第十三章 親の心 子の心

第108話

 ヤーバリーズ基地陥落から二か月後、南部ヴェレンゲル基地のWP演習場。


 俺、ナオキ・メトバは改装が実施されたエクリプスの性能評価試験を行っていた。


 ヴィィィィィィィィン!


 鳴り響くブザーの音とともに俺はステップに体を預けてエクリプスを発進させる。ホバー装置を内蔵された新しい脚部が地面を滑るように動いていく。


 まずは向かって左側に設置された標的を新型のマシンガンで撃ち抜く。

 余韻に浸る間もなく、俺は機体を反転させて逆側に設置された標的に狙いを定めて撃つ。

 設置された標的をリズミカルに撃破しつつ、正面に設置された最後の標的を狙って少しずつ間合いを詰めていく。

 そして、正面以外のすべての標的の撃破を確認するとマシンガンからバスターソードに持ち替えて一気に切り込む。


「これで……フィニッシュ!」


 新生したエクリプスに装備された新武装、レーザー発振器搭載の大型バスターソードを振り下ろして用意された最後の標的をきれいに両断し、俺はエクリプスの動作を停止させる。


「オーケー! 完璧よ、ナオキ曹長。百点満点の出来だわ」


 試験を終えた俺とエクリプスに、側でデータ計測を行っていたエレイアが嬉しそうに声をかけてきた。俺はその声に手を振って応える。


「エレイア、何か気になる点はあったかい?」

「全然よ。上手く行きすぎて怖いくらいかしら」


 俺の問いにエレイアは満面の笑みで答える。

 と、そこに遠巻きに試験を見ていたジェノ隊長が声を掛けてきた。


「ご苦労さん、ナオキ曹長。見事だったね、改装したエクリプスの調子も良いようだし、安心したよ」

「隊長から何かご意見はありますか?」

「特にないよ。射撃の際の切り替えや動き方にロスはほとんど見られなかったし、最後の間合いの詰め方も良かったと思う。タイム的にはもう少し詰められないことも無いと思うけれど、あれ以上速く動いて雑な面が出ても困るからね。今くらいの時間で動ければ、実戦で隙が出るなんてことはあり得ないと思うよ」


 ジェノ隊長は真面目な表情で自身の分析を語った。表情が笑っていないことを加味して言葉の意味を考えると、おおむね合格点の内容と見ていいのかもしれないが、まだまだ動きは良くできるだろうというのが隊長の見立てらしい。


「隊長のご意見は参考になりますね」

「そうかい? もう一対一では君には勝てそうにないけどね」

「いや、俺もまだまだですよ」

「そんなに謙遜しなくてもいいさ。君みたいに若い伸び盛りの頃は、きっかけさえあれば大きく技量が向上することもままある」


 ジェノ隊長はそこで少し表情を緩めて、俺に憧れのようなものを込めた視線を向けてきた。


「……隊長?」

「おっと、済まない。自分が若いときのことをつい思い出してしまってね」

「隊長だってまだ十分に若いじゃないですか」

「いやいや。軍人で、しかもWPの操縦手で三十代後半というのは決して若い歳ではない。こんな時でなければ操縦手引退も視野に入る頃だろう」


 隊長はそう言って力なく笑う。今日の隊長は何だか元気がない。


「いやですよ隊長。敵のことを持ち出すのも何ですけれど、ベゼルグ・ディザーグだって四十を超える年齢で現役のWP操縦手じゃないですか? 隊長も負けていられないですよ」

「ん、そうか……そうだな、奴にはヤーバリーズの借りを返さねばならんしな。老け込んでいる場合でもないか」


 俺の言葉を受けて、隊長の言葉にようやく精気が戻る。しかし、ヤーバリーズ基地失陥の痛手から共和国軍も徐々に立ち直り、これから西部地域奪還へ向けて意気を上げていかねばならないときに、肝心のジェノ隊長の気合が心許ないというのは気にかかった。


「……隊長、何か気になっていることでもあるんですか?」

「ん? ……いや、別に大したことじゃないんだけどね」


 隊長の口調はどこか歯切れが悪い。何かあるのは確実だった。だが、それを聞き出す前にやることはやっておかないといけない。

 俺は隊長との話を一旦切り上げると、観測機器の片付けに回っていたエレイアに声をかけた。


「エレイア、この後評価試験のレポートの提出は必要かな?」

「勿論それは提出してほしいけれど、特に気になる内容が無いのならば、そこまで提出を急ぐ必要もないわね。一週間以内であればいつでもいいわよ」


 エレイアは軽い口調で言った。形としては必要だけれど、それほどこだわる必要もないということらしい。エレイアに提出するレポートには毎回苦労しているので、それをあまり意識をしなくてもいいというのは気が楽になる。これで問題はなくなった。


「分かったよエレイア。それほど遅くにはならないよう気を付ける」

「お願いね。じゃあ、私は片付けが終わったら今日のデータをまとめる作業に入るわ」

「エレイア、いつもご苦労様」

「あなたもね、ナオキ曹長」


 エレイアは俺にウインクをひとつしてその場から立ち去って行った。

 エレイアを見送った後で、俺もまたエクリプスの撤収作業の輪に加わる。それが終わったら、ジェノ隊長のところへ行くつもりだ。

 演習場に吹いている風には僅かだが冷たさが混じりつつあった。

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