第18話 ハートオーバーグラス

 仁科さんは英単コンの日も休んだ。 


そして、木曜日。

 

 放課後。


 「ええ。知ってたわ」


 「パードゥンミー?」


 「あはは。そんな簡単な単語出たの?私も受ければよかったわ」


 「いやあんた陰湿すぎでしょ。僕言ったよね。5月末のテストから作戦実行だって。聞いてましたよね?」


 「言ってたね」


 「サイコパスなの?」


 この人は何を言ってるのか。会話が通じてるようで通じてない。さては熱が下がってないのに来たな。


 「ああ。熱あるのね。駄目だぞ!風邪は治りかけの過ごし方が大事なんだ。僕に会いたいってのはわかるけど完治してないのにk」


 「平熱だから」


 僕の発言に被せてくる。

 どこからか一瞬で取り出した体温計を見せる仁科さん。36.2度


 「超平熱!」


 「じゃあなんでだよ!教えてくれたっていいじゃないか!俺たち友達じゃなかったのかよ……」


 「連絡先も知らないクラスメイトのどこが友達なの?」


 「…………」


 冗談なんだろうけど言葉が出てこなかった。……冗談だよね。


 「ネタばらしすると私も昨日知ったのよ」


 「え?」


 「クラスラインに書いてあったのよ。あなたが入っていないクラスラインに」


 「はあ?」


 仁科さんがこれから言わんとしてることがなんとなく見えてきた。そして、沸々と怒りが湧いてくる。


 「そう。もう気づいてると思うけど英語の中村先生は多分クラス全体に言ったんじゃない」


 「クラスの代表に言ったと?」


 「そうね。学習委員だっけ?多分その人に伝えてクラスに伝えるよう言ったってのが考えうる限り一番可能性が高いわ」


 「いや普通にみんなに言えよ」


 「中村先生はかなり適当なの知ってるでしょ。だから、授業で言いそびれたから学習委員にみんなに言っといてくらいの感覚でしょ多分」


 「それにしたって普通は言うでしょ。テスト近くなったら」


 「中村先生は作ってないのよ。この学年って英語の先生は2人いるでしょ?もう一人の川越先生が作っているのよ」


 「あ、そうなの?」


 「あくまで推測。そして中村先生は多分学習委員に口頭かもしくはメールで送ったんだと思う」


 「…………」


 学習委員。

 主に英単コン等の直接生徒の成績に影響が出ない学習に関与する委員だ。

 例えば、英単コンだと後日先生から配られる回答をもとに採点をしたりする。

 意外と面倒くさい委員なのだ。

 さらには、そういった学習の先生との連絡・調整等も請け負うことになっている。

 ここ白銀北高校は各々生徒にメールアドレスが与えられている。このアドレスはあまり使うことはないが学校から結構重要なことを送られてくることが割とある。

 生徒に高校のうちから責任を持たせ自立を促すとかそんな理由らしいけど過去にある先生が生徒に言ったとか言わなかったとかで生徒側ともめたことがあるとかないとが理由らしい。僕としてはこのシステムはありがたい。


