第9話 第一センセーション

 午後の授業を相も変わらず聞き流し、かつ、機械的にノートをとり放課後を迎えた。何度も睡魔に襲われたがノートはきちんと取らなければならない。ぼっちにとってノートの取り忘れは死に直結する。僕みたいな存在は本来「勤勉ノート係」として重宝されるべきなのだ。いや、聞かれたことないんだけどね?このことは普段群れてる奴らが合理的な判断を下せていない判例の一つとして挙げられるだろう。僕に聞くだけで「え~、お前もノート取ってないんかい」的な不毛なやり取りをしなくていいのだ。それこそ、教室内の序列を考えれば僕はノートを貸さざるを得ないカーストにいる。僕だって、別に陽の者たちに反逆はしたくないし真の意味で孤立したくない。いや、怖いわけじゃないよ?ただ単に波風を立てずに日々を過ごしたいだけだよ?

 まあ、そんなのはいい。

 とにかく、人間群れていると最善の選択ができなくなるのだ。社会に出たらなおさら顕著になってくるだろう。相談する上司を間違えてはいけない。問題を抱えたときは自分の聞きやすい先輩や上司に聞くのではなくてその問題にもっとも深くかかわっている人物に聞くのが肝要だ。私情を抜きにして物事を考えなければならないのだ。


「以上のことから、社会で活躍するタイプはそういった群れてバカ騒ぎしてるアホっぽい連中じゃなくて僕みたいな人間なんだよ」


「……まず、あなたはまず社会に出られる心配をしたほうがいいでしょ」


 僕の熱弁に対して、詭弁を言ってくる仁科さん。わかってないと言わざるを得ない。ちなみに小石川先生は基本は忙しいからこれからは部室には重要な時だけ来るようにするらしい。そもそもこの部の重要な時っていつなのん?


「論点をずらさないでくれ。今は社会に出られるか出られないかの話をしてるんじゃない」


「杜若君の理論でいくと、あなたは他人に対して感情が湧くほど関わってないから常に最善の選択をしてることになってるんだけど……」


「そこなんだよ。よく気がついてくれた」


「ポジティブ通り越してコミュ力なくない?」


「それ普通に傷つくんですけど……」


 いや、今のは僕なりのジョークだよ?杜若くんジョークだよ?


「そんなのはどうでもいい。とにかく勉強がスクールカースト崩壊へのカギを握ると思うんだよ」


 話がそれてしまったが今日彼女に伝えたかったことはこの話だ。


「……その心は?」


「スクールカーストを決定する要因として身体的特徴や運動能力、そして学力等で構成されてるはずだ」


「そうだね」


「でも、身体的特徴いわば容姿や身長は高校から逆転することは非常に困難だ。同様に運動能力も劇的に向上することもないだろう」


「だね」


「だけど、学力はどうだ?ここ白銀北高校は一応進学校だ。だから似たような学力の連中が集まってるはずだ」


「うん。けれども、本当に努力だけでトップになれると思っているの?」


 仁科さんのその言葉と表情からは別に僕がトップになれないことを皮肉としていったわけではないのはわかった。純粋に「わかってると思うけどどういう算段なの?」ということだ。いや、そうだよね?別に「お前みたいなバカがトップになれるわけねーだろ」っていう皮肉じゃないよね?


「当然思ってないよ。学年主席をとれる才能なんか持ってないし、努力でなんとかできるなんてそんなご都合主義的な根性論的な考えで現実は変わらないことも知っている」


「……じゃあどうするの?」


「英単語コンクールでトップをめざす」


「……なるほど」


 白銀北高校では月に一度英単語コンクールなるいわば英単語のテストがある。通称英単コン。毎年、春に教科書と共に特定の英単語帳を買わされる。そして、毎月行われる英単語コンクールを通して一年かけて一冊の英単語帳を終わらせるカリキュラムとなっている。だから、教師からすれば英単語コンクールを3年間しっかり点数を取っておけば自然と生徒諸君は英単語が身につくだろうっという算段であろう。しかし、この英単語コンクールには穴がある。まず、内申には一切評価されないところだ。だから、わざわざ勉強しない生徒も一定数いる。もう一つは、その毎年買わされる英単語帳の質があまり良くないと生徒の間では共通認識で思われている(盗聴)各々、使いやすい英単語帳もあるだろうし受験生の間で人気のある英単語帳を選ぶ人が多いだろう。自分のペースで英単語を覚えていきたいという人もいるだろうし、3年生になっても実施することに果たして意味があるのだろうという声もある。だから、自分の実力試しとして指定の英単語帳を一切見ずにテストに挑む者もいる。もちろん、学校の思惑通りまじめに勉強する者もいるが少数であろう。


「あれは、たいしてみんな勉強しないけど教室の後ろに1か月学年のトップ名簿が張り出される。そこに、毎月僕たちが入るんだよ」


「確かにあの範囲なら比較的負担の少ない努力で学年トップ勢を抜かすこともできそうね……」


「そう。あのテストはみんなあまり勉強しないから相対的に結局普段の成績のいい奴らが成績優秀者リストに入ってくるだろ?だから、僕たちがそこに入ることによって僕たちも成績がいいと思わせるんだよ」


「……それ、普段の成績が悪かったら逆に滑稽に見えてこない?」


「それに関しては心配はいらない。僕の成績なんか聞かれたことないし、授業程度で先生に回答を求められても回答できるレベルの学力はある。しかも、普段黙ってて友達いなさそうな奴は本当はバカでも頭よさそうに周りから思われるのが通例なんだよ」


「……プロね。類似例として女子から第一印象で褒めるところが見当たらない地味目な男子に第一印象で頭よさそうとか優しそうとか言っちゃう理論ね……」


「なにその理論。めっちゃ怖いんだけど」


 仁科さんがさらっと滅茶苦茶怖いことを言ってくる。


「え?そういうこといってんじゃないの?」


「違うよ!というか初めて聞いたよ!」


「女の子って結構性格悪いよ」


「えぇ……ちなみに、僕の第一印象はどうなの…?」


「頭よさそう」


「……そう」


 一切躊躇することなく即答した仁科さんはそこに嫌味なんかなく清々しい表情で僕に言い放った。しかも、「優しそう」は出てこないのかよ。


 その清々しい表情に一瞬感動すら覚えたけど、我に返って典型的なロジハラだと思いました。

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