第23話 TRACKS~望月編~
環境が人間を変えてしまう。
それは良い方向にも悪い方向にも。
私と彼は対照的だと思う。
杜若陽希くん。
彼はクラスの、いや、学校の人気者だった。
ミニバスをやっていて運動神経もよくそれでいて成績優秀。
あわせて、クラスのみんな、そして先生たちとも仲が良い。
誰からも好かれるあの明るい性格は演じようとしても到底真似できないと思った。
まるで物語の主人公みたいだ。
小学5年生の春、私はパパの仕事の関係で金剛小へ転入した。
転校なんて初めての経験だったし転校が決まったことをパパから知らされたときは大泣きしたのを覚えている。
もともと人見知りだと自覚していた私だったけれど新しい環境に移りそれは痛いほど感じることとなった。
自分は人見知りこそするけど根が暗いわけではなかったので前の学校では普通にクラスのみんなと打ち解けることができた。
だけど、転校先では、最初のあたりさわりもなく、かといって特別面白くもない自己紹介を終えたあとがピーク。
転校当初こそクラスのみんなから色々と転校生特有の質問攻めにあったがそこで上手い返しができず、話を膨らませることがない状況が続くとみんなの私への興味や関心は日ごとに薄れていった。
別に、いじめにあってるわけではないのにただひたすらに孤独。
とてもつらかった。
それでも、毎日話しかけてくれた子がいた。
「花壇にお花が咲いていると元気が出るよね」
「そうだね。でも、陽希くんはなんで美化委員なんて地味な委員を選んだの?」
とある放課後の委員活動の時間、私は彼と美化委員の活動で花壇にお花を植えていた。
「なんで?楽しいじゃん!美化委員!」
美化委員は地味な割に学校周辺の清掃活動や花壇の手入れなど仕事量が結構ある。
私は転校生ということもあり美化委員の仕事の詳細を把握していなかったという事情に加え、クラスでの発言力もなかったので半ば貧乏くじを引いてしまった形で美化委員になってしまった。
「陽希くんなら体育委員とか集会委員とか放送委員とかそういったもっと目立つ委員の方があってると思うけどなあ」
「僕はもう目立ってるからね!」
そういいながら彼は右手でピースをした。
こういうところが人気者が人気者たるゆえんだと感じた。
いつでもポジティブだ。
毎日が楽しそうだ。
「それに桃花ちゃんと仲良くなれて良かったよ!」
「へ?」
彼が何を言っているのか一瞬わからなかった。
だから。
「ど、どうして?」
テンパると言葉足らずになってしまう悪い癖が出てしまった。
すぐに、誤解を解かないと。
「どうしてじゃなくて、いや、え……」
「桃花ちゃん休み時間いっつも夢中で本読んでるからちょっと話しかけづらいなあって思ってたんだよ。だから、放課後こうして一緒に話せて嬉しいよ!」
「ありがとう……」
実際は、別に読書が特別好きだからではなかった。
少しでも孤独だと思われたくなかった。
話す友達がいないから小説を読むことで少しは孤独が和らいだのだ。
だけど、そんな中でも彼は毎日「おはよう!」とか「元気?」とか社交辞令かもしれないけど話しかけてくれた。
それが、とても嬉しかった。
でも、彼が声をかける理由は私だからじゃない。
彼はクラスのみんなにそんな風に接している。
だから、彼の優しさが私だけだと勘違いしてはいけない。
私にとって彼は一番の友達でも、彼にとっては私は百番目の友達かもしれないから。
「ところでさ。桃花ちゃんバスケ興味ない?」
「僕、放課後だいたいミニバスやっててこの後も練習行くんだけど明日とかちょっと見学来ない?」
「え?……誘ってくれるのはとても嬉しいけど私バスケなんて絶対できないよ?」
「大丈夫!大丈夫!大事なのは興味があるかどうかだし、それにできるかできないかなんてやってみないとわかんないじゃん!」
「……じゃあ明日行ってもいい?」
「もちろん!」
そして、私は次の日、彼が所属しているミニバスチームの見学に行った。
彼のコーチに見学したいという旨を話すと大歓迎された。
女バスは私の年代の子があまりいないという事情があったみたい。
バッシュの独特の「キュッキュッ」という音、ドリブルの「ダムダム」という音。バスケットゴールのネットにボールが入る特有の「シュッ」という音。
何もかも新鮮だった。
彼の練習風景を見てるとバスケにまったく知識がない私が見てもとても上手だなと感じたし、何よりクラスの彼よりもっと魅力的に私の目には映った。
「それじゃ、桃花ちゃんもちょっとやってみようか」
一通り練習が終わった後、個人練習が始まった際に彼に声をかけられた。
「まず僕の真似してみて?」
そう言われて、ドリブルやシュートを見よう見まねでやってみた。
「ナイッシュー!桃花ちゃん上手だよ!!マジでセンスある!!」
「そ、そうかな」
たまたま私のシュートがゴールに入った。
やってみると以前は全然興味のなかったバスケだったけどとても楽しく感じた。
でも、それ以上に彼に褒められたことが本当に嬉しかった。
