第8話 ランチタイムクライシス

 僕が一世一代の宣言をかました次の日昼休み。


 いつも通り、ぼっち飯を教室で披露しようとママンが作ってくれた手作りお弁当を机にを広げる。


「……ねえ」


「…………(ぱくぱく)」


 意識をお弁当だけに集中させる。ぼっち飯はいわば自分との戦いなのだ。周りを気にしたら一気に死にたくなるから集中力が試される。トイレで食えばいいじゃんって言う輩は何もわかっていないと言わざるを得ない。呆れを通り越して、小一時間説教したくなる。まず、トイレの個室は長時間占領するべきものじゃないし用を足すところだ。中には一分一秒を争っている人だっているんだ。逆の立場になって考えてみろ。個室を待ってる人は便意に耐えながら、神に祈ることしかできないのだ。


「杜若くん」


「…………(もぐもぐ)」


 もう一つの理由を挙げるならあれだ。衛生的に良くない。「なぜ、トイレの匂いを嗅ぎながらご飯を食べるんだい?教室で食べるお弁当はとても美味しいよ」と、僕の中のレジェンドサッカー選手が語りかけてくる。まあ、食べることに集中しすぎて味とかよくわからん。ごめんよ、ママン……。


「杜若くん!」


「は、はい!!誰、何!?」


「誰って……。きみ本当にぼっち極めてるよね」


「あっ、仁科さん……?」


「なぜ疑問形!?記憶飛んでるの?」


 仁科さんか……。教室で話すことはおろか、話しかけられることなんて皆無だからマジで気づかんかったわ……。


「いや、あれだよ。あの、僕の耳はセルフノイズキャンセリングできるレベルに達してるから……」


「それもう自分の力じゃ解除できないレベルに達してそうだけど、それは大丈夫なの……?」


「損益考えたらキャンセルしてた方が精神衛生上得してるからその辺りは大丈夫だから安心していい」


「妙な安心感あるけど、一切大丈夫じゃないからね?」


 仁科さんの言う通り、今は大丈夫でも社会人1年目で詰んでしまいそうだがそんな未来のこと気にしてもしょうがない。……いや、現実逃避とかそういいうのじゃないよ?本当だよ?


「それはそうと、本当に前の席だったんだな」


「いや、もうつっこまないからね。ってそんなのはどうでもよくて昨日言ってたこと具体的な方法はあるの?」


 仁科さんがさりげなくお弁当を僕の机に置き椅子を横にして僕と対面する。え、この状況ってもしかして僕、女の子と二人きりでお弁当食べてるの?一緒にお弁当食べて友達に噂とかされると恥ずかしいんだけど。


「何そわそわしてんの?」


僕の緊張がバレてしまったのか仁科さんに疑問を呈される。


「いや、一緒にお弁当食べて友達に噂とかされると恥ずかしいな~とか思ったり思わなかったり……」


「……あなたみたいな、いや、私たちみたいなぼっちのことなんて誰も見てないよ。プロのあなたならそんなこと一番わかっているでしょ?」


「いや、まあ言いたいことはわかるけど……。」


 続けて「君もぼっちなの?」なんてデリカシーのかけらもない質問はしない。結論から言えば、程度の差はあれ仁科さんもぼっちかそれに準ずるレベルで人間関係を苦にしていることはなんとなく言動と僕がぼっち生活で培った人間観察力からわかる。僕はプロだから、わかるのだ。……ところで、なんのプロなの?


「そんなのは置いといてだな。具体的な策はあれだ。手っ取り早いのは勉強だな」


「実際のところ頭いいの?」


「ざっと、自己評価で判断したところ中の上の下ってところだな」


「それ、中の下でいいじゃん……」


「そこは、中の上でいいでしょ!」


「何の反論!?」


 小石川先生が評した中途半端極まりない成績評価によって話が進まない。


「まあ、勉強が一番手っ取り早いんだよ。この場ではアレだから詳しくは放課後話す」


「……そう。じゃあ放課後ね」


 かなり、どうでもいい感が出ている割に放課後付き合ってくれるとかひょっとしてこの子聖人なの?


 それ以降、お互いに顔を合わせてご飯を食べるが会話はなかった。別に、仁科さんはスマホをいじったり僕は文庫本を読んだりしていたため、気まずいとかそんなのはなかった。嘘だ。文字が一切頭に入ってこなかった。


 ご飯が食べ終わった仁科さんは一言「……それじゃ」と言い残し教室を去っていった。


 僕の適当に返した「お、おう」とかいう蚊の鳴くような声にもならない言葉が仁科さんの耳にまで届いたかはわからなかった。


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