第13話 ノイジーマイノリティー

 月曜日。一週間で一番憎悪している曜日だ。しかしだ。月曜日がクソであるというのは不変の事実だが日曜日にもその責任があるのではないだろうか。もしかして、月曜日を、凌駕するクソスペックを誇っているのでないのだろうか。日曜日になった瞬間刻一刻と死刑宣告までの時間が刻まれていく。サ◯エさんの時間には全国の学生、社畜諸君が絶望するのだ。だから、逆説的に日曜日も次の日を憂鬱にさせるという意味で一番罪深い曜日なのではないだろうか?違うか?違いますね。やっぱり冷静に考えたら全面的に月曜日が悪いわ。


 このように何でも疑ってみることは重要なのだ。世間で常識と思われていることは、実は合理的なことだとは限らないし間違っていることも多いのではなかろうか。僕みたいなアンダーグラウンドの住人にもなるとまず常識を疑うのだ。そこに本当の真実が隠されているはずだ。大衆に流されて価値観も同じ、思考回路も同じ、お互いの話の肯定をしてはその繰り返し……。そんなのはくだらない。僕は僕らしく生きて行く自由があるのだ。アイドルもそう歌っている。だから僕は常識を疑って行く。でも、常識を疑った結果、結局同じ結果じゃね?意味ないのでは……?とか一瞬思ってしまったけど月曜日はやっぱりクソだという結論が下せたからそれでいいのだ。そのことに価値があるのだ。誰かに、何かに流されて月曜日はクソだっていうのはダメだ。月曜日に失礼だ。僕は信念を持って常識を疑って月曜日はクソだと言っているのだ。ということで、月曜日=クソ 証明終了 Q.E.D.


 「……月曜日はクソなのは不変の事実って最初に言ってるんだからその後の冗長なくだりいらなくない?」


 僕の丁寧な月曜日クソ論の証明にちゃちゃを入れてくる仁科さん。


 「この冗長なくだりができる力が社会では雑談力とかコミュ力っていうんだろ!」


 「いや違うと思うけど」


 即否定。人の話聞いてたの?自分の常識を少しは疑えよ。


 「例を挙げよう。たとえば、美容室とか行ったときとかさ」


 「ああ~……」


 何か思い当たる節があったのか、少し考え込む仁科さん。


 「……私も昔は気にならなかったけど、最近は伝家の宝刀『なるほど~』で一時間半乗り切ってるわ」


 その伝家の宝刀錆びてそう。だが、気持ちは痛いほどわかる。


 「やるなあ……。僕はあれが嫌で無事1000円カットマンに転身したな」


 「元卓球部?」


 「いや、違うけど。なんで?」


 「いや、まあその……。特に理由はないけど……。やってそう。卓球というかカットマン……」


  歯切れの悪い仁科さん。カットマンやってそうってなんだよ。


 「卓球やってそうって容姿だけで判断してませんかね?」


 「まあその……。でも、卓球ってうまい人たちってそんな感じじゃなくて結構スポーツマンやってる感じ多いから見た目だけで判断は卓球に失礼よね……。ごめんなさい」


 「そんな」って言葉選びに頑張ってオブラートに包んだけど包み切れなかった感異常なんですけど。「そんな」って「どんな」だよ。卓球に謝るのはいいけどまず僕はいいんですかね……。


 「全国の卓球やってる僕みたいな容姿の男子学生諸君にも謝ろう。ついでに僕にも」


 「じゃ元野球部?」


 「だからカットマンじゃないの。小柄な体格を活かして四球勝ち取ったりしてないから」


 「カットマンだって極めれば甲子園で大活躍したりそのシェアな打撃と堅実な守備で日本代表にだってなれるんだからバカにしないで!」


 「きみは僕をバカにしてるんだよなあ」


 「じゃあ……。何か部活やってたの?」

 

 「えっ?何で?」


 「なんとなくさっきあなたが言ってたコミュ力的な雑談力的な美容室の話題的なアレで」


 別に会話の流れ的には特段おかしなことはなく、いや、自然な流れでもあったけど不意を突かれた気持ちがした。自分の言ったことが自分の首を絞める。個人的にあまり気乗りがしない話題なのだ。


 「僕は……。まあ別に特にアレだよ……。まず、僕は床屋だし……」


 「歯切れの悪さと妙につっけんどんな口調が怪しいわね。大物女優なの?」


 僕とは反対にそうまくしたてて言う仁科さん。僕は身辺と貞操のきれいさは一流だから。


 「そういう仁科さんはなんかやってたの?」


 質問に対して質問で返す。これで大抵の人間関係を悪化させ壊してきた。コミュ力がないからこそできる会話テクニックだ。面倒くさい話題はこれに限る。人間関係壊しちゃうのかよ。


 「ピアノ」

 

 即答。確かにイメージとしては本当にぴったりだ。

 しかし、どことなく遠い目をしていたのを僕は見逃さなかった。あまり触れてほしい話題ではないのだろう。人間を観察し続けて早5年。それぐらいの人間の機微くらいわか……らないからこんなんなんだけど。


