第79話

 戦闘が終わってヤーバリーズ基地に帰投する車内でのこと。

 隊長とジャックはピット内でシークレット回線を用いて何事かをやり取りしていた。もっとも、どんなやり取りをしているのかについては、僕もケヴィン曹長もサフィール准尉も大体の見当はついていた。


 ジャックの02FAが放ったロケット弾は一応は敵の手前の地面に着弾はした。ただし、密集陣形を取っている敵のど真ん中に、ではあったが。

 流石にそう来るとは思っていなかったのか、敵はわずかに回避が遅れてしまい、三機のうち一機の操縦手が爆風に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。

 敵の統制が乱れたスキを突いて、僕はエクリプスを砲火から抜け出させた。

 こうなってしまったら後は戦うしかない。ジェノ隊長の02FDと02FAの援護を受けたエクリプスは二機のスペクターを接近戦で瞬く間にほうむり、残された敵の操縦手二人は吹き飛ばされた操縦手が操っていたスペクターで撤退していった。

 吹き飛ばされた操縦手は全身を強く打っていて、戦闘後に軍に回収され病院に運ばれたが予断を許さない状況だということだった。


 結果から言えばジャックの行動があったからエクリプスは窮地を脱することになったし、ジャックも一応隊長の命令を破ってはいないのだが、隊長の意志には明らかに反した行動だった。

 ジェノ隊長は恐らく国際条約に則った形でことを進めたかったのだろう。だからこそ操縦者を巻き込みかねないミサイルやロケット弾の使用には慎重であったし、けん制射撃を繰り返させたのも消極的に戦意をくじくことを狙っていたのだと思う。

 しかし、これまでアレク前隊長の現実的な考え方に触れてきた僕やジャックからすれば、ジェノ隊長の考え方はやや理想論に傾きがちなように見えてしまうのもまた事実だった。いくらけん制を繰り返したところでけん制であることを見抜かれていては意味がない。敵を巻き込まないようにと言っても、そんなに簡単なことでもない。

 僕としてはジャックに窮地きゅうちを救われたこともありジャックを擁護ようごしたい気持ちはあったのだけど、先日の模擬戦でルールを順守することの大切さを語った手前、国際条約違反すれすれの行為を行ったジャックに対して注意の一つも言わなければならない立場でもあった。だから、僕は二人のやり取りが続く中で一人その矛盾に苦しんでいた。



 やがて僕たちはヤーバリーズ基地に帰投したが、二人のやり取りは未だに続いていた。シークレット回線の使用権限は隊長にあり、外部から割り込むことはできないため誰一人口出しすることが出来ない状況だった。コントロールピットの電源は独自のものであるため、車のエンジンを止めても通信が切れることは無い。

 しばらく待っても終わらないため、サフィール准尉は僕とケヴィン曹長に先に上がって休息を取るように命じた。僕はジャックのことが気になっていたので上がるのにはためらいがあったが、上官命令とあれば従わないわけにもいかない。サフィール准尉がわざわざ命令という形を取ったのも僕に有無を言わせないためだったのだろう。僕はあきらめてコントロールピットから出てエクリプスとともに車外へ降りた。

 格納庫にはエレイアが待ち受けていて、TRCSでの無線操縦についてあれこれと質問攻めにされたが、疲れていた僕は明日その辺りのことについてレポートとして提出すると約束してその場を切り抜け、作戦指揮所に戻った。


 僕はブリーフィングルームでジャックを待っている予定だったのだが、戦闘でのTRCSの使用で消耗していたのか、しばらくすると席に座ったままうとうととしてしまい、次に気が付いた時に真夜中になっていた。


「もう、ナオキ曹長ったらわたしや隊長がいくら声をかけても起きないんですから」


 僕が起きるまでわざわざ作戦指揮所に残ってくれていたホリー軍曹はそう言って頬を膨らませた。


「ごめんごめん、こんなに寝ちゃうとは思っていなくて……」

「出撃して疲れていたんだったらさっさと寮に戻って寝てればよかったんですよ。……そうはいかなかったのかも知れませんけれど」


 僕が謝ると、ホリー軍曹は僕に注意しつつも気遣うような言葉を添えてくれた。


「あのさ、ホリー軍曹……」

「ジャック曹長でしたら、ナオキ曹長が寝てからしばらくして力のない足取りでここを出て寮に戻っていきました。……何があったか分かりませんけれど、あんなに覇気のないジャック曹長は初めて見ましたよ」

