第4話 もうそう★かつどうびぼうろく

「君はスクールカーストという言葉を知っているか?」


 小石川先生のこの問いかけはこれから展開されるであろう話をある程度は読めたが、その機微まではまったく理解できなかった。


「ようするにアレですよね。生徒間でいつの間にか出来上がる1軍、2軍、3軍みたいなアレですよね。まあ、正確には3軍以下の扱いなんですけど」


 言葉に卑屈を混じらせつつ僕は答えた。この問題は教師が問題視すべき問題であると同時に、無視していい問題でもあるのだ。


「百点満点の回答ね。ここ白銀北高校には私が把握する限りいじめはない。でも、スクールカーストは確実に存在する」


 小石川先生の言う通り、この学校は自称も一応多少でも進学校ということになることもあってか、積極的にいじめを行う者はいないし、いじめの存在を僕も聞いたことがない。


「でも、私から言わせればスカウターみたいに各々の能力をを実際に測ったわけでもないのに印象だけで序列が決定するのなんてちゃんちゃらおかしいのよ!」

 

 今までより少し語気を強めて先生は言った。


 スカウターってなんだよ……とかちょっとつっこみたい衝動を抑えながら、この先生がここまで熱く語るとは思わなかった。正直、僕の第一印象はさばさばしながら生徒に対しては基本優しいけど、ある程度の距離を保ち、関わらなくていい問題は避けるような人だとは思っていた(偏見)だから、少し虚を突かれた思いがした。やっぱり第一印象で人を判断とかクソだわ。面接官とかフィーリングで人の人生決めてるから楽だよなあ。よし、僕も将来は人事学部人事学科を卒業して人事になろう!


 これ以上飛躍させてクソみたいな夢のビクトリーロードを考えるのは終わりにしよう。こんなことをいつも考えてるから僕にとっては暇な時間でさえ心はアミューズメントパークなのだ。


「てことは、先生の時代にはスクールカーストなんかなかったんですか」


 そんなことはないと思いながら、ところで先生って何歳なの?ってつなげられる神テクニック。高いコミュ力を持っていないと到底できない技だ。この学校でこれができるのは僕を含めた有数だけだろう。


「いつの時代もきっとあるよ……。まあ、私も杜若くんと同世代みたいなもんだから変わらないでしょ」


「いや、それは少し無理があるんじゃ……」


「杜若くん。……ロジハラはやめなさい」


「どこが!?」


 こんなんロジハラとか言われたらこの世界ハラスメントで溢れちゃうよ?実際溢れてるんだけど。


「それはおいといて。担任の教師ですら正確にスペックだけでクラスの生徒に序列をつくることなんて無理だしそんなの傲岸不遜もいいとこよ。ましてや生徒間なんて思い上がりもいいとこね」


「だから…………」


そういいながら、先生は手元のもう冷えているであろうコーヒーを飲み干し、静かにカップを戻した。そして、先生の鬼気迫る表情で間を置かれ、実際の時間以上に長い沈黙を感じた。


 そして、小石川先生はこう告げた。


「杜若くん。私と協力して一緒にスクールカーストをぶっ壊しましょう!!」


「えぇ……」


「あなた帰宅部よね。まず、心理学研究同好会に入りなさい。実際に活動もしてなかったし、今年の春3年生が卒業して誰もいなくて困っていたとこなのよ」


「いや、それなら自然消滅でいいのでは……」


「私が君とあまりにも密に関わっていたら周りから不思議に思われてしまうでしょ?君のいじめにつながりかねない。ぼっち教師とぼっち生徒のつながりは部活しかないのよ!」


 めちゃくちゃな理論でごり押そうとしてるがそうはさせない。てか、この学校に

いじめはないってさっきあんた言ってましたやん。てか、この人ぼっちなんかい。知ってたわ。


「いや、面談の最初でお話ししました通り、僕成績悪いから部活なんかやってる暇ないんすよ。帰って、ゲームしたいし……」


「それは大丈夫よ。部室では基本常識的な範囲内で何をしてもいいわ。なんなら、勉強なら国語は教えてあげる。その代わり、一緒に、日々、人間心理の研究もといスクールカーストをぶっ壊す研究をするのよ」


 こんな訳の分からないことを言っているのに少し心が揺らいでいる僕がいた。残りの高校生活、このまま過ごしていても去年の焼き回しであることは確定的に明らか。むしろ、悪化していくまである。一緒にこのクソみたいな序列をぶっ壊そうと言ってくれている冗談みたいな教師がいる。正直、この人の機微はまったく読めない。それでも……。


「わかりました。これから宜しくお願い致します」


 単純に面白そうだと思った。小学生の時みたいな気持ちだ。

 最下層からのスタートなんだ。これ以上下に落ちることはない(多分)

 落ちないよね……?


「君ならそういってくれると思ったよ。こちらこそよろしくね、杜若くん」

 

 やさしい声音でそういった小石川先生はいつものビジネススマイルではなく自然な柔和な笑みを浮かべていた。その姿が、不覚にもドキりとしてしまい、この人笑うとえくぼができてかわいいなとか思った。またひとつ賢くなってしまったか……。

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