第17話 逃げ道

 仁科さんが学校を休んだ。

 野鳥の番組でも見ているのだろうかと思ったが、小石川先生によると熱が出て休むとのことだった。


 彼女がいなければ部活は成立しないので大人しく帰らないとな!


 というわけで、帰りのHRが終った瞬間、僕は教室を出た。


 いや、僕の学校生活簡潔に終わりすぎじゃないっすかね……。


 僕がクソみたいな毎日を送っている中、僕の同年代は青春を謳歌してると思うと嫉妬で気が狂いそうになる。だが、すんでのところで僕のNPC理論が僕を平常心に戻してくれる。相変わらず、僕のNPC理論が非の打ちどころがなさ過ぎてびびる。


 僕の帰宅タイムアタックを敢行しようと教室から出ようとするところで思わぬ邪魔が入る。


 「杜若くん?」


 小石川先生が僕を呼び止める。

 嫌な予感がする。僕の嫌な予感は大体当たるのだ。

 そして、その嫌なことからは大抵逃げられない。


 「どうしました?」


 努めて冷静に答える。ここで嫌そうな態度をとると逆に長くなりそうだからだ。


 「今日は部活行かないの?」


 この人は何を寝ぼけたことを言っているのだろうか。

 無論、行くわけがない。


 でも、これは誘導尋問なのだ。


 僕の性格を知っている大人が僕程度の考えや行動原理なんて見透かされているはずだ。


 何の意図もなくこんなとぼけた馬鹿な質問をするはずがない。

 ……ないよね?


 「いや~、行く気満々だったんですけどね。仁科さんが休みなら研究も捗らないというか議論もできないというか、それ以前に部あの活動って活動はおろか同好会ですらないというか、それなら家でもできるというかでですね……。テレワークというかですね」


 ここで面倒くさいとか言うのは悪手だ。

 先生が何を企んでいるのか知らんがここは穏便に断るのに限る。


 「いやそれなんだけどね。今日は心研を見学したいって子がいてね」


 「はえ~、物好きもいるんですねえ……。じゃ僕はこれで」


 前言撤回。これはもう四の五の言わず逃げるに限る。

 三十六計逃げるに如かずだ。

 先生が立っているその右脇をゼロ距離で抜きさる僕。

 バスケにおいて1on1の際は相手の横をギリギリで抜き去れという顧問の言葉を僕は忘れていない。サンキュー顧問。


 「いや、なぜ逃げる」

 

 先生にリュックをつかまれる僕。

 至近距離で先生を抜いたが故に、すぐに捕まってしまった。

 やっぱり顧問ってクソだわ。


 「いや、あの、えっと……。あ、そうだ!僕勉強するんですよ勉強!英単コン近いから勉強しないとなあ(チラッ)しないとダメだよなあ(チラッチラッ)」


 ウインクをして必死にアピールする僕。


 「帰るのにどんだけ必死なのよ……。でも、確かに英単コンって明日に変わったんだっけ」


 「パードゥン?」


 コノヒトナニイッテルノ?


 「あはは。そんな簡単な英単語は出ないでしょ~」


 「すいません。マジで教えてほしいのですが5月の英単コンが明日って本当なんだすか?」


 「多分本当よ。職員室で中村先生がそんなようなこと言ってたし周りの生徒も言ってたのを小耳に挟んだわ」


 「…………」


 思考が追い付かず沈黙する。あれ、英語の中村は英単コンを明日やるなんていつ言った?僕が聞き逃したのか?いや、そんなことはほぼほぼありえない。ぼっちが学校生活で不利を被ることの一つに情報量の差が挙げられる。そう、ぼっちは話す相手がいないため情報が回ってこないのだ。だからこそ教師の話等の誰しも平等に与えられる情報はぼっちである僕は確実に押さえておかないとならないしそれを取りこぼした時点でぼっちはゲームオーバーなのだ。


 「どうしたの?なんか、ひどくショックを受けてるようだけど明日テストなら教師としてはそっち優先……かな?見学の子にはそう伝えておくわ。じゃね」


 先生はそう言って去ってゆく。

 「彼女」と会わなくて済んだがそんなのはもうどうでもいい。

 そうだ!仁科さんに聞こう。彼女も知らない……はずだ。いやマジで知らないよね?仮に知ってたとしたらかなりの悪党だ。

 すぐに連絡しようとスマホを取り出す僕。

 えっと、仁科仁科っとあれ?

 ごっめーん。僕のライン家族しか入ってませんでした。てへぺろ。


 すべてのやる気と気力とその他諸々を持っていかれたので速攻家に帰って積んでる漫画とラノベでも読むか。

 英単コン?なにそれ美味しいの?

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