第24話 心研-夕空が輝く初夏に
あえてのしらんぷり。
昨日、送るか送らまいか、この文章で良いのか悪いのか下書きもろとも削除して、何度も書いては消してを繰り返し送ったメール。
もしかして、開いていないかもしれない。
アドレスがメーラーダエモン先生に変わっている可能性も考慮したがそれは杞憂に終わった。
届いてはいるのだ。
でも、確認はしない。
「読んでくれた?」って聞いたほうがいいのかな……?
なんて乙女か僕は!
バカかよ。
そして放課後。
今日は久しぶりに小石川先生も来てる。
ってこの人久しぶり過ぎない?
僕の高校生活を物語に例えるとこの先生のピークは物語の導入だけなんじゃないのと勘ぐってしまうレベル。
僕の高校生活の中で小石川先生の位置づけがメインキャラからサブキャラに降格してるのかしてないのかを最近よく考えていた。
「望月ちゃんは来るよ」
僕は小石川先生が攻略対象なのか対象ではないのかという話にまで妄想を飛躍していたところだったが仁科さんと小石川先生は僕そっちのけで何か話していたようで気になる言葉が耳に入ってきた。
「行くって言ってたんですか?」
「ええ。彼女の方から今日は女バスに顔出してから行きますけどいいですかって言われたから待ってるって言っといた」
マジで来ちゃうの?
呼んどいて何だけど。
それと一応確認しておかなければならないことがあった。
「この前の見学生ってつまり望月ですよね?」
もし違ったら軽くホラーだ。
「杜若くん……。そういうのはプライバシーだぞ」
「どこが!?」
何言ってんだこの人。
「小石川先生……。それでは言葉足らずだと思います」
仁科さんがそう言った。
やはりこの意味不明な発言を仁科さんもおかしいと思っているのだ。
よかった僕も普通の感性なのだ。
あまりにも人と話さないでいると僕の中の常識が世間と乖離する可能性があるからな。その可能性を一瞬感じてしまったのは事実だ。
いや、事実なのかよ……。
「杜若くん。心理学研究同好会って言ってるくらいなんだから相手に思考や行動パターンが読まれてしまうのはそれは彼女にとってそれはもう『恥』よ」
「は?」
「仁科ちゃんみなまで言うな……!」
「きみたちなんなの?」
劇団心研なの?
僕もこの流れに乗るしかないのかしら?
僕が呆れた表情で先生を窺った。
「なんだその反抗的な態度は?」
「昭和の熱血教師かあなたは!」
「私は昭和生まれじゃない!!」
「そこ!?しかもガチギレ!?」
知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまった。
「杜若くん……。それは酷よ」
「えぇ……」
なんだこの茶番。
「僕がすべて悪いんで。もうやめてください」
「それにしても桃花っち遅いなー」
「そろそろ来るんじゃないんですかね」
「なんかもういいわ……」
こうして茶番はすんだがひどく疲れた。
この人たちこんなに仲良かったっけ。
そんな中こんこんとノックが聞こえた。
「どうぞ」
さっきまでの茶番をしていたとは思えないほど努めて冷静な声で仁科さんは許可を出す。
やっぱり役者志望なの?
「失礼しまーす……」
おそるおそるという感じで部屋に入ってくる桃花。
少し髪は明るくきれいな亜麻色のゆるふわショートボブ、いやミディアムというのかこれは。オシャレ疎すぎて全然わからん。改めてみるとやっぱりスタイルは良いしおよそほとんどの人が美人だと感じるはずだ。身長は170(四捨五入)の僕に迫るほどだ。この時点で僕と彼女は釣り合わないのだと感じさせられてしまう。誘うべきではなかったかと若干後悔したが前に進むしかないのだ。どっちが前なんだかわからんけど。
「とりあえず急な誘いだったのに来てくれてありがとう」
ご足労頂いたんだ。ここは感謝から入る。
交渉の基本だ。
「いやまずあのメールは何?何が目的なの?」
本気で訝しむ桃花。
気持ちは痛いほどわかる。
普段絡みがほとんどない奴から突然の連絡は普通に怖い。
変な宗教の勧誘かとか高い洗剤とか絵画を買わされるんじゃないかと邪推してしまう。
中学の時、それまで一切絵画になんか興味がなかったくせに「杜若!このラッセンのポストカード見てみろよ!」とかいきなり言ってきた深見くんは元気にやっているのだろうか?
