第81話

 翌朝、僕が目を覚ました時、ジャックは既に部屋を出ていた。

 時間は〇五〇〇で基地内での標準的な起床時間であるが、ジャックはどうやらそれより早く起きだしていたらしい。

 まぁ、基地の外に出かけたわけでも無いのであるし、今の時間ならば寮内のどこかにいるだろうと、僕は比較的軽い気持ちで着替えて部屋を出た。

 ところが、その後寮内のどこを探してもジャックの姿はなかった。知り合いに当たっても知らないという返事ばかりで、そこで仕方なく寮監りょうかんに尋ねてみると、ジャックは〇四三〇くらいに特別任務があるから、と隊長からの命令書を見せて寮から出ていったのだという。

 僕は嫌な予感がした。僕が寝た後に隊長とジャックの間に何があったのかは分からないが、昨日の今日でジェノ隊長がそんな特別な任務をジャックに任せるはずがない。

 僕は寮監の許可を得て朝食もそこそこに作戦指揮所へ向かった。



 作戦指揮所のブリーフィングルームには、僕が来るのを待ち受けていたかのようにジェノ隊長が一人で待っていた。


「やはり来たね。君のことだからすぐに気づくだろうとは思っていたよ」

「お聞きしますが、隊長はいつからここにいたんですか?」

「士官寮で寝ていたら、〇四三〇に電話で叩き起こされてね。その場を慌てて取りつくろって、急いでこちらに来たというわけさ」

「他のみんなには?」

「サフィール准尉には電話で伝えてあるけれど、他の者には伏せるように言ってある。特にケヴィン曹長がこれを知ったらうるさいだろうからね」


 僕は隊長のその言葉にうなずく。確かにケヴィン曹長がこれを知ったら、嫌味だけでは終わらなくなるだろう。


「それは分かっています。ですが、隊長……」

「君の言いたいことは、昨日の一件についてだろう?」


 隊長は厳しい表情で僕の顔を見つめながら言葉を続けた。


「君も知っての通り、昨日のジャック曹長のあの行動は命令違反ではないが、私の意図とは異なる行動だった。その点については正確に命令を下せなかった私にも落ち度がない訳ではないが、一方でWP国際条約の対人攻撃禁止条項はWPの操縦手ならば誰もが知るところだ。意図して人を巻き込むような形での攻撃は、どのようなものであっても認められない」

「……」

「しかし、ジャック曹長は故意の攻撃であることを否定した。あの攻撃は威嚇を目的としたけん制攻撃であり、人が巻き込まれてしまったのはあくまで偶然であると私に言った」


 隊長のその言葉に、僕はまたしてもアレク前隊長のことを思い起こしていた。

 アレク前隊長はよくこういう理屈の組み立て方をしていて、実際には法に触れかねない行動であっても偶然や相手側の過失などを理由に組み込み、あまり正当な考え方ではないが間違いとも言い切れない、微妙なニュアンスの物言いで難局を切り抜けていた。

 ただし、アレク前隊長自身も、このような言い分をしなければならないことには少なからず抵抗があったという。本当ならばもっと堂々とした弁論をしたいのだけれど、現場でそのような判断をしている余裕がないうえ、次々にイレギュラーなことばかりが起こるため、結果としてそのような機会に恵まれなかったと、首都リヴェルナへ向かう途中で話していたのを覚えている。

 僕もそうではあるが、ジャックは僕よりもアレク前隊長との付き合いが長い。アレク前隊長のやり方がいつの間にか体に染みついていたのかもしれない。


「……それで、隊長はどうおっしゃられたのですか?」

「彼の言わんとしていることも分からないでもなかったがね。それでも状況が状況だけに、その言い訳は通らないだろうとは伝えたよ。敵のど真ん中にロケット弾を着弾させておいて敵の操縦手を狙っていないというのは、常識的に考えてあり得ないと言うしかないとね」

「……」


 僕は唇を噛み締めた。ジャックの主張に分がない訳ではないようにも思えたが、隊長の主張は極めて真っ当なものであると認めざるを得なかった。

 僕が押し黙っていると、隊長は少し表情を緩めて言った。


「もっとも、彼がそうした行動に出た理由そのものは私にも理解できる。敵は恐らく条約を知ったうえで有線操縦を行い、こちらにプレッシャーを掛けた上で攻撃をエクリプス一機に集中させる戦術だったのだろう。だから、いくらけん制をかけても相手は動かなかった」

