第十一章 激闘の果て

第92話

 僕が作戦指揮所にたどり着いたその時、ちょうど二機のWPが作戦指揮所に攻撃を仕掛けていた。

 一機は先程も相対した尻尾付きの新型機、そしてもう一機は忘れようにも忘れられないあの両腕が刃になっているWP、クォデネンツだった。

 もちろん、ベゼルグ・ディザーグの姿もそこにある。

 作戦指揮所の前にはバリケードが張られていて、その前には整備士官のトマス・ローブ少尉とどういうわけかエレイアの姿がそこにあった。

 トマス少尉はともかくとしてエレイアはなぜこんな場所にいるのだろうか?陸軍棟のシェルターに避難していると思っていたのに。

 僕はトマス少尉たちをかばうようにエクリプスを移動させると、ベゼルグたちと相対する。


「よう、軍曹……いや、昇進したみてえだな、曹長殿」

「そちらこそ、リヴェルナの時以来だな。ベゼルグ・ディザーグ」

「名前を憶えてくれたようで結構なことだな、ナオキ・メトバ」


 ベゼルグは粘っこい視線で僕とエクリプスを見比べていた。


「今日はコンソールは無しかい。えらく自信があるようだな」

「こちらも何かと忙しくてね。お土産を買っているひまもなかったのさ」

「ふん、冗談のひとつも返せるようになったかい」


 僕の冗談を鼻で笑い飛ばすと、ベゼルグはコンソールを操ってクォデネンツを起動させた。


「ちょうど人や建物の相手じゃ物足りねえと思ってたところだ。首都リヴェルナでの戦いの続きとしゃれこもうじゃねえか」

「その前に、こちら側の非戦闘員を退避させてもらう」

「……まあ、いいだろう、そこの嬢ちゃんには言いたいこともあるが、居たら居たで邪魔なだけだろうからな」


 その提案にベゼルグは不満そうな表情を見せたものの、とりあえずは同意してくれた。僕が来る直前にどうやら何かがあったらしい。


「トマス少尉、お待たせしてすみませんでした。あとはお任せください」

「いやいや、いいタイミングで来てくれた。助かったよ、ナオキ曹長」

「ナオキ曹長、遅いじゃないの! まったく、何してたのよ?」

「それはこっちのセリフだよ。何で君がここにいるんだ、エレイア」


 トマス少尉へのやりとりもそこそこに文句をつけてきたエレイアに、僕は少々辟易しながらも問い返した。


「基地が攻撃されてるのは分かってたんでしょ? どうしてすぐにこっちに来ないのよ?」

「無茶言わないでくれよ。それにこっちは向こうからずっと実戦しながらアレを使いっぱなしで大変なんだから」

「その程度気合で何とか……って、アレを使いっぱなし? どのくらい?」

「所々で休みを入れてるけれど、それでも三十分以上は使っている状態かな?」

「ちょ、ちょっと大丈夫なの? 実戦しながら三十分以上って、それ相当な無茶してない?」

「しっ、静かに……! 正直、今も結構頭が痛いけれど、けど状況がそれを許してくれそうにないからね」


 エレイアが心配そうな声を上げるのを手で制して、僕は小声で答える。手ぶらで操縦しているのを見られている以上はもう無駄かも知れないが、それでもぎりぎりまでTRCSの秘密を守秘しゅひする義務が僕にはある。

 エレイアもそれを悟ったのか、やや声のトーンを落として話し始めた。


「む、無茶しないでよ。それ以上、TRCSを使い続けると冗談でも何でもなく、本気で死んじゃうかもしれないわ!」

「そうならないようにエレイアが調整してくれたんだろう? ……もうしばらくは保たせてみせるさ」

「冗談じゃないのよ、ナオキ曹長!」

「僕も冗談を言っているつもりはないよ」


 その言葉にエレイアは顔色を真っ青にした。何かを言いだそうとして、しかし寸前で踏みとどまっている、そんな感じだった。


「ちょ、ちょっと待ってなさいよナオキ曹長。今格納庫から有線コンソールを取ってくるから、それまで戦いは待っててよね。……と、トマス少尉、格納庫へ急ぎましょ!」

「了解ですよ、エレイアさん。……ナオキ曹長、エレイアさんの言葉じゃないですが、無理だけは禁物ですよ」

「大丈夫ですよ、トマス少尉」


 僕は笑顔でトマス少尉に答えたが、トマス少尉は心配そうな表情のまま小さくうなずき、エレイアを連れて作戦指揮所前に張られているバリケードの奥へと退いていった。

 それを見届けた後、僕はゆっくりとベゼルグの方へ向き直った。ベゼルグは鋭い視線で僕のことを静かに見つめている。


「待たせたね、ベゼルグ・ディザーグ」

「待ちくたびれた……と、言いたいところだが、中々興味深い話を聞かせてもらったぜ。お前さんの扱っている操縦システム、やはり、ただ手ぶらで操縦できるだけはないんだな?」