そんなのはいい。
とりあえず、ここは適当にかわすに限る。
「いや、それはまあ……なんだ、小石川先生がこの前きみが来たいって言ってたからね。そのどうかなーってね……」
「私は望月ちゃんだとは一言もいってないわよ」
おいいぃぃ!空気読め!!
ニヤニヤした顔で言わなくていいことを言う小石川先生。
この人低カーストの味方かと思ったら実は高カースト連中のスパイというか親玉なんじゃないの?
「???」
桃花が意味が分からないと言った顔をする。
さて、どうしたものか。
「単刀直入言うわ。望月さん。もしよければこの研究会に入ってくれないかしら」
「無理を承知で言ってる自覚はある。けどお願い!」
仁科さんが手を合わせ頭を下げそう頼む。
いつになく真剣な態度だ。こんな姿見たことなかったから僕も少し戸惑う。
「ちょ!、ちょっと顔上げてって菫音ちゃん!」
「陽希に何か言われたんでしょ?弱みでも握られてるなら相談に乗るよ?」
「杜若くん……。随分と悲しい業を抱えているのね……」
「勝手に憐れまないで!あと、適当なこと言うな桃花!」
「冗談はさておき。何で私なの?」
「それはあれだ。同好会の構成に最低限必要な人数は3人以上なんだよ。小石川先生が見学希望者がいると聞いた時から思い当たる人間が桃花しかいなかった。この前、教室で言ってたからな」
「ほほう……」
僕を試すように相槌を打つ桃花。
「そして、人脈が皆無に等しい僕にとって誘える人間はいない。……例外を除いて」
「言いたいことは大体わかったわ。私くらいしか声を掛けられなかった……。そういいたいのね」
「有体に言えばそうだ」
嘘は言っていない。
でも、こんなの詭弁でしかない。
そして、こんなんで騙されるような奴じゃないことも知っている。
妙なところで感づくのだ。
それは、ここ数年の間で本音を建て前で塗り固めてしか話していなかった僕が原因なのだろう。
「仮にそういう事情だとして、陽希は確実にそうだと思うけど菫音ちゃんは違うでしょ?」
確実にって地味に酷いなおい。
「私は……」
珍しく言葉に詰まる仁科さん。
仁科さんはとりあえず団体で行動せざるを得ないときはクラスの一つのグループの中には入っているのだ。
でもそれは、はたから見ていてもそのグループも仁科さんもお互い譲り合っている関係に見える。
はっきりいえば、そのグループは地味目な女の子たちなのだ。
仁科さんはその中ではやはり浮いてしまう。
繰り返すが、仁科さんは低カーストに甘んじてはいるがそのスペックや美貌を鑑みれば本来なら高カースト側にいるべき人間なのだ。
だから、その女の子たちは仁科さんに対して畏怖や卑屈にも似た感情をもって接しているのを感じる。
それに対して、仁科さんはもっと歩み寄りたいと感じていながらもそのグループの深いところまでは入っていけない状況なのだ。
仁科さんは口にはしないけどそういう葛藤を抱えているの薄々感じてはいたけど今をもってそれが疑念ではなく確信に変わった。
桃花はそういった事情を知ったうえで皮肉で言ってるのではない。
そんなことをする人間ではない。
これは願望かもしれない。
けれど、そうだと信じたい自分がいる。
これはもっと根本的な問題なのだ。
本当に高カーストにいる人間はこういう下々の者が抱えている心情の機微は間違いなくわからない。
頭が悪いとか良いとか空気が読めるとか読めないとか以前の問題なのだ。
単純に理解ができないのだと思う。
昔の僕がそうだったからこれは間違いなく事実だ。
僕はなんというべきか言いよどむ。
ここは僕が何か言わなければいけないのに言葉が出てこない。
「実は私としても部員が欲しかったのよ」
空気を察してくれたのか沈黙を貫いていた小石川先生がそう言った。
