第16話 TRACKS~仁科編~

 久しぶりに学校を休んでしまった。


 朝起きてなんだか体調が悪く熱を測ったところ37.8℃。


 無理しても仕方ないしお義母さんから休むように言われたこともあり今日は素直に休もう。 


 頭がガンガンする。


 平日にベッドで横になっているとちょうど一年くらい前のことを思い出しひどく憂鬱な気分になる。


 こんな気分は久しぶりだ。体調の悪さも相まって厭世観が私を覆う。




 母が亡くなった。

 私が高校受験を控えた3日前のことだった。

 数年前から大病を患いこの半年間は入院していた。

 母の余命が幾ばくかしかないことも知っていた。

 だから、世間的には突然のことではないのかもしれない。

 けれども。

 私の中ではあまりにも急であまりにも早すぎる死だった。

 物心つく前に父がこの世を去ってしまった私にとって母は唯一の家族であり、そして、私のすべてだった。


 私は。女手一つで私を育ててくれた母のために何か一つでも恩返しができただろうか。そんなの考える余地もない。何もできていない。

 

 今でも自分自身に問うことがある。


 「果たして私の選択は正解だったのだろうか」


 私は母の葬儀より高校受験を選んだ。

 生前の母は自分の死期を悟っていたのか私の受験を優先するよう繰り返し言っていた。

 いくつかの私立高校は合格していた。受験費の免除もされていたし高校に行けなくなるなんてこともなかった。


 なのに。

 

 将来の夢なんて今も昔も一切ない。

 小学生の頃、周囲が将来の夢はスポーツ選手だとかお医者さんだとかピアニストなんて言ってるのを聞くと頑張ってほしいなって感じた。そして、その志の高さに対して「夢」を持っていない私にとって彼ら彼女たちはとてもキラキラ輝いて見えた。一方で、心の中で私よりはるかにできていない彼ら彼女らがなれるはずがないしそんなに社会は甘くないって思うくらいには冷めていたというか悪い意味でリアリストだった。


 将来の夢がない私はとりあえず目の前にある目標をこなし人並みの上を目指すのを人生での目標にしようと思った。


 ピアノのコンクールには何度か入賞したことがある。勉強も中学では学年でほとんどのテストで3番以内には入っていた。


 完全な自慢になってしまうけど私は幅広い分野である程度できるのだと思う。

 でも、どの分野にも上には上がいるのだ。

 別に、自分の才能を過信して努力を放棄していたわけではない。

 いや、それも嘘かもしれない。

 最低限の努力で平均以上になるのが最高の形だ。

 

 私は全力で熱中できることがないのだ。他人に負けないほど好きなことなんてのもない。逆に、なぜそんなに人は自分の「好き」に真剣になれるのだろうか。

 私にだって趣味は当然ある。でも、それに対して自分のすべてを注ぎ込むほど熱中できるものは今まで生きてきた中ではない。

 そのせいもあってか、中学生までの私は友達に囲まれながらも親友と呼べる人間は一切いなかった。だけど、知り合い以上友達未満はそれなりにいた。特段友達作りに精を出したわけでもないしこんなに人間として魅力に欠ける私にどうしていつも周りに人がいたのか。答えは簡単。ようするに無駄に高いスペックがあったからこその私なのだ。クラスのわりかし仲の良かった男子から告白されたこともあったけど丁重に断ったことも何度かある。でも、私の人間性なんて一切評価されていない。だから、誰とも深い付き合いになれないけど薄っぺらい関係だけは広がっていく。こんなの意味があるのだろうか。


 白銀北高校には理数科がある。普通科と比べて偏差値が5くらい高い。

 私は理数科を目指していたし母にもそこが第一志望だと告げていた。正直、もっと高いレベルの学校も選択肢の中にはあった。けど、滅多なことがなければまず入れるこの学校のこの科を選んだ。学校や塾の模試でもA判定以外とったことはなかった。


 しかし、私が入学したのは白銀北高校の普通科だ。理数科に落ち普通科に滑り込んだ形だ。

 母の葬儀よりも受験を選んだ私は精神が不安定なこともあり受験中は終始集中できなかった。それでも、最後の科目まではなんとか問題を解き続けた。最終科目の「理科」で私は試験会場を退出した。


 精神的に限界だった。


 いや、こんなの言い訳だ。


 現実から逃げ出したかっただけ。


 不透明な未来が怖かっただけ。


 母にせめてもの恩返しすらできなかった私に何ができるのだろうか。


 母の死と同時にこの世から「南方菫音」は去った。


 私は紆余曲折あって12歳離れた母の妹に養子縁組として引き取られ家族になった。一年が経つが新しい母とはお世辞にも上手くいってるとは言えない。別にネグレクトされてるとかでもないし、むしろ楓さん、いやお義母さんは私に対して真摯に接してくれるし仕事ぶりは会社ではかなり評価されているみたい。お義母さんは仕事が忙しいから私から歩み寄らなければならないと思いつつもコミュ力のない私にはそれがなかなか難しい。 


 予期なきとはいえ家族とすら深い関係を築けない私に、今後、本物の関係を築くことができる日は来るのだろうか。


 そうだ。


 結局私は身内を除いて本当の意味で人を好きになったことがないのだ。


 周りに人がいながらの孤独。


 一見すれば、私は家庭の不幸こそあれ才能に恵まれ周囲からは羨望される人生なのかもしれない。


 けれど、私にとっては文字通りただ生きているだけだった。


 だけど、少なくとも高校に入学してから消化試合みたいな毎日ではなくなった。


 過去の選択肢は間違ったかもしれない。


 もうできるだけ間違わない。


 過去は変えられない。


 が、未来は変えられるのだ。 


 こんなの月並みだし、そして、きれいごとだ。


 でも、きれいごとが目標でありそれが理想なのだ。


 きれいごとをきれいごとで終わらせたくない。


 それが今の私の願い。

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