第146話

 その後ラグート基地の反乱部隊司令部の壊滅が確認され、それを知った市街地に残存する反乱部隊兵士は全て投降し反乱は鎮圧された。

 反乱部隊司令部に詰めていた将校は全員殺害されていた。無論、あの士官服の男の仕業であるのだが、肝心の士官服の男が死んでしまっているため、ノーヴル・ラークスの仕業ではないかと嫌疑をかけられることにもなったが、短期間で無実は証明され俺たちはヴェレンゲル基地に帰投している。

 勝利したとはいえエクリプスは中破、ジャックのWP-02FAに至っては電気系統に多大なダメージを受けて稼働停止に追い込まれていて、損害は小さくない。


「今回はまた派手にやられたものねぇ……」


 ヴェレンゲル基地のWP格納庫でエクリプスの惨状を見たエレイアは、何かを諦めたような深いため息を吐き出し、俺は申し訳なさそうに俯く。


「まあ、その方が上の連中には都合が良いんでしょうけどね」

「何のことだ?」

「あなたたちが戻ってくる少し前に首都リヴェルナからの連絡があってね・・・・・・エクリプス開発プロジェクトは凍結になるわ」

「えっ?」


 俺はエレイアの顔を見つめる。素っ気ない言い方をしているが表情は強張っていて、相当なショックを受けているのは間違いなかった。


「理由は情勢の悪化に伴う財政難……何を今更って話よね」

「まさか……じゃあエクリプスは……?」

「いきなり廃棄という話ではないみたいね。だけど、政府や軍による開発体制はこれでお終い。アタシにもヴェレンゲル基地からの撤収命令が出てるの」


 そう言ってため息をつきながら小さくお手上げの仕草を取る。


「これでお別れかい、エレイア?」

「馬鹿言わないでよ。そんなワケあるはずないでしょ」


 エレイアは困ったような微笑みを浮かべながら、俺の背中をパンパンと叩いてくる。


「開発者の一人として、未完成品を放置して丸投げなんて出来るワケないわ。許可も取れたし、当面はここに留まって整備保守を続けるわ」

「でも、それじゃ君の立場が危うくならないか?」

「あら、心配してくれるのね。ありがと、ナオキ曹長。でも大丈夫よ」


 そう言ってエレイアはボロボロのエクリプスを見上げ、俺も視線を移す。


「立場なんて環境の一部に過ぎないわ。本当にやりたいことを貫きたいのなら、いくらでも変わるし変えられる。少なくともアタシは立場を守りたいからここに居たいんじゃない」

