第128話
作戦会議を終えたノーヴル・ラークスはただちに出撃準備に入った。
隊長のひと声で話はまとまったものの、隊長以外のメンバーはどこか釈然としないものを抱えているようなのは出撃準備中の姿からも感じ取れた。
ケヴィン曹長は何やらブツブツ呟きながら自分の愛機の前から離れようとしないし、ジャックは手早く準備を終えているがメカニック数人と長い立ち話を展開している。
隊長は隊長でそんな二人の態度をとがめるでもなく淡々と機体のチェックを行っている。その姿はどこか集中を欠いているような印象を受けた。
流石にこの状況を見かねたのか、レーダーのチェックもそこそこにサフィール准尉が俺の方にやってきた。
「ナオキ君……今回の出撃、本当に大丈夫かしら? 私には、隊長が少し気負いすぎのように見えるんだけど」
心配そうにそう話しかけてきたサフィール准尉を見て、俺は少し考え込む。隊長がもし気負っているとしたら、その原因は間違いなく家出したお嬢さんのことだろう。しかし、ことは隊長のプライベートな事情に関係している、事情を知っているとはいえ、迂闊に話せる内容でもない。
「実際、隊長は気負っているんじゃないですか、サフィール准尉殿」
俺は軽めにサフィール准尉の見立てに同意した。ある程度的を射ているし変にごまかすのも良くないと考えたのだ。それと、最後にあえて殿を付けたのにも訳がある。
サフィール准尉は俺の言葉に一瞬きょとんとした後、直ぐに真剣な表情に変わり、口調を改める。
「……なるほどね。それじゃあ、ジェノ・トラバル大尉から何を聞いたのか話してちょうだい、ナオキ・メトバ曹長」
俺の意図を汲み取ってくれたサフィール准尉が上官として俺に命令を下す。
別に隊長から口止めをされているわけではないが、事が事だけに話し方を選ばねばならない。俺から進んでぺらぺらと喋るというのは上官の信頼を裏切ることになるが、他の上官から命令されて話せと言われたのならばやむを得ない事態ということになる。
屁理屈なのは承知の上だが、軍人というのは階級社会であるから、こういうやり方も用いないといけない。
俺はサフィール准尉の言葉に大きくうなずき、それを見たサフィール准尉はにやりと笑った。
「了解です、サフィール・エンディード准尉」
それから短い時間で先日隊長から聞いた話をかいつまんでサフィール准尉に説明した。話を聞くにつれて、サフィール准尉の顔は曇っていく。
「なるほどね、隊長のお嬢さんが……隊長も水臭いわねぇ。私にも打ち明けてくれればよかったのに……」
「たまたま俺が最初に気付いた、っていうのもあったんじゃないですか?」
「でも、部隊の先任士官は私だもの。プライベートのこととはいえ、困ったことがあるなら最初に相談してもらわないと、何か緊急事態が起こったときに対応できないわ」
サフィール准尉はそう言ってため息をつくと、俺のことを正面から見つめる。
「……以前にちらっと話も出たけど、隊長は本気であなたのことを副隊長にしたいみたいね」
「俺が……? いや、でも、サフィール准尉を差しおいて……」
俺が何かしらのフォローを入れようとするのをサフィール准尉は手で制する。
「いいのよ。私は通信担当で隊長と同じ目線には立てないし、ちょっと私自身にも問題があってね。恐らく副隊長にしたくても出来ないんじゃないかなって思うのよ」
「は……はあ。問題、ですか……?」
俺はサフィール准尉の言葉に曖昧な返事をする。サフィール准尉に何か問題があったなんて、これまで一度も聞いたことがない。
サフィール准尉は困ったような表情で小さくうなずいて話を進める。
「まあ、私のことについては今回の出撃が終わった後にでもゆっくり話すわ。それより、隊長の問題の方が重要ね。……一応聞くけれど、その後何かしら進展があったという話は?」
「それがさっぱり。政府からの連絡もないそうです」
「……困ったものね。肝心な時に全然役に立たない政府なんだから」
まるで以前にも同じ経験をしたことがあるかのような口調で話すサフィール准尉。
「……まあ、革命評議会の方がノーリアクションだったのなら政府も手の打ちようがないんでしょうけれど……隊長も気が気ではないでしょうね」
「……そのことは俺たちにはどうしようもないでしょうけど、隊長の……その、暴走を何とか止めないと」
「遠慮は無用よ、ナオキ曹長。間違いなく隊長は今冷静さを著しく欠いた状態にあると見ていいわ。私たちは軍の命令系統から離れた独立部隊である以上、私たちの問題は極力私たち自身で解決しないといけない」
サフィール准尉は厳しい表情を作って言い、俺も軽くうなずいて同意する。
「ナオキ曹長、あなたはどう思うかしら? どうすれば隊長は冷静になってくれるか」
「うーん……」
難題を突きつけられて俺は小さく唸る。
冷静さを欠いている相手に冷静になれと言ってもまず通じないだろう。かと言って一方的に突き放すのも後にしこりを残す可能性もある。
それに今は戦場に出撃する直前である。ここで隊長と押し問答をしている余裕はないが、このままこのことを放置すれば部隊のまとまりを欠いて反乱部隊に付け込まれることになりかねない。
俺が一生懸命に頭を働かせていると、それを見かねたのかサフィール准尉が助け船を出してくれた。
「そんなに考え込まなくても、さっきまでの話の中に答えは隠されているんじゃないかしらね」
「さっきまでの話……?」
その言葉に俺は考えるのを中断してサフィール准尉との話を最初から思い起こし……すぐに言葉の意味するところに行き着く。
「本気ですかサフィール准尉?」
「勿論大真面目よ。あなた以外に出来る人がいると思う?」
サフィール准尉の言葉にがっくりを肩を落とす。そう言われてしまうとケヴィン曹長にもジャックにも勤まりそうな役目ではない。
分かり易く脱力している俺の肩をサフィール准尉はポンと軽く叩く。
「そんなに難しく考えなくていいのよ。あなたが自分らしく振舞っていれば自然と上手く行くって、私はそう思うわ」
「そんなものですかね?」
「そんなものよ……おっと、そろそろ出撃みたいね」
サフィール准尉の言葉の途中に隊長からの集合の合図が聞こえてきた。
「それじゃあね、ナオキ曹長。私も通信席から極力フォローするつもりでいるから、後はあなた次第よ。頑張ってね!」
「……やれるだけのことはしてみます」
軽い足取りで持ち場に向かうサフィール准尉を目で見送りつつ、俺は静かに右の拳を握りしめていた。
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