第148話
出撃前のこと。
「ちょっとだけ我慢しててよね」
「OK、分かってるわよ」
エレイアはサフィール准尉の手で指揮所の資材置き場の中に入れられる。
資材置き場は臨時指揮所が置かれている旧格納庫の一番奥、つまりWPのサブコントロールルームがあったところだ。
今はその面影もなく、あの時破壊された電動ドアも外されて、ごく普通の引き戸が不格好に取り付けられている。
内部の電源も取り外されろくに明かりもないその場所にエレイアは解決するまでの間入っていることになる。
「本当に大丈夫なのか、こんなところに……」
「普段からそのくらい気を遣ってくれると嬉しかったけど……まあいいわ。なるべく早めに片付けてきてよね」
俺の言葉に苦笑いを浮かべながら、エレイアは落ち着いた声で中から語りかけてくる。
「サフィール准尉、あとは頼みます」
「任せておきなさい、ナオキ曹長。ジャックもいることだし、心配はいらないわ」
准尉はそう言って胸を張る。まだ少し不安なところはない訳ではないのだけど、いつまでも不安がってばかりもいられない、と気持ちを切り替える。
「ナオキ曹長こそ頼むわね。やったことのない操作を、ぶっつけ本番でやるわけなんだから」
「そうですね。慎重に立ち回るつもりです」
「まあ、そう注意したところで無理するときには無理しちゃうのがあなただと思ってるけどね」
柔らかな笑みから放たれる遠慮のない言葉に俺は苦笑いをするしかない。そこまで理解してもらっているのは良いことだとは思うのだけど。
そこにジャックが姿を見せる。
「どうしたナオキ? 准尉に厳重注意でもされたか?」
「まあね。ジャックは何をしてたんだ?」
「整備の連中に声をかけてきたところだ。出撃だが仕事は普段通りで構わない、ってな」
「動揺は見られたか?」
「今見てきた限りでは感じられねえが、だからと安心していい状況でもねえな」
ジャックは彼にしては真面目な表情で答える。他のメンバーに余計な動揺を与えないように今回の出撃の理由と目的は実働部隊のメンバーとエレイア以外には伏せている。
エレイアは敵に機密を漏洩した疑いがあるとして、資材置き場に軟禁するということを、出撃に先立って隊長からノーヴル・ラークス全員に伝えられている。
「雰囲気は良くなさそうね?」
「ああ、少しギスギスとした雰囲気だ。何かしらある奴がいるんだろうな、ってのは分かるんだがよ」
ほとんど表情を変えずに答える。
「そうすると、やはり……」
「さて、どうだろうな。エレイアは整備隊とも仲良くやってるしじゃねえか。突然、内通の嫌疑を掛けられて不満を持つ奴だって、いて当然だろ」
「ジャックの言うとおりね。それは最後の最後まで胸に秘めておくべきじゃない?」
「……そうですね。考え過ぎでした」
憶測をたしなめられて素直に頭を下げる。ちょっと神経質になりすぎているらしい。
「そんなことは後でもいいからよ、さっさと行ってきやがれナオキ。エレイアを早く出してやりたいんだろ?」
「そうそう、こちらは私達に任せて行ってらっしゃい」
「……了解!」
俺は二人に敬礼しながら答えると、隊長達の待っている装甲輸送車へと向かった。
後で聞いたところによると、俺がいなくなった後でジャック達は色々な会話をしていたらしい。
「行っちゃったわね」
「だな」
そんなふうに二人が頷きあっていると、扉の中から声がする。
「ナオキ曹長は行ったかしら?」
「ええ、行ったわ。張り切ってね」
「そう……全く世話のかかる人なんだから」
エレイアの声はかすかに笑っている。
「あいつって単純だからな。簡単な問題に悩みやすいんだよ」
「ジャック、ナオキ君もあなたに言われたくは無いんじゃないかしら」
「でも、簡単な問題に引っかかりやすい、っていうのは同意ね」
「まあねぇ、目的に向かっては一直線だけど二手に分岐していたら途端に立ち止まっちゃうし」
サフィールは呆れ半分という感じで話す。
「戦闘だと流石にそうも言ってらんねえのか、ほとんど迷わず動くんだけどなアイツ」
「でも、それが原因で迷わず暴走もしちゃうんでしょ?」
「舵取りが難しいのよね。隊長もそのあたり苦労しているそうよ」
「ま、それもこれもあいつの良さってことで良いじゃねえか」
そう言ってジャックはサフィールに背を向ける。
「行くの?」
「ああ、向こうが帰って来る前にカタをつけねえとな」
「気を付けなさいよ、ジャック」
「ああ、そっちは任せたぜ」
そう言ってジャックは資材置き場から離れていき、その場にはサフィールが残される。
「大丈夫かしらね、ジャック曹長で。アタシ的にはケヴィン曹長のほうが向いている任務だと思ったけど」
「私もそうは思うけど、ナオキ君が決めた以上は仕方無いわ。まあジャックも単純な男ではけど、決して馬鹿ではないし大丈夫でしょ」
サフィールはそう言って息を吐き出し、それを感じ取ったエレイアはくすくすと笑う。
「なんだかんだ言いながら結構信頼してるじゃない、彼のこと」
「そんなんじゃないわ。ただの腐れ縁よ」
「腐ってても縁があるなら良いんじゃない?」
「腕も口も達者だなんて、出来過ぎは嫌われるわよ」
サフィールは口元にかすかな笑みを浮かべつつ、資材置き場のドアを軽く叩く。
「ねえエレイア、あなたは信じてる?」
「何を?」
「自分を、自分をとりまく全てを……」
「信じてるわ」
全てを言い終わる前にエレイアは即答し、それを聞いたサフィールは頷く。
「そう、なら窮屈だけどしっかり休んでてよ。ここからが地獄なんだから」
サフィールはそう言って静かに椅子に腰を下ろし、時計を見る。1300。作戦の開始時刻だった。
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