「そうか……」


 僕はその言葉を聞いて歯噛みした。やはりと言うべきか、隊長からはかなりきついことを言われたのだろう。そんな時に側にいてやれなかったとは、不覚というより他に表現しようがない。


「隊長は隊長で普段とは打って変わった真面目な表情をしていて、かなり長い間隊長室に引きこもったままでしたし……一体何があったんですか?」


 ホリー軍曹は不安を隠さずに言った。その表情は硬く、曇っている。

 僕はなるべく主観を交えないように努力しながら、今日の戦闘中の出来事をホリー軍曹に語って聞かせた。


「なるほど、命令違反ではないものの隊長の意志には反した行動を、ジャック曹長が取ってしまった、と。ジャック曹長らしいといえばらしいですが、でも隊長の考えに背いたのは間違いないですから、ジェノ隊長のお人柄を考えると放置は出来なかったでしょうね」

「うん、ジャックの考え方も分からないではないから、隊長の話が終わってからすぐに一声くらいかけてあげたかったんだけれどね」

「……でも、逆にジャック曹長としては、ナオキ曹長だけには声を掛けられたくなかったかもしれませんよ」

「え……? どういうことだい?」


 ホリー軍曹の言葉を聞きとがめて、僕は彼女に聞き返した。


「……ここだけの話ではありますけど、ナオキ曹長がいなくなっていた間、ジャック曹長はしきりに自分のふがいなさを嘆いていたことがあったんです」

「え? ジャックがかい」

「はい、そうですよ。リヴェルナの騒乱でアレク前隊長が亡くなり、ナオキ曹長も重体に追い込まれて、自分は一体何をやっていたんだって。自分がもう少し早く現場にたどり着いていれば、二人があんなことにならずに済んだんじゃなかったかって、それはもう凄まじい荒れっぷりでしたね」


 その話を聞いて、僕はジャックの心中を推し量った。

 ジャックという男は単純明快な性格ではあるが、その分とても義理堅く大変な仲間思いでもあった。

 アレク前隊長も僕もヴェレンゲル時代から苦楽を共にしてきた、ジャックにとっては大切な仲間であった。その仲間たちがいずれも戦いの中で倒れ、あるいは死んでいき、自分一人だけが無事で生き残ってしまった。

 その時の彼のいたたまれなさは、果たして如何いかばかりであったろうか?

 アレク前隊長をみすみす死なせてしまったのは僕も同じだが、その僕の分までジャックは重荷を背負ってしまっていたのかも知れなかった。


「……その時はサフィール准尉がしばらく付きっ切りでジャック曹長をはげましていて、そうこうしているうちにジェノ隊長やケヴィン曹長が着任したこともあってしばらくうやむやになってましたけれど、実際のところは、全然問題は解決していなかったのかも知れません」

「……それで、何故僕に声を掛けられたくないのか、だけど……」

「あくまでわたしの想像ですけれど、ジャック曹長ってああ見えて繊細せんさいで責任感が強いじゃないですか。……ですから、ここでナオキ曹長に声を掛けられてしまったら、それまで何とか保ってきた緊張の糸が切れて、人に見せたくない自分の弱い部分を見られてしまうかも知れないんじゃないか、って考えてしまっても不思議ではないですよね」

「……」


 僕はそのホリー軍曹の推理を肯定も否定もしなかった。ホリー軍曹の想像しているほどジャックという男は脆くないと思う反面、根が単純な男だけに一度思い悩んでしまうと際限なく深みにはまってしまうような、そういう危うさを持っている点もあることは否定出来なかった。

 僕が言い淀んでいると、ホリー軍曹は僕を励ますように妙に明るい声で言った。


「まあ、あくまでわたしの勝手な想像ですから、実際のところがどうかは分かりませんよ。案外明日になったらすっかり元気を取り戻しているかも知れませんし、ナオキ曹長もこんなところで考え込んでないで、早く寮に戻りましょう。わたしもさっさと戻りたいですし」

「……そうだね。こんな遅くまで付き合わせちゃってごめん、ホリー軍曹」

「わたしなら平気ですよ、ナオキ曹長」


 ホリー軍曹に礼を言うと、彼女はこれくらい何でもないとでもいうように笑顔を見せた。


 僕はホリー軍曹と一緒に作戦指揮所を出て、彼女を女性寮の付近まで送ってから自分の部屋に帰った。

 相部屋のジャックは既に眠っていたが、普段寝息が凄い彼にしては随分静かに眠っていて、僕はそれが気になりつつも彼を起こさないように静かに着替えをし、そっと体を自分のベッドに横たえた。


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