第15話 TEAM BOTTI
「杜若くん?」
「え、あ、なにかあった?」
「それはこっちのセリフよ。何回も呼んでるんだから反応してよ。大丈夫?体調悪いの?流行り病にでも罹ってるの?」
放課後、いつものように機械的に部室にとりあえず来た。何をすることもなく英単語帳をじっと見つめていたけどまったく頭には入ってこなかった
桃花と会ったことも会って少し昔のことを考えていた。
もし、過去に戻れたのならばどの選択肢を選べば最善の結果を導くことができたのか。
そんなたらればに意味なんかないとわかっていてもたまに考えてしまう。
「仁科さんはさあ」
「え、なに?」
「もし過去に戻れたらいつに戻りたい?」
「なによ、藪からスティックに」
ルー仁科なの?
あまりにもつまんな過ぎて一周回って面白いレベル。
でも、ここは無視。
「いや、美容室の話題的なアレで」
「…………」
自分の渾身のネタに一切つっこんでくれなかったから(?)か不服そうな顔をして無言を貫く仁科さん。
「まあ、そうね。結論から言えば、そんな仮定にはまったく意味がないから議論の余地なしね」
言葉少し冷たいのは気のせいですかね…。でも、正論だ。
「そうだね。こんな水掛け論にすらならんよね。議論の価値もなかったわ」
そうだ。こんなの仁科さんに聞いてどうするんだ。何の意味もないし自分自身の傷を抉るだけなのだ。トラウマの数や黒歴史の数ならこの学校でも上位になれる自信がある。なにこの無駄すぎる特性。だけど、この不幸自慢でも一番になれるとさえ言えない自分の卑屈さ。たまらんなあ。
「でも……。ここで、会話を終わらせるから永遠に陰キャから抜け出せないのよ!」
僕が意味不明な自己陶酔(?)に浸っている最中に仁科さんがよくわからないことを言ってきた。
「はい?」
ん?ちょっと待って。
改めてこの人何言ってるの?
最近、気づいたけど、この人、風変りというか普通に変な人だわ。
この面白さをクラスのみんなが知らないのは惜しいなと思いつつもだいたいこういうのって内輪ノリというか身内贔屓とかで陽キャたちが普段言ってることと変わんないんだよな。クラスのお調子者を芸人並みに面白いとか囃し立ててるのとか見たらくさすぎてもう見てられないよね。
ということは逆説的に僕も陽キャなのでは?
「どれだけつまらなくてしょうもない話でもある程度同調するスキルは社会で生きていくためには重要なはずなのよ。たぶんね」
「そんな社会だったら迎合できなくていいんですけど……」
何が悲しくて人生の貴重な時間の合間を縫って興味のない奴の興味のない話を聞かなければならないの?おかしよなあ!?
あと、この子、僕の話を遠回しにつまらなくてしょうもない話だって言ってない?これ以上話しかけても大丈夫ですかね……?
「甘い考えね。そんなの学生のときだけよ。例えば……」
「例えば?」
「例えば、杜若くんがクラスの人気者がウィットに富んだ言動をしてみんなが笑ってる中、無表情を貫いていたとする」
「そのウィットに富んだって表現が丁寧な言葉に見せかけて限りなくバカにしてる感ありません?」
というか、僕がさっき考えてたことピンポイントで言ってくるとかエスパーか?魔美なの?さすが、心理学研究同好会の部長なだけあるわ。
「学生なら正直クラスの人間と関わらなくてもいけるけどこれが会社ならどう?」
「確かに査定とかに影響ありそうだね」
「そうね。業種によってはーとか捻くれたこと言いそうな性格っぽいのに案外素直ね」
「それ褒めてるんですかね……」
一瞬そう言おうと思ったけれども。
「とどのつまり、社会っていうのは究極の同調圧力の中での生活。いわば、ONE TEAMなのよ」
「捻くれた見方のONE TEAMだなあ……」
この人もいい結構性格してるよなあ……。
「でも、『笑わない男』もONE TEAMで大活躍しているんだから、むしろ、『クラスの笑わない男』こと杜若陽希を受け入れないクラスが狭量過ぎるのではないか?と僕は問いたい」
「そりゃベンチにも入ってない人間は勝負にもならないっしょ」
「だから、あなた僕に対して毒強すぎるでしょ?毒タイプなの?」
同じクラスなのにベンチ外とは?
そもそも、今、僕はこの人とコミュニケーション取れてるの?
会話のドッチボールというか仁科ワールドについていくのが精いっぱいだし僕のコミュ力の低さも相まってなおさらカオスだし、つまり、何が言いたいかというと作者の気持ちを考えるのがもう大変。現国の顧問はいつになったらくるのかしらん?
「だいぶ話が逸れてしまったけれど、つまり、私が言いたいのは人の話を傾聴するのは大事なことよ」
仁科さんがそう笑顔で言った。
この人なんだかんだで優しいよなあ。
さっきから罵倒され続けてきたからちょっと今この人が聖人君子の女神に見える。これが、飴と鞭か……。少し感動してなかなか言葉がでてこない。
「…………」
「どうしたの?」
「……いきなりいいこと言ってちょっとびっくりだわ」
「…………そうですか」
「ストップ!ストーップ!!!」
リュックに読んでいた文庫本をしまい込み帰り支度をする仁科さんを必死で止めえる僕。でも、紳士だから腕とか触れないから精一杯の身振りと声だけ。いや、チキンとかじゃないから。紳士なだけだから。
「まあ……」
リュックを片方だけかけ僕を背に扉の前に立つ仁科さんが僕に振り向かずに言う。
「私はアレかな……。もし戻れるなら受験当日かな……」
言われた瞬間何のことを言ってるのかわからず、まるで異国の言葉を聞いた感覚に陥った。それは、中学?それとも高校?はたまた小学校?なんて言う問うことも忘れて呆けてしまった。
「……なんてね。録画してる野鳥の番組が見たいから帰るわ」
仁科さんは僕の方を振り返りそう告げ、すぐさま踵を返し本当に帰ってしまった。
誰だって過去に戻って選びなおしたい選択肢はあるはずだ。
しかし、過去に自分が選んだ選択は本当に択一式だったのだろうか。
本当に選択肢は複数用意されていたのだろうか。
限られた手札で勝負することしか許されない世界で本当にその手札は複数枚用意されていたのだろうか。
選択肢が一つしかなければそれは必然の出来事であり変えることはできない。
もし変えられるとしたら人生レベルでやり直す必要があるはずだ。
最初から目に見えて選択肢が用意されていながら最善を選べなかった人はその選択を一生悔いると思う。
僕の場合は前者だと思う。
いや、それもそう自分を納得もとい妥協を無意識的に図っているのかもしれない。
それでは彼女の場合はどうなのだろう。
彼女の悔いた過去は選択肢次第で帰られた過去だったのだろうか。
そんなことを考えながら直に帰り支度をし帰路に就いた。
……野鳥の番組ってなんだよ。
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