第20話 TRACKS2~杜若編~
僕はここ白銀北高校の理数科に入学した。
この学校では普通科の生徒でも1年間の成績次第では次年度で理数科に変更することができる。
しかし、この制度は相当厳しい。
この制度の枠は最高10名だ。より具体的に言えば、1年間の内申及び模試等のテストの成績を総合的に教師側が判断した理数科下位10名と普通科の理数科申請者の上位10名が対象となる。選抜の仕方は極めて分かりやすく、高校1年生段階の国語、数学、英語の3教科をマークシート形式で対象者に試験を課す。ここからが問題だ。
単純にここでの試験上位10名が入れ替わるわけではない。理数科生徒は教師側が決める点数以上を取っていれば順位関係なく理数科に留まることができる。
だから、例年この入れ替わりは5人もいれば学校中で騒ぎになるレベルだ。
裏を返せば、理数科で入学するということはそれだけでアドバンテージなのだ。
かくいう僕も例にもれず理数科下位10名の対象者に選ばれた。
いや~照れるね。
先に述べたような教師側が決めるボーダーラインは公にされるのはすべてが終わった後だ。
このボーダーラインは例年極めて絶妙なラインで僕のように下位生徒が1年間の怠惰を反省して本腰を入れて勉強すれば上回ることができるレベルらしい。
しかし、僕はやる気がなかった。
そもそも僕はバカなのだ。
理数科に入学できたのはまぎれもない事実だがそのカリキュラムについいていくのが非常に苦痛だった。これでも僕は定期テストは平均以上くらいはあった。しかし、模試は散々だった。普通に教科によっては理数科最下位もあった。僕の例を見ると、この教師側が選ぶ下位10名の選考は内申はほとんど関係ないのだろう。多少の理不尽は感じるけどまあ妥当な判断だとは感じた。
教師に目をつけられても嫌なので一応勉強してるポーズはした。この試験は対象者全員の点数が公表されるのだ。理数科の落ちこぼれ達は落ちこぼれの中の落ちこぼれににはならまいと努力する。プライドなんて僕にはないと思っていたけど結論から言えば僕にもあったのだ。
腐りかけのプライドをかじっては吐きだしてそれでも捨てきれないクソみたいなプライドが。
だから、入れ替えはこの際どうでもよかった。最下位だけにはなりたくなかった。その程度の勉強はした。
試験当日。
10月だった。
季節は猛暑だった夏がとうの昔のように感じられるほど涼しくなっていた。
10月に行われる理由は諸説あるそうだが単純に学校側が早めに来年度のクラス割を固めたいというのが一番の理由みたいだ。
土曜日に登校するとか罰ゲームかと思いながらも僕なりに少し緊張、いや緊張とはまた違うこれまで感じたことのないようなな面持ちで登校したのを覚えている。
教室も普通科と理数科で分けられていた。
理数科の奴らは落ちこぼれ達でシンパシーを感じているのか「やばー」とか「俺絶対無理だわ」とかキャッキャッ盛り上がっていた。
こいつら頭お花畑か?
ここにいるやつらは全員敵なのだ。
あと、試験前に「全然勉強してないぴえん」とか言ってる奴は総じて死ぬほど勉強してるのだ。これやるとマジで友達いなくなるからやめたほうがいいぞ。中学校の陽希くんはなんで気づかなかったのかなあ……。
特にテストの進行に問題はなく進み全教科終えた。
中にはちょっと泣いている女子もいて「大丈夫だって」とか声をかけている彼女は何が大丈夫なのだろうかとか考えながら帰路に着いた。
かくいう僕はと言えばこれが意外にも僕なりにできてしまった感があった。
さすが僕。空気を一切読めない。
試験結果は毎年何の嫌がらせその年のクリスマスイブに発表されるのが通例となっている。
白銀北高校では通称ブラッククリスマスと呼ばれている。
そして、そのクリスマスイブ当日。
本当にブラックだった。
結論から話そう。
僕は20名中12位というクソほども面白くない順位だった。300点満点中218点。
ボーダーラインは206点だった。つまり、約7割だ。
そして、掲示板とHPで発表されたその順位以上とその下の一文に全生徒が驚愕した。
「※昇格者及び降格者該当なし」
そういう年も数年に一度あるとは聞いていた。
しかし、問題は順位だ。
1位 普通科 2組 南方菫音 300点
僕は自分の目を疑った。いや、それはほかの連中もそうだろう。その点数は2位の理数科の272点という本来なら注目されそうな点数をも霞む衝撃的な点数だった。
僕はその日放課後職員室に行った。
学年主任の岡島に会うためだ。
「失礼致します」
職員室の扉をノックし入る。
学年主任の岡島はいた。担当科目は数学。1年の理数科7組の担当の教師だ。
「岡島先生」
「おう!えっと……」
僕の名前を知らないのだろう。
