第九章 自分なりの矜持

第78話

 模擬戦から三日後、リヴェルナ革命評議会所属と思われるWPがヤーバリーズ近郊の都市レジェブスを襲撃しているという一報が入り、僕たちノーヴル・ラークスに出撃命令が下った。


「……全く、この間首都リヴェルナでやられたばっかりだっていうのに、落ち着かない連中だぜ!」

「ジャック、ぼやきは後で。今は急いで!」

「……ナオキ曹長、いちいちツッコミを入れる必要もないんじゃないですか?」


 出撃準備をしつつもぼやくジャックをなだめる僕にケヴィン曹長が手厳しい意見を入れた。

 ケヴィン曹長は先日の模擬戦以降、挑発的な態度は大分影を潜め少しずつ僕たちに歩み寄りを図っているようだった。僕としては望むところであったのだけれど、ジャックの方はまだ納得がいっていないようであった。


「ちっ、うるせーよケヴィン。お前の方は準備できたのかよ?」

「ちゃんと階級付けで呼んでください、ジャック曹長。……運搬車両の方はいつでも出せますよ。ただ、エクリプスを積む関係上、若干これまでよりスペースは狭くなりますがね」

「そういうことか。おい、あのデカブツが載っても大丈夫なのかよ?」

「WP運搬車両は少し大きめに作られていますから、多少大きめなWPを搭載しても大丈夫なようにはなっていますよ。そうでなければ首都リヴェルナの時にどうやってエクリプスを回収したんですか、ジャック曹長?」


 ケヴィン曹長は若干呆れたような目でジャックを見つめ、ジャックはうっとおしそうにその視線を手で払う仕草を取った。


「う、うるせえ! ちょっとばかり失念していただけだ!」

「はいはい、その分なら準備は大丈夫なようですね、ジャック曹長」

「お前なぁ……!」

「二人とも雑談はそこまで! 準備が出来たんだったらさっさと出て出て!」


 出撃前だというのに放っておくと収拾がつかなくなりそうな二人の言い争いを強引に止めて、僕はさっさと車両の後部にある簡易コントロールピットに向かった。やや遅れてジャックも僕の後を追ってくる。今回は車両の運転手役であるケヴィン曹長は運転席へと向かっていったようだ。

 実はこういう言い争いは模擬戦の後から断続的に続いていて、その度に僕が仲裁に入る羽目におちいっていた。両方に通るように話が出来る人間が僕か隊長しかいないので仕方がないといえば仕方がないのだが、こう毎度毎度仲裁に入るというのも結構大変である。なるべく早く二人が仲良しになってくれればいいのだが、昨日の今日ですぐに仲良くなれるほど二人の相性は良くなさそうではあった。


(アレク前隊長やジェノ隊長の苦労が、分かったような気がする……)


 そんな風なことを思いながら、僕はピットの中で小さくため息をついた。

 やや遅れてジェノ隊長が準備を整えて乗り込み、出撃の号令を下す。

 ケヴィン曹長の運転するWP運搬車両がヤーバリーズ基地を発進した。



 数十分後、レジェブスに到着した僕らは直ちに出撃した。

 ケヴィン曹長の加入によってオペレータに専念すことが可能になったサフィール准尉の報告によると、敵は三機一組でまとまって行動しているということだった。


「どうやらチーム戦ということになりそうだな」

「数は三対三で互角ですからね。連携をどう取るかで展開が変わりそうです」

「うむ、ジャック曹長、ナオキ曹長、頼んだぞ」

「了解!」

「了解だ、隊長!」


 隊長の言葉に僕とジャックはそれぞれ返事を返した。

 敵の方も僕たちを探していたようで、敵と遭遇するのに時間はかからなかった。

 敵はサフィール准尉の報告通り三機で、いつものようにスペクターであった。遠隔操縦ではなく有線で操縦している。

 敵はいきなり仕掛けてきた。三機のマシンガンを一点に収束させて集中攻撃を浴びせてきたのだ。狙いは……エクリプス。

 いきなり三機分の火力で狙われて、僕は防戦一方に追い込まれた。幸い大型シールドを携行していたので直撃は避けることが出来たが、三機に狙われている状況では全くと言っていいほど身動きが取れなかった。