「何の話だい?」

「もうとぼけても無駄だ。お前さんの操っている……エクリプスとか言ったか? ……そのWPには特殊な操縦システムが積んであるんだろう? 理屈までは分からねえが、手ぶらでも有線コンソールと同等、あるいはそれ以上の操作が出来る」

「……」


 僕はベゼルグの言葉を黙って聞いていた。一応はしらばっくれて見せたが、エレイアとの会話を少しでも聞かれていることを前提にすれば、手ぶらで操縦している事実と併せて、TRCSのおおよその正体は勘付かれてしまうのは目に見えていただけに、僕の方も比較的平静にそのことを受け止めた。


「しかも、それには時間制限らしきものがあって、お前さんは既にその時間を超過して戦闘しながらここまで来ている。言ってみれば、今のお前は爆発寸前の爆弾を抱えながら戦闘しているようなもんだ」

「……だとしたら、どうするつもりだ?」

「ま、このまま時間稼ぎに徹して楽して勝つってのも戦術上はありだろうな。幸いにしてこちらは二対一だ。お前さんとそのWPがどんなに優秀だろうと、時間制限ありで数的不利を覆して勝てるほどじゃねえだろう」

「……そうだな……」



 僕はそのベゼルグの言葉を肯定した。あの新型機とクォデネンツ、そのどちらかだけでも結構な苦戦を強いられるのに、二機が同時に相手ではとてもではないが勝てる気はしないというのが本音ではあった。

 しかし。


「……それで済ますつもりはないんだろう? ベゼルグ・ディザーグ」

「分かるか、ナオキ・メトバ。それでこそ特務部隊の一員だな」


 僕が問いかけるとベゼルグはあっさりとそれに同意した。


「お前にはヤーバリーズ中央駅のテロ、いや、ヴェレンゲルの一件以降何度も何度も邪魔されてきたんでな。そんな形での決着なんぞじゃあ、俺の気が済まねえんだよ!」

「……やはり、ヴェレンゲル基地の事件もお前たちの仕業だったのか」

「ヤーバリーズ基地もじきに落ちる。お前との腐れ縁もここで終わらせて、俺はリヴェルナへの復讐を完遂させる。それが俺の目的だ!」


 僕がヴェレンゲル基地の事件のことを思い起こしているのを尻目に、ベゼルグはその煮えたぎっている復讐心を前面に押し出していた。


「……その復讐を果たすための前段階として、僕を正面から倒すというわけか」

「物分かりが良いな。そういうことだ」

「なら、さっさと始めるのか?」

「まあ待てよ、ナオキ・メトバ。せっかく待ってやっているんだからな」

「何?」


 僕が疑問を発したその時、後ろから声が響いた。


「ナオキ曹長、有線コンソールよ。遠慮なく使ってちょうだい」


 エレイアの声が響くとともにバリケードの向こう側から有線コンソールが飛んできた。僕はそれを両手でキャッチして早速エクリプスのサブコネクタにそれを接続する。


「待っていた、というのはこれのことか、ベゼルグ・ディザーグ?」

「そういうことだな、ナオキ・メトバ。首都リヴェルナの時はどうやら時間切れだったみてえだが、俺とお前さんの戦いがそんなもので終わるなんざ、納得がいかねえんだよ」

「意外に紳士的なんだな」

「勘違いするな。そのまま戦ったら俺が勝つに決まっているからな。少しくらいお前にハンデをくれてやるだけの話だ」

「その余裕が命取りになるかも知れないな、ベゼルグ・ディザーグ」


 僕はそう言って見せた。ベゼルグがそういう言葉をけるほどの強敵であるのは分かりすぎるほど分かっているが、だからと言ってここで後ろは見せられない。

 不思議と、怖さもおびえも感じなかった。ただ、目の前の相手に今の自分の全力を叩き込んでみようという、そんな純粋な気持ちで心が満たされているように感じられた。


「言うようになったな、ナオキ・メトバ。そう来なくちゃな! ……おい、お前、ここに他の敵を近付けるな。邪魔をするようならば蹴散らせ」

「了解しました」


 新型機を操縦している男にそう指示を出すと、ベゼルグは僕のことを正面からにらみつけた。僕もまた、ベゼルグのことをにらみ返す。


「これで終わりにしてやるぜ! ナオキ・メトバ!」

「それはこちらの台詞だ、ベゼルグ・ディザーグ!」


 お互いの言葉を合図に、僕とベゼルグの戦いは始まった。

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