第109話



 同じ頃。西部地域、ヤーバリーズ。


 ヤーバリーズがリヴェルナ革命評議会に占領されてから二か月が経過した。その間、共和国軍にも評議会軍にも目立った動きは見られず、つかの間の平穏を取り戻したヤーバリーズはわずかではあるが活気を見せつつあった。

 もちろん、物資の不足は依然として深刻な問題であり、市内では闇市があちこちで立ち、治安の悪化も著しかった。

 それでも、ヤーバリーズ市民も生活をしなければならない。最初は革命評議会の統治に反発を見せていた層も、抵抗を諦めて今の体制を受け入れ始めていた。



 リヴェルナ革命評議会の議長秘書という立場になったホリー・ディザーグは、久しぶりに市街地を散策していた。

 これは議長であるギレネスの提案によるものである。


「あまり仕事にばかり根を詰めないで、たまにはのんびり街を散策でもしてきたらどうですか?」


 唐突なギレネスの提案にホリーは眉をひそめた。議長秘書になって二か月あまりが経過したが、ときどきこの議長は妙な提案を投げかけてくる。


「わたし、きちんと仕事はこなしていると思うのですけれど……」

「いえ、そういう意味ではないですよ。あなたの仕事ぶりには頭が下がります」

「じゃあ、何故ですか? わたしがいないと業務がとどこおるのではないでしょうか?」

「それはそうですが、あなたはまだ若いですからね。狭い室内で書類と格闘させてばかりいるのもかわいそうだと思いまして」


 釈然としない表情を浮かべているホリーに対し、ギレネスは妙に軽い笑みを浮かべながら理由を説明した。

 それを聞いたホリーは呆れたような表情になる。


「いやですよ議長。議長だってまだまだお若いじゃないですか」

「まあ、それはそうなんですけれどね。でも、評議会のトップで事実上の最高権力者でもある私が、護衛もつけずに一人で外を出歩くわけにもいかないでしょう」

「……確かに、それはありますね」

「だから、ここはひとつあなたに私の名代として、市街の様子を市民目線で見てきて欲しいのですよ。あなたなら街に土地勘もあるでしょうし、危険なことも避けられると思いますから」

「……議長、失礼ですけれど、そういうことは最初におっしゃってください」


 ホリーはすっかり毒気を抜かれてしまったが、議長の頼みとあっては聞かないわけにもいかず、仕方なく街へ繰り出したというわけである。

 仕方なくという体ではあったが、ホリー自身も慣れ親しんだヤーバリーズの街が今どうなっているのか気になるところではあったので、この際だからしっかり街のことを見てこよう、とすぐに気持ちを切り替えている。

 服装は仕事用のスーツではなく、白いシャツに厚手の青のカーディガン、それにジーンズという抑え目な姿であった。困窮している街中を歩くのにあまり派手な格好をしているのも変だろうという判断である。



 旧ヤーバリーズ基地の正門を出てすぐ、ホリーは銃弾でボロボロになっている家々を見てしまう。あの戦いから既に二か月が過ぎたというのに未だに応急処置も出来ていない。それだけの資金が工面できないのか、それとも家の住民は避難してしまい不在なのかホリーには分からないが、見慣れているはずの景色の惨状に心を痛めた。

 家主に補修するだけの費用がないのならば費用の減免などの措置を講ずるべきだし、空き家ならば強盗などの犯罪者やその予備軍の巣窟になったりしないように警備巡回を強化する必要がある。今は秋だが、冬に向けて対策を取らなければならない。


(議長には、あとでしっかり話をしておかないと……)


 ホリーは内心でそう考えながら、ひとまずその場を離れ、ヤーバリーズ中央駅の方へと足を向けた。

 当然のことながら現在鉄道の運行は完全に止まっているため、通常ならば人通りの激しい駅前の通りは人影もまばらだった。わずかに見える人々は路上に転がっている瓦礫やがらくたを片付けている。どうも評議会から清掃業務を委託されている市民たちらしい。

 そんな人々の視線を集めながら、ホリーは努めて淡々と駅前通りを駅に向かって歩いていく。



 やがて、駅の中央広場にたどりつく。こちらはホリーが想像していたほど荒れ果ててはいなかった。時折、広場で闇市が立っているのかところどころにテントを立てた後みたいなものが見える。

 闇市の存在については物資の不足が著しく、また通貨の供給が追い付かないことから、現状では黙認しているとギレネスは語っていた。ただし、治安の安定を目指す上においては、いずれ取り締まらなければならないとも語っており、どちらにせよ市民たちのためになる政策を打ち出す必要があった。そうでなければ、今は評議会に従っている人々も手のひらを返しかねない。


(まだまだ安定には程遠い、ということね……)


 内心で大きくため息をつきながら、ホリーはなおも街中を歩き続ける。

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