なんだかんだ言ってこの先生は頼りになるし優しい先生だと感じる。
「え?」
桃花が少し虚を突かれたような声を出す。
そして、小石川先生は一息置き仁慈に満ちた表情で言った。
「足ケガしてるんでしょ?ケガが癒えるまでの暇つぶしでもいいから入らない?実は顧問の先生には許可を取ってるのよ。私が言うのも何だけど意外と面白いと思うよこの部活」
「「「え?そうなの?」」」
三者三様の驚き。
顧問の先生に許可を取っていることよりも桃花が足にケガを抱えていることに驚いた。
僕が知っていたらおかしな話なんだけど。
「足……ケガしてんの?」
おそるおそる聞く。
「別に隠してはいなかったんだけどね。クラスでも知ってる人は知ってると思うよ。去年の冬の大会でね。レイアップするときに相手の子の足と接触して右膝の靭帯損傷。日常生活はもちろん普段の体育くらいなら問題はほとんどないレベルまで治っては来てるんだけどね」
そう淡々と話す桃花。
「高体連には出られる状況じゃないしそもそも今回はメンバーにも入ってない。ケガもそうだけどバスケやってて初めての経験だね」
そう軽く笑って話す。
できるだけ話が重くならないように気丈に振舞っているのだろう。
つらくないはずなんてないんだ。
「そうか…………」
それしか言葉が出てこない。
「それは置いといて!色々バレちゃったしそれなら話が早いよねってわけで色々焦らしてごめん!望月桃花!仮入部します!!仮入会なのかな?どっちでもいいけどいい……?菫音ちゃん……?」
気まずい雰囲気を感じたのか桃花がいきなりまくしたてる。
え?本当に入っちゃうの??
「女バスはいいの?メンバーに選ばれていないからといって一年以上毎日練習してきたんでしょ?」
仁科さんがそう言う。
そう。
仁科さんはかなり言葉を選んでいる。
言外に言っているのだ。
顧問了承とはいえ先輩たちと一緒に過ごせる時間はもう限られているのにこんな同好会で油を売っていていいのかと。
「ああそれね……。それなら、うちの部活結構ゆるいし先輩たちも優しいから。なんなら、私が抜けたおかげで今の3年生の先輩全員がベンチに入れるのよ。練習も2年生は今は別。そういう事情もあるから大丈夫……」
優しい顧問の先生なんだろう。
下手くそな僕からしたら勝利至上主義なんかよりこっちのほうが好感を持てるまである。
桃花の言葉を受け仁科さんが一息置く。
そして、
「そいう事情なのね……。うちは女バス以上にもっとゆるいから。だから……」
「ようこそ心研へ。望月さん」
了承の仁科スマイル。
そして右手を差し出す仁科さん。
「やったー!!ありがとう!!!」
両手を挙げ仁科さんに抱きつく桃花。
握手じゃないんかい。
なんていうか……。
美少女と美少女の絡みはこう……なんか来るものがあるよね……。
「まあバックレてもいい同好会だからね」
「いや、それ言っちゃおしまいでしょ……」
衝撃的な事実もあったが、結果的に僕が望む最高の形となった。
腑に落ちない部分もあったけど今はいいのだ。
僕はいつか来るであろう審判の日を迎えるまではその日を延ばそうと楽な方向へ逃げていく。
これまでもこれからも。
もう時刻は17:00をまわり辺りは暗くなっていた。
ふと部室の窓を覗くと夕空が浅黄色に輝いてい見えた。
今がよければそれでいいのだ。
刹那主義というか楽観視しすぎかもしれない。
だけど、今の僕に未来を考えるなんてキャパオーバーだ。
いつからか夏が嫌いになっていたが今年の夏は少しは楽しい季節になるのではないか。いや、少しでも、短い間でも、そうなって欲しいと夕空を見ながら僕は願ってしまった。
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