 「あなたが聞かないように私も別に聞かないけどね」


 仁科さんは数秒の沈黙を破るようにそう言った。


 「まあ僕は別に本当になんでもないことだし、たぶんバレるのも時間の問題だから」


 「少なくとも卓球部と野球部ではないと……。いやそれもブラフかも……」


 「ここまでしてブラフを使う意味ないでしょ!」


 「あなたも心理学を少し齧ってるから……」


 「齧ってないし、部内でそんな高度な心理戦いらないから……」


 うっかり、自分が心理学研究同好会なるものに所属している事実を忘れてしまう。まともな活動してないから仕方ないっちゃ仕方ないのだが。

 

 「陽希は元バスケ部だよ」


 「えっ???」

 「???」


 いきなり知らない声が会話に混ざってきた。いや、より正確に言えば聞き覚えのある声だ。マジで誰?と言おうとして振り向くとそこには僕がこのクラスで仁科さん以外で唯一関わりのあった人物。僕とはまるで不釣り合いな垢抜けた整った顔がそこにあった。


 「桃花……さんか……」


 「なんでさん付け!?」


 彼女の名は望月桃花。僕と小・中学校が同じでミニバスからバスケ部で女バスと男バスとういうこともあり親交がわりかしあった。過去形なんだけど。


 「そらもうアレよ」


 「全然意味わかんないんだけど……」


 「それより最近二人で話してるけどそんな仲良かったっけ?」


 「べ、べ、べつにそういうんじゃないよ!」


 「きょどりすぎでしょ」


 こいつ、ちょっと高カーストだからって調子乗ってんじゃねえぞ。


 「部活が一緒ってだけよ」


 僕が何か言い返そうとしてると、その隙に仁科さんが淡々とそう告げる。


 「ほー。え、何部なん?」


 「心理学研究同好会。私が部長で彼は書記兼企画・提案兼部長代理兼副部長よ」


 「役職多く見せかけて面倒ごと押し付けてるだけじゃないっすかね。てか、最後の2つ同じ意味では?」

 

 「ああ……。活動内容とその詳細も謎に包まれてるの紗弓先生のよくわかんない部活……」


 「その認識でおおむねあってるから困るわ……」


 まあ、本当の目的は桃花側の人間には言えないんだけどな。


 「望月さんは確かバスケ部よね。それで杜若くんと関わりあったとか……?」


 「そうそう小・中が同じで同じでバスケ部。ちなみに、今は心研の雑用に成り果てたみたいだけど陽希はミニバス時代は男バスキャプテンだったんだよ?」


 「!?」


 「……今の僕は雑用扱いだったの?あと、仁科さんのそのマジで?みたいな驚き方ひどくない?」


 バレてしまった。時間の問題とは言ったがバレるなら桃花経由だと思った、いや、それしかないのだ。あとどうでもいいけど、心理学研究同好会って心研って略すのか……?。ゼミなの?


 「てことは、バスケにもカットマンっているの……?」


 「いねーし、カットマンじゃねえよ!」


 カットマンに執着しすぎでしょこの子。


 「あはは。陽希は人間関係のカットくらいしかできないよ」


 「なるほど。腑に落ちました」


 「そのうまいこと言ったみたいなしたり顔やめろ。いやあってんだけれども!」


 「なんか面白そうだね。暇だったら部活顔出していい?」


「僕には権限がないんで。でも、出来れば部外者はコンプライアンス的に来て欲しくないです」


 「じゃあOKってことね?」


 「話聞いてました!?」


 話が伝わらない。だから、陽キャは苦手なんだよ。


 「私情は挟まないで。杜若くん」


 「あ、はい。なんか申し訳ないです」


 なんか普通に怒られた。おい、あんたこっち側の人間じゃないの?陰キャの部活に陽キャ加えたら崩壊するぞ?異分子のサークルクラッシャーを入れるのがどれほどリスクであることかをまるで理解していない。


 「仁科さん!ダメ……?」


 その懇願する様がちょっとかわいいなとか思ってしまった。やっぱり美少女って得だわ。でも、その飾り立てた笑顔に騙されてはいけない。部長ならきっと丁重に断ってくれるはずだ。


 「心理学研究同好会は来るもの拒まず去るもの追わずの精神でやってるから基本的に見学及び体験入部はOKよ」


 「初耳なんですが……」


 「おお〜ありがとう!仁科ちゃん!!」


 「じゃ、そういうことでよろよろ〜♪」


 そう言いながら、踵を返して亜麻色のゆるふわボブを揺らしいつもの仲間たちのもとに戻る桃花。ほんとなんで来たの?


 少しの沈黙の後、仁科さんがそれを破った。


 「……時の流れは残酷ね」


 「……知らんがな」


 仁科さんのいつものジョークとも取れる発言だったけど妙に真面目くさった表情に僕も軽口の一つも思い浮かばなかったので自嘲気味につぶやいた。


 本当に知らない。杜若陽希と望月桃花はもう同じ世界にはいないのだ。僕が変わったのだ。いや、語弊があった。僕を取り巻く周囲が変わったから相対的に僕が変わったように見えるのだ。僕は何一つ変わっていない。あのときのままだ。僕は変わらないし、変われない。変わったのは、周囲だ。社会だ。……そして、彼女だ。

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