第25話 不労賛歌

 放課後。


 桃花が加入して数日が経過した。


 桃花は律儀にちゃんと来てくれていた。


 たまに雑談はするものの各々別のことをするというのが基本活動となっていた。

 活動とは?(哲学)


 そもそも3人とも同じクラスなのに各々別で来るのおかしくない?

 まあ、桃花は女バスに顔を出しているのもあるんだろうけど。


 僕が最初に部室に来て、文庫本を読んでいるとドアが開く。


 「わっ!びっくりした!いるんかい!!」


 桃花と仁科さんが部室に入ってくる。

 今日は一緒なのか。

 うむ。仲良きことは美しきかな。

 この二人の仲が微妙だと僕のメンタルが持たないからな!


 「ノックしろ。ノック。面接界隈では常識だぞ」


 「杜若くんの場合、ノックはできても『学生時代、何に力を入れましたか?』で詰まってアウトでしょ」


 「甘いね。僕を過小評価し過ぎだ」


 「は?」


 意味が分からないという顔をする仁科さん。

 二人とも席に着く。

 僕だけちょっと離れてるのに他意はないよね?

 ソーシャルディスタンス的なアレだよね?

 まあいい。


 自身の考えがいかに浅慮かを示してあげよう。


 「本物」を教えてやる。


 「志望動機教えてで履歴書に書いてることをそのまま言って『志望動機頑張って覚えたの?』って一笑されてその後ずっと煽られて不採用が正しいな」


 「ディテールが細かすぎる!?」


 「過大評価の間違いでしょ……」


 二人を唖然とさせる僕。

 あれ、僕またなんかやっちゃいました?

 これが「本物」だ。これが「上」の世界だ。


 「僕はこれが理由でアルバイトを5回ほど落ちている実績があるからな」


 「いや、理由わかってんなら改善しなさいよ」


 「まあケアレスミスだな」


 「致命傷になってるんですけど大丈夫ですか……?」


 「面接は緊張しちゃうから仕方ないね……」


 「私はバイトしたことすらないからなあ」


 「意外だな。遊び金欲しさにしてそうだけどな」


 「偏見やめてくれる?あんたと違って部活してたの」


 部活を強調してくる桃花。

 そんなんで僕は動揺はしない。

 ここはロジカルなシンキングで論破してやる。


 「その言い訳で僕は言いくるめるかもしれない。いや、高校レベルまでなら騙せるかもな。でも大学以降の社会は騙せないぞ」


 「どういう意味??」


 桃花が本気でわからないといった顔をする。

 教えてやるよ。「社会」って奴を。


 「就活でバイト経験がないとか言った日にはあれだぞ?やれ親の脛齧りだ、やれそれ親のお金だよねだの言われてどう説明しても社会経験0の学生という名のニートだと決めつけられる」


 「だから、ディテールが細かすぎでしょ!?実体験なの?」


 「従妹の兄ちゃんに聞いてるんだ……」


 従妹の兄ちゃんが自身の就活期に死ぬほど聞かされたから僕はその辺はそこそこ詳しいのだ。

 就活したくねえなあ……。


 「私の個人的な意見だけど、奨学金とか借りる必要もなく大学卒業までの面倒を親に見ていただける家庭なら必要な仕送りだけでやりくりして勉強やスポーツに打ち込むのは全然ありだと思うんだけどな」


 桃花がそう言う。

 意外とそういう考えなんだな。


 「確かに、奨学金を背負ってとか学費の一部を自分で負担してるのはとても尊いことだとは思うけどそれが大学生の一般として捉えられるのはいかがなものかとは思うわね」


 「それだよなあ……」


 仁科さんの意見はもっともだと思う。


 「ようは頑張ってる感が大切で杜若くんは頑張ってる感がなく社会経験もないから就職できないのよ」


 「それな。いや、僕学生だから」


 「陽希はニートになっちゃうのかあ……」


 「感慨深そうにさもニートが既定路線みたいに僕の未来を語るなよ!」


 「まず、就活とかいう苦行を乗り越えた後に、労働という更なる苦行が待ってるとかマゾなの?」


 「……マゾなの?」


 桃花が神妙な面持ちで問う。


 「マゾじゃねーよ!」


 「サドだったの……?」


  仁科さんがぼそっと言う


 「ちげーよ!なんで二人とも両極端なんだよ!」


 二人のボケの応酬につっこみを入れるのはしんどい。

 この二人、案外感性は似ているのかもしれない。


 「でもまあ、実際、好きなことをして働いてる人ってどれくらいいるんだろうね」


 「芸能関係とか、今はやりの動画投稿者とかもそうかもしれないわね」


 「そうだよなあ……」


 芸能関係は無理として……。

 動画投稿者ならいけそうじゃないか?

 でも、毎日動画投稿して視聴者の反応窺うってかなりの根気いるよなあ。

 誹謗中傷なんて当たり前の世界だし。

 やっぱりいいわ。

 趣味を労働と結びつけてしまうと趣味を失うことになりかねない。

 「好きなことを仕事に」なんてのはそういうリスクを抱えているのだと思う。

 結局のところ才能の世界なのだ。


 そんなこんなでいったん会話が止まり各々作業に戻る。


 仁科さんは小難しい心理学の本を相変わらず読んでいる。


 桃花は勉強。宿題でもやっているのだろうか。


 それを確認して僕も読書を再開する。 


 少しの間、教室に沈黙が訪れる。

 心地のいい沈黙だ。


 部室に来る前に自販機で買っておいたガラナを飲む。

 うん、おいしい!

 ああ^~糖分とカフェインが身体に染みるんじゃ^~


 「そういえばさー」


 「ん?」


 何やらノートに書きながら桃花が開口する。


 「この部って何するの?」


 「そら心理学の研究よ」

 

 「菫音ちゃんは趣味で読んでいるだけだし!あんたはそもそもしてねーじゃん!!」


 「部として何かするとか共有するとか一切ないじゃん」


 「それも……そうね」


 「気づくの遅すぎ!?」


 「まあ心研は個人の裁量で活動できるのが他部にはない大きなメリットだからな」


 「それ協調性のない奴らの集まりなだけじゃん!」


 「概ね事実だけど面と向かってそういわれると目頭に熱い何かが来るわね……」


 「桃花……。お前それ言ったら戦争だぞ……?」


 「だってそーじゃん」


 シャーペンを鼻に乗せながら椅子を揺らしながら言う桃花。


 わかった。

 それなら話早い。


 「わかった。新入会員のOJT指導は終わりだ。いいね、部長」


 「そうね」


 仁科さんが僕に一瞥もせず本を読みながら即答する。

 部長の許可は得た。

 なら、勝手に進めさせてもらう。

 僕はこの部の「企画・提案」も担当してるのだ。


 「お望み通り本格的な活動に移らさせてもらう」


 「え?」


 今更、もう遅い。


 人生は後悔の連続だ。


 それを教えてやる。

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