第十五章 志 混沌に抗う
第147話
ラグート基地での反乱が終結してから十二日後。
ヴェレンゲルを中心に民生用ロボットが集団暴走を起こした。暴走は極めて広範囲に及んでいて、事態の解決のために基地所属部隊の三分の二程度、一度に動員可能なほぼ全ての兵力を投入している。
一方でノーヴル・ラークスはまだラグート基地での戦闘のダメージから完全に立ち直っていないこともあり、出動は見送られた。
「焦れってえなぁ。こんな時に出撃できねえなんてよ!」
「落ち着きましょうよ、ジャック曹長、WP無しでどうするつもりですか?」
ノーヴル・ラークス指揮所のモニターで戦況を見ながら苛つくジャックを、またかと言わんばかりにケヴィン曹長がなだめる。
「そりゃそうだけどよ……」
「ジャック、色々あるだろうけど命令がない以上は、仲間たちを信じて待つしか無いさ」
「そうだな。それに基地の兵力で太刀打ち出来ないならば、我々にも出撃要請が出るかもしれん。今のうちに様子を把握しておくのも手だ」
「……へいへい了解……っと」
俺とジェノ隊長に睨まれていると感じたのか、ジャックは何事か言いかけたのを素早く引っ込めてモニター映像の観戦に戻る。
「ナオキ曹長、エクリプスの調子はどうかな?」
「右腕に関しては簡単なパーツ交換で対応出来ましたが、左腕は損傷が激しすぎて、修復は難しいのではと言うのがエレイアの見解です」
「なるほど……プロジェクトの凍結が響いているわけか」
ジェノ隊長は少し顔を曇らせたが、すぐに表情を元に戻しモニターの映像に目を向ける。
「それにしても厄介な話だな」
「嫌な感じですね。ヴェレンゲル基地ではWPの暴走事件もありましたし」
「それに、ヤーバリーズ基地陥落の発端が民生用ロボットによる自爆攻撃だった、というのもあります」
「なるほどな。周辺住民の不安が高まりかねないと言いたいのか」
「はい」
「仮に革命評議会のやったことだとするならば、極めて巧妙だな」
などと意見を交わし合っているところに、サフィール准尉がエレイアと連れ立って指揮所に入ってきた。
「君たちが連れ立って現れるとは珍しいな」
「はい、少々エレイアに確認したい事柄があったもので」
「ほう、それが我々にも関係があるということか」
「隊長さんはいつも話が早くて助かるわね」
エレイアは隊長にウインクを一つ投げてから、自分から口火を切る。
「さっきサフィール准尉から市内で発生しているロボットの暴走に関して、ちょっと相談を受けてね」
「市内での事件発生直後から通信にノイズが入るようになって、色々と原因を探っていたのですが……」
エレイアから言葉を引き継いだサフィール准尉は顔を曇らせた。それを見た瞬間、嫌な予感がした。
「ノイズの原因になっている電波を特定したところ、極めて類似する周波数の電波を見つけたんです」
「ほう、何かな?」
「……単刀直入に言わせてもらうと、エクリプスに搭載されているTRCSに用いられいる電波と同一の電波ね、あれは」
エレイアのその言葉に俺ばかりでなく、隊長たちも驚いている。
「本当かよエレイア」
「エクリプスの開発者の一人として、一通りのスペックは把握しているつもりよ」
「サフィール准尉、ではその電波がTRCSによってロボット達を制御していると?」
「そこまで断定するのは危険だけど、可能性はかなり高いと言えるわね」
「それで電波の発信元は特定できたのかい?」
隊長のその質問に、エレイアは悩ましい表情を浮かべる。
「まだ完全に絞りきれていないわ。と、言うか発信元が一つだけなのかどうか怪しいわね……」
「どういうことだ?」
「単純な話よ。発信元と考えられるポイントが八ヶ所くらいあるってこと」
「八ヵ所とは、また数がありますね」
「でもよ、その八ヶ所全てを同時に抑えちまえば良いんじゃねえのか」
ジャックの意見は単純明快だが正論に違いない。たとえ何ヶ所かハズレがあったとしても全てを抑えることができれば必然的に事件の早期解決につながる。このことをヴェレンゲル基地に伝えれば、瞬時に部隊を差し向けるだろう。
「……そう出来ない、したくない理由があるということだね」
「はい、隊長」
「何だよ、もったいぶらずに言ってくれてもいいじゃねえか」
「そうね。なら言わせてもらうけれど、八ヶ所のうちの一ヶ所というのはここのことよ」
「えっ?」
俺たちはその言葉に凍りつき言葉が出ない。
そんな中、いち早く立ち直った隊長が渋い表情でたずねる。
