第150話

 次の場所はヴェレンゲル中央地区の一六番街、市庁舎にかなり近い位置だ。当然ながら、ロボット暴走の影響を最も色濃く受けており、何度となくロボットに行く手を遮られることになった。

 流石に戦闘用であるWPで民生用ロボットに苦戦する要素はない。数で押されると厄介ではあったが、こちらには火器がある。

 数回の戦闘を切り抜け発信源まで辿り着く。今度の場所は廃ビルの一角だった。今回は俺が中に入る。

 やはりというべきか、中にあったのは西部の家にあった機械とほぼ同型の機械とそこに繋がれている小さな男の子の姿。

 今すぐに助け出したい心をどうにか押し殺しつつ、証拠として機械と男の子の様子を画像に収める。画像にすると余計に痛々しい。

 念のために機械をチェックするが、操作端末には指紋認証が設定されているようでいくら触っても反応はしない。

 仕方なく俺は隊長たちに合流するべく部屋を出ていこうとするが、その時だった。


(……け……てけ……)


 微かに何か聞こえた気がする。立ち止まって周囲を見回すが、あの男の子以外に人の気配はしない。

 立ち止まったままよく耳を澄ます。しばらくして、無機質な人工音声が響くと同時にバイザーディスプレイにメッセージが表示される。


『でていけ……出て行けよ……出て行けよ!』


 はっとして再び部屋を振り返り、こちらからTRCSのデータリンクの発信許可を取ろうとする。だが、やはりリンクは許可されない。そうしているうちに今度は別のメッセージを受信する。


『おじさんを殺したのはお前だろ……許さないぞ!』

「俺が……? 違う、俺がやったんじゃない」


 その言葉に俺は一瞬だけ考え込み、すぐに西部の家にいたあの男のことだと気付いて反射的に言い返した。しかし、向こうには俺の声は届いていないのか、もう一度だけ怨みのこもったメッセージが届く。


『……どうせ僕も殺すんだろ……だからお前も殺してやる!』


 流れてくる声はあくまで人工音声のものだが、バイザーディスプレイに表示される文字列からは明確な敵意と殺意が感じられる。俺はもう一度リンクを取ろうとするが、その前に向こうが繋げていたリンクが切られ何も感知できなくなった。同時に建物が激しく揺れ、ケヴィン曹長からの通信が入る。


「ナオキ曹長、ビルの周囲に伏せていたWP-01FA三機がビルを狙って攻撃をかけています。急いで脱出を!」

「了解! ……すぐ行く」


 俺は出口に向かう前にもう一度部屋の中を覗こうとしたが、揺れが激しくなってきたため、止む無く頭を守りつつ出口へ向かう。

 出口には01FAが一機立ち塞がるように立っていたが、予め出撃させていたエクリプスで横から体当たりを仕掛けて進路を確保し、ビルから出る。

 今度は二対三と数で差をつけられたものの、スペックで勝る03ADとエクリプスが相手ではそれでも分が悪かったと言える。

 エクリプスが援護と足止めを行いつつ、03ADが仕留めるという形で有利に戦いは進んだ。そして、残り一機となった01FAが不意に持っていたマシンガンの銃口を俺に向ける。

 それを意識した刹那のタイミングで、咄嗟にエクリプスに指示を出して身を護る。

 直後、マシンガンの発射音と何かが金属に弾かれる音が前方から同時に響く。

 間を置かずに隊長の03ADが01FAの上半身をミサイルで吹き飛ばすが、それでもなおかすかに動く片腕をこちらに執念深く向けてジリジリと迫ってくる。その様子を見て今まで感じたことのない恐怖を覚えた。

 エクリプスのハンドガンで片脚を撃ち抜きようやく沈黙させたものの、薄気味悪い感覚はなかなか消えようとしない。


「ナオキ曹長、無事で何よりだった」

「……ありがとうございます」

「最後の一体は、明らかに君を狙っていたな。危うくなるまでビルから出てこなかったことを含めて、一体中で何があったんだ?」

「それを説明する前に、ビルの中を確認したいのですが……」

「ビルの入り口は今の戦闘で完全に潰されています。それに中からの電波発信は最後の一体が沈黙するのと同時に停止を確認しましたよ、ナオキ曹長」

「そう、か……」


 俺は今更ながら押し寄せてくる疲労感の重さを感じつつ、隊長たちにビルの中の出来事を話した。


「なるほどな。年端も行かぬ子供が機械に、とは」

「でも、それは本当にその子の言葉だったんですか? TRCSの誤動作や向こうのシステムの情報操作の可能性だってあるんじゃ……」

「確かにね。でも、そうだとしたらあんなに殺気を感じることもなかったよ」

「指揮官としては、そこは割り切って欲しいと思うがな。仮にその子供が言ったのだとしても、彼が君を狙ったのは事実だろう。あのWPの動きは完全に君を殺そうとしていた」

「うっ……」


 隊長の指摘に言葉を詰まらせる。甘いと言われたらその通りだろう。そして、それが自分の命を失わせることになったかも知れない、ということも。


「相手が誰であれ、どういう状態であれ、敵意を剥き出しにしているなら戦うしかない。どんなに理不尽だとしても、我々が死ぬわけにもいくまい」

「それは……」

「一人で背負おうとするなナオキ曹長。我々は……」


 隊長が何かを言いかけたところで、ケヴィン曹長が警告を発する。


「隊長、南地区でロボットの暴走が一段と激しくなっているそうです。市内一帯の電波妨害も強まってきています」

「分かった。すぐに出れるようにする。発進出来るようにしておいてくれ」

「了解です」


 隊長はケヴィン曹長にそう告げると、03ADを装甲車に格納し始める。


「ナオキ曹長、エクリプスも収納してくれ。……残念だが、今は君の辛さを理解しているときではないらしい。以前語ってくれたように、市民を守るために戦うんだ」

「……了解……」


 俺はそれ以上何も言えず、黙ってエクリプスを操作する。まだ向かうべき場所は五ヶ所も残っている。次には何が待ち受けているのかを考えないよう、懸命に気持ちを切り替えた。

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