「桃花ちゃん初めてやったとは思えないほど上手いよ!桃花ちゃんと桃花ちゃんのお父さんお母さん次第だけどミニバスどうかな?センスがあるのは僕が保障するよ!」
「相談してみる……」
練習後、そう言われ私は帰宅後、両親にミニバスをやりたい旨を伝えた。
あっさり了承をもらえた。
パパとママは転校してから毎日、元気のなかった私に興味があるものができたことがとても嬉しかったみたいだ。
次の日、彼にミニバスをやりたいと伝えたら大喜びしてくれたのを覚えている。
ミニバスを始めてから、私の毎日は本当に変わった。
彼と話すことは増え、バスケを通して友達がたくさんでき、それをきっかけにクラスでもみんなと仲良くなることがてきた。
漫画みたいな話だけどそれが現実となった。
そして、彼のお世辞だと思っていたけど、本当に私は多少なりともバスケの才能があったのだと思う。
上手くなるのが楽しく毎日練習を重ね努力した。
中学校では市の選抜メンバーにも選ばれることができた。
中学校でもバスケのおかげで友達に囲まれ楽しい毎日を送ることができた。
私は変わることできた。
でも、それは私が変わろうと思ったからではない。
彼が私を変えてくれた。
より正しく言えば、彼は私を取り巻く周囲を、環境を変えてくれたのだ。
私の本質は今でもあの時のままだと思う。
今でも、初めて会う人と話すときは緊張するし何を話そうか迷ってしまう。
嫌なことが続くとすぐに悲観してネガティブになってしまう。
本質が変わらないのは彼も同様だと思う。
でも、彼を取り巻く環境は変わった。
いや、変えられてしまった。
人はそう簡単には変われない。
変われるのだとしたらそれは挫折と後悔なのだと私は思う。
陽希がスクールカーストという序列から落ちていくのを見ていてとてもつらかった。
だけど、一番つらいのは彼自身なのだ。
何度か陽希を救おうと行動は起こした。
かつて、彼が私を救ってくれたように。
でも、私は陽希を救えるほどの器量はなかったのだ。
中学校では3年間クラスが一緒になることはなかった。
部活は男女で別れてるけど同じバスケ部、3年生の時は塾も同じだったから声はかけ続けた。
だけど、陽希から声をかけてくることは事務的な用事以外ではほとんどなかった。
意図的に避けられてる。
そう感じた。
陽希は最後まで志望校を隠してたけど、入学してから高校が一緒だと知ったときは嬉しかった。
陽希は苦虫を噛み潰したような顔をしてたけど。
でも、私は普通科だったし陽希はバスケをやめてしまったので中学校の時のように話すきっかけはなくなっていた。
ついには、廊下ですれ違っても声をかけることもためらうようになり、話せなくなってしまっていた。
私自身は高校に入学してからも人や環境にも恵まれていて充実していた。
けれど、陽希とはバスケがなければつながることもできない関係だったという現実と5年間絶えず築いてきた関係がこうもあっさり切れてしまうのかという猜疑心がすごく悲しかったしやるせなかった。
毎日が充実していながらも心にはぽっかりと穴があいているような感覚があった。
高校2年になりクラス替えの結果、彼と同じクラスになった。
私は嬉しさよりもどう接したらいいのかという戸惑いの方が強かった。
出した結論はできるだけ以前と変わらずに。
最近、どういうわけか菫音ちゃんと一緒によくわからない部活で何かやっているのを見る。
クラスのみんなの彼の印象はまさに「無」だ。
なんとなく陽希の部活、心理学研究同好会という部活を出汁に話せるのではないかと目論んだ。
菫音ちゃんにオッケーもらったし紗弓先生にも根回ししといたので無理やり部室に行くつもりだった。菫音ちゃんは休みだったけど。
それなのに、紗弓先生から英単コンの勉強を理由に逃げたと聞きまんまとやられた。
あの手のテストを勉強する暇あったら普通に勉強しろよ。
だから、入れ替えテストの対象者になるんだ。
あれから、数日がたち6月になった。
引き続き部室に行く機を伺っているけどどうしようか。
そんなことを思っていた今日の夜。
一通のメールが届いた。
普通にメルマガとか通販の配達情報とかと思ったからとても驚いた。
「お疲れ。
いきなりメールしてごめん。
明日、放課後空いてる?
体験入部オッケーです。
宜しくお願いします。
杜若 」
??なにこれ。
ビジネスメールなの?
あいつから誘ってくることにかなりのきな臭さを感じる。
何が目的なの?
前はバカみたいな理由で逃げたのに。なぜ?
うちの学校の女バスは部として緩いから放課後の予定は全然大丈夫だ。
そもそも私は足にちょっとしたケガをしているから最近練習に出れていないという事情もある。
行ってみよう。
いいチャンスだと考えよう。
…………。
どうでもいいけど、いい加減ラインのID教えろよ。
メールで送ってくる友達とか今日日いないという事実を友達のいない彼は知らないのだろうか。
どこから突っ込んでいいのか呆れながら最終的に思考を放棄して寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます