第91話

 その頃、ノーヴル・ラークス作戦指揮所は、内部に侵入しようとしてくる敵のWPに対して懸命の抵抗を行っていた。


「敵を指揮所に近づけるな! もっと弾幕を厚くしろ!」

「駄目です! こんな小火器程度程度じゃWPを止められませんよ!」

「駄目でもなんでも、ここをやられるわけにはいかんだろうが!」


 銃を撃ちつつ弱音を吐く若手の通信兵に対して、現場の指揮をっているトマス少尉が叱咤しったした。この作戦指揮所はノーヴル・ラークスの中枢と言える。本隊がいないとはいえ、その中枢をむざむざと敵に蹂躙させるわけにもいかない。

 幸いにして、相手の方もそれほど無理に強攻しようとは考えていないのか、今のところは何とか持ちこたえているが、この先どうなるかまでは見通すことはできない。

 と、そのタイミングで敵の攻撃が一旦止んだ。


「どうした? 何が起こっている?」

「て、敵の増援です! あの両腕が刃になっているという……」

「ナオキ曹長が言っていたクォデネンツとかいう奴か……よりにもよってこんな時にだと……!」


 トマス少尉は最悪のタイミングで最悪の敵が現れてしまったことにほぞを噛んだ。このままでは作戦指揮所の陥落は確実だった。


(……テロリスト相手に降伏など論外だが、かといってこのままでは無駄に必要な兵員を犠牲にしてしまう……どうすればいい……?)


 トマス少尉がそうやって逡巡しゅんじゅんするのを更にあおるように外から男の声が響いてくる。


「そこの建物に立てこもってる連中! 俺はリヴェルナ革命評議会特別参謀のベゼルグ・ディザーグだ。WPに施設を破壊されたくないなら今すぐ降伏しろ。そうすりゃ、悪いようにはしねえよ」


 そのベゼルグの言葉に作戦指揮所の兵士たちのあいだに動揺が広がった。

 特務部隊の司令部の留守を預かっている手前、誰も表立っては降伏を口にはしないが、内心では無駄な抵抗なのは分かり切っている話だった。特に元々戦闘要員ではない彼らにとって、生身でWPに立ち向かうというのは無謀とさえ言える。

 それだけに、ベゼルグのこの一言は効いた。


「ど、どうしますか、上官殿?」


 先程の若い兵士がトマス少尉に伺いを立てた。その目からは既に戦意が失われていることにトマス少尉は長年の経験から気付いていた。彼にはベゼルグの言葉はあからさまな釣りのように感じられたが、経験の少ない若手にはそれが分からないらしい。

 本来ならすぐにでもどやしつけてやりたいところではあったが、ここで今そうしてしまったら内部の動揺をベゼルグという男に悟られてしまう。それでは相手の思うつぼである。

 トマス少尉は内心を押し殺して入り口のバリケードの前に進み出て、慎重にベゼルグに問いかけた。


「私が今現場の指揮を預かっているトマス・ローブ少尉だ。我々が降伏して建物を明け渡せば、兵士たちの命は保証してくれるのだな?」

「お前さんが現場で最上級の士官ってところか。お前さんの上はどうした?」

「あいにく出動中でな」


 トマス少尉が正直に答えると、ベゼルグはやれやれというように肩をすくめる。


「そうかい、ならお前さんの返事に期待させてもらうとしようか。それで、どうするつもりだ? 降伏するのか、それともしないのか?」

「その前に確認だ。部下たちの命は助けてくれるんだろうな?」

「俺は言ったことは守る律儀な性格なんでな。ただ、お前さんの出方次第だとは言っておこうか」


 ベゼルグは意味ありげにニヤリと笑って見せた。


「どういう意味だ?」

「お前さんのその態度が本物かどうかってことさ。単なる時間稼ぎか、あるいはフェイクの可能性も捨てられないんでな」


 ベゼルグの問いに、トマス少尉はかろうじて動揺を隠し通した。勿論彼はとりあえず降伏をしておいて、エレイアや戦意を失った兵士たちを逃がしてから、本隊が戻ってくるまで時間稼ぎをする予定だった。が、その程度のことを見抜けないベゼルグではない。


