第80話

 同じ頃、リヴェルナ革命評議会のアジト周辺。

 レジェブスを襲撃してノーヴル・ラークスに敗れた男たちは、追撃の手から逃れてどうにかアジト周辺まで戻ってきていた。


「ふう、どうにかアジトまで戻ってくることが出来たな」

「だが、みすみすスペクター二機を失う羽目になってしまったが……?」

「大丈夫だ。議長から委任状は貰ってある。万が一議長が何か考えていたとしても……」


 男はそこまで言いかけて、目の前に何かが迫ってきたのに気付く。

 両のかいなが刃になっている三本足の異形のWPがそこに現れた。


「……ク、クォデネンツ……? まさか『血塗られた英雄』か?」

「……まさかも何も、俺以外に誰がいるんだ?」


 慌てたような男の言葉に、クォデネンツを有線操縦しているベゼルグは冷たい声で応じた。


「な、何故ここに。生産拠点で新型機の開発をしていたはずでは……?」

「していたさ。だが、てめえらのような阿呆がいたんじゃおちおち休んでもいられねえんでな」

「ま、まさか議長が……」


 男は事態を察したが、それはあまりにも遅すぎた。

 ベゼルグの操るクォデネンツが片腕を横に薙ぎ払うように動かすと、男たちの操っていたスペクターの頭部をあっさり切り落とした。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」

「情けねえ声を上げてんじゃねぇ! 最初におきてを破って議長を脅迫したのはてめえらだろうが!」

「お、お、俺はそんなことしていないです。こ、こいつが勝手に……!」

「……ば、馬鹿言うな。お前がやれって言ったんだろうが!」


 スペクターを失い、戦う手段を奪われた二人組は恥も外聞もなく責任の押し付け合いを始めた。


「……見苦しい奴らだな。それなりに腕が立つてめえらを失うのは少し惜しいが、このまま放っておけば組織の規律が崩れちまうんでな」


 ベゼルグはそう言ってふところから拳銃を取り出すと、迷うことなく引き金を引いた。



 全ての始末を終えたベゼルグがアジトに戻ってくると、ギレネスが直接彼を出迎えた。


「ご苦労様でした、ベゼルグ。急に呼び戻すことになってしまいまして」

「全くだぜ。自分の部下の管理ぐらいしっかりこなしてくれよ」

「……それを言われると、返す言葉もありませんね……申し訳ありません」


 ベゼルグがぼやくと、ギレネスは珍しくベゼルグに頭を下げて謝罪した。


「お前さんに謝られるというのも妙な感覚だが、まあそういうこともあるだろう。……スペクターの損傷は頭部のみだから、修復にはそんなに手間取らないはずだ」

「そうですか、助かります」

「もっとも、スペクターに頼りきりなのもあと少しで終わりだがな」

「おや、新型機の開発状況はそこまで進んでいるのですか?」


 ベゼルグの言葉にギレネスは興味深そうに右の眉をつり上げた。既に指導者の表情に戻っている。


「今の完成度は95%……駆動系の基本試験は昨日完了したが、武装関係のシステムにエラーが見つかったんで今頃はその調整に明け暮れているんじゃないか? もっとも数日あれば直せるレベルらしいが」

「今回の機体はスタンダードな形に近づけた、とのことですが……」

「ああ、スペクターが片腕を廃止して欠陥ばかりが目立つ結果に終わったからな。今回は両腕ともノーマルな人型の腕に戻し、携行火器の選択の幅を増やしてある」


 ベゼルグは淡々とした表情でギレネスに開発の進捗状況を説明している。慣れているのか、内容は簡潔で要領を得ていた。


「……脚部についてはスペクターで使っていたものと同じ型のものを流用して一定程度のコストダウンに成功した。また、クォデネンツの運用データが取れた関係で、初期の設計にはなかったスタビライザーを急遽追加させてもらった。これは機体の安定性を高める効果のほか、近接戦闘において打撃武器としても運用できる」

「ふむ、尻尾のようなものですね」

「機体全体の強度もそれなりに高まった。スペクターは機動性を重視しすぎて脆弱なところがあったからな。装甲の厚みをスペクターの一・三倍程度に増強させてもらった。これによる費用の増加は脚部のコストダウン分と相殺している感じだな……」

「なるほど……」


 ベゼルグの説明を、ギレネスは時折メモを取りつつ、冷静に分析しながら聞いていた。


「総合的な性能で02Fを上回ることは出来ましたか?」

「カタログスペックだけの判断で言うならば、03Aにわずかに及ばない程度の性能には仕上がっている。勿論、実際に生産・運用しなけりゃわからん部分もあるので一概には言えんだろうが、現状ではそういう判断だな」

「コストの面ではどうでしょうか」

「話した通りコストダウンしている面もあるが、その分色々盛り込んでもいるからな。トータルで見ればスペクターと同程度かやや高い程度の費用はどうしても必要になるだろうよ」

「その辺りがもう少し何とかなれれば完璧だったんですけれどね」


 ギレネスの要望にベゼルグは顔をしかめた。


「そう言うなよ。予算も人手も足りない中で、軍用並みの性能を持つWPを作らにゃならなかったんだぞ」

「勿論、現実的な話ではないのは承知していますよ。ですが、理想の追求もしなければ良いものには仕上がらないですからね」

「そう思うならせめて予算をもっとつけてやれ……技術者連中が泣くぞ」


 ベゼルグは呆れたような表情になった。


「それはまた次の機体を作るときに考えるとしましょうか」

「そうやって人をはぐらかすのもほどほどにしておけ。あの連中が脅迫に出るほど不満をため込んでいたのも、その物言いに問題があると思うからな。ちったあ真剣に受け止めろ」

「……それもそうですね。ご忠告、確かに承りましたよ」


 呆れながらもベゼルグは本気の忠告をギレネスに贈り、ギレネスの方も真面目な顔でそれに応じた。


「さて、後始末の手配を急ぎやってくれよ、ギレネス。俺はちょいと休ませてもらうぜ」

「承知しています。すぐにやらせましょう」


 ベゼルグはそう言うとアジト内の自室に引き上げていき、ギレネスはいずこかに連絡を取りはじめた。

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