第76話

 開始早々、ケヴィン曹長はホバーで移動できるスペクターの利点を生かして大きく距離を取って後退をかけさせた。開始から一分はロックオンをしても有効にはならないのだから、後退は正しい選択と言える。


 対するエクリプスには今回ホバーユニットが装着されていない。スペクターの動きに追随するためには背面ブースターを使うしかないが、エネルギーの消費が激しいのとホバーに比べて直線的な動きにしか使えないのが難点だった。


 ただでさえ大型の機体で小回りの利かないエクリプスだけにこの差は正直痛いと言うしかない。先の戦いのときにはこちらもホバーユニット装着だったからまだ何とかなった側面が大きい。


 とはいえ、無いものをなげいても仕方がない。僕は気を取り直すとTRCSを使って機体を制御し、ブースターを使ってケヴィン曹長を追跡した。距離を取られたままでは不利だった。


 ケヴィン曹長もこちらの追跡に気がつき、左右にジグザグに動いてこちらを幻惑しようとする。僕はケヴィン曹長の思惑に乗せられていることに気が付きつつもあえて直線的な動きでケヴィン曹長のスペクターに迫った。



 と、そこで開始から一分が経ったことを知らせるブザーが鳴り響く。



 不意にスペクターがジグザグ走行をやめて大きく蛇行すると、急速に反転して今度はこちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。


 もっとも、そう来ることは予想の範囲内である、スペクターにとって命綱と言える左腕のマシンガンは固定式で動かすことができない。つまり、ロックオンをするには必ず相手に対して自身が正面を取らないといけないということである。これまでの戦いでスペクターが必ずと言っていいほど正面からの突撃戦術を取ってきたのも、この欠陥があったからに他ならない。


 僕はリヴェルナの騒乱の途中でそのことに気が付き、入院中に書いた戦闘レポートでもそのことを記していた。それをケヴィン曹長も見たかどうかは定かではないが、この機体を動かす以上は必ず知っておかねばならない欠陥ではある。


 そして、その欠陥を補うためにはこうやってこちらを幻惑しつつ、柔軟に動ける機動性を駆使してヒット&アウェイを狙うよりほかに方法はない。ケヴィン曹長はまさにその基本に忠実な動きで、こちらに迫ってきていた。


(やっぱり口だけじゃなかったな……ケヴィン曹長!)


 僕は内心でそうつぶやきつつもTRCSでエクリプスを操作し、いきなり機体を右に九十度近く旋回せんかいさせる。慣性の力で振り落とされないように懸命に機体にしがみつきながら、機体を操作する。こういう時にTRCSならば、コンソール操作でなくとも機体を制御できるから助かる。


 こちらの動きに気付いたケヴィン曹長はそのままこちらの背後を取ろうとしてくるが、僕はまたしても機体を旋回させてそれをかわそうとする。向こうはまだこちらの思惑に気付いていない。僕は機体制御に必死なふりをしつつ機会を待っていた。


 そして、幾度か同じ行動を繰り返したその時、その機会が訪れた。


 背後を取ろうとするスペクターに対して、エクリプスが側面を狙うことのできる軸線上に並んだのである。機動性で向こうに分があるのならば、向こうをこちらの領域に引きずり込むしかない。


「しまった!」


 ケヴィン曹長もこちらの思惑に気付くが、もう遅い。僕は迷わずTRCSで指令を送り、慌てて退避しようとするスペクターを逃さず小型マシンガンでロックオンして、一本を先取する。


 僕は深追いせず一本を取ったことを確認すると、自分からエクリプスを後退させた。今のはちょっとした手品みたいなもので、同じ手は二度使えない。相手の出方を見る意味でも、自分を一旦休ませる意味でも後退させておくのが最良だった。実際、ずっとしがみついて操縦していたので体が悲鳴を上げている。


 ケヴィン曹長の方も慌てて追撃してまた同じ目にあってはたまらないとでも思ったのか、無理に追撃せず距離を取るとそのまましばらくの間接近と後退を繰り返してこちらをけん制するにとどめていた。



 再び試合が動いたのは残り三分を切ったことを知らせるブザーが鳴った後だった。



 お互いに接近と後退を繰り返していたところが、たまたま両方とも接近する形になってしまい仕掛けざるを得なくなったのだ。


 今度の僕は守りに徹した。こういう偶発的ぐうはつてき遭遇戦そうぐうせんになった場合、下手に攻撃的に動けば小回りの利かないエクリプスが集中的に狙われかねない。ここは一本取られてでもいいから最小の被害で後退させるしかない。


 実際、これを絶好の機会ととらえたのかケヴィン曹長とスペクターは猛攻もうこうを掛けてきた。遮二無二しゃにむにこちらに突撃をしかけてロックオンを取ろうとしてくる。


 僕は先程と同じようにTRCSの反応速度の速さを生かしてそれを振り切ろうとするが、今度はケヴィン曹長も誘いには乗らずこちらが旋回するタイミングで距離を調節して側面や背後を取られないように動いていた。


 そして、ついに決定的な瞬間がやってきてしまう。僕がエクリプスを大きく旋回させて振り切ろうとした瞬間にまともに背後を取られてしまったのだ。当然ケヴィン曹長は迷わずロックオンを取り、これで一対一のタイスコアになった。


 僕はそのスキに迷わずエクリプスを後退させた。もともとこの状態になった時点で一本を取られることは覚悟していた。まだ負けたわけではない。ケヴィン曹長もやはり深追いはせずにそのまま機体を下がらせて、にらみ合いに戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る