないけどそのくらい二人とも魅力的なのだ。
「普通に気持ち悪いからそれ」
桃花が若干引きながらそう言った。
「杜若くんが変態なのは今はいいとして……」
「変態じゃないから」
「私がかわいいってのは半分冗談だけど他にも理由があるわ」
無視。
てか、半分は本気なのか……。
「半分は本気なんだ……」
桃花も同じことを感じたらしくそうつぶやく。
「杜若くんには言ったけど、私は心理学に興味があってこの部活に入ったの」
「全然研究してないけどな」
「私はしてるわよ。してないのはあなたたちでしょ?」
「私にも飛び火!?」
「それは置いといて。人の心理を研究するには人と関わらないといけないと最近気づいたの。でも、私にはそれが圧倒的に不足してる」
「そうだろうな」
「でも、杜若くんほどじゃないけどぼっちの私はこのままじゃ人間関係を広げるどころか人と関わることも限られているのが現状よ」
「確かにそうだな」
「うーん……」
桃花が唸る。何か思うところがあるのだろうか。
「だから、私は今後も心理学を研究をするのはもちろん、加えて杜若くんが先に述べていたような活動をして心研をもっと大きくしたい」
正直、仁科さんがここまで言ってくれると思わなかった。
だから、僕もすぐには言葉が出てこなかった。
「その活動は小石川先生と杜若くん。そして桃花さんと私は活動していきたい」
「あなたの立場としては私があなたの立場を利用してるだけだと思ってるかもしれない。確かにそれは否定できない」
仁科さんが続ける。
「だけど私は……。私はあなたを友達としても誘っている」
「え?」
仁科さんが真剣な顔でそう言った。
いつもの、いや、少なくても僕が知っている彼女からは想像できない。
ここまで本音で話し熱い彼女は初めて見た。
「私はあなたを友達だと勝手に思ってる。なんなら、あなたが私を友達と思ってくれるまで頑張るつもり。だから、お願い」
桃花の方へ向かい90度にお辞儀をする仁科さん。
「菫音ちゃん。顔、あげて」
「私は友達だと思ってるよ。菫音ちゃん」
「はあ……。二人にここまで言われたらやりますよ。渋々だけどね」
「「本当に!?」」
「なに?入って欲しくないの?取り消しちゃうよ?」
いたずらっ子のようにそう挑発する桃花。
「本当にありがとう」
「でも、私も何するか知らないんだけどね」
「ええー……」
詐欺にでも引っかかったような表情をする桃花。
「決まりだな」
「さっそくだが、心研は6月中旬に行われる中期壮行会で運動部を応援する文化部という立場でステージ出演にエントリーする」
「悪徳商法並みの段取りの良さ……。やめたいなぁ……」
「で、何やるの?」
桃花がうなだれる。
仁科さんはやる気はあるのだろうかすぐに詳細を聞く。
満を持して僕は言い放つ。
「ステージでアイドルソングを踊ろう!」
「絶対やらないからね」
「却下で」
こうして僕は心研の活動の引き金を引いた。
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