第149話
出撃した行動隊の乗る装甲車の車中にて。
俺はエクリプスのTRCSを起動させて、データリンク機能と接続を計っていた。
「ナオキ曹長、状態は?」
「……少し重いです。流れ込む情報が多いものですから」
隊長の言葉にやや歯切れの悪い調子で答える。
これまで起動したときには機体側の情報が流れ込むことは多くなく、自制しつつ機体の制御に専念していればそれで事足りていた。
しかし、データリンク機能に接続した瞬間、他のTRCSからと思われる情報がなだれ込んで来るのを感じ、同時にこれまで以上の圧迫感が襲ってきて、あまりの感覚に最初はヘッドセットを投げ捨ててしまっていた。
「大丈夫ですかナオキ曹長。今は曹長の代わりがいないんですから、シャキッとしてくださいよ」
「気をつけるよ、ケヴィン曹長」
その言葉につい苦笑いを浮かべてしまう。出会った頃はあれだけエクリプスの操縦手になりたがっていたというのに。いや、今でもそう思っているのかもしれないが、チームとして動くことをより重視しているのかも知れない。変われば変わるものだ。
「それでどうなんです? 位置は把握出来ましたか」
「うん、とりあえずここから一番手近なのはヴェレンゲル市西地区42番だと思う」
「西地区42番か……車をそちらへ向けてくれ」
「了解」
ジェノ隊長の指示に従い、車は現地へと向かう。幸い、道中で戦闘に巻き込まれることもなく、想定時刻より早く西地区に辿り着く。
ロボットの暴走もここでは起こっていないのか、建物の損壊も見られず静まり返っている。
「よし、ここからは私がWPを出して先行させる。ナオキ曹長、何か感じられるか?」
「いえ、特には。待ち伏せ等の可能性は薄いと考えます」
「そうか。だが慎重に進めて悪いということもあるまい。WP−03AD、出すぞ」
隊長の03ADが牽引されているコンテナから発進し、装甲車の前に出て周囲を見回りながら進んでいく。
しかし今度も妨害されることはなく、あっさりと42番地に辿り着く。そこにあったのは人気の感じられない古びた民家だった。
「妙な感じだな。ナオキ曹長、TRCSはどうなっている?」
「間違いなくここから発信されてますね。他の箇所に比べると弱い感じですが」
「ケヴィン曹長、周囲の状態は?」
「変わりません。周囲に気がかりな反応はありませんね」
「ふむ……」
俺たちの報告を受けた隊長は、しばらく黙り込んだあと静かに告げる。
「私が降りて直接確かめよう。戦何の許可もなく不用意に建物に傷をつけては事になる」
「隊長、大丈夫ですか。自分も一緒に……」
「それには及ばないさ。ナオキ曹長、君はTRCSでのサーチを続けていてくれ。ケヴィン曹長、君はいつでもここから離脱できるようにしておくように」
「了解です」
隊長は素早くコンソールを装着して下車すると、名乗りつつ民家のドアをノックするが反応はない。一拍おいてから同じことを繰り返したが結果は同じ。
「誰もいないか……。否、ドアが開いているな。中に入るぞ」
「隊長、それは……」
「明らかに異様な状況だからな。やむを得んさ」
そう言うと、こちらの返事を待たずにあっさりと民家に入っていく。
それから、さして間を置かず隊長から再度通信が入ってくる。
「ナオキ曹長、ケヴィン曹長……こちらに来てくれ。君らに見せたいものがある」
「は、はい……」
どこか沈んでいる隊長の声に首を傾げながら、ケヴィン曹長と車を降りて民家の中に入る。
玄関の左手奥にある部屋に隊長はいた。……巨大な機械に全身を繋がれた男性とともに。
「こ、これは一体……?」
「この家の主、というわけではないだろうな。恐らくカモフラージュのために、機械ごとここに運び込まれたんだろう」
「隊長、まさかこの機械が……?」
「君の推測通りなんじゃないか? この機械がTRCSの端末の一つなんだろうな」
隊長は無表情で淡々と喋る。
「TRCSにしては装置が大きすぎませんか」
「恐らくは、ごく初期の試作型なのだろう。基地にいるエレイアなら何か分かるかも知れないが」
「でも、それにしてもおかしいですよ。何故、こんな姿にならないといけないのか。それにこの家の人たちは……」
隊長相手だというのに語気を強めてしまう。こんな理不尽な話はない。
隊長は冷静に肩を叩いて俺をなだめる。
「一度に全てを理解しようとすることはないんだナオキ曹長。勿論、そうしなければならないときもあるが、今はその時ではない」
そう言って装置の方を見る隊長。微かに機械の動く音が部屋の中に響いている。
「隊長、この装置はどうしますか? 放って置く訳にもいかないと思いますが」