「……エクリプスか?」
「ええ、残念ながら……」
「どういうことなんだ、エレイア?」
「TRCSには同機種間でのデータリンク機能があるのよ。勿論今まで同機種なんて有るわけなかったし、エクリプスにとっては無用の長物でしかなかったんだけど……」
「その機能にプロテクトはかかっていたのか?」
「勿論……と言いたいところだけど、さっき見た時にはプロテクトが解除されていたから、弁解のしようもないわね」
エレイアはがっくりと肩を落としてうなだれている。そんな彼女をかばうようにサフィール准尉が言葉をつなぐ。
「……責任の所在をはっきりさせるのが、今すべきことではありません。事態の収拾が先のはずです」
「確かに、原因の一端が我が部隊の保有するWPにあるのだとしたら、なおさら我々の手で解決するべき問題でしょうね」
「だが、ノーヴル・ラークスだけでは手に余る問題だな。残り七ヶ所を抑えるだけならまだしも、こういうことが起きた以上部隊内の監視も怠るわけにもいかん」
ケヴィン曹長の言葉に隊長は考える顔つきになる。残り七ヶ所の発信元を抑え、なおかつ部隊内での動きを監視する必要もあるとなると難題である。無用な詮索を避けるために、ヴェレンゲル基地との連絡も強化する必要がある。
隊長や俺たちが考えを巡らせているところに、サフィール准尉が口を開く。
「そのことですが、二手に分かれてはどうでしょうか?」
「二手に?」
「はい、一方は装甲車にエクリプスとWP一機を載せて発信元を抑えにまわり、もう一方は基地内で待機して怪しい動きをないか監視しつつ基地との折衝に当たるのです」
「エクリプスを載せるのはどういう意図かな?」
「まず、部隊内に怪しい人間がいた場合に再度同じ細工をさせないようにすることと、エクリプスのTRCSをセンサーとして扱い発信元特定の精度を高めたいと」
「なるほど」
隊長が頷く。こういうときの隊長は判断が早い。
「人員の割り振りはどうなりますか?」
「行動隊側にはエクリプスを運用する上でナオキ曹長が必須でしょう。それと、WPの操縦手もあと一人必要ね」
「基地側は縛りなしかよ?」
「いえ、形だけだけどエレイアを監視する必要があるから私が基地に残るわね」
「えっ、なんで……?」
戸惑う俺にエレイアが言葉を続ける。
「私からの提案よ。基地側に対して行動の保証を取り付けるためには誰のせいなのかをはっきりさせる必要があるし、原因が私のケアレスミス以外にあるのだとしたら、犯人は部隊が出ているうちに私を狙うはず。口封じにね」
「それはやり方が危険すぎないか」
「どのみち私は前線には出られないし、それでノーヴル・ラークスに貢献できるのならば喜んで引き受けるつもり」
「……」
俺は言葉に詰まる。エレイアにここに居ない彼女の姿をつい重ねてしまったからだ。エレイアはそんな俺の姿を見て苦笑いを浮かべる。
「ちょっと、そんなに必死な顔をしないでよね。大丈夫よ、監視役に二人付くんだから、勝手にいなくなったりしないわ」
「そういうことね。そんなに心配ならあなたが基地側の残り一人を決めてみたら」
「え?」
「そうすることにしようか。センサー役の君が精神を乱しても困るからな。ジャック曹長、ケヴィン曹長も構わないな?」
「別に良いんじゃねえの? 俺はどちらでも構わねえし」
「同じですね。どちらであっても自分は任務を果たすのみです」
その場にいた全員に視線を向けられ、俺は一度目を閉じて考えをまとめてから、結論を伝える。
「ジャック、君に基地に残ってほしいけど、どうかな?」
「なんだ俺かよ……ま、そんな気はしてたけどな」
ジャックは気怠げに背を伸ばしながら、簡単に了承した。
「いやに簡単に納得しましたね。あんなに出撃したがっていましたのに」
「隊長に決定権を委ねられたやつが決めたんなら、それが隊長の命令だろ、ケヴィン?」
「口が上手くなりましたね、ジャック曹長」
「うるせーよ」
ケヴィン曹長とジャックが軽口を叩きあうのを聞くと妙に気が楽になる気がする。程よい雰囲気の中で隊長が命令を下す。
「よし、それでは行動隊は私とケヴィン曹長、ナオキ曹長で七ヶ所の発信元の制圧が目標。留守隊がサフィール准尉とジャック曹長で、二人でエレイアを守りつつ監視に当たってほしい」
『了解!』
エレイアを含めた全員が敬礼を交わし、作戦に向けて動き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます