第130話

 仮設司令部の置かれているベースキャンプを出発した俺たちは順調に進軍を行い、地雷が設置されたというラグート基地と市街地との緩衝地帯に到達した。


「ここからが問題ですね」


 幾分緊張した面持ちでケヴィン曹長が言う。様子を伺うと、ジャックも心なしか表情が硬い。


「分かってる。……二人とも、気休めかも知れないけどWPの脚部対物センサーは最大にしておいてくれ」

「了解だぜ指揮官殿!」


 ジャックが大げさな表現で答えるのに俺は苦笑した。


「ジャック、確かに今だけ俺が指揮官だけど、呼び方はいつも通りでお願いできないか?」

「バカ言え、仮だろうが今だけだろうが指揮官は指揮官だろ。ちゃんと持ち上げてやらないとな」

「ジャック曹長の言う通りですね。指揮官として尊重していますから、気構えずに頼みますよ」


 ジャックが豪快に笑いながら答えると、ケヴィン曹長も小さく笑みを浮かべて言う。俺は喜べばいいのか困ればいいのか分からず、曖昧に微笑みながらうなずいて前を向く。

 こうやって呑気に会話をしてはいるが、この周辺は実質的に反乱部隊の勢力圏だと言っていい。油断は禁物だろう。

 しかし、それにしては敵の警戒が薄い。勿論、地雷を設置してあるからそれに任せている可能性もあるが、WPの一個小隊が接近しつつあるのに全く反応がないというのも妙な話だ。

 まあ、敵が迎撃に出ようが出まいがこちらのやることは変わらない。俺は二人に陣形について指示を出す。


「ケヴィン曹長、済まないけど君が先陣を勤めてくれないか。俺は中段に構える。ジャックは後尾を追走してくれ」

「どういうことだよ、指揮官殿?」

「地雷原の中での戦闘となると迂闊に接近戦は出来ない。今のエクリプスは近接戦仕様だから前衛に立つには不向きだろう。スペクターなら撃ち合いにも対応できるしセンサーの感度もいい。いざとなればそのまま真後ろに後退も出来る」


 俺はジャックの疑問に答える。本来ならエクリプスを前線に立たせたいが、ジャックに答えた理由の他、俺が前衛に立った場合敵がいたら切り込まざるを得ず、そうすると二人の指揮が取れなくなる可能性が高いということも問題になってくる。二人の自主性に任せたいのはやまやまだが、それでは隊長から指揮を委譲された意味がなくなってしまう。

 だが、そんな俺の思惑をケヴィン曹長は敏感に感じ取っていたらしい。苦笑いを浮かべながら俺の方を向く。


「何も一から百まで俺たちの行動を把握しようとする必要はないんじゃないですか、指揮官殿?」

「ケヴィン曹長……?」

「エクリプスは新型で装甲も厚いし、遠距離への反撃以外はさっき言っていたことを全てこなせる訳ですから、指揮官殿が前衛を務めるほうが理にかなっていると自分は思いますよ」

「俺も同感だな。俺の02FAが後衛なのは火力や機動力の面から考えても妥当だと思うが、ケヴィンが前衛で指揮官殿が中衛って言うのは守りに入りすぎなんじゃねえのか? 相手の機体が見たことも無い最新型っていうならまだしも、俺と同じ02F型なんだろ。隊列からして腰が引けているようじゃ敵に付け込まれるだけだぜ」


 ケヴィン曹長に続いてジャックも冷静に意見をぶつけてくる。どちらの意見も結構痛いところを突いている。自分でも気付かないうちに随分と気負いすぎていたらしい。もう少し柔軟に物事を見なければ指揮官は勤まらない。

 と、そこまで考えてからジェノ隊長のことを思い出し内心で苦笑する。これでは隊長のことを悪く言えたものではない。

 俺は気を引き締めなおすと改めて二人に指示を出す。


「分かったよ二人とも。それじゃ前衛には俺が立つから、ジャックはさっきも言った通り後衛を頼む。ケヴィン曹長は状況を見て俺かジャックのどちらかのサポートに入ってくれないか? 今はとりあえず俺とともに前衛で地雷の警戒に当たってくれ。今向いている方角を正面として左翼側を任せる」