「そうだな、ひとまず指揮所とヴェレンゲル基地には一報を入れておいてくれ。我々の判断で操作をするべきでは無さそうだ」
「敵に気付かれませんか?」
「可能性はあるが、報告を入れないわけにもいくまい」
隊長からの指示を受けてケヴィン曹長が外に戻る。その時、嫌な感じの頭痛を感じた。TRCSのヘッドセットは着けたままだ。
改めて装置を見る。繋がれた男はぴくりとも動かないが、機械の駆動音がわずかに低くなっている気がする。
隊長に告げる。
「隊長、すぐにここを出ましょう」
「どうしたナオキ曹長?」
「嫌な感じです。WPを準備するべきかと」
「分かった」
隊長は何も聞かずに率先してその場を離れていく。俺もその後に続いたが、部屋を離れるとき繋がれている男が微かに笑っているような気がした。
家の外に出て、隊長がWP−03ADとの接続を再開したそのタイミングで、左右の家が爆発する。
「くっ」
「隊長、WPの反応です! 数は二機。識別信号はありません」
ケヴィン曹長の言葉を待つまでもなく、爆発した家の中からWPが姿を現す。それも予想外のWPが。
「WP−01FA……か」
「そんな! WP−01は全機が退役したはずだ」
二人の言葉を聞きつつ、俺は思い出していた。全ての発端とも言うべき、ヴェレンゲル基地で起こったWP−01W の暴走事件を。
忘れようにも忘れられない事件だった。あの事件から、俺も、ジャックも、サフィール准尉も戦いの渦に巻き込まれていったのだから。
そのWP−01が再びヴェレンゲルの地で、今度は武装して前に立ちふさがっている。いったい俺達は何度共和国軍の制式WPと戦えば良いのだろうか。
「ナオキ曹長、TRCSはどうだ」
「反応はしています。しかし、こちらからのリンクは実行すると切られてしまって……」
「対策は抜かりなしか。やはり、部隊内に内通者がいるのは確実なようだな」
隊長はうんざりとした表情を浮かべて言う。
「隊長、エクリプスも出します!」
「左腕の修理が終わっていないのにか? バスターソードも持っていないだろう」
「右だけでも援護は出来ます」
「分かった、だが絶対に前には出るな。いいな!」
「了解」
その言葉に応じてエクリプスを動かし、タラップを降りて03ADの後ろにつく。WPとの戦闘を考えてはいなかったため、散弾式のハンドガンを装備しているだけだ。
「私が前に立つ。君は敵が装甲車に攻撃をしないようにけん制していてくれ」
「了解しました」
「よし、行くぞ!」
言うと同時に、機先を制して隊長の03ADが右肩の小型ミサイルを一発放つ。
射線上の01FAは当然回避しようとするが、03ADはその位置を抑えようとしていた。
位置を抑えさせまい、と03ADに火器で攻撃を加える01FA。僚機の方はエクリプスのハンドガンでけん制しているのもあり、上手く動けていない。
隊長の攻撃は的確だった。発射したミサイルは何もない場所で爆発したが、01FAの攻撃をシールドで受けつつ間合いを詰めて、先日の事件の後に追加された新兵装であるスタンロッドで接近戦を仕掛ける。
見慣れない装備に戸惑ったか、それとも接近戦への対応が甘いのか、スタンロッドの突きをまともに受けた01FAは受けた箇所から火花を散らしてよろめく。
03ADはその隙を見逃さず頭部に打撃を加える。電気を帯びた頑丈な金属棒に頭を叩き割られた01FAは機体の各所から火花を吹き上げながら機能を停止する。
僚機を失ったもう一機の01FAはエクリプスに狙いを定めて両肩に装備されたミサイルを放とうとするが、その前にエクリプスのハンドガンで左肩を撃たれてバランスを崩し、そこに03ADのミサイルの直撃を受けて半壊した。
「敵機沈黙。周辺に新たな敵の反応はありません」
ケヴィン曹長の声に安堵のため息をつく。手早くケリがついたのは良かった。
が、その時異変が起きているのに気が付く。
「隊長!」
「どうしたナオキ曹長?」
「家の中にあったTRCSの反応が消えました」
「何だと!」
「確認してきます」
隊長の返事を待たずに戦闘の余波でぼろぼろになった家の中に入り、先程の部屋へ。機械は動作を停止し、繫がれていた男は息を引き取っていた。
「やられましたね……」
「何から何まで準備万端とは。これでは先が思いやられるな」
隊長は疲れたようにつぶやくと、ケヴィン曹長に通信の指示を送る。隊長の話す通り、あまり幸先が良いとは言えない滑り出しだ。
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