「やりたいこと……?」

「エクリプスを万全に仕上げて、この戦いを終わらせるための力になることよ」


 エレイアは再び俺の方を見る。迷いのない真っ直ぐな瞳だった。


「そういうワケだから、さっさと修復作業に入るわね。あなたも休みなさいよ、ナオキ曹長。疲れているんでしょ?」

「いや、そういう訳にもいかないんだ。エレイア、君に聞きたいことがある」


 俺はエレイアにラグート基地での出来事を話し始めた。



 同じ頃、ヤーバリーズにある革命評議会本部ではベゼルグとギレネスが議長室で会話をしている。


「反乱が鎮圧されたらしいな」

「そのようですね」


 二人は世間話でもしているかのようなのんびりとした口調で話す。


「イルベガンは?」

「不意打ちだったようですが、WP-02を一機沈黙させました。デモンストレーションとしては上々の成果かと思います」

「投入した全機が損失してもか」

「前にも言いましたが、あれは失っても惜しくない駒ですよ」


ギレネスは涼しい顔で告げ、ベゼルグもそれを気に留めていない。


「まあな。そこまでお膳立てしてやる義理もねえ。だが、共和国はあれを見てどう思ったやら……」

「動きは見られませんね。事態の収拾を急いでいるのは確かなようですが、反乱を鎮圧したというアナウンス以上のことはしていません」

「どういうことだ?」

「それ以上に重大な問題が発生したということですよ」


 そこでギレネスは一枚のメモを取り出した。


「何だそいつは?」

「読んでみてください。面白いことが書かれていますよ」


 メモを受け取り、内容に目を通したベゼルグは表情を変える。


「確かなんだろうな?」

「中央幕僚本部に近い筋からの情報ですから間違いでしょう」

「あんなところに末端を送り込んでいたとはな」

「彼らは無駄な行動を取りません。今回の反乱も必要な行動だったのでしょうね」

「俺達を試していたのか?」


 ギレネスは静かに首を横に振る。


「いいえ、試されたのは私たちではなくてノーヴル・ラークスですよ」

「……お前の見立てでは、どうなると思う?」

「彼らは使える駒に対して、敢えて厳しい態度を取ることが多いようですからね」


 ギレネスはその問いに直接答えずベゼルグに背を向ける。


「これからどうする?」

「変わりませんよ。予定通り、二ヶ月後に北部への侵攻を開始します」

「良いのか」

「構いませんよ。北部を失うのは彼らにとっても本意では無いはずです。となれば、進めば自ずと本命に出会えます」


 その言葉を聞いたベゼルグも静かに踵を返す。


「……なら、支度を急ぐとするか。何かあればホリーに伝えておく」

「反対はしないのですね」

「理由がねえさ。それに、俺の復讐に付き合ってもらった借りは返さねえとな」

「……ありがとうございます」

「気にすんな、議長サマよ」


 ベゼルグはギレネスの礼に手を振って応え、そのまま部屋を立ち去った。窓の外はゆっくりと日が暮れていくところだった。



 再び、舞台をヴェレンゲル基地のWP格納庫に戻す。


「正体不明の相手がTRCSを使ってた、か……」


 俺の話をエレイアは意外なほど冷静に受け止めた。


「驚かないんだな」

「凍結の話が来る前だったなら、もっと驚いたかも知れないわね」

「何か知っているのか?」

「知っているというより、思い当たったという方が正確ね」


 彼女は何かを考えながら、ゆっくりと口を開く。


「エクリプスの開発プロジェクトに二つの核があったわ。新たな正式採用機のベースとなる機体の開発と、その機体に搭載させる新たな操縦インターフェースの開発。すなわちエクリプスとTRCSよ」

「ああ」

「TRCSの開発が難航していたのはあなたも知っての通りだけど、機体側の開発も順調だったとは言えないのよ。何せ機体の設計自体はWP-03の前身よりも古いからね」


 変わらぬ口調で話すエレイアの言葉に俺は驚く。


「えっ? でも、確かエクリプスの機体番号はTWP-015じゃ……」

「本来のエクリプスの機体番号はTWP-07、WP-03はTWP-10が母体。けど、TWP-07は10にトライアルで敗れてそのまま廃棄される予定だった」

「それがどうして……?」

「TRCSよ。本来TRCSのテストヘッドに07を用いる予定はなかったんだけど、どこかから07を使えって言われたらしくてね。実際当時の10には構造的にTRCSを積むスペースが無かったらしいわ」


 説明を聞けば聞くほどに次々に疑問が湧き上がってくる。質問ばかりでもどうかと思うが、あまりに分からないことが多い。


「けど、ラグート基地のWP-03AACは……」

「そこよ、ナオキ曹長。TRCSの開発はあなたという人材をみつけたことで大きな進歩を遂げたわ。伸ばすべき機能と削ぎ落とすべき機能とを分別して、より洗練されたシステムの開発も進んでいたそうよ。アタシの関与できない領域でね」


 エレイアはそこで言葉を止める。俺は頭の中で得た情報を整理して、得られた答えを口に出した。


「つまり、今回の戦いは新型のTRCSをテストするために仕組まれたものであった、と……」

「そうね。更に言うなら、旧式のシステムを操るあなたと新型を操っていたその男を戦わせることで双方の良し悪しを見極めるつもりだったのかもしれないわ」

「その結果がプロジェクト凍結ということは、俺たちは……」

「それは考えすぎかしらね。邪魔なら廃棄にすれば良いだけの話なのにそれをせずアタシの残留も認めたということは、相手もエクリプスに一定の利用価値は見出してくれているのだと思うわ」


 エレイアの説明に俺は頷いたが、まだ疑問は残されている。


「……奴が言っていたという『リヴェルナ』は、やはり共和国政府のことなんだろうか?」

「素直に取るならばそうなんでしょうけど、政府の仕業ならこんな回りくどいやり方をしないでしょうし、本当に謎としか言えないわね……」


 俺もエレイアもそれきり言葉が途切れ、謎は解消されないままお互いの今やるべきことに戻っていった。



 夜になった首都リヴェルナの、とあるオフィスの一画。

 椅子に腰かけたスペリオル卿がエドウィンからの報告を受けていた。


「ラグート基地での戦闘で被検体ナンバー97は敗死、システムも損壊いたしましたが、戦闘記録の回収には成功いたしました」

「それで?」

「ノーヴル・ラークスのエクリプスとの比較で目立った優劣はありませんでしたが、操縦手の心理面においてナンバー97は常時高揚を見せており、戦闘における勝敗に影響したと考えられます」

「対策は?」

「出撃前の鎮静剤の投与が確実ということでした。また、より落ち着きのある人材の発掘を早急に実施するよう指示しております」


 スペリオル卿はほとんど表情を変えることなく視線を動かして話を続けるように促す。


「複数機の同時操縦に関しましてはより効果的な技術的アプローチを試験し早急な実用化を図るということです」

「目途は?」

「二十日以内に次の試験を行うよう指示してあります」

「急な予定になるが大丈夫かね?」

「間に合うということでしたから、何が起ころうとも実施させます」

「宜しい」


 そこでようやくスペリオル卿は頷き、立ち上がる。


「革命評議会の動きはどうなっている?」

「期日の特定に手間取っておりますが、侵攻は目前です」

「特定を急がせろ。我々にとっても重要な日になるのだからな」

「かしこまりました」


 恭しく一礼をしてエドウィンが立ち去った後、スペリオル卿は窓の外に広がる首都リヴェルナの夜景を見ながらつぶやいた。


「勝てると思うなよ、ジェネシス」

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