第89話

 ナオキ達が動き出すよりやや前。ヤーバリーズ基地。

 基地の前に立っている歩哨ほしょうが基地の中に入ろうとしている一台の民間用トラックを呼び止めた。


「止まれ!」

「はい、なんでしょう?」


 運転席の窓から人のよさそうな顔をした運転手が顔を出した。


「見慣れない車だが、どこの業者だ? 通行許可証は?」

「本日ご依頼で一般燃料をお届けに上がりました。こちらが通行証になります」

「見せてもらおう……ちょっと確認を取るのでこの場で待っていてくれ」


 運転手から通行証らしき紙を受け取った歩哨は詰所に向かって歩き出したが、その背後で運転手が笑顔のまま拳銃を取り出したことには全く気付けていなかった。

 運転手は狙いをつけると躊躇ためらうことなく引き金を引いた。



 一方、ノーヴル・ラークス作戦指揮所。

 出撃したエクリプスが帰ってくるまでの間やることのないエレイアは、ブリーフィングルームで顔なじみのベテラン整備士官であるトマス・ローブ少尉と談笑していた。


「今頃はナオキ曹長たちも戦っている頃かしらね」

「そうですね、ここからスラム街はそれほど遠い訳でもありませんし、もう敵と遭遇していてもおかしくないでしょうな」

「ようやくエクリプスも三度目の実戦ね。ナオキ曹長が上手くやっているといいんだけど」

「エレイアさんは大分ナオキ曹長のことを高く評価しているみたいで……」

「まあね」


 トマス少尉からのからかい半分の言葉に、エレイアは苦笑いしながら応じた。


「でも、ナオキ曹長の操縦センスって実際結構高いんじゃないかしら? アタシはその辺り素人だから良くは分からないけど」

「腕の立つのは確かでしょう。しかし、機体をきっちり守れるかとなるとなると、整備兵の立場としてはなかなか厳しくはなりますね。やむを得ない状況だったとはいえ、一度は自分の機体を失ってもいますし」

「あら、そうなの。あんな虫も殺せないような顔をしているのに、実戦では結構荒っぽい操縦をしているのかしら?」


 エレイアの率直な疑問に、今度はトマス少尉の方が苦笑いを浮かべた。


「そう単純なものでもありませんな。丁寧な操縦をしている人でも時には荒っぽく操縦するときもありますし、その逆もしかりです。ナオキ曹長の場合は、どちらかと言えば丁寧に動かすタイプでしょうが、場合によっては躊躇ちゅうちょなく荒っぽい操縦もする、というところでしょうか?」

「なるほどね、さすがはベテランと言ったところかしら?」


 エレイアが笑いながらそう言った時、通信室の方から焦るような声が聞こえてきた。


「あら、何かしら?」

「ただ事じゃなさそうですね」


 そう言って二人が席を立つと、そのタイミングを見計らったかのように基地全体を包み込むような激しいサイレンと、いくつもの爆発音が同時に鳴り響いた。



 僕は隊長やジャック、ケヴィン曹長に助けられてどうにか人の波を突破し、エクリプスまでたどり着いた。

 暴力を使わずに威嚇いかくだけであの人の波を潜り抜けるのにはかなりの労力が必要だったが、状況が状況だけに疲れたとも言っていられない。

 僕は急いでヘッドセットのコネクタをエクリプスに接続させる。本来無線操縦中は有線用コネクタからの接続は拒絶されるが、今は電場妨害の影響もあり無線操縦は切断されている。

 ヘッドセットのスイッチをオンにして、TRCSとのリンクを確立させると、すっかりお馴染みになってしまった頭への圧迫感を感じる。接続に成功したようだ。

 幸いなことにエクリプスの周辺にはそれほどの人影はない。多少動かしたところで、彼らを傷つけることにはならないだろう。

 僕は、運搬車両周辺で人の波を誘導している隊長たちへの合図としてエクリプスの右腕を高々と掲げて見せた。


「ナオキ曹長、たどり着いたか! こちらに構わず基地へ急ぐんだ!」

「ナオキ曹長、急いで基地へ。俺たちもすぐに追いつきます!」

「行ってこいナオキ、連中にでかい顔させるんじゃねえぞ!」


 ジェノ隊長、ケヴィン曹長、ジャックがそれぞれ僕に声をかけてくれた。

 僕はその声にひとつうなずくと、エクリプスのステップに身体を預けてエクリプスをその場から発進させる。それと同時に、わずかに周囲にいた人々が慌てて周辺に散っていく。

 誰も周辺にいなくなったのを確認した僕は、背面のブースターを起動させてて一気に加速し、ヤーバリーズ基地へと急いだ。


 基地へと向かう途中の道路は、ヤーバリーズの中心市街地から脱出しようとする自動車でごった返していた。僕は反対車線を進んでいるので別に問題はないが、中心部の状況はかなり悪化していることがうかがえた。


(基地へ急がないと……)