「……そうですね。相手は非常に戦術的に動いていました」

「本来のジャック曹長であるならば、あそこで私の命令に背いてでも敵に攻撃を当てて状況を打破しようとしたんじゃないかな? それをあえて封印して、一応は命令通りにロケット弾を敵の手前に着弾させただけでも彼は冷静だったし、敵に囲まれた真ん中の地点に着弾させることが出来るだけの集中力もあった。……だからこそ、あと少し冷静になってほしかったのだけどね」


 そこまで言って隊長はため息を一つついた。僕はそこに隊長の迷いのようなものを感じ取った。


「……隊長は、ジャック曹長に処分を与える予定だったのですか?」

「……一応はね。しかし、具体的な命令違反を犯したわけではなかったし、回収された敵の操縦手も一命はとりとめたという情報も昨夜のうちに判明していたから、まあ、七日間ほど基地周辺での奉仕活動を行う程度にとどめておこうとは考えていたよ」

「でも、ジャックは今……」

「問題はそこだ。彼は私の命令書をどうやったのか偽造ぎぞうして基地を出ている。命令書の偽造については私の責任でどうにでもなるが、基地を脱走したということになれば、ノーヴル・ラークスだけの問題ではなく基地に所属する全部隊の責任問題になってしまう。だから、そうなる前に……」

「……一刻も早くジャック曹長を見つけ出す必要がある、ですね、ジェノ隊長?」


 ジェノ隊長を言葉を引き継ぐような形で僕の背後から女性の声が響いた。


「サフィール准尉か。済まないな、こんな朝早くから」

「いえ、このような時ですから、ゆっくり休んでもいられません」


 サフィール准尉はこれまでに見せたこともないくらいの険しい表情を作っていた。隊長や僕の前でなければとっくに怒り出していそうな、そんな顔だった。


「准尉、ジャック曹長が向かいそうな場所に心当たりはあるかね?」

「ジャックはヤーバリーズに土地勘がありますから、行こうと思えばどこへでも行けると思います。ナオキ曹長、ジャックは自分の身の回りの物をどの程度持っていったか、分かるかしら?」

「細かいところまではチェックしていませんが、それほど身の回り品を持ち出してはいなかったはずです。一応は任務で出たことになっていることもありますし」


 僕が自分のわかる範囲で状況を説明すると、サフィール准尉は小さくうなずいた。


「じゃあ、お金を使ってヤーバリーズから出るって線は薄そうね。それなら探しようはあります」

「人手がいるかい、サフィール准尉?」

「いえ、私一人で十分です」

「サフィール准尉、本当に大丈夫ですか? よろしければ自分も……」

「大丈夫よ、ナオキ曹長。それにあなた、エレイアに昨日の戦闘の件でレポートを出すって約束していたんじゃなかった?」

「あっ……!」


 サフィール准尉の冷静な指摘に、僕は思わず情けない声を上げてしまう。こんな肝心な時に余計なことを請け負ってしまっていた自分が恨めしい。


「……というわけで、宜しいでしょうかジェノ隊長?」

「駄目と言っても君は行くんじゃないのかい?」

「そこで命令違反をしたらジャック曹長と同じではないですか?」


 そんなことしませんよ、とサフィール准尉は冷静に隊長に誓ってみせ、ジェノ隊長もそれで決心を固めたようだった。


「分かったよ。サフィール・エンディード准尉には行方をくらませたジャック・オーヴィル曹長の捜索を命じる。ただし、今から二時間以内に探し出してくれ。それまでに探し出すことが出来なかった場合は、基地司令部に申し出を行い、脱走兵扱いで捜索を行わなければならない。それでいいね?」

「今が〇六〇〇ですから、〇八〇〇までですね。承知しました」

「サフィール准尉、お気をつけて」


 サフィール准尉は時計を隊長と合わせて急ぎ足で作戦指揮所を後にし、後に残された僕とジェノ隊長は、それぞれに片付けなければならない問題に取りかかった。

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