 「ってことは……」


 「学習委員がクラスの9割が入っているクラスラインに英単コンの日程変更の旨を投稿したってこと」


 「いや、僕入ってないよ?」


 「残りの1割はそりゃ入ってないでしょ」


 「悲しいなあ……」


 「まあ、中村先生の報告が遅かったのか学習委員が忘れていたのかはわからない。けど、学習委員がクラスラインに伝えたのは月曜日」


 「ふーん。ん?」


 「どうかした?」


 「いや、月曜日あなた私と会いましたよね?」


 「ええ」


 「教えてくれよぉ……」


 「あ!えーと……」


 なにそのやっべーみたいな表情。苦虫を噛み潰したような表情。

 どうでもいいけど苦虫って僕の蔑称みたく思えてくるから嫌い。


 「もういいよ……。すべてわかったよ……」


 「いや、苦虫k、違う、杜若くん違うんだって」


 「いま、苦虫くんって言ったよね!?」


 「落ち着きなさい!こほん」


 仁科さんがわざとらしく咳をする。


 「いい?私はクラスラインに入ってるけど通知はオフにしてるのよ」


 クラスメイトに聞かれたくないのか小声で話す仁科さん。

 意外とそういうの気にするのな。

 てか、オンにしろよ……。


 「それで昨日たまたまクラスライン遡ったら書いてあったと」


 「それが真実よ」


 「なるほどなあ……」


 「でもこれは私たちが思ってる以上に根深い問題で変えられないものなのかもね」


 「だなあ……」


 そう。

 仁科さんの言う通りなのだ。

 学習委員の怠慢はどうあれ多数派が勝つのが世の中の常だ。

 多数派の意見が事実なのだ。

 僕一人が声をあげたところで変わらない。

 この事実を中村先生、いや、小石川先生でもいい、学校側に伝えればある程度釘をさしてはくれるだろう。だけど、クラスでの共通認識及び体質は変わることはないだろう。ましてや、クラスラインは9割の人が入ってると仁科さんは言ったのだ。40名クラスの1割だ。僕を含めあと3人程度だろう。その人たちしか今回は被害を受けていないのだ。その1割が声をあげたところで何も変わらない。


 それがスクールカーストなのだ。


 下の者は上の者が作ったルールに乗っかるしかないのだ。

 今回の件はそれをまざまざと思い知らされた。

 

 「てか、なんで仁科さんはそのグループラインに入ってるの?」


 「え?ああ、なんか誘われたから……」


 「は?それは強者の発言に他ならないね。やっぱり僕と君は違う層の人間だね」


 「そりゃ誘われたら入るでしょ普通」


 「誘われる時点でもう勝負ありなんだよ!」


 「じゃあ私が杜若くんを招待するわ。当然入るでしょ?これであなたも私と同じ立場よ」


 「大変申し訳ございませんでした」


 「仁科菫音が杜若春希を招待しました。杜若春希が参加しました」なんてのがクラスラインに流れたら凍り付くんだよなあ。


 「そう。そもそもあなたと私は『友達』じゃないからね」


 「そう……だな」


 そうだ。

 ぼっち歴が長いと少し人と話したら友達のように感じてしまうのはぼっちの悪い癖だ。たとえ僕に友達ができるようなことがこの先あってもその人は僕なんかを相手にしてる時点で間違いなく友達が多い人間なのだ。そして、僕にとっての一番の友達だと思ってたそいつはそいつにとっての僕は百番目の友達に過ぎないなんてことは往々にしてあるのだ。


 だから、勘違いしてはいけない。人の善意に。


 「だから、ふるふるしましょう」


 「え?フルフル?」


 一瞬に何を言ってるのかわからなかった。

 フルフル?モンスター的な?ハンター的な奴?

 あいつ倒せなくて辞めざるを得なかったなあ……あのゲーム。あと友達いないのもある(9割)


 「いや目悪いあいつじゃなくてスマホよ。ス・マ・ホ!」


 「ああ……。ふるふるね」


 仁科さんがスマホを振るのを見て僕も振る。


 「はい。これで私たちも『友達』ね。なんかあったら連絡するから」


 「お、おう」


 仁科さんがニコッと笑う。

 友達……か。

 ずいぶん軽いなとか思うけど友達なんてそのくらいの軽さなんじゃないのだろうか。

 僕がこじらせすぎてるんだ。友達の意味を。定義を。


 僕と仁科さんは本当の意味で友達になれるのだろうか。

 

 家族以外に登録された「sumine」の文字を見て僕は形容しがたい感情を覚えた。アーティストみたいな名前だなおい。


 「それで話戻るんだけどさあ」


 「はい」


 「英単コン手ごたえどうだったの?当然勉強して挑んだでしょ?」


 「そうだな。まあまあだと思うよ……」


 「ふーん」


 世の中に絶対なんてことは絶対にないのだ。


 もしかしたら高得点かもしれないでしょ……?

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