 僕が基地へと急ぐべくもう一段加速をしようとしたその時だった。

 激しい銃声と悲鳴と怒号が辺りに響き渡る。


「!」


 前方の道路にスペクターが出現していた。機影は二機。操縦手がいる。

 彼らは市民の逃げ道を塞ごうとでもいうのか、手当たり次第に人や車を攻撃して回っている。


(冗談じゃないぞ。無抵抗の市民を狙うなんて……)


 僕は憤った。基地へは急がなければならないが、こんな無法を放置するわけにもいかない。

 エクリプスにアサルトブレードを構えさせると、相手に向かって突進させた。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 相手の気を引く意味合いも込めて、ありったけの大声で叫ぶ。

 すると、向こうも気が付いたのか周辺への攻撃をやめると、二手に分かれながらこちらにマシンガンを放ってきた。

 もっとも、僕にとってはもうおなじみの攻撃である。その程度では止まらない。

 僕は銃撃を無視してブースターでエクリプスを加速させるとすれ違いざまに片方のスペクターをで切り、ほうむった。残った操縦手は放っておいて、もう片方のスペクターに意識を向ける。

 呆気あっけなく一機を倒されて怖気おじけづいたのか、もう片方は建物に隠れながら少しずつ後退をかけていた。

 状況が状況だけに深追いはせずに基地へと急ぎたいところだったが、放置しておいてまた市民を襲いだしても困ってしまう。僕は即座に腹をくくって残ったスペクターを追撃することにした。



 同時刻、ヤーバリーズ基地は敵の猛攻にさらされていた。

 敵は、まず大量の自立型産業用ロボットを満載させたトラックを基地の中に侵入させると、基地の敷地内にロボットをばらまいて、次々に自爆させたのだ。

 そうして、基地内が混とんとしたところでさらに残されたロボットに仕掛けておいた電波妨害装置を用いて基地の目と耳、さらに通信手段を奪ってしまう。

 そして、基地内が浮足立ったところで無数の有線操縦のWPが基地に襲い掛かってきたのだ。

 勿論基地の守備兵やWP部隊も果敢に反撃を試みたが、完全な不意打ちだったことに加え、敵がデータベースに登録のない未知のWPを導入してきたこともあって、あっという間に劣勢に追い込まれていた。



 一方、ノーヴル・ラークスの作戦指揮所では残されていた整備兵や通信兵たちが、万が一の事態に備えて武装して立てこもっていた。


「……大丈夫かしら。敵はここまで突入してこないわよね?」


 激しい銃撃音や爆発音などを聞きながら、エレイアはおびえきった声を上げた。

 本来ならば民間人の彼女を先に逃がしたかったところであり、実際一度は外に出てシェルターのある陸軍棟の方に移動しようとしたのだが、予想以上に敵の攻撃が激しく安全を確保できない状況に陥ったため、仕方なく引き返して作戦指揮所で保護しておくことになったのである。


「さあ、どうでしょうか。この付近は基地内でも一番防御の堅いエリアではありますが、それだけに敵も全力で攻撃をしてきているでしょうからね」


 残った兵士の中で最も階級の高いトマス少尉が火器をしっかりと装備した格好でエレイアに答えた。


「ここに来ることもあり得るワケ?」

「私は敵じゃないですからね。どう思ってるかまでは判断しかねますが、その可能性はゼロではない、と言うしかありません」


 怯えるエレイアを何とか落ち着かせようと、トマス少尉は極力冷静な声で返答したが、その程度で軍属でもない技術者である彼女の怯えが無くなるはずもなかった。


「ああ、もう! こんな時にエクリプスがいないなんて……!」

「状況から考えて、隊長たちも罠に引っかかった可能性が高そうですな。途中で罠に気付いたとしても、どれくらいで来てくれるのか……」


 基地が襲撃を受けたのとほぼ同じタイミングで、ノーヴル・ラークス本隊とも連絡が取れなくなった。これは基地全体が通信妨害を受けるよりもやや早いタイミングであったため、幸いにも本隊に異常が発生したことを基地にいた彼らも察知することが出来たのだが、その直後に基地全体が攻撃を受けたことでそれどころではなくなってしまった。


「早く戻ってきてよ、ナオキ曹長……当てにしているんだからね」

「ここは同感だと言っておきましょうか……今は一刻を争うタイミングですしね」

「とりあえずありがとう……って言っておくわ」


 ようやく少し余裕も出てきたエレイアだったが、次第に大きな爆発音が迫ってくるのに顔をこわばらせる。


「だんだん音が大きくなってきたわね……」

「ここまで来るかもしれませんね……見張りを厳に! 全員気を引き締めろ!」


 敵の接近を感じ取ったトマス少尉が残された全員に指示を飛ばす。そして、エレイアの方に向きなおると一つの鍵を取り出した。


「エレイアさん、ここも危険になる可能性があります。万一に備えて、隊長室の方に避難していてもらえますか? これは隊長から預かっている鍵になります」

「わ、わかったわ……気を付けてね、みんな」


 エレイアは震える声で返事をすると、鍵を受け取って隊長室へと急いだ。

 爆発音は着実に作戦指揮所へ迫ってきていた。

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