第77話

 そして、残り一分を知らせるブザーが鳴り響いた。



 僕はそれまでの消極的な攻めを一転させて、今度は自分から仕掛けていく。ブースターを全開にして、一直線にケヴィン曹長とスペクターめがけて突進した。


 ケヴィン曹長はこちらの急な突撃に一瞬だけ反応が遅れたようにも見えたけれど、瞬時に決断してスペクターを大きく蛇行するするように動かし、こちらの突進をかわそうとする。


 僕はそれに構わずそのまま完全に相手を振り切るまで直進し切り、蛇行して動いているスペクターの位置を確認して、再度背後を取るようにして急加速して突進を仕掛ける。細かな機動力で劣る分、瞬間的な突進力ではエクリプスの方に分があった。それを最大限に生かすためには、先程と同じように相手の領域には入らずに自分の領域で勝負するしかない。


 ケヴィン曹長もこちらが勝負をかけてきていることに気が付いているのか、次第次第に突進を回避しながらもこちらを固定式マシンガンの射程に入れるように動き始めていた。


 でも、それでいい。そこで中途半端に防御に回られてもこちらが困ってしまう。向こうが仕掛ける気にならなければスキも生まれない。


 そして、その瞬間が訪れる。


 こちらが何度目かの突進を仕掛けたそのタイミングで、ケヴィン曹長はこちらの背後を取ったのだ。決定的なタイミングを得たケヴィン曹長とスペクターはそのままこちらに突進してくる。


 が、それこそがこちらの待っていたタイミングだった。僕はエクリプスの側面にしっかりつかまると、ブースターの噴射を生かしてエクリプスを大きく跳躍ちょうやくさせた。


「!」


 慌ててスペクターの動きを止めるケヴィン曹長だがそれは遅すぎた。上空に浮遊した状態ではあまり無茶な動きも取れないが、真下にいる相手に照準をつけることくらいならできる。そして、向こうは反撃することが出来ない。



 ロックオン。



 そして、ちょうどエクリプスを地面に着地させたところで終了を告げるブザーが鳴った。



「……負けました。自分の完全な負けですね、メトバ曹長」


 模擬戦が終わり、ケヴィン曹長は近くにいた僕に率直に負けを認めた。複雑そうな表情ではあったが、口調にとげはない。


「いや、いい勝負だったよ、ケヴィン曹長。途中までは負けるかと本気で思っていたよ」

「お世辞はいらないですよ。最後のあの瞬間、跳躍できることで想像できなかった時点で自分の負けは決定的でした」

「そうかな? あそこで君が突撃してこなかったり、三分を切った後の攻防で君が追撃してきてたら、僕はまるで抵抗できなかったかもしれない」


 僕はそう言ってケヴィン曹長を称えたが、彼は静かに首を振った。


「いえ、そうした戦術や決断の話を含めて、今の自分では勝ち目はありませんでしたよ。あなたを今まで馬鹿にしていたことについては素直に謝罪させていただきます。……失礼いたしました」


 そう言って彼は僕に対して正面から深々と頭を下げたので、僕は困ってしまった。


「頭を上げてくれるかな、ケヴィン曹長? 僕はそんなことを君に求めたいんじゃないんだ」

「いや、させてくださいナオキ曹長。これはあなたへの謝罪であるとともに自分に対するけじめでもあるんです」

「自分に対するけじめ……」


 僕がその言葉を反芻はんすうしていると、ケヴィン曹長は頭を上げた。


「俺はこれまで自分のことしか見ていませんでした。だから、他人を気遣うこともなく、邪魔な他人には一切の容赦をしなかった。しかし、それでは駄目なことが分かりました」

「ケヴィン曹長……」

「ひとりで出来ることには限度がある。だから、時には気に入らない相手であっても協調していかなければならない。それが結局は自分自身を助けることにつながっていくのだと、俺もようやく理解できました」


 ケヴィン曹長は率直な言葉で反省の弁を述べていた。彼がこんな風に真っ直ぐな言葉で話しているのを、僕は彼に会って以来、初めて見た気がする。

 と、そこにパチパチと拍手をする音が響いた。僕らが音のした方を振り向くと、そこにはジェノ隊長が立っていた。


「いい傾向だね、ケヴィン・オーグス曹長。そこまで自分で考えることが出来たのならば、君はもっと上を目指すことが出来る。ナオキ曹長と戦ったことがいい刺激になったようだね」

「はい、ちょっと強すぎるくらいの刺激でしたよ」


 隊長のその言葉に、ケヴィン曹長は困ったような笑みを浮かべて答えていた。


「ナオキ曹長もご苦労だった。難しい相手を任せてしまってけれど、見事にこなしてくれたね」

「いえ、自分は自分のできることをしたまでです」

「この分なら、君を副隊長に推挙する日もそう遠くないかな」


 ジェノ隊長はいきなりとんでもないことを口にしだした。


「えっ……えええ、じ、自分が副隊長……ですか?」

「うん、ノーヴル・ラークスの将来を考えた場合、二個小隊程度の規模はどうしても欲しいからね。操縦手ももっと増やしたいし、私の活動をサポートしてくれる副隊長が欲しいと思っていたところなんだ」

「し、しかし、自分はまだ曹長に昇進したばかりですよ。いきなり副隊長というのも……」


 僕が必死に言葉を探していると、ケヴィン曹長はニヤリと笑った。


「別にいいんじゃないですか。少なくともジャック曹長が副隊長になるよりはマシだと思いますけどね」

「てめえ、そりゃ一体どういう意味だ?」

「はいはい、ジャック曹長。そうカッカしないの。まだ何にも詳細が決まってない話なんだから」

「あー、話の途中で悪いけどさ。ちょっとTRCSのことで話があるから、メトバ曹長をアタシに貸してほしんだけど……」


 いつの間にかその場に全員が集まってきていて、それぞれが好き勝手なことを言っている。


 僕はその騒ぎにどこか安心感を覚えながら、ゆっくりとTRCSのヘッドセットを取って、思い切り深呼吸をした。


 ヤーバリーズの空は今日も真っ青に晴れていた。

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