第90話

 僕はちょこまかと逃げの手を打つスペクターをそれでも強引に追い付いて倒すと、改めて基地へと急ごうとした。

 ところが、当然というべきか、スペクターはあの二機だけではなかった。彼らは町のあちこちで破壊工作に当たっているようで、そこかしこから悲鳴やら爆発音やらが響いてくる。

 僕は対処に迷ったが、考えた末に基地に行くことを優先しようと決める。

 街中に散らばる敵をいちいち掃討していては時間もかかるし、かえって被害も増していく。何より基地が失陥しっかんしてしまっては、街中に散らばっている敵を倒すどころの話ではなくなってしまう。

 僕は所々の光景に目をつぶり、歯を食いしばりながらもエクリプスを動かして、ヤーバリーズ基地へと急ぐ。


 基地への道中で、回復した無線で隊長たちとの連絡を取ることが出来た。


「こちら、ナオキ・メトバ。ノーヴル・ラークス一号車、聞こえますか?」

「こちら、ノーヴル・ラークス一号車です。ナオキ曹長、今はどちらに?」


 ようやく無線が回復したのが嬉しいのか、ホリー軍曹の声は弾んでいる。


「こちらは途中で足止めを食らって、今はまだ基地に向かう道中です」

「わかりました。今、隊長におつなぎします」


 ややあって、隊長の声がヘッドセットから響いてくる。


「ナオキ曹長か。現状はどうなっている?」

「基地だけにとどまらず、ヤーバリーズの街全体が攻撃を受けているようです。基地が攻撃を受けているせいで街中にまで手が回っておらず、街は大混乱に陥っています」

「そうか……残念だが今の状況では街中にいる敵は当面放置するしかない。君は基地へと急げ」


 やはり隊長も僕と同様の結論に達したようで、命令を下した声には迷いは感じられない。


「隊長、そちらの状況は?」

「ようやくあの場所にいた住人たちを全て移動させて、WPを奪還したところだ。これから急ぎ君の後を追う」

「分かりました。道中で敵と遭遇する恐れもあります。お気を付けて」

「君も十分気を付けてくれよ、ナオキ曹長」

「了解! では、基地でお待ちしています!」


 僕はそこで通信を切り、僕はヤーバリーズ基地へ向けてさらにエクリプスを加速させる。


 しばらくして、僕とエクリプスは基地周辺までたどり着く。

 基地からは銃声や爆発音がひっきりなしに響いてきて、抜き差しならぬ状況にあることを感じさせる。基地内はやはり電波妨害を受けているのか、レーダーや通信が周辺にいても使えない状態だ。

 僕はそのまま正面から基地に入らず、通用口に回ることにした。敵が正面から仕掛けているかどうかは定かではないが、何の策もなく正面から一人で切り込むよりはいくらかマシだと考えたのだ。

 だが、敵もそれを読んでいたのか、僕が通用口に回るとそこには二体のWPが警戒に当たっていた。

 その二体のWPは、見慣れぬ新型の機体だった。



 新しい敵は片腕がマシンガンになっていたスペクターに比べると、軍用の02型や03型に似た両手両足がしっかりあるスタンダードなWPの形をしている。ただ一点、機体の後部から尻尾のようなバランサーらしきものが付いていることを除いては。また、頭部は四角い箱形ののカメラアイとなっている。

 両手には大型のガトリング砲を抱えていて、また肩部には小型のミサイルランチャーが装備されている。どうやら射撃戦を重視した装備らしい。

 この機体を見た時に思い描いた機体は、あのベゼルグが操っていたクォデネンツという機体だった。あの機体は二本脚に尻尾ではなく、素で脚が三本ついていたが、この機体からはクォデネンツの製造意図に近いものが感じられた。あるいは近接戦用のクォデネンツで組ませての運用を考えているのかもしれない。


(ベゼルグが開発に関わっているのか……?)


 僕は何となくだがそういう発想にたどり着いた。もっとも、アレク前隊長の話に従うならば、彼の後ろにはさらに何者かがいるようなので、その何者かの指示というか、考え方なのかもしれないけれど。


 そんなことを考えていると、眼前の二機が機先を制して襲い掛かってきた。その動きは尻尾がある割には俊敏しゅんびんである。

 僕はエクリプスを一旦後退させると、マシンガンで敵の足元を掃射した。二機に囲まれての接近戦は不利だという判断である。もちろん、かといって射撃戦が好ましい訳でもないのだが、それでも出方が良く分からない相手にいきなり接近戦を仕掛けるほど愚かでもない。

 二機は足止めされたことにも慌てずに主力武器ともいえそうな両手のガトリング砲を構えると、こちらに向けて一斉に発射した。

 耳がおかしくなりそうなほどの激しい銃撃音の中、僕は火線に追い詰められないように慎重に操縦する。周辺には基地の防壁もあるため動きづらいが、かといって壁を壊せば敵の思うつぼである。


 と、そこで僕はあることを思いついた。そのひらめきに従って、それまで基地からやや遠ざかるように動いていたのを、わざと火線に追い詰められるように基地側に機体を寄せていく。

 敵は僕が自分たちの思い通りに動いてくれていると思っているに違いない。実際、傍目はためには僕とエクリプスが激しい火線に逃げ場を失い壁際に追い詰められているように見えるだろう。