一年間授業受けてるんだぜ?まあ僕の存在感を鑑みれば無理もないだろう。
「1年の理数科6組杜若です」
「ああ~。杜若か。入れ替え試験お疲れ様。頑張ったな」
「どうも」
適当に相槌を打つ僕。
こんな話をしに来たのではない。
「それでどうした?」
「単刀直入に聞きます。今回の入れ替えテストで昇格者なしというのは本当ですか?」
「なんだそのことか。そりゃ今年は降格者もいないからな。テスト自体は簡単でもないんだけどな。理数の生徒たちはきみを含めてよく頑張った!」
形容しがたい感情に襲われる。なかなか言葉が出てこない。
「ん?話はそれだけか?」
「あ、あの1位の点数見ました?」
「え?ああ?満点の南方だろ?この制度が始まって以来の快挙らしいぞ。普通科の生徒なのによくやったと思う」
岡島は平然とそう言い放った。
「……満点をとっても昇格はできないのでしょうか」
「ないな。南方には悪いがこれはルールなんだよ。まあ南方の今回の例は来年以降の入れ替え制度の見直しとしてそういった意見は出てくるかもな」
そうだ。
僕は何を性に合わず熱くなっているのか。
岡島の言っていることは正論だ。
これはルールなのだ。
そして、このルールを見直すためには当然のことだが前々から協議して決める必要がある。
結果が出てから制度にあれこれ言うのは道理に合わない。
だけど、こんなのっておかしいだろ。
これは本人の問題じゃない。
本人の努力で解決する問題じゃないのだ。
僕みたいにたいした努力もしてない人間が堕落いていくのは当然だ。
でも、頑張っていて、かつ、実力も伴っている人間がなぜ報われないなんてのはあってはならないんだ。
「杜若。お前が言いたいことはわかる。だが、あくまで、この制度自体救済処置の役割以上に理数科メンバーに発破をかけるのを目的としているんだ。本当に理数科に入りたければ最初から理数科で入学すればいいだけなんだよ。今回の南方の件は進言してみる。それでいいだろ?」
ここらであきらめて帰ろう。
もう僕一人が噛みついたところでどうにもならないのだ。
なのに。
「学校側の判断はわかりました。今回はどうしようもないということもわかりました。ですが、先生個人の意見としてはどう考えているのでしょうか?」
言葉が止まらない。
もうやめとけ。
そう心の中の自分が言っているのに言葉が止まらない。
なぜ僕は話したこともない普通科の女の子を助けようと躍起になっているのだろうか。
いや、語弊があった。
もう自分の力じゃ助けることも出来ないくせに何を熱くなっているのだろうか。
「もういいだろ。帰りなさい」
そうだ。僕は理不尽な社会と目の前の教師の態度に腹が立っているのだ。
「じゃあ話を変えますが……1位の南方さんが理数科志望で受験して試験日体調不良で最後の一教科を受けられずに普通科に入学したという経緯は本当でしょうか?」
これは噂だ。
ぼっちの僕でも知ってるほどの。
顔は知らない。
1教科受けずに白銀北高校に入学した生徒がいる。
これは入学当初から話題になっていた。
なんなら、一部の教師もそう漏らしていた。
南方さんは入学以降もトップの成績を維持し続けていた。
だから、学年主任が「普通科の生徒なのによくやってる」なんてのは演技だ嘘だ。
こいつは知っているんだ。
「いい加減にしろ!」
岡島の怒号が職員室に響く。
「……ごまかさないで答えてくださいよ」
「たとえそれが本当だとしても現実は変わらない。いいか?杜若。残酷なことに人情だけで世の中はまわっていないんだよ」
「そうなんですか。クソみたいな世の中ですね」
「失礼致します」
そう言い残し、職員室が少しざわついているのを背に僕は教室を出ていった。
すれ違いざま、綺麗な黒髪ロングの女の子が僕の横を歩いて行った。
多分それが僕が見た「南方菫音」の最後の姿なんだろう。
数日後、理数科生徒向けに配られた進路希望調査に「勉強についていけないことと文系志望へ変更したい」というありふれた理由を記述し僕は理数科への進学を辞退した。
決して「彼女のため」なんてそんなたいそうな理由じゃない。
僕の枠が空いたところで彼女が理数科に入れるなんてことも誓ってもいいが絶対にない。
そんな自己満足な偽善者ぶった行為はしない。
実際、勉強についていけないこと自体は本当だ。文理選択は最悪3年からでも修正はきくと思うしそこはどうでもいい。
たいした理由はないのだ。
人生は選択の連続だ。
誰だって大なり小なり勢い任せで適当な選択をすることが人生にはあると思う。
僕にとってそのうちの選択の一つがそれに当てはまっただけだ。
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