「無理をするなよ、ナオキ曹長。私とジャック曹長で敵を引きはがす。それまではその場で持ちこたえてくれ」

「りょ、了解!」

「ナオキ、ちょいとばかり我慢していろよ!」

「ジャック曹長、無理に敵を倒そうと思うなよ! 敵の意識がエクリプスから離れればそれでいい」

「大丈夫ですって、隊長」


 ジェノ隊長からの指示にジャックは気負って答えたが、僕は若干不安だった。ああ言ってはいるものの、彼が仲間思いではあるが猪突猛進ちょとつもうしんな性格でもあるのを僕は他の誰よりも良く知っている。チームワークの分からない人間ではないが、こういう戦術的な戦い方となると勝手も違ってくる。

 ジャックの02FAはまず自分に最も近い敵の一機にけん制射撃を仕掛けた。敵はそれに若干反応して位置取りを修正したものの、依然としてエクリプスに対して攻撃を続けている。

 ジャックは敵が反応しないことを確認して、更にもう一度二度とけん制を仕掛けたが、やはり敵はエクリプスへの攻撃の手を緩めようとしない。隊長の方も残る二機に対してけん制射撃を繰り返していたものの、敵はがんとして動こうとしなかった。まるでエクリプス以外の相手など眼中にないとでも言うかのように。


「隊長、このままではナオキのエクリプスが!」

「分かっているが……ナオキ曹長、あとどれくらい持ちこたえられそうだ?」

「まだシールドのダメージカウンターには余裕はありますが、これでは……」


 ジェノ隊長の問いに僕は危機感をはっきり口にした。エクリプスのシールドは本来D型装備用であったものを流用しているだけに非常に頑丈だったけれど、ダメージは確実に蓄積しつつあった。そう簡単にシールドが破られるとも思えないが、どんなものにも限界というものはある。まして、三機に集中攻撃を受けている今の状況では、いつシールドが破られても不思議ではない。


「ジャック曹長、ロケットランチャーの使用を許可する。……が、一発だけだ。敵には当てずに手前の地面に当てろ」

「またけん制ですか。それじゃあ通用しませんよ!」

「だからと言ってあの位置で直撃させたら全ての機体の操縦手を巻き添えにしてしまうだろう! いいからやるんだ」

「くっ……了解しました」


 ジャックは隊長の指示に反発したが、国際条約では操縦手自身に危険が及ぶなどのやむを得ない場合を除き、確実に人に危険が及ぶ攻撃は原則認められていない。相手はテロリストであり条約の条文が適用されない相手ではあったが、それでもあからさまに人を狙った攻撃をすれば世論に叩かれるのは目に見えていたため、迂闊うかつに手は出せなかった。

 この場合、こちらは無線操縦だが相手は有線操縦なので、無線操縦側である僕たちは有線操縦側である向こう側に対して攻撃を配慮する義務が生じている。向こうが密集していなければまだやりようがあるのだが、向こうは三機が密集陣形を取りエクリプスに集中攻撃を浴びせている。これはこちらとしては非常にやりにくい形だった。


 この時、僕や隊長には分からなかったがジャックは心の中で相当迷っていたらしい。隊長の指示通りにやっても上手く行くような気がしない。しかし、かといって隊長の命令を破って直撃を狙えば国際法違反に問われることにもなりかねない。だが、このままではエクリプスが窮地きゅうちに立たされる。


「……隊長、ロケットランチャーの発射準備が整いました」


 ジャックは一拍間を取ってから発射準備が出来たことを告げたが、僕はそれを聞いた瞬間、嫌なものを感じた。普段のジャックからすればもっと短く簡潔かんけつに言っても不思議ではない内容だったからだ。


「分かった。では発射してくれ。頼むぞ!」


 危険を感じて僕が口をはさむより前に、ジェノ隊長は発射を承認してしまう。


「……くらいやがれ……!」


 ジャックは押し殺した声でそう言うと、ロケットランチャーを一発だけ放った。

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