第140話

 ジェノ・トラバル隊長は少し困ったような顔をしながらこちらを見ているようだった。ヤーバリーズ戦で失った02FDの代わりに新たな愛機となったWP-03ADと共に立っている。ジャックはケヴィン曹長のスペクターに同乗しているが、何やら機材が入っていそうなナップザックを背負っていた。

 

「部下の絶体絶命を救うというのは、ありがたくもありありがたくもなし……というところだね」


 隊長はそう言って士官服の男に視線を向ける。男はひどく醜く歪んだ表情で隊長のことを睨みつけている。


「ジェノ・トラバルか! 小賢しい真似を……」

「随分と情報通だね。この基地の将校では無いようだけど……」

「俺たちは頭数に入ってねえのかよ」

「あの調子だと自分のこと以外は眼中に入っていないんじゃないですか?」


 ジャックとケヴィン曹長が士官服の男の態度に顔をしかめ、隊長は何やら思案気な表情になる。


「それにしても、数的優位を取れたとはいえ、ナオキ曹長とエクリプスをあそこまで追い込むとは只者じゃなさそうだね」

「……隊長、そいつもTRCSを使っているようです!」

「ほう、そうなのか」


 隊長は少しだけ意表を突かれたような驚きの声を上げるが、表情は変わらず静かに俺と士官服の男を交互に見比べている。その隊長の態度が気にいらないのか、士官服の男はますます表情を歪ませて毒づく。


「随分な余裕だな。娘を評議会に人質に取られておきながら」

「別に君に人質にされているわけじゃない。それに……実際がそうであったとしても私のやることは変わらない」

「では、どうするつもりかな? ジェノ・トラバル」

「私のやることなど……決まっている!」


 隊長はそう言うや否や腰のホルスターから拳銃を素早く引き抜き、ジャックやケヴィン曹長が驚くのにも構わず男に向けて発砲した。士官服の男も対応できなかったのかその場から動けずにいたが、銃弾の軌道はわずかに男から逸れていて、側の03AACに当たって乾いた金属音を響かせた。


「正気か、ジェノ・トラバル! 私を殺せばどうなるか……」

「……TRCSを使っているのが君ならば、君を倒せばWPは簡単に無力化できる。それにWP基本条約で禁じられているのはWPで人を殺すことだけで、人と人の殺し合いは別問題だ」

「ぐっ……!」

「勿論、君を殺せばその背後に関する情報に我々は辿り着けず、その点について私が追及を受けることもあるだろう。しかし、君を生け捕ることを優先して被害を広げてしまうくらいなら、私は迷わずここで君を殺すことを選ぶ。……まあ、どのみち君はこちらの投降勧告には応じないだろうが」

「……ちっ! 舐めるなジェノ・トラバル! 03AAC!」


 ジェノ隊長の言葉を聞いた士官服の男は怒り心頭といったように憎々しげな声で呪詛を吐き捨てると、03AACに指示を出して自分とジェノ隊長の間に立たせる。


「まずは自分の身を守るか。当然といえば当然だが、命を惜しんでいる暇があるのかな」

「黙れ!」

「隊長、それはどういうこったよ?」

「要するに、彼はこの場で勝たなければ死ぬ以外に道はないということだ。恐らくは基地内にいたはずの反乱部隊の首脳陣はもう彼に殺されているはずだよ」


 士官服の男とのやり取りを聞き咎めたジャックにジェノ隊長は淡々と答える。


「まさか……何故このタイミングで口封じを?」

「さあね。でも、それしかここで反乱部隊の操縦者たちが一人も出てこない理由は説明できないからね。彼からすれば、今の時点でおおよその目標は達成出来たということなんだろう」


 ケヴィン曹長の言葉に肩をすくめて隊長は答えると、視線を静かに俺の方へ向けた。すぐに視線の意味に気付いた俺は隊長へ言葉をぶつける。


「まさか……俺たちをここへおびき寄せるために反乱を!?」

「正確には、君……いや、エクリプスだけをここに呼びたかったんだろう。だからこそ、彼は君とエクリプスだけが残された瞬間にわざわざ姿を見せたんだ」

「そんな……そんなことのためだけにわざわざ反乱を起こさせるなんて、一体……」

「そこから先を知りければ、どうにかして彼を捕らえるしかなさそうだ……来るぞナオキ曹長!」


 隊長の言葉に呆然となりかけていた意識を引き戻すと、眼前の02FAが火器を放つ構えを取りつつあった。それを見た俺はエクリプスのサイドステップに飛び乗り、即座に機体を後退させる。幸いなことに脚部へのダメージはほとんどなく機動性に問題はない。


「02FA、エクリプスを逃がすな! この場で絶対に仕留めろ! 03AACはここを動かず、火器発射態勢を維持!」


 士官服の男が大声で指示を飛ばし、それに応じるかのように02FAがこちらを追撃してくる。左腕が使えず右腕も不調気味なエクリプスでは当然だがまともには戦えない。どうにか隊長たちと合流できないかと模索するが、最短で合流できる進路上には例の四本脚たちがいて、下手をすれば挟撃されてしまう。

 俺は隊長たちとの合流はひとまず諦め、全速で後方に退避することを選択する。ここで無理な合流をして隊長たちに負担をかけたくない。

 それともう一つ、02FAを振り切るためには向こうのTRCSの動作範囲外まで出てしまう方が手っ取り早い。それがどの程度なのかは分からないが、目視できる範囲の外まで出てしまえばたとえ動作範囲内であったとしても操縦の制度は鈍るはずである。

 その予想はすぐに的中し、02FAは基地から20m程度遠ざかったところで追撃を諦め、しばらくその場から動けずにいたが、やがてゆっくりと来た道を引き返していく。

 それを確認した後、エクリプスに指示を出し大きく迂回しながら隊長たちがいた位置へと向かう。手助けにはならないだろうが、士官服の男がエクリプスを狙うのなら囮程度にはなるはずである。

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