「それでいいんだぜ。任せておけよ指揮官殿」

「了解です、指揮官殿」


 ジャックとケヴィン曹長は揃ってうなずくと、直ちにそれぞれ指定された隊列を形作る。俺も陣形の右翼側に位置取ると、二人に合図を送り改めて進軍を開始した。

 慎重にWPのセンサーを確認しながらの進軍だけにどうしても速度は遅くなってしまうが、ここはやむを得ない。

 緊張を感じながらも少しずつ進んでいく。今のところエクリプスのセンサーに反応するものはない。左翼側のケヴィン曹長の方を確認したが、向こうも何も感知していないようだ。

 と、そこで突然サフィール准尉からの通信が入る。


「ナオキ曹長、進軍は順調みたいね」

「准尉、通信は封鎖しているはずでは?」

「そうも言っていられないのよ。緊急連絡が入ってるわ」


 サフィール准尉の声は緊張している。どうやら良くない事態が発生したらしい。


「何が起こったんですか?」

「ヤーバリーズ基地から輸送機が南部方面に向けて発進したらしいの」

「ヤーバリーズから? ……まさか!」

「目的は不明よ。だけど、この時期に南部に向かって飛ぶということは、反乱部隊に対して何らかのリアクションを行うと見て間違いないわね」


 俺の言葉の先を読んでサフィール准尉は冷静に指摘する。反乱部隊と評議会がつながっている可能性は、彼らの要求を聞く限りでは低いようにも思えたが、可能性はゼロではない。または評議会側が一方的に介入を行うべく部隊を投入するつもりなのかもしれない。

 俺が考えを巡らせていると、今度は隊長から通信が入る。


「ナオキ曹長、一応君たちにもこの件を伝えはしたけれど、今はそれほど気にする必要はない。反乱部隊の鎮圧に集中してくれ」

「しかし……いえ、失礼しました。隊長のおっしゃる通りだと思います」


 俺は言葉を続けようしてすぐに思い直す。評議会の動きがどうであれ、現状の目的は反乱部隊の鎮圧であることには変わりがない。仮に評議会の目的が反乱部隊への支援であっても、先に反乱を鎮圧してしまえば目的を失ってそのまま引き返すこともあり得るかもしれない。

 そう考えてしまえば、今は評議会の動向に気を遣う必要もない。こちらはこちらの任務を果たすだけだ。


「気にすることはない。それより、そちらは大丈夫かい?」

「今のところ問題はありません。敵の動きが若干鈍いのが気がかりですが」

「そうか。もし戦闘で追い込まれたら迷わずに連絡をしてくれ。すぐに駆け付けるよ」


 隊長の口調は自然体で落ち着いている。指揮官としての重責の一部から解放されて、混乱気味であった思考が少しまとまってきたのかも知れない。

 と、再びサフィール准尉が通信を入れてきた。


「ナオキ曹長、ラグート基地内で動きよ。WPらしき熱源反応が三つ、あなたたちのいる方に向かって動いているわ」

「ようやく来るのか!」

「ナオキ曹長、油断だけは禁物だよ。健闘を祈っている」

「ありがとうございます隊長。全力を尽くします!」


 隊長に御礼を述べて通信を切ると、ジャックとケヴィン曹長の方を見る。もちろん二人にも今の通信は聞こえており、それぞれその場に立ち止まって、WPに武器を構えさせていた。

 俺もエクリプスにバスターソードを構えさせると二人に指示を出す。


「もうすぐ敵が来るぞ。敵が見えたら二人は火器で敵の足元を狙ってくれ。足元の安全を確認出来たら俺が一気に相手の懐へ切り込む」

「念のため地雷をあぶり出しておくってことですか」

「二人も気を付けてくれよ。攻撃を避けながら地雷を見極めるのは困難なんだからな」

「分かってらあ。大船に乗ったつもりでいろよ、指揮官殿」


 心強い二人の返事に俺は安心を感じる。これなら大丈夫だろう。


 この戦い、皆のためにも被害や犠牲を出さずに終わらせてみせる。


 決意を新たに固めたところで、正面方向から反乱部隊のWPが姿を現した。

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