「……」

「さあ、どうする。俺は言ったことは守るが、気が長い方でもないんでな。あまり手間取るようならお前さんの返事を待たずに攻撃を再開させてもらう。さっさと決めてもらおうか! 降伏するのか、しないのか」


 ベゼルグはそう言ってトマス少尉に早期の決断を迫った。この辺りの駆け引きはベゼルグの方が何枚も上手であった。

 下手な返事をするわけにもいかないが、この男相手に小細工は通用しない。ここは額面通り降伏を受け入れるより他に方法はない。

 そうトマス少尉が決断して、口を開きかけたその時、彼の背後から女性の声が響き渡った。


「降伏ですって? 冗談じゃないわよ!」

「なんだと!」

「エレイア!」


 隊長室に隠れていたはずのエレイアが、どういうわけか外に出てきてトマス少尉のすぐ隣に並び立つ。


「エレイア、隠れていろと言っただろう!」

「こんな状態で隠れ続けているなんてできないわよ!」


 トマス少尉の叱りつけるような声にも負けず、エレイアは声を張り上げた。


「はっ、生きのいいお嬢さんが隠れていたもんだぜ。しかも、軍属じゃねえな」

「だったら何なワケ! そんな趣味の悪いWPを操ってる人間に言われたかないわね」

「あん? 俺が手塩にかけて設計したWPを 趣味が悪いっていうのかよ」


 ベゼルグが苛立いらだちを隠さずに言うと、エレイアは昂然こうぜんと胸を張った。


「軍人さんの設計って遊びがないのが嫌なのよね。何でもかんでも実用性一辺倒だから、詰め込みすぎちゃうのよ。そこの三本足なんかもやろうと思えばもっとゆとりのある設計にもできたはずなのにね」

「言ってくれるじゃねえか! じゃあ、お前さんの作ったWPとやらはさぞかし余裕があって趣味が良いんだろうな」

「アタシのエクリプスが来たら、あんたたちなんか目じゃないわ!」


 エレイアは売り言葉に買い言葉で、どんどんベゼルグを挑発していく。


「エレイア、君は下がれ! ここは軍人の領分だ」

「その軍人さんが頼りにならなそうなことばっかり言ってるからでしょ!」

「いいから下がるんだ! これ以上現場を混乱させないでくれ!」

「いいや、もういいぜ……これ以上は時間の無駄みてえだからな」


 トマス少尉とエレイアが言い争うのを、ベゼルグの言葉が止めた。ベゼルグの表情は完全に据わっている。


「エレイアとか言ったな……お前さんの言う趣味の悪いWPに、自分がいた建物が無残に切り刻まれる様をそこで見てやがれ!」


 ベゼルグは言うなり有線コンソールでクォデネンツを起動させる。


「おい、お前はそこで周辺を警戒していろ! ここは手出し無用だ!」

「了解しました」


 ベゼルグは周りにいるWP操縦手にそう指示すると、自身はまっすぐに作戦指揮所に向けて突進してくる。


「くっ……逃げろエレイア!」

「今更逃げられるもんですか!」


 とっさに逃げることを勧めてきたトマス少尉の言葉を、エレイアは震える脚を何とか気力で奮い立たせて断った。

 目をつむって、もしかしたら起こるかもしれない奇跡を願った。



 そして、ベゼルグと彼の操るWPが目前に迫ってきた、という刹那せつなのタイミングでそれは起こった。


「特別参謀、敵です! 数は一機」

「何だと!」


 部下からの報告にベゼルグは瞬時に反応して、突進させていた機体をひとまず後退させる。

 そして、その場に勢いよく躍り出たのは、長剣を腰に差しマシンガンをたずさえた漆黒のウォー・パフォーマ。

 エレイアがその名を叫んだ。


「エクリプス……ナオキ曹長!」

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