第129話

 ジェノ隊長からの命令が下り、俺たちノーヴル・ラークスは反乱部隊に占拠されたラグート基地へ向けて出撃した。

 出撃したのは俺とジャックとケヴィン曹長の三人。隊長は後方で車両の護衛といざという時のための遊撃に回ってもらっている。

 出撃前に俺の提案を聞いた隊長は眉をひそめた。


「随分突然な提案だな、ナオキ曹長」

「事前に言わなかったことはお詫びいたします隊長。しかし、今回の戦いで俺たち三人の練度をもう一段も二段も高めておきたいのです」


 隊長に真っ直ぐに視線を向けて言った。

 サフィール准尉との話し合いで出た結論は、隊長を前線に出さないこと。そのために俺が前線でジャックとケヴィン曹長の指揮を執ることの二点だ。

 隊長のみならず、ジャックやケヴィン曹長も戸惑いながら俺のことを見つめているが、ここで怯んでいる訳にもいかない。


「事前に言わなかったことは気にならないし、練度を高めたいという話も分かるよ。しかし、それは今必要なことなのかい?」

「先を観なければなりません。今回の戦いで全てが終わるわけではないんです。この先、革命評議会との戦いで何が起こるか、想像もつきません。あるいは隊長なしで戦わなければならないケースだって起こり得ます」


 やや不審そうに俺のことを見つめながら言う隊長に対し、焦らずにゆっくりと話をつなげていく。ここで焦って早口になっては全てが台無しになってしまう。

 ちらりと俺たちからは離れた場所に立っているサフィール准尉のことを見やる。無関心を装った表情を浮かべてはいるが目は真っ直ぐに俺のことを捉えているように見えた。このまま進めて、と言いたいらしい。


「やる気は高いみたいだね。結構なことだ」


 隊長はいつになく皮肉な口調で言った。それと同時に、鋭い眼光で俺のことを威圧するように睨みつけてくる。

 一瞬、狙いがバレたかと内心で焦ってしまったが、ここまで来て退いてしまうのは余計にまずい気がした。このまま押し切るべきだろう。

 俺は口を開こうとしたが、その前に様子を眺めていたサフィール准尉が発言した。


「まあまあ隊長。折角ナオキ曹長がやる気になっているんですから、その意気をくじくような物言いは良くないのではないでしょうか?」

「サフィール准尉、君はナオキ曹長の肩を持つのかい?」

「そういう訳ではありませんが、今の隊長のように部下を威圧してばかりでは部隊の士気にも影響します。そんな敵を見るような目で睨まないでくださりませんか?」


 サフィール准尉はジェノ隊長の視線にも怯まずに取りなすような言葉を紡ぐ。それを聞いたジェノ隊長は気難しいような表情をわずかに解いて苦笑いをした。


「これは済まなかったね。自分では落ち着いているつもりだったんだけど」

「隊長は多忙なお立場ですから、疲れもたまっているのでしょう。どうでしょう、ここはナオキ曹長の言う通り隊長ご自身は後方支援に回られては?」


 サフィール准尉が改めてそのことを提案すると、隊長は悩ましそうに唸った。


「うーん、サフィール准尉がそこまで言うのならナオキ曹長たち三人に任せるのもやぶさかではないが、そうなると前線指揮をどうするかだね。会敵するまでは通信で私が指揮を取ってもいいが、戦っている最中にそれは無理だ。前線で敵に合わせて臨機応変な指揮を取れる人間がいるのかな?」


 隊長は言い終えると、俺、ジャック、ケヴィン曹長の三人の顔を順番に眺める。当然、ここは俺が自分から名乗り出なければならない局面ではあるが、あえて一呼吸置いて待つことにした。

 あまり前のめりにやろうとすると、上昇志向が強すぎるように見えてしまう。それに可能であれば、ジャックとケヴィン曹長の二人から推される形で指揮を執る方が望ましい。そうすれば、戦闘中に二人が勝手をしないように保険を掛けられる。

 隊長から見つめられたジャックとケヴィン曹長はお互いにお互いの顔を見つめ合った後、その場で顔を伏せながら何かを考え込んでいた。そして、最初に顔を上げたケヴィン曹長が俺の方を見つめて言う。


「自分は……ナオキ曹長の指揮にでしたら従います」

「いいのかい、君自身が指揮を執るというやり方もあるけれど?」

「いえ、自分では上手な指揮は取れませんし、ジャック曹長も納得しませんよ」


 隊長が質してくるのにも慌てることなく苦笑いを浮かべて答える。すると、続けてジャックも顔を上げた。


「俺も似たようなもんですね。俺が指揮を執ると言ったら、ナオキはともかくケヴィンは納得しないでしょう。勿論逆も同じです。それならナオキがやった方がお互い文句もないし、納得して戦えるって話ですよ」

「君が三人の中では一番軍歴が長いんだよねジャック曹長? その君がそんなことでいいのかい?」

「隊長、俺を馬鹿にしないでくださいよ。軍歴が長いからこそ、自分を含めた三人の中で誰が指揮をするのに向いているのかが分かるってもんです」


 隊長が試すような口調で言うのにジャックは色めき立って反論する。その様子から何かを感じ取ったのか、そこで隊長はようやく気難しい表情から完全に開放されて、疲れたような笑みを浮かべた。


「分かったよ、ケヴィン曹長、ジャック曹長。君たちはナオキ曹長の指揮の下でなら戦えるということだね。……それで、さっきから急に黙り込んでしまっているけれど、ナオキ曹長、君はどうなんだ?」


 隊長から改めて名指しで指名されて、全員の視線が俺に集まる。俺は全員の視線が集まったのをちらりと確認してから、ゆっくりと口を開いた。


「隊長、俺で良ければやらせてください!」

「うん……正直、君に前線指揮を執らせるのはまだ早いと思っていたけれどね……こうなったからには腹をくくってもらうよ」

「覚悟は出来ています」


 隊長は緩んでいた表情を引き締めて改めて覚悟を問い、俺も迷うことなく返事を返す。


「ジャック曹長、ケヴィン曹長、君たちもしっかり指示に従って動くようにな」

「了解ですぜ、隊長。ナオキも気張れよ!」

「ナオキ曹長、しっかり頼みます!」

「了解だ、二人とも」


 ジャックとケヴィン曹長からの激励に力強くうなずく。そして、俺の視界の端で黙って成り行きを見ていたサフィール准尉はにっこりと笑顔でウィンクをし、静かに車両にある通信席へと向かっていった。


 こうして、俺はジャックとケヴィン曹長とともに隊長抜きで出撃したのだった。

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