 しかし、僕の狙いはその壁を利用することにある。

 出来るかどうかは正直自信はない。計算が間違っているならばその時点で終わりであるのだけど、ここはやってみるしかない。


 僕は決心を固めると、エクリプスのステップに設置されている手すりにしっかり両手でしがみつくと、一気にブースターを全開にしてその勢いで壁を駆け上がらせ、頂点ぎりぎりの位置からそのまま壁面を滑るように敵の機体に向かって一直線に突撃する。

 流石にそう来るとは思っていなかったのか、敵の動きは乱れに乱れた。慌ててガトリング砲をエクリプスに向けようとするが、両手持ちで重量感のあるガトリング砲をそんなに柔軟に操作できるわけがない。

 僕は体が斜めになっているのにも構わずエクリプスを操作すると、敵のいる位置に向けてマシンガンを発射させる。

 そしてそのまま壁の途切れる門のところでそのまま前方へ向けて短く跳躍、機体のバランスを崩しながらも着地して、敵の方に向きなおった。


 片方の敵はどうやらマシンガンの銃撃をまともに受けたらしく、片手が脱落してガトリング砲も破損しているようだった。もう一機はそのまま健在であったが、それでもあの剣呑なガトリング砲が一門減っただけでも気分的には大分楽になる。


 僕は自分の体と機体の双方の姿勢を立て直すと、マシンガンを腰のウェポンラックに収めて代わりにアサルトブレードを構えて再び相手に向けて仕掛ける。

 片腕が脱落している機体はガトリングを捨てて小ぶりなメタルナイフを構えるとこちらに向けて接近戦を仕掛ける。健在なもう一機の方も動き出していて、こちらの背後を取ってガトリングで狙うつもりらしい。時間はかけられない。

 僕はまずは向かってくる敵に集中する。敵はナイフを構えているが、ナイフだけではエクリプスに対して致命傷にはなりえない。後方に回り込もうとしている相方に任せるつもりなのかもしれないが、僕がそれを素直に受け止める訳もない。それでも真っ直ぐに来るか、それともあの長い尻尾のような部分を使ってくるつもりなのか。

 僕は考え付いたその二択を頭の中で高速で計算し、エクリプスに指示を出した。

 僕と敵が接触しようとするその瞬間、敵は機体を振って尻尾のようなものをぶつけるように動かしてきた。

 しかし、エクリプスはその瞬間にタイミングよくアサルトブレードを敵の脚に向けるようにして振り下ろしている。

 ガギッ、という嫌な金属が鳴り響いて、アサルトブレードは相手の尻尾部分に食い込んだが、何か仕込んであるのかそれ以上は先に進まない。


「まずい!」


 僕はそれを見て、とっさの判断でエクリプスにアサルトブレードから手を放すように指示を送り、さらに反応速度の差でそのまま相手の背後に回り込ませると、一瞬だけブースターを使って至近距離から体当たりを食らわせた。

 ブースターまで使った体当たりに流石の敵WPも大きくバランスを崩しながら前方に大きく押し出される。

 そこに、健在だったもう一機の敵が放ったガトリング砲が飛んできた。勿論、僕とエクリプスはその直前に離脱りだつしている。

 敵は尻尾部分にアサルトブレードを食い込ませたまま、胴体に味方のガトリング砲を受け蜂の巣にされてしまう。


 その場にへたり込む敵操縦手を尻目に、僕はエクリプスに指示を出しアサルトブレードは放っておいて、残る一機の撃破に向かった。

 残る一機の方も同士討ちをしてしまったショックからか一瞬動きを止めてしまっていたが、エクリプスの接近に気が付くと慌ててガトリング砲を乱射し始める。

 だが、こちらはもう接近戦を挑む必要がない。僕はある程度まで差を詰めるとエクリプスに肩部のミサイルを二発発射させる。相手はガトリング砲を止めて逃げようとするも、そのガトリング砲が邪魔になって思うように動けないようであった。折角の肩部ミサイルを放てばよいようなものだけれど、操縦手が未熟なのかそれとも焦っていて考えが及ばないのか、そういう手に出る気配は見えない。

 そうしているうちに僕の放ったミサイルが相手のWPに直撃し、操縦手は機体を放棄して逃走していった。もう一人の操縦手も戦っている間に逃走してしまったのか、姿を消している。


 二機を退けた僕は、基地内に突入する前にアサルトブレードを回収して一呼吸おいた。正直な話、スペクターとだけ戦うものとばかり思っていただけに、ここに来ての新型の投入は想定外であると言えた。出来れば隊長たちにもこのことを伝えたいところであったが、あいにく電波妨害は未だに続いているようで通信が通じない。

 隊長たちの到着を待つ選択肢も考えられたが、僕はこのまま突入することにした。ここまでにブースターを使いすぎてエネルギーの残量が気にかかるほか、TRCSを連続で稼働しすぎている問題もある。頭の中ではすでに無視できないほど圧迫感が強まりつつある。

 作戦指揮所が無事であれば、わずかであっても何らかの補給が受けられるかも知れないし、万が一に備えて有線コンソールも手に入れておきたい。

 それにもしエレイアがいればエクリプスのチェックも可能かも知れないが、流石に既に陸軍棟にある一般用シェルターに避難しているだろう。そこまでは期待できない。

 とにかく、早めに作戦指揮所に戻る必要がある。僕は両の手で頬を叩いて気合を入れなおすと、作戦指